第7回 村上氏の行く末を考える。
村上ファンドが、阪神電鉄株を大量所得し、その去就が注目されていたが、5月2日が開封期限の、ファンド側の「提案書」が明らかにされて、事態はまさに急転直下の様相を呈している。
ファンドという、「運用利益獲得集団」が考えることは、一にも二にも、所得した資産に利が乗った状態で売り抜けることにある。「さまざまな点から見て割安」と映った阪神電鉄株をファンド側が、買占めにも似た行動に出ること自体は、資本主義世界の中において間違った手法とはいえない。
ところが、今回ファンド側は、提案書の中で、役員を送り込むといってしまっている。つまり経営に参画したい、そして現経営陣を追い落として自らが阪神グループのトップに立ちたいと言い切ったのだ。
ファンドが経営に参画したい、と考える理由は2つ挙げられよう。ひとつは、会社の付加価値をもっとあげて、自己の持つ株式の価値を吊り上げたいというもの、そしてもうひとつは、高値で売り飛ばせる資産がかなりあり、それらを処分して、丸裸にした状態で、あとは経営から身を引く、という「はげたか」同然の錬金術だ。
実際、彼らは、「経営支配が目的」ではなく、「企業価値の向上」といっている。要するに、自分たちが思っている以上に株価は上げられる、と考えているのである。そして、経営に参画できた暁には、所有している不動産に大鉈が振るわれる。おそらく彼が考えているのは、阪神百貨店本店の大改築と、高校野球の聖地であり、阪神タイガースの本拠地でもある、阪神甲子園球場のリニューアルである。付加価値をつけた状態できっちり売り抜ける。これら不動産が時価で処分できれば、ファンド側に莫大な利益が転がり込むのは間違いない。後は、「電車で細々稼いでね」となって、経営から撤退して、それまでに株も処分してさようなら、という考えと見られる。
だが、この計画には時間が掛かりすぎる。少なくとも、これらを完遂して、すべてがファンド側にとってうまくまとめるには「今年の夏」という短期間では無理である。経営支配でないとはいっても、経営者になってしまえば、会社の中の見えていなかった部分が見えてしまう。それが障害になることも十分考えられる。そして、これが重要なのだが、含み益がある状態だけでは、ファンドは儲かったとはいえない。つまり、「売り抜けて、現金にできて何ぼ」なのである。本音は、高く買ってくれるところに手放したいに違いない。
そこで今回の買収劇のキャスティング・ボートを担っているのが阪急ホールディングスである。阪急と阪神の経営統合という、関西圏の人々なら目を丸くするような衝撃発表から2週間あまり。阪急がファンドの所有株を買い取ることでこの経営統合が順調に進むはずだった。ところが経営権をちらつかせたファンド側。阪急と価格の交渉でうまくいっていない、とうかがわせることにもなっている。
阪急がファンド側の言い値で買い取らないのも当然のことだ。阪急にとっては、言い値すなわち、ファンドをみすみす儲けさせることになるからだ。「市場で売ってくださいよ」と阪急は言いたげだろうが、そうすれば、ファンド側としては所得比率が落ちて実効支配がままならない。ファンド側が追い詰められていることはほぼ間違いない。その挙句の「経営参画」だからだ。
上げた拳の行き先に迷いが生じている村上ファンド。買い占めるだけ買い占めて、あとに引けなくなっているように受け止められる。本当に経営に参加する気があるなら、株の話は置いといて、現在の経営陣とひざをつき合わせてもっともっと議論するべきだと思う。その気がないなら、市場に放出して、利益を確定させて、買収劇を終わらせたほうが、身のためのようにも思う。
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