October.10,2002 スタークへの挑戦状

        ダン・シモンズの『鋼』(早川書房)を本屋で見ていたら、扉にこんな文章が載せられていた。

「ときどきドナルド・ウェストレイクなどという女々しい偽名でものを書く、リチャード・スタークに本書を捧げる」

        ダン・シモンズといえば、『殺戮のチェス・ゲーム』とか『ハイペリオン』シリーズといった、分厚くて濃い作品を書く人。それが、今回の本は妙に薄い。原題の『Hardcase』というタイトルも、スタークの悪党パーカー・シリーズのタイトルのつけ方と、どこか似ている。おおっ、これはスタークへの挑戦状か? スターク=ウェストレイクのファンである私だ、これは読まねばなるまい。

        『鋼』の主人公ジョー・クルツは、銀行強盗のパーカーとは違って私立探偵である。しかし、その行動はパーカー以上に冷酷。パーカー・シリーズに似せて章割りも細かい。その第1章を読んだだけで、その暴力描写に唖然とさせられてしまった。なんとクルツは、レイプされて殺された彼女の犯人のアパートに押しかけ、相手にこれでもかという暴力を加え、窓から外に停まっているパトカーの上に投げ落としてしまう。ここの暴力描写ひとつとっても、はるかにスタークを越えてしまった。ここまでで6ベージ。

        もちろん、クルツは逮捕されて十数年の刑務所暮らしをすることになる。次の2章目は4ページで、クルツが刑務所から出て来るところ。すんごいスピーディな展開。このあと、クルツはまた探偵事務所を開き仕事を始めるが、まわりは敵だらけ。刑事まで含めて、いろんな人間が襲ってくる。その暴力描写は、生半可ではない。よくぞ、ここまでという感じである。これはスタークもオチオチしてられないぞ。どうやらシリーズ化するらしいから、これはやっぱりスタークへの挑戦状だろう。

        クルツの愛用の拳銃はベレッタだという描写が最初の方に出て来るが、最後のクルツ絶体絶命のところで、この伏線が効いてくる。うまいなあと思わせられるテクニックだ。それにしても、この『鋼』というタイトル、この作品のことをうまく表していると思う。そのくらいに硬質な小説だ。



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