March.5,2003 魅力的なクライヴ・バーガーの絵
若いころは、SFやファンタジーもよく読んでいたものだったが、さっぱり読めなくなってしまった。文字を読んでいても、そこに書かれている世界がイメージとして沸きあがって来なくなってしまった事が大きな原因で、ついつい疎遠になっていってしまった。未知の世界を頭の中で浮かべることが出来なくなってしまったのだろうか? 想像力が貧困になってしまったんだろう。
クライヴ・バーガーの『アバラット』(ソニー・マガジンズ)を手にして買う気になってしまったのは、そこに入れられている、クライヴ・バーガー自身によって描かれた数多くの油絵に惹かれてしまったからだ。[血の本]シリーズのホラー作家としてだけではなく、自ら映画監督までする才人。映画監督は絵が上手い人が多いと聞くが、クライヴ・バーガーの絵というのは、何と言ったらいいのだろうか、衝撃的な魅力を持った絵なのだ。絵に関して素人でしかない私だが、この絵から受ける衝撃は相当なものだ。この絵をパラパラと見ているだけで、只者ではないという気がしてくる。自分だけのイメージがどんどん沸いてくる人なのだろう。
どちらかというと、スプラッター・ホラー、ダークな世界で売るクライヴ・バーガーだ。子供向けに書かれているとはいえ、読み始めてみると、生半可なダーク・ファンタジーではない。現実世界から旅立った少女が入りこんだ異次元の世界は、かなりグロテスクで、子供向けというには抵抗がある。
絵がたくさん入った小説を読むなんて、なんて久しぶりなんだろう。人によっては挿絵入りの小説なんて、絵は想像力の為には邪魔だと言う人もいるかもしれない。しかし、『アバラット』に関しては、まさに、この絵あっての作品だと言えるだろう。
序盤で、主人公の少女キャンディ・カッケンブッシュが、朽ち果てて骨組みを残すばかりの塔を目撃する。彼女にはそれが物見櫓に見えるという。ふうん、どういう建物を想像したらいいのだろうと迷っていると、次のページにその塔の絵がある。「ああ、なるほど」と思う。しばらく読み進むと、その塔は実は灯台だということがわかる。「えっ! 灯台!?」と改めて見直してみると、確かに灯台にも見える。この一枚の絵が無かったら、私は想像ができなかったろう。
それだけではない。キャンディはここで、この先の物語に関わる重要な人物に出会うことになる。ジョン・ミスチーフという男で、角が生えていてそこに七つの人面を持っているというのである。これが想像できなくて、何回も文章を読み返してしまったのだが、何のこと無い、次のページはこの人物の絵が出ている。この一枚の絵でスーッと理解できてしまったのだ。
キャンディとミスチーフは、このあとすぐメンデルスン・シェイプという怪人に追われることになる。文章では、背中に十字架状の竿を負っていて、四本の剣を植えているように見えると書かれているのだが、これもすぐにはイメージが浮かんで来なくて、読みながら考え込んでしまったのだが、これまた次のページをめくると、メンデルン・シェイプの絵が描かれていて、難なくその姿がわかる。さらに読み進むと、メンデルスン・シェイプは右足が足首から下がなく、右足を踏み出すとコツ、コツという音がすると書かれていて、「ええっ!」とページを戻して、先ほどの絵を見直してみると、確かに右足は足首から下が描かれていない。
若い頃と違って想像力の枯渇してきた私には、この本はファンタジー小説の楽しさを久しぶりに味わわせてくれた一冊。といってもまだ、全四巻のうちの一巻目。物語はまだ始まったばかり。グロテスクでダークな登場人物がたくさん出て来たが、これらの人物が二巻以降、どう関わってくるのか興味津々。クライヴ・バーガーの頭の中にあるストーリーと、また新しい絵に接する日が楽しみでならない。