April.26,2001 ギャグマンガ家はたいへんだ

        神保町を歩いていたら、マンガ専門書店[高岡書店]の前で、雨のそぼ降る中、相原コージが座っていた。出版者の人だろう。マイクを持って、さかんに「只今、相原コージさんが店頭にて、新作『相原コージのなにがオモロイの?』の手渡し販売中です。定価はたったの380円!」と叫んでいる。

        相原コージといえば、『コージ苑』『サルまん』でギャグマンガに革命をもたらした人だ。私も当時夢中で読んだ記憶がある。その後、『ムジナ』という長編忍者マンガを描き、これも夢中になって読んだ。その相原コージがポツンと座っている。事前に告知がなかったらしく、誰も並んでいない。しかもたったの380円の本だ。これは是非手渡しで売ってもらおう。

        本の扉にサインをもらう。黒の地に金のサインペンでサインをくれた。見えますか?

        『相原コージのなにがオモロイの?』(小学館) 380円といっても300ページ近くある、ちゃんとした本だ。[1ページ単価1.24円(通常2.2円:当社比)]となっているからお買い得。ただ装丁は、最近流行りのコンビニ売りの簡単なのを採用している。でも一度単行本化したものの焼き直しではなくて、れっきとした新作。

        近くの[ドトール]に入り、パラパラと読み始めた。そして、唖然としてしまった。これは、『週刊ビックコミックスピリッツ』に連載されていたそうで、私はまったく知らなかったのだが、この連載の意図は、「より多くの人が笑えるギャグが良いギャグである」をコンセプトに、実験を繰り返していくことにある。『ムジナ』でも毎回テーマを決めて実験を繰り返していたが、今度のは一歩踏みこんでいる。

        まず一本、4ページのマンガを描く。それをインターネットで先に公開してしまう。そこで、笑えたか笑えなかったかのアンケートをとる。インターネットだけだと片寄りがあるのを恐れて、街に出て道行く人に原稿を見せてアンケートをとる。

        このアンケート結果というものが凄まじい。好意的な意見もあるが、けっこう辛辣なものも多くて、「クソ面白くねえ」 「いわゆるアレだろ?不条理ギャグっていう奴。才能のない漫画家が使う逃げの手段って奴だよな」 「こんなの誰でも書けるんじゃないの?」 「これで原稿料貰っているのは犯罪ですよ!」といった意見がズラーッと並んでいる。プロの漫画家ってたいへんだよなあ。それでもめげずに描きつづけるということは並大抵なことじゃない。ただでさえギャグマンガを描く作家は数年で潰れていくというし。芸人さんなんかは一度作ったネタを何年も見せて平気だったりするけれど、漫画家はそういかない。売れっ子だと何本も連載を抱えて、日々何か笑えるアイデアはないかと思案しているんだろうなあ。

        マスメディアの中で、[笑えるもの]を量産していく作業というのは、考えただけで胃が痛くなるようなものがある。私なんかも、この自分のホームページで、何とか笑えるものが書けないものかと試している日があるのだが、年に何回か「これは面白い文章が書けたぞ!」と思う日がある。そんな日は、誰かから「面白かった」というメールが来ないものかとウキウキしているのだが、まず何の反応もない。思わず「ねえねえ、面白かった?」とこちらから訊いてみたい誘惑にかられることがある。それでも、「面白かった」と言われても、ほとんどオセジだろうしなあ。むしろ、「つまんねえよ!」と言われることの方が怖い。つくづくプロでなくてよかったなあと思う、今日このごろ・・・。


April.19,2001 駆け引き小説の面白さ

        SRの方でも昨年のベスト10の1位に輝いたようだし、読まなきゃ読まなきゃと思っていたジェフリー・ディーヴァーの『コフィン・ダンサー』(文藝春秋)、慌てて読みました。いやあ、騙された騙された。『静寂の叫び』にもやられたけれども、今回はものの見事に投げ飛ばされてしまった。

        以前から安渕くんに、「またやっているんだよ、ジェフリー・ディーヴァー。絶対にこの人『静寂の叫び』で味しめちゃったんだよ、こういうことをやるの。調子づかせるんじゃなかったよなあ」と言われていたので、こっちも騙されるもんかと眉にツバを大量につけて読んでいたのだが、やられた。こんな手があったのか。読み終えてから、パラパラと最初からもう一度ナナメ読みしてしまったのだが、巧妙なのだよ、やり口が。「別にウソはついてないもんね。勝手に解釈して読み進めちゃった読者が悪いんだもんね」というディーヴァーの顔が浮かんでくる。あれ? ディーヴァーの顔写真なんて見た事あったっけ?

        『コフィン・ダンサー』の前のリンカーン・ライム・シリーズ1作目『ボーン・コレクター』には大きな仕掛けはなかったけど、被害者のひとりが実は・・・というジャブをかまして唖然とさせられたっけなあ。しかし、まあこの人、そういう茶目っ気だけでなく、小説としてよく書けているあたりが偉い。

        全身が麻痺して動けない科学捜査官のリンカーン・ライムは、確か『ボーン・コレクター』の時点では、どんな風貌なのか書かれていなかったような気がする。なんとなく、白人ではないかと思われる書き方だったので映画化されて、リンカーン・ライム役がディンゼル・ワシントンと分ったときには、「ええーっ!」と思ったものだった。あっ、そういえばこの映画まだ見てないや。とにかく小説で読む限り『ボーン・コレクター』のリンカーン・ライムはイヤなやつなのである。毒舌家の皮肉屋というだけでなく、常になぜかイラだっている。

        それが『コフィン・ダンサー』では、リンカーン・ライムはトム・クルーズ似の二枚目ということになっている。ハハハ、アメリア・サックスがぞっこんイカれちゃうわけだよね。身を護らなければならないうちのひとりパーシー・レイチェル・クレイとライムの間を嫉妬するあたり、カーワイイ! そういえば私、『ボーン・コレクター』を読んでからというもの、映画やテレビドラマで、殺人現場に入って行く刑事さんを見ていると、「ほらほら、ちゃんと靴に輪ゴムはめなくちゃあ。犯人の足跡と区別つかなくなっちゃうでしょ」と呟くクセがついてしまった。

        45時間以内にプロの殺し屋コフィン・ダンサーを捕まえなければいけないという設定で、例によって鑑識による推理によって殺し屋に迫るリンカーン・ライム。そしてその裏をかこうとするコフィン・ダンサー。虚虚実実の両者の駆け引きは、ディヴァー独自の面白さ。そういえば、『静寂の叫び』も脱獄犯とFBI捜査官の駆け引きに終始した小説だったっけ。この手の話を書かせると、やっぱりディーヴァーは上手い。

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