November.15,2004 小説の魔術師

        今、誰の新作が楽しみかといって、ジェフリー・ディーヴァーくらい期待してしまう作家はいない。作者のおもわくに振り回されながらも、それが快感になって返ってくる。いつもトリッキーな作品で勝負してくるのだが、作者に騙されてもまったく不快感がない。このへんがディーヴァーの腕の冴えだろう。よく、日本のミステリ小説でトリッキーな構成になっているといわれて読んでみると、腹が立っただけというのがある。小説を読む側がいかに楽しめるかということをよく考えて書いて欲しい。

        さてリンカーン・ライム・シリーズ第5作『魔術師・イリュージョニスト』である。いままさに殺人が行われた現場に遭遇した目撃者の目の前で、犯人は忽然と姿を消してしまう。犯人はマジシャン。神出鬼没なこの犯人は、さらにマジックのトリックを使って連続殺人事件を起こす。それを追うリンカーン・ライムとアメリア・サックス、それにマジシャンの卵である少女カーラ対魔術師イリュージョニストの戦いが今回のテーマ。

        敵が魔術師ということで、私は江戸川乱歩の少年探偵団シリーズの怪人二十面相を思い出した。もちろん、あれよりもずっと手の込んでいる小説なのだが、少年時代に胸をワクワクさせながら読みふけっていた読書の楽しさがまた蘇ってきたような気がした。

        まあ今回の相手がマジシャンとあっては、読み始める前から、こりゃあ何でもありの展開だなあと思っていましたが、さすがディーヴァー。犯人の目的が何なのか、これが二転三転していくので先が読めない。いわゆるマジックでいうところの誤導なのだが、本当の目的のために、こんな回り道をする犯人がいるだろうかという疑問が読了後に湧いてきた。それも一応説明が付けられているのだが、「でもなあ」という感じ。もっとも読んでいる間は、ディーヴァー一流の疑問を感じさせない早いスピード展開、アクションとサスペンスをポンポンと放り込んでくる面白さで、引っ張りまわされてしまう。

        例によってカメレオンが明かされたあたりで、「そんなあ」と思わせておいて、アメリア・サックスとカーラの去就問題に物語の興味を掏りかえるあたりが、ディーヴァーのうまさ。ちゃーんと読後の満足感を用意している。ずるいなあとは思うものの、やっぱりこの人、小説のマジシャンなんですな。


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