October.16,2000 作家っていいな
今年の夏、日光湯元温泉に泊まったときに思ったことは、もし時間が許すことならば、ここに一夏滞在して小説を書いてみたいということだった。あっ、怒らないで。自分にそんな文才などないことは重々わかっております。夢、夢―――、夢ですよ。貸別荘かなんか借りちゃってさ、テーブルの上にノート・パソコンを一台。窓からは涼しい高原の風。頭の中に湧きあがってくる物語をキーボードで打ちこんでいく。疲れたらベッドでウトウト。食料はクルマで街まで買いだしに行く。いいな、いいな。お前に出来るわけないって?―――だからあ、夢なんだって。夢の話。
スティーヴン・キングの『骨の袋』の主人公は、キング本人を思い出させるようなベストセラー作家だ。デビュー作から快調にベストセラーを書き続けていた。それが、妻を事故(実は病気)で亡くしたショックからライターズ・ブロック(小説を書けなくなること)に陥ってしまう。失意のうちに何年か経ち、彼は妻とよく過ごした別荘のことが盛んに夢に出てくるようになる。これは何かの啓示なのか。彼はその別荘[セーラ・ラフス]へ向かう。
そこで出会う若く美しい未亡人マッティー。そしてその少女カイラ。主人公マイク・ヌーナンはその親子に惹かれていく。死んだ妻が実は妊娠してたという事実。亡くなる前の妻の不可解な行動。伝説のブルース歌手セーラ。別荘のある町の過去の事件。そして、別荘に現れる幽霊。バラバラな伏線を最後に一気に纏め上げる力技のような構成は、さすがにキング。『骨の袋』というタイトルの真の意味も最後でわかるようになっている。
ただ、最近のキングは、読んでいて少々カッたるい。これが必用なのかというような描写が延々とつづき、ストーリーがモタモタしている。おそらく新人コンテストなんかだと、この序盤のモタモタ感で読んでもらえなくなるのではないだろうか。中年男が若く美しい未亡人に恋する話なんて、あんまり気がすすまない。しかも、死んだ妻の影がチラチラするってどうするんだろうイライラしながら上巻終了。正直言って、ここまででウンザリして、下巻を手にしたのは暫く経ってから。
下巻になるとエンジンがかかり出す。マッティーの死んだ夫の大金持ちの父がちょっかいを出してきて、湖で殺されかかるところから面白くなる。そして、いよいよキングの本領が発揮されるのが下巻の半分あたりから。バーベキュー・パーティーでフリスビーで遊んでいたマッティーがCDラジカセのCDから、ドン・ヘンリーの曲がかかると突然に踊り出すシーンから意外な展開になり、あとはもうジェットコースター。
この曲、タイトルは明記されていないが、ドン・ヘンリーのファン(イーグルスのファン?)なら、すぐわかるだろう。『オール・シー・ウォンツ・トゥ・ドゥ・イズ・ダンス』だ。これ、いかにも場末のクラブのストリッパーが使いそうな曲。もうイントロのリズムからして、そんな感じ。ギターもキーボードもホーンも、何となくソレっぽくて、うまい選曲だと思いましたね。といっても、知らない人は何のことやらわからないだろうなあ。
いいなあ、私も一冊でいいから、一夏暇をとってキングみたいに小説が書いてみたい。―――だからあ、夢だってばあ。