July.26,2000 明るいエッセイに、ちょっとドキッ

        東海林さだおが『オール読物』に連載している『男の分別学』の単行本最新刊『とんかつ奇々怪々』(文芸春秋)が出た。表題のエッセイは、上野の[とんかつ屋御三家]を食べ歩く話。上野とんかつ御三家とは、[双葉][蓬莱屋][本家ぽん多]の3軒。私はこのうち、[蓬莱屋]にだけは入ったことがある。

        ちょっと敷居が高いというか、入りにくい店構えなので、入るときに躊躇してしまった。まだ20代のときだったから、中に入って後悔した。一般のとんかつ屋より、はるかに高い料金設定だった。時間が中途半端だったのだろうか、客は私ひとり。店内はカウンターのみ。むっつりとした板前さんが揚げるとんかつを待つ。そのとき、店の人3人、客私ひとり。とんかつが揚がってくる。名店だと聞いて入ったものだから、緊張する。たしかに旨い。分厚いカツなのに、すごく柔らかい。しかし食べているときのあの緊張感は何だったのだろうか。食べた気がしなかった。東海林さだおの本によると現在カツレツ定食2900円。あいかわらず高いなあ。

        『ツーハン・ツーカー対談』は、通信販売の話。通販にのめり込んでいるという東海林さだおの話は面白い。というのも、私は通販ってほとんど利用したことがないからだ。人の話によると主婦って通販にのめり込むことが多いそうだ。家事に追われ、子供の面倒をみなければならない立場だと、なかなか買物に出られないから、いきおい通販にいく。妹は通販の鬼である。テレビの通販番組や、通販カタログを見て、毎月のごとく何かを買っている。以前、テレビで見た綿入れを買って着ていたら、近所の奥さんたちに「それ、テレビでやっていたやつでしょ」と口々に言われ、途端に嫌になって捨ててしまった過去もあるのだ。それでも懲りずに、まだ洋服やら洗剤やら包丁やらを買っている。

        確かに夜中にテレビでやっている、健康器具の通販番組は、ついつい興味を持ってしまう。上半身ハダカ筋肉ムキムキ白い歯キラリの男性やら、ビキニ姿プロポーション抜群金髪美人が、人生この上なく楽しいというスマイルを浮かべて、楽しげに運動器具を使っているビデオは癖になって見てしまう。そして、欲しい!と感じてしまう。何が欲しいかというと、運動器具は勿論なのだが、男性モデルのような肉体を自分のものにしたい!というのと、あのプロポーション抜群の金髪のオネーチャンも欲しいという、いささか屈折した欲望だったりするのだが・・・、ハハハハハ。

        いつも、楽しい東海林さだおのエッセイ集だが、今回ちょっとギョッとする回がある。『明るい自殺』というエッセイである。人間、ボケてしまってからの人生に何の意味があるかということである。人は歳を取るにしたがってボケる。人間としての尊厳をなくしたような、そんな残りの行き方をしたくない。しかも、介護をしてくれる人には、迷惑をかけるだけだ。そんなことなら、いっそのこと、もうこれ以上生きていると、ひどいボケになってしまうと気が付いたら、自殺しようという考え。自殺が嫌な言葉なら自決。

        どこまで本気で東海林さだおがこのエッセイを書いたのか分からないのだが、自殺を決意したら、冬に富士の樹海へ行く。トレッキング・シューズを履き、テントを背負って。テントの中で、睡眠薬をウイスキーで流し込み、そのまま眠り、凍死しようという自殺が1番楽なのではないかというのだ。最後の晩餐なのだから、ツマミくらい欲しい。「柿ピー、魚肉ソーセージ、さつま揚げ、カマボコ、そうだ、メザシが食べたい、そうなるとメザシを焼くアウトドア用のバーナーもいるな・・・」と、だんだん宴会のような様相を呈していくのだが・・・。

        山田風太郎も同じようなことを書いていたっけ。風太郎の場合は、雪山に睡眠薬とウイスキーを持っていき、すき焼きを作って食べると書いていたっけ。そういえば、私の子供時代のヒーロー、大友柳太郎さんは、ボケを感じて自殺しちゃったんだっけなあ。飛び降り自殺だったっけ。大友さんには、飛び降りじゃなくて、こんな明るい自殺をして欲しかったなあ。


July.18,2000 ホラーパロディが書きたい

        いよいよ東京地方も梅雨明け。熱帯夜の寝苦しい夜が続きます。日本では夏の夜と言えば怪談。怪談話を聴いたからといって、ぞーっと涼しくなるというわけではなく、物語に夢中になって暑さを忘れる。

        清水義範のホラー・パロディ集『ターゲット』(新潮文庫)は、ホラーと笑いを一遍に愉しめる作品集。夏の夜にはうってつけだなと思って手に取った。6つの短編とひとつの中篇を読んでいて、同じ手が3回使われているのが、ちょっと気になる。それは、[視点の逆転]という方法。普通に書くとなんでもない話を、視点を逆転してみるとホラーになるというやり方。この本の中では『彼ら』『魔の家』『乳白色の闇』がそうだ。『魔の家』は、読み出した途端に意図がわかるし、『乳白色の闇』も最初はぎょっとするが、「ああ、これは視点の逆転かあ」とすぐわかる。『彼ら』も、他でもよく使われる手なので感のいい人なら最後のオチはすぐわかるだろう。

        ストレートなホラーは実は2篇だけ。そのうちの1篇が中篇の表題作『ターゲット』。よくある失われた記憶テーマである。ある日ある時間帯の行動が記憶からスッポリと抜け落ちてしまっている青年。その青年の回りで不思議なことばかりが起こる。どうやらその失われた記憶の時間帯に、自分が何かしたらしいと思い、その記憶を辿ろうとする。すると・・・。ラストにきてひっくりかえってしまった。ちゃんと伏線を張っているのだが、このあまりにバカバカしいような真相には大笑いしてしまった。一応ちゃんとしたホラーなのだが、まさに清水義範の面目躍如だ。

        ちなみに『彼ら』は、スティーヴン・キングの『イット』を下敷きにしていると思われるが、私は読みながら、もうひとつのパロディを思いついた。タイトルが『あー、それそれ』っていうの。ジャンルは民謡ホラーとでも言っておこう。ある日本の田舎の村。村祭りの夜にピエロならぬ、ヒョットコとオカメの化け物が出てきて子供たちを襲うの。その村に住んでいる数人の子供達が協力してその化け物を倒す。そして、20年後の村祭りの夜、都会に出ていた成長した子供達が村に戻ってくる。すると、またあのヒョットコとオカメが現れるという話。書きたいなあ。でも時間ないか。


July.9,2000 捨てるって難しいけど気持ちがいい

        ジャン・ピエール・メルビルの『サムライ』は、大好きな映画のひとつだ。アラン・ドロンの無口な殺し屋がカッコイイ。このドロンの部屋たるや、見事にモノが何もない。ベッドに机に椅子といった最低限の家具だけ。唯一目を引くのは、天井から吊り下げられた鳥かごに小鳥が1羽。クロゼットには数着の衣服がかかっているのみ。最初に見たのは高校生の時だったけれど、あの部屋には憧れましたね。すでにして当時、私に与えられた四畳半の部屋は本を中心にして、モノで溢れかえっていた。

        わかっちゃいるのである。究極の整理法が、捨ててしまう事であることは。辰巳渚『「捨てる!」技術』(宝島社新書)だ。ただでさえ狭い、日本の住宅事情である。どんなに収納に工夫をこらしたところで物の増殖が続く限り、やがて限界が訪れる。また、一旦奥の方に収納してしまうと、取り出す手間を考えると、億劫になってしまったり、やがて存在すら忘れてしまったりする。だったら、どんどん捨ててしまえばいいではないか。これが、なかなか難しい作業なのであるが。この本に書いてあることは、私も言われなくても実践済みなのである。

        著者の行ったアンケートによると、捨てられないもののベスト3は、洋服、本、雑誌だった。私に置き換えてみると、まず衣装持ちではないし、ブランド品に対してまったく興味がないから、ブランドの服は一着もなし。ひとシーズン袖を通さなかった服は、衣替えの時に捨ててしまう。

        次に本。かつて、学生時代にはミステリにのめり込んでいて、SRの会報作りまでやっていたので、本は捨てられなかった。床が抜けるのではないかというくらい、本を持っていた。それが、編集から手を引いた瞬間に、一気に整理してしまった。古本屋を呼んで、部屋にある本をまとめて売り払った。せいせいした。それ以来、本は読み終わると捨てている。これで、私の部屋は長い間、本の呪縛から開放されていた。

        ところがである。去年から、再び本が増殖を始めた。パソコン関連の書籍である。去年の3月にパソコンを買ってしまったのが運の尽きだった。どうせノート型なら、場所を取らないという安心感から、仲間に騙されて購入したのだが、とんでもない考え違いだった。パソコンに付いてきた解説書だけでは何の事なのか、さっぱりわからない。どうも、これは書店で売っているWINDOWSやらWORDなんていう解説書を読まないと理解できないらしいと気が付いてからが地獄だった。わからないことがあると、本を開く。それでもわからないとまた本屋へ行く。そうすると、私の知りたいワンポイントが書いてある本が見つかる。即、購入。これが続いて、私の部屋は、またもや本だらけ。

        雑誌も同じ。以前は、次の号が出ると捨てていた。1番長く置いておくのが、『キネマ旬報』。しかしこれも、1年たったら、順に捨てている。問題は、これまたパソコン関連。「なになに、MP3の特集だと」「ウインドウズ軽量化クリーニング計画だと」、これは買わなければ。こうして、どんどん雑誌は増えていく。というのに、いまだにMP3とはいったい何なのか、よくわかっていない。軽量化計画は手付かず。それでも雑誌は、これはと思う特集があると買ってしまう。そして捨てられない。

        あと問題は、増殖を黙認してきた、レコード、CD、カセット・テープ、ビデオ・テープ、LD、ビテオCD、DVDだ。これも、折りを見て捨ててはいるのである。ところが、どうも増殖が止まらない。そうだ、明日は、一部の人には有名な、私が[銀座ハンター]にCDを売り払いに行った時の出来事を書こう。


July.1,2000 こんなに笑ったの久しぶり

        こんなに笑ったのは、何年振りだろうか? 本だけではない。映画でもテレビでもこんなに笑ったことは、しばらく無い。それこそ、読みながら床を転げ回り、涙をながしながら、ヒーヒー、ヒーヒッヒッヒ、フハハハハ! とひとりで笑っていたら、家の者にヘンな顔をされてしまった。いやあ、心の底から笑った。今、腹筋が痛い。『爆裂! カップメン!! ――お湯以外でカップメンを作る! そして食う――』である。

        カップ・ヌードルは、お湯を入れて3分待って食べるということは常識。これをお湯以外のものを入れて作ったらどうなるかというのが、この本のコンセプト。ルールはこうだ。

おきて1 使用するカップメンはスタンダードにカップヌードル(普通)。
おきて2 作ったものは全て食うべし。
おきて3 ただし命が危険と感じたものは例外とする。

        こうして、壮絶なる実験が繰り返される。作ってみて旨いと感じられたもの。牛乳、緑茶、トマトジュース、ココア、コーンポタージュ、カルピス、イカスミのソース、フカヒレスープなど。これらは何となくわかる気がする。牛乳はポタージュ系の味になるだろうから、当然旨いだろう。カルピスが旨いというのは以外でしたがね。ヤクルトも、まあ食べられるそうで、乳酸系は可らしい。

        アルコール類。ビール、日本酒、ブランデー、ワイン、焼酎など。日本酒なら燗ということもあるが、沸騰したビールやワインの匂いなど、想像したくもない。これらのものは、カップヌードルをツマミにして飲めば、まあ美味しい部類に入るというのに、一緒にすると激マズになるらしい。悪酔いして、吐いたもののごとしだという。ひえー!

        柑橘系、あるいは梅とか酢といった酸っぱいもの。落語の『酢豆腐』ではないが、こんなもの食べようという勇気に敬意を表する。とくに酢! むせかえって食べられるわけがない。

        薬系。ユンケル、イソジン(うがい薬)、キャベジン、カコナール(風薬)など。薬変じて毒となす。これらのものは、沸騰した時点で、理科室でかいだような臭いが部屋中に充満するそうで、かなり危険を感じたそうである。特に液キャベ。1本の量が少ないので5本投入。沸騰したものは、魔女が掻き回す毒薬のごとし。全部食ったものの、強烈な胃の痛み、そして汗がドバッと出て、身の危険を感じて吐いたという。なぜ胃腸薬を入れて、胃に変調をきたすのか。当たり前だあ、そりゃ、適量を越えているう!

        水シリーズ。池の水、雨水、クーラー水、風呂の残り湯、海水、雪、プールの水、ビルの屋上のタンク水など。これらを濾過器で濾過して使用する。池の水、プールの水は、いくら濾過しても緑色をしているという。これを飲む、あんたに敬意を表するよ。バカー!

        ハイライトは、牛乳が旨かったからといって、牛乳石鹸を試す回。牛乳石鹸を水でこする。30秒こすった時点で、火にかけて沸騰。アブクがぶくぶく。当たり前だあ、牛乳石鹸は牛乳じゃあねえ! 石鹸だっちゅうに! これをカップヌードルに入れて食うのである。うわあああ! このあと、考えるだに恐ろしい光景が展開し、爆笑の渦に叩き込まれるのだが、勇気のある人は読んでみて。この本、実はある人のホームページを本にしたもので、別に本を買わなくてもインターネットで読める。

http://www.din.or.jp/~koi2/index.htm

        興味のある人はクリックしてみてください。バカー! でも、最高に笑える! ちなみに私、すぐに影響を受ける性格でして、ウチの店にあるもので試せないかと思案中。かけそばの汁はいけそうだし、蕎麦湯も問題なくいける。怖いのはざるそばの汁。本ではウースターソースは旨かったが、全部飲むことは身の危険を感じて止めたそうだが、これはどうだろう。そして、天丼の汁。うわあああ、考えたくねえ! ウチの天丼の汁は恐ろしく濃いのだ!

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