August.18,2000 映画のような事態が起こったら

        よくアクション映画で、ドアを破って部屋に突入することあるでしょ。あれって本当に可能なことなのか、疑問に思ってた。体当たりをくらわせたくらいで壊れちゃうドアって、何の意味があるんだ? しかし、本当に肩からの体当たりでドアは壊れてくれるものなのだろうか? ジョシュア・ペイビン、デビッド・ボーゲニクト『この方法で生きのびろ!』(草思社)は、こんな映画の絶体絶命のシーンの実際の対処法を教えてくれる。

        この本によると、肩での体当たりではまずよっぽど柔なドアでないかぎり無理。それよりは、足で蹴りつけた方が効果あるという。それでも、ドアって丈夫に出来ているものだから、そうは壊れないらしい。それよりは、ハンマー、ドライバー、バールといった道具を使った方がいいらしい。しかし、これでは映画として絵にならないか。それと、よく拳銃でドアノブあたりを撃って壊すというシーンがあるが、あれで壊れるのだろうか。この本では拳銃を使うところまでは書いてないからわからない。

        上のケースは、第1章の『脱出・突入』の『ドアを破って室内に入るとき』。他にも『車ごと水中に飛び込んだとき』なんてものもある。映画じゃないんだから、一生を通じてこういったことに遭遇するとはまずないだろうけど、いやいや、自分の運命何が待ちうけているかわからないから、読んでおいた方がいいかも。

        第2章は『防御・攻撃』。『毒ヘビに襲われたとき』『サメが向かってきたとき』『クマに襲われたとき』『クーガーに襲われたとき』『ワニに襲われたとき』etc. まあ、クーガーに襲われるなんていうのは、日本にいたらまず起こり得ないだろうけど、うーん、クマにサメねえ。あるかもなあ。ちなみに、サメの急所は目とエラだから、物があれば何でも使って、なければ素手でここを殴れという。といってもなあ、水上ならともかく、水中だったら水圧で力は落ちてしまうから、あんまり効果ないかも。『ディープ・ブルー』でコックがサメの目の周辺を十字架で殴っているシーンがあったから、効果はあるのかな。その前にサメにガブリとやられちゃうと思うけれど・・・。

        『剣で戦わねばならないとき』とか『パンチを食らいそうになったとき』なんていうのは、確かに役にたちそうだけど(むっ!、剣で戦うなんて状況なんて起こるか?)、そんな状況では相手の方がはるかに強いだろうから、この本のとおりに対処しても、やがては負けてしまうだろうなあ。

        第3章『跳躍・落下』。『橋から川に飛び込むとき』『建物からゴミ収納庫に飛び降りるとき』『走る列車の屋根を移動するとき』『走る車から飛び降りるとき』『走るバイクから車に飛び移るとき』。ジャッキー・チェンの映画じゃないんだから、こんな状況に直面することがあるとは思えないんだけれどなあ、ハハハ。でもねえ、これがなかなか面白いんですよ。

例えば『橋から川に飛び込むとき』
【1】足から落ちるように飛び降りる。(そうだよなあ。水泳の飛び込みみたいに頭からは難しいし、実際頭から飛び込むのは、かなり怖い。でも、頭からの方が絵になるけどね)
【2】体を完全に垂直にしておく。(フムフム)
【3】両足は強くくっつけて閉じておく。(なるほど、もっともだ)
【4】尻に力を入れて、肛門を締める。(高いところからの飛び込みなら、自然にそうなるだろうけれど) さまないと、体内に水が流れ込んで、内蔵にひどい傷害を受ける危険性がある。(おお、こわ。皆さん、わかりましたか?)
【5】手で股間をおおって守る(特に男は注意しましょう。うえーっ、悶絶の可能性あるもんね)
【6】着水したら、すぐに手足を大きく広げて前後左右に動かし、体が沈むのをできるだけ遅らせる。
実のところ、足から飛び込むというのは、その後の文章を読むと、もっともな考え方なのである。「(前略)頭から水に飛び込もうとなどと考えるべきではない。飛び込んだ勢いで足が底にあたれば足が折れる。頭が底にあたれば頭蓋骨を骨折することになる」。わかりましたか、タイガーズ・ファンの皆さん、道頓堀川に飛び込むときは、以上のことに注意するように。最も今年のタイガーズの優勝はなさそうだけど。ジャイアンツ・ファンの皆さん、では頑張って神田川に飛び込んでね。

        第4章『緊急事態』。『小包爆弾が送られてきたとき』『タクシーの中で出産するとき』etc.う〜ん、ドラマチック。でも、早いとこ、警察や救急車を呼んだ方がいいと思うけれど・・・。

        第5章『突発事態』。『飛行機を着陸させるとき』『砂漠で遭難したとき』『パラシュートが開かないとき』『銃撃戦に巻き込まれたとき』etc.って、これまた映画の世界。読んでみると『飛行機を着陸させるとき』なんていうのは、ある程度知識がないと無理のような気がするし、まあ、そうなったらこっちも観念するっきゃないかな。なんせ機械オンチだもんなあ、私。

        でも、ひょっとすると銃撃戦に巻きこまれるなんていうのは、あるかもしれない。で、そのときの対処法だが・・・、いやあ、今朝は書きすぎてしまってもう引用している時間がなくなってしまった。さあて、これから仕事なんでここまで。じゃ、そういうわけで銃撃戦に巻き込まれたら、慌てて本屋に飛び込んで、この本を捜すことをお薦めします。


August.3,2000  勝負師

        将棋盤を前に座っている男が、こちらを睨めつけるように見ている。童顔で、かわいらしい印象があるものの、何か凄みを感じさせる顔つきだ。『聖(さとし)の青春』(講談社)を読もうと思ったのは、この表紙になっている1枚の写真に興味をひかれたからである。

        私は別に将棋に興味があるわけではないから、村山聖という棋士を知らなかった。弱冠29歳でこの世を去った天才棋士だったということを、この本を読んで初めて知った。羽生善浩や、谷川浩司とも互角の勝負をしたという。活発にして外で遊びまわる少年が、5歳にしてネフローゼという難病にかかり、入退院を繰り返すことになる。そんな中、将棋というに関心を抱き、以後、病気と闘いながら、棋士の道を選んでいく。その凄まじいまでの記録がここにある。

        少年時代、私も父から将棋のルールを教えられ、何回かやった。こちらが弱すぎたということもあるのだろうが、一回として勝てなかった。やがて、友人とやるようになり、これはもうヘボ将棋だから勝ったり負けたりで、結構夢中になった。高校時代には、授業の休み時間を利用して友人と将棋を指すのが流行ったことがある。なにしろ十分間の休憩時間に決着をつけちゃおうというのだから、超早指しである。5秒! 5秒以内に打ち返さなければいけない。これはもう、ほとんど将棋になりませんでしたね。やがて、これも飽きてしまった。それからは以降、将棋の駒を持ったことはない。去年、富士通のノートパソコンを買ったら、『柿木将棋U』というソフトが入っていたので、面白がってやってみたら、コテンパンに負かされてしまった。

        『聖の青春』の中で、気になったのが、村山は何度も「早く、将棋をやめたい」と口癖のように言っていたという個所である。「勝負には決着が着く。僕が勝つということは相手を殺すということだ。目には見えないかもしれないがどこかで確実に殺している。人を殺さなければ生きていけないのがプロの世界である。自分はそのことに時々耐えられなくなる、人を傷つけながら勝ち抜いていくことにいったい何の意味があるんだろう」

        それでも村山は将棋をやめない。そして早く名人になってみせる。そうしたらもう将棋をやめられる。はたして、そんな日が来たとしても、村山が将棋をやめただろうかは疑問だが・・・。私は人とやる勝負というゲームが実はあまり好きではない。負けると悔しいし、勝ったところで負けた相手のことを思うと、いたたまれなくなってしまう。どうも、向いてないのだ。こういうことは。

        村山は、ちょっと無理が溜まると体調を壊し、入院しなければならなくなる。ひょっとして、病気がなかったら、羽生以上に強い棋士になっていたかもしれない。村山は、金が入るようになっても、風呂なし便所共用の四畳半一間のアパートに住み続けていたという。ケチというわけではない。阪神大震災のときには、寄付金を驚くくらい出していた。そして、その狭い部屋の中は、ミステリ小説と少女マンガが部屋一杯に積み上げられていたという。[おたく]だ。これは、否定的に言っているのではない。どうも世の中、[おたく]という言葉を使って、ひとつのことに熱中してしまっている人をバカにする傾向があるが、将棋の名人など[おたく]でなければなれるものか!

        この本の表紙の村山の写真を、またつくづくと眺めてみる。大人になりきれなかったような顔の男が、ふてぶてしいとも思える顔で、こちらを見ている。私には絶対なれない勝負師の顔だ。

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