June.19,2002 ヘンな小説が好きな人向けの作品

        『おあとがよろしいようで・・・』の江戸半太くんが「書く」と言っていたのに、なかなか書かないから、私が先に書いてしまおう。今、ちょっと話題になっているジェレミー・ドロンフィールドの『飛蝗(バッタ)の農場』(創元推理文庫)だ。

        老化現象もあり、翻訳小説を読むときにまず気になるのが登場人物表。あまりにたくさんの名前が出ていると、それだけでめげてしまう。去年スティーヴン・キングの『ザ・スタンド』を上巻を読み終えたところで途中下車してしまったのも、そのあまりに多い登場人物に混乱を起こしてしまったのも、ひとつの原因。『飛蝗の農場』を開いて喜んでしまったのは、登場人物のリストに、たった三人の名前しか記されていなかったこと。こりゃあ楽そうだぞと読み始めたら、飛蝗を養殖している(そんなもの養殖してどうなるのかと思うのだが、読むと理科の解剖の教材などに需要がある―――って本当?)農場に男が迷い込んでくる。この農場には女性がひとりで住んでいる。やがてふたりはただならぬ関係になり、共同生活を始めるが・・・というのが大筋。そこに、大筋とは関係なさそうな話が入り込んでくる。イラストで区分けされ、タイトルまでついているから小説の中の小説といった感じ。ひょっとして、農場に迷い込んできた男が書いた小説なのかなあと思いながら読み進んで行った。

        ところが、読めども読めども、作者が何を書きたいのか見えてこない。読んでいて、こんなにイライラとフラストレーションが溜まってくる小説も珍しい。もどかしさを感じ始め、よっぽど途中下車を考え出した頃、突然に全体が見えてきた。それというのも小説内小説のようなものが、全て共通点を持っているからで、「ははあ、そういうことか」と思い出したが、500ページほどある小説の350ページあたり。

        そこからが凄かった。今までに散りばめられたバラバラの断片が、スーっと落ちつくところに落ちついて、やがて一枚のジグソー・パズルが完成する。読了後、これはパソコンの[切り取り] [貼り付け]みたいなものだという批評を目にしたが、そういわれればまさにそう。完成品は別にどうってことない話なのだ。ただ、バラバラにしたピースを組み立てて行く過程が上手く出来ているものだから、「うわー」という快感が生まれてくる。よっぽど小説好きの人でないと、その組み立て部分まで行かないうちに、読むのが嫌になってしまうだろうから、万人に勧める小説ではない。しかし、小説を読む快感を長年続けている人は、思わずニヤリとするはず。それにしても、[飛蝗]という漢字を見たのは何年ぶりか。パソコンだから一発で出てくるが、手書きにしようとしたら、老眼を国語辞典にくっつけて書き写さなければならないところだった。


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