August.4,2007 寂しい、寂しい現実

        北九州の山の道路で、若い女性の死体が発見される。生命保険会社の勧誘員。物語はこの女性を中心に、その家族、会社での同僚の姿を描写していく。そのうちに、この女性が実は携帯電話の出会い系サイトで何人もの男性と関係を持っていたことが明らかになっていく。

        吉田修一『悪人』。読んでいて、ポツドールの『激情』やら『恋の渦』を思い出したが、そういう展開にはならず、登場人物たちは、キレたりしない。なぜか寂しい男や女たちばかりが登場してくる。殺された女性が密かに恋していた男性は裕福な家庭の生まれの大学生。彼女のことなどハナから相手にしていない。今どきの遊び人の学生さん。もちろん彼は[悪人]だという意識など感じていない。物語は彼女を殺した出会い系サイトで知り合った男に焦点を絞り始める。この男も、不幸な生い立ちを背景に持っているが、決して[悪人]というわけでもない。

        さらに、もうひとりの寂しい女性が出てくる。男性とのウワサもない国道沿いの紳士服の販売店に勤める、そろそろ婚期を逸してしまいそうな女性。この女性も出会い系サイトで犯人と出会い関係を持ってしまう。会ううちに、この男のしでかしたことを知りつつも、一緒に逃亡生活に入ってしまう。

        寂しい、寂しすぎる。どーしようもない現実。[悪人]にはなりたくもないし、[悪人]になったという現実に戸惑う男。そして自分は[悪人]だとは思うこともない大学生(事実そうなのだが)。そしてその大学生を[悪人]だと思い込む殺された女性の父親。

        この小説には本当の意味での[悪人]は出てこない。しいて言えば、犯人のおばあさんが巻き込まれる詐欺師くらい。そんな様を見せ付けられながら小説は終わってしまう。

        それにしても、男と女は、それほどまでにも相手を欲しがるものなのだろうか?


このコーナーの表紙に戻る

ふりだしに戻る