March.8,2002 前座さんを主人公にした青春小説

        先月の『客席放浪記』、2月16日に池袋演芸場でのレポートで私はこんな文章を書いた。

「仲入りがあって幕が開くと、パイプ椅子と簡単な机が置いてあった。春風亭柳桜の出番なのだが、足の具合が悪いのだろうか? 説明のないままに話が始まってしまった」

        この文章を書いてから、ある人からさっそくメールをいただいた。知らなかったのだ。これだから、しばらく落語から離れていると恐い。そういえば数年前にどこかで、両足を切断した噺家がいるという記事を読んだことがあるのを、おぼろげながら思い出した。この人、足が腐っていくという難病で足を切断。今は義足で歩いているのだそうだ。高座に上るのも歩いて出てくるし、下りるときも歩いて帰る。ちょっと突っ張ったような歩き方だが、それほど不自然ではない。芸人が同情されるようになっちゃおしまいだという理由で、何も説明しないで噺に入るから、私のように事情を知らない者にとっては「どうしたのかな?」くらいに思って、そのうちにこの人の話は本当に面白いから、気にならなくなって落語に没頭してしまう。

        不用意なことを書いてしまったなあと思っているうちに、今度は私がときどき顔を出している落語好きの人のホームページの掲示板で、またまた上の文章について触れられてしまった。そして、柳桜をモデルにした小説があることが付け加えられていた。立川談四楼の『はんちく同盟』という短編小説だという。私はその週末に神保町に出て、『はんちく同盟』が収められている『師匠!』を買い、近くの喫茶店に飛び込んで、さっそく読んだ。



        『師匠!』には五篇の短編小説が収められているが、『はんちく同盟』は、その一番最後の位置に置かれている小説。ネットで談四楼のコメントが載っていて、本当はこの短編集のタイトルを『はんちく同盟』にしたかったと書いているくらいだから、一番思い入れがあったのだろう。

        両足を失った落語家と、脳梗塞をやって言語障害のある落語家、元アル中だった講釈師が、[はんちく同盟]なるグループを作って興行を行うという話。この三人には柳桜を含めて、全てモデルがいる。ただし、[はんちく同盟]を作るというのは、あくまで創作。どうも私は、この話はそれほど好きになれない。というのも、障害を持った芸人が自分の障害を人に曝してみせるという発想について行けなかったことにある。柳桜師のように、何事もなかったように説明もなしで話しはじめるスタイルの方が粋ではないか。「はんちく同盟、只今参上!」などと口上を述べて落語会を開いたとして、本当にお客さんを楽しませることが出来るものだろうか?

        「身障者が偉いかのように毎度書きやがって、冗談じゃねえってンだ。身障者が落語やってるンじゃねンだ、落語家がたまたま身障者なンだよ。セコな美談にされてたまるかってンだ」 義足の噺家がこんなセリフを吐くところにはグッときてしまったが、それでもこのマジになっている噺家と、飄々と高座を務めていた江戸の粋を感じさせてくれた柳桜さんとは差がある。

        むしろ私が面白いと思ったのが主人公である前座さん。この前座さんは大きな障害を持っているわけではないが、小児麻痺を患い片足がちっょと不自由だという設定なのである。そこで思い出してしまったのが、大映が倒産する寸前に製作した池広一夫監督の『片足のエース』という作品。やはり小児麻痺から片足がうまく効かない高校生のピッチャーが甲子園を目指すというストーリーだ。[びっこ]などという言葉がバンバン出てくるから、ちっょとテレビなどでは放映できないだろうが、むしろこういう作品こそ見てもらいたい。主人公の少年は、自分のハンディを何とも思ってないのである。そして周りの仲間も平気で彼のことを「びっこ」と呼び、それでいて彼を心の中では気遣い、尊敬もしている。実にすがすがしい青春映画になっていた。身障者を美談にしたり、ことさら同情を寄せることは本人にも苦痛であると思う。

        『はんちく同盟』は、身障者の芸人を描くと同時に、この前座さん林家かん吉の青春物語であり、成長物語でもある。『師匠!』に収められている五篇のうち、『打ちどころ』以外の作品は全て前座さんが主人公になっている。心臓の悪い師匠を気遣う前座さんの姿を描いた『すず女の涙』、プレイボーイの師匠と同じひとりの女性を好きになってしまった前座さんを描く『講師混同』、同性愛の師匠を持った前座さんを描く『先立つ幸せ』、そして『はんちく同盟』。これら全てがみずみずしい青春小説になっているのが読んでいて気持ちがよかった。
        春風亭柳桜という噺家の、何も説明せずに噺に入るという方法に私は好意を持った。だって、そんな説明なんて不要なんだもの。私はそんなこととは関係なく、この人の落語が気に入ってしまった。本当にこの人、上手いんだもの。この人の高座を追っかけていこうと思う。


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