February.9,2008 いまごろに来訪者

        毎年恒例のミステリ・ベスト10というと、『このミステリがすごい』があって、『週刊文春』のベスト10があって、それに今年は早川書房の『ミステリが読みたい!』が加わるという盛況ぶり。最近はこれらを参考にして去年発売されたミステリを読んでいるのだが、もうひとつ忘れてならないのが、講談社が出している文庫サイズの『IN☆POCKET』が選ぶ、文庫翻訳ミステリ・ベスト10。毎年11月中旬発行の『IN☆POCKET』で発表され、こちらは毎年、前年の10月〜その年の9月までに発行された、文庫版の海外翻訳ミステリに限るという、かなり限定されたベスト10だ。総合ベスト10以外に、読者が選んだベスト10、作家が選んだベスト10、翻訳家評論家が選んだベスト10と投票者の立場別のベスト10が掲載されている。毎年、読者が選んだベスト10は講談社文庫のパトリシア・コーンウェルの新作が第1位にランクインするのがお決まりになっていて、それに対して作家が選んだベスト10、翻訳家評論家が選んだベスト10からは見向きもされないという傾向が毎年続いている。このへん、講談社の商魂と良心がうまくミックスされた面白いベスト10だ。

        今年はさらに面白い事が起きている。総合第3位、読者が選んだベスト10で第7位、翻訳家評論家が選んだベスト10で第10位、そしてなんと作家が選んだベスト10で第1位を獲得してしまった作品がある。しかも、『このミステリがすごい』も『ミステリが読みたい!』も『週刊文春』も無視した形になっているという異常さだ。それは、プリーストリー『夜の来訪者』(岩波文庫)。

        岩波文庫? こんなの近くの本屋に置いてある確率は低そうなので、神保町の岩波書店まで出向く。さすが直営店。海外文学の棚を見たらすぐに見つかった。588円。安い! でも160ページしかない。小説ではない。三幕ものの戯曲だ。1946年作。いまでも上演されることがあって、日本でも何回か上演されている。映画化もされているが、私は芝居も映画版も未見。

        この手の古いミステリ劇は、今からみると失望することが多い。昨年、アガサ・クリスティの『ねずみとり』を初めて観て、あまりのつまらなさに大失望したが、『夜の来訪者』はどうか? 登場人物は、ある実業家とその妻、その娘と息子、娘の婚約者、一家のメイド。そして、この一家団欒の席に警察の警部が現れる。警部は町のある若い娘が自殺したという報をもたらしに来たのだ。やがて、一家全員がこの娘に関わりがあったことが明かされていく。

        もうこの手の手法はミステリ・マニアにとっては、始まった途端に「あっ、またか」と思うに違いない。ミステリ劇で警察関係を名乗って登場する人物は、ほとんど○○○○なのだ。それは承知で読み進むことになるのだが、読んでいて、やはりこれは古臭い芝居だという印象が強い。よっぽど上手い役者を使わないと観客に飽きられてしまうだろう。それほど状況説明ばかりで成り立っている芝居で、よっぽど台詞に集中していないとわからなくなってしまいそう。それでも序々に登場人物の秘密が明らかになっていく展開は面白く読ませる。

        でもなあ、マイクル・コナリーもカール・ハイアセンもトマス・H・クックもサラ・ウォーターズもロバート・ゴダードもジョー・ゴアズもぶっちぎってのこの成績って、どうなんでしょ。まっ、588円の価値はあったけど。数千円払って芝居を観たいとは思いませんな。


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