August.5,2004 あの時代

        漫談トークCD『嘘のような本当の話<第一集>』を出したばかりのなぎら健壱が、今度は小説を出した。『歌い屋たち』。初の小説だというが、どうしてどうして堂に入っている。

        物語は、なぎら健壱本人を思わせるフォークシンガー有賀が、東北の小さなライヴハウスにひとりで歌いに出かけるところから始まる。仕事を終え、ライヴハウスに残ったお客さんたちと昔のフォーク・ソング・ブームの話などをしたあと、駅前のビジネスホテルへ泊まる。飲み足りなさを感じた有賀は町に出て、一軒の飲み屋に入る。するとそこにアコーディオンを抱えた流しがやってくる。古い曲をやってもらっているうちに、この流しの持っている手帳にディック・ミネの『波止場がらす』の歌詞を見つける。こうして、時代は1960年代後半から70年代前半のフォーク・ブームのころに飛ぶ。

        現代を先に持ってきて、キーワードとなる曲をめぐって、もともとの過去から語りだす構成の上手さにも感心したが、有賀という人物を通して、あのころのフォーク・ブームの空気が見事に語られているのがいい。有賀はどこかなぎら健壱自身とダブッているようでいて、また架空の人物でもある。あのころの若者の大多数はギターとフォークソングに夢中になっていた。ラジオの深夜放送から生まれたアングラ・フォーク・ムーブメントは、世の中の何かを変えられるのではないかと、反戦をテーマに盛り上がっていた。かくいう私も、日本のフォークに夢中だった時期があった。岡林信康、吉田拓郎、加川良、高田渡、六文銭、遠藤賢司、高石ともや・・・・・そして、なぎら健壱。今でこそ、私はロックとジャズばかり聴いていたように書いているが、なんだか熱に浮かされたように、平行して日本のフォークを聴いていた。

        あの時代というのは、今思い返してみて、いったい何だったのだろう。『歌い屋たち』は、町工場で働きながらフォーク歌手としてデビューする有賀の様子を書きながら、あの時代をまざまざと描き出す。そしてテーマは歌のプロとは何かということと、後半に登場する安堂さんという人物が語る、この人の身の上話。反戦だのなんだのと口先だけで唱えていたあのころの私たちを根底からひっくり返す戦中派の話は、とても重い。

        読み終えて、あのフォーク・ブームは何だったのだろうと、しばし昔の気恥ずかしくもある思い出にトリップしてしまった。今から考えると、いささか滑稽でもあるが真剣だった。それと共に、今の若者たちを思うと、「もっと他に熱くなるものがあっていいんじゃないの?」と、思わずオジサン口調で言ってみたくもなってくる。


このコーナーの表紙に戻る

ふりだしに戻る