November.18,2001 シリーズ1のアクション編
読みました読みました。ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライム3作目『エンプティー・チェア』 (文芸春秋)。今回のはニューヨークを離れて、南部の田舎町が舞台。全身不随のライムが一縷の望みを持って手術を受けようとこの町にやってくるところが、今回の始まり。ところがそんなことでは済まないのがミステリ小説の常識。誘拐されたふたりの少女を救い出して欲しいという地元の警察の要請で、科学捜査専門家のライムはアメリア・サックスと共に捜査にあたることになる。
今度の犯人は、今までの頭脳犯たちから較べるといささか拍子抜けするくらいの人物。町の人達からは[昆虫少年]と呼ばれている昆虫オタクだ。少女誘拐、昆虫少年というと、ついウイリアム・ワイラー監督がテレンス・スタンプで撮った『コレクター』を思い出してしまうが、あれは青年という感じだったのに対し、こちらは本当にまだ少年というイメージ。まあ、カメレオンを潜めてくディーヴァーだから正体のほどは分からない。読んでのお楽しみといったところ。かくて、南部の湿地地帯に逃げ込んだ昆虫少年と、現場に残された物証から少年の位置を特定しようとする頭脳戦が始まる。
今回は前2作に較べると、話がスピーディーでアクション・シーンが多い。それだけかなり読みやすい内容になっている。いったいカメレオンはどいつだ―――と騙されまいとしながらもグイグイと引き込まれていく。なんといっても今回は、絶体絶命という場面が何回も出てくる。その度にハラハラさせる構成の見事さ。あと70ページのところで、ほぼ解決という展開になるのもいつもどおりのディーヴァーだ。そこでカメレオンかと思いきや、唖然とする大ドンデン返し。そして、そして、騙されちゃいけませんぜ、最後の最後までカメレオンが潜んでいるのだから。
November.3,2001 落語ビギナーにはうってつけなのだけれど・・・
志ん朝師匠が亡くなられて、「もう落語は終わった」とのコメントをする心無い人がいる。こういう人たちは、本当に今の寄席を見たことがあるのだろうか? 確かに志ん朝師匠の抜けた穴は大きい。しかしだ、志ん朝落語は志ん朝落語であって、落語の全てではない。世の中には、もっといろいろな落語を演る噺家がいるのである。実は今、落語界は今までになかったくらい面白いと思う。噺家の数も多いが、実に様々な個性を持った噺家が登場しているのである。こういう人たちを知らずに「落語は終わった」とするコメントは不勉強にして傲慢でしかない。こういう先生と呼ばれる人たちは、自分から寄席に出かけていくという努力もしていないのは明らかだし、大人気だった志ん朝師匠の落語会だって自分で並んでチケットを取るのではなく、おそらくコネを使って手に入れて見ていたのだろう。そんな人たちに勝手なことを言って欲しくない。
噺家さんの質と量の向上だけではない。都内の寄席に行ってみてからものを言って欲しい。平日の昼席はともかく、休日の寄席は満員なのだ。平日には一生懸命に会社で働き、休みの日には寄席に行って大いに楽しむ健全な労働者が集まっている。年齢層だって誤解されている。今や寄席は老人ばかりしか行かないと思われている。冗談ではない。よおく目を見開いて見て欲しい。老人もいるが、客席は若い人たちでいっぱいだ。私もこの春から定席通いを復活させたのだが、驚いたのは若い女性の多いことである。しかも昔には考えられなかったことだが、若い女性がひとりで見に来たりしている。
不思議な本を目にした。『落ナビ』(文芸社)という、絵や写真をいっぱい使った洒落た本だ。目次にも書いてあるとおり、これは落語ビギナーのための入門書なのである。若い人に読みやすいように、レイアウトも雑誌風にしてあり、楽しく読めるように配慮されている。ページを開くと、まずは『おごってジャンケン隊』の現代洋子のマンガがある。初めて寄席に行った様子を描く体験レポートマンガだ。そのあとには『マンガ落語出世物語』と題する、落語家が前座から真打になるまでの過程を描いたマンガがある。これも少女マンガ風の絵柄で、いかにもこの本が若い女性の読者をターゲットにしていることがわかる。
この本が不思議なのは、そのあとからだ。この秋に落語協会から誕生した十人の真打の協力のもとに構成している。十人を2ページずつ使ってカラー写真入りで紹介。インタビューをしているのだが、「入門のきっかけ」とか「名前の由来」はいいとして、「totoで1億円的中。さあ何に使うか?」とか「総理大臣になっら実行する公約は?」とか「東京ドームで独演会。ゲストに呼ぶのは誰?」なんて質問は何のためなんだあ? もう、もろに女性雑誌の乗り。林家きく姫による『着物ファッション&小物コレクション』なる女性向けの和服を紹介するページまである。そういえば、最近は和服を着て寄席に来る若い女性も多い。
わけがわからないのが、そのあとの十人真打の座談会だ。みんなかなり真剣に今の落語界のことを語っていて、なかなか読み応えがあるのだが、邪魔なのがやたらめったら横線を引いて下に書いてある脚注。ビギナーのために読みやすく楽しくを目指したのだろうが、余計というものも多い。例えば、駿菊が「よく言われることが『土日に来るお客サンは、とにかく笑わせて帰せ』と」発言したのに脚注がつく。それを読むと「初回はエサ撒き、勝負は2回目からだ。丸裸にされるぞ!」などと書いてある。こんなの余計だと思うけどなあ。それこそ大きなお世話だ。
『落語界人物大図鑑』なんてコーナーも、ビギナー向けに書いたものなのだろうけど、前座、二ツ目、中堅(テレビ活躍派、寄席活躍派)、大御所と分けて、それぞれ4ページずつ絵入りで説明しているのだが、どうも誤解を招きかねない表現が多い。この本でひとりでも落語が好きになってくれる人が出てきてくれるのはありがたいのだが・・・。