December.13,2002 歴史の裏教科書

        イクシマが「面白いぜ」と貸してくれた本がある。『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』(太田出版)。600ページもある大きな本で、小さな脚注まで読むと膨大な量の活字が並んでいる。



        笠原和夫に、今まで書いてきた脚本に関してインタビューしたものをまとめたものだが、これが実に面白いのである。おそらく今年読んだ本の中では一番面白かったといっていいと思う。

        笠原和夫の脚本をいくつかの時代に分けてインタビューき進んでいく。
(1)東映の宣伝部に入社してから、美空ひばりものの脚本でデビューした修業時代
(2)早くから日本にはあまりなかったリアリズム映画を目指し始めたころ(映画化されなかった『いれずみ決死隊』の脚本が収録されているが、その面白いこと!)。
(3)山下耕作『総長賭博』を頂点とした、ヤクザ映画の時代
(4)大ヒット作『仁義なき戦い』シリーズと、それに続く実録路線シリーズ
(5)『二百三高地』や『大日本帝国』といった戦争映画の時代
(6)アニメ『三国志』や、五社英雄用に『吉原炎上』や『226』を書いた時代

        脚本家の考えた趣旨と、実際に映画化した監督の考えとの行違い、具体的な差異を語っているのも面白いし、何人かとの共同脚本の具体例、裏事情がわかったのも面白い。しかし何と言っても笠原和夫の偉大さは、その取材力だろう。何を書くにも膨大な資料を当り、さらには人に合って取材をする。ヤクザ話を書くには本物のヤクザに合い、総会屋の話を書くには本物の総会屋に合い実際に自分でも株主総会に出席してみる。戦争ものの話を書くには自分の戦争体験だけではなく、実際に戦争に参加した人たちに合って話を聞く。そうした取材力から生まれた脚本は、まさにリアリズム溢れたものになっていた。

        私は学生時代に映画雑誌の手伝いをしていたことがあって、たまたま笠原和夫の『実録・共産党』の脚本を読ませてもらったことがある。『仁義なき戦い』のあとに生まれた実録ものの企画で、結局映画化はされずに終わってしまった幻の作品なのだが、私はこれを実に面白く読んだ。当時、なんでこんな企画があったんだろうと不思議に思ったのだが、この本を読んで、東映が『赤旗』の購読者を見込んで企画したのだと知って、またまたびっくりしてしまった。

        笠原和夫の語る話は、映画に関するそのももの話だけではなく、歴史観に関するものがこれまた無類に面白い。徹底的に資料を読み、取材するから、ちょっとした近代史の学者といっていい。その知識を叩き台にして脚本を書いていくのだから、歴史に対する見方は、並の歴史学者よりも鋭い。日露戦争、太平洋戦争の裏側、そして、天皇の問題。ここまで言ってしまっていいのかと思うくらいに突っ込んだ考えは、ちょっと他の本には見当たらないだろう。ここにはもう右翼も左翼もなく、第2次世界大戦を体験し、開戦直後に、「この戦争で日本は負ける」と冷静に断言していた笠原和夫という人の歴史観、思想が堰を切ったように語り尽くされていく。

        笠原和夫は、もう十年くらい脚本を書いていない。闘病生活をしているということもあるらしいのだが、その脚本リストを見ていると、総てこれは体力のいる仕事をしてきたのだというのがわかる。こんな仕事のできる脚本家が、今、他に日本で育っているのだろうか? 


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