May.15,2002 したたかな沢木耕太郎の墜落体験ノンフィクション

        沢木耕太郎の『イルカと墜落』(文芸春秋)を書店で見かけたとき、その装丁やタイトルなどから、また小説かなと思ってしまった。どうも沢木耕太郎の小説は苦手なので、買わないでおこうと思ったのだった。そして数日後突然に思い出した。去年の9月、そういえば沢木耕太郎の乗ったセスナ機が南米で墜落したという小さな記事を新聞で見た。当時はテロ事件で、そんなに大きく扱われなかったのだ。慌てて本屋に行き、『イルカと墜落』のあとがきを見ると、やっぱりあの事故のことを書いたノンフィクションだった。

        その瞬間に私の頭に浮かんだ墜落事故というのは、アマゾンのジャングル地帯に墜落した沢木耕太郎が、一命を取り留めて機内から脱出し、どこともわからない密林地帯を食料も水もなくさまようというもの。ワニに襲われ、巨大アナコンダに捲きつかれ、河を渡ろうとするとピラニアの大群が寄ってくる。ひょっとしたら人食い人種に捕まり、もう少しで食べられそうになったりして・・・。十日間に渡る脱出行の末に、ようやく原住民に迎えられ無事に日本に帰ってくるという冒険もの。

        『イルカと墜落』は『イルカ記』と『墜落記』のふたつに大きく分かれていて、『イルカ記』はテレビの取材のためにアマゾンの奥地に住む、インディオ保護の活動家シドニー・ポスエロに会いに行く話。まさに『地獄の黙志録』の河を遡っていく場面を彷彿とさせるところだが、沢木耕太郎自身も、主人公のウィラードになったような気になっているのが可笑しい。

        さあ、いよいよ『墜落記』だ。二回目のアマゾンのインディオ取材のときに、この墜落事故が起きるのだが、なんとも思わせぶりな描写がある。墜落の日の朝、朝食後に街へ出てミネラル・ウォーターのボトルを三本買うのである。「あとで思えばこれがよかった。その日、それ以後、私が口に入れることのできたのほとんどすべてがその水だったからである」 勝手にこっちの想像したことではあるが、食料もなくミネラル・ウォーター三本だけでジャングルを歩き回るというイメージが浮かぶではないか。

        墜落の直前に、沢木は、彼の愛読者としては信じられない言葉を心の中でつぶやく。「マジかよ」 落ちてからも「マジで落ちやがった」と心の中でつぶやく。へえー、あのいつも冷静に思える沢木耕太郎でも、こう思うのだあ。ただ、落ちた場所は私の想像とはかなりの隔たりがあった。密林地帯といっても農場の中。すぐさま人が集まってきて、救急車がやってきて街の病院に運ばれる。そんな中でも、沢木自身が書いているように、墜落という状況を面白がっている沢木がいる。遅筆で有名な沢木耕太郎が事故後すぐさまに書いたのも、よっぽどこの事件が面白かったとみえる。

        「私は人生の運の大半を使って、この危機を脱出したのかもしれない」という文章を読んで、妙に興味が沸いてきた。沢木耕太郎には、単行本化に向けて絶筆状態になっている企画『バカラ』がある。各地のカジノへ行き、バカラをやりつづけるという企画。はたして沢木は本当に運をつかいつくしたのだろうか? だとしたら・・・・・。


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