March.16,2008 クライム・ノベル? ブンガク?

        アカデミー賞受賞作コーエン兄弟監督の『ノーカントリー』の原作、コーマック・マッカーシーの『血と暴力の国』(No Country For Old Men)。テレビなどで流れる映画の断片を見た限りでは、普通のクライム・ムービーという感じで、どこがアカデミーなんだという気がするのだが、原作を読んでみてびっくり。まず驚かされるのはその文体。感情表現を一切カットした乾いた文体はハードボイルド小説を思わせるが、それでいて深い。会話文に鍵括弧がないのに違和感を感じるのだが、読むうちに慣れてきた。

        ストーリーとしては単純で、麻薬取り引きのもつれから両方全滅した現場に居合わせた男が、その場にあった大金を持ち逃げする。それを非情な殺し屋が追いかける。それをまた保安官が追うといった話なのだが、これがクライム・ノベルとして読んでいると一筋縄ではない。いや、もちろんクライム・ノベルとしても優れているのだが、構成の妙といおうか、ところどころで挟まれる挿話が単なるクライム・ノベルとはちょっと違う。もともとマッカーシーという作家はミステリ作家ではなく、そのへんがブンガク的なんだろうが、ヒリヒリするような殺戮シーンは、このくらいは書けるんだぜと言いたいよう。かと思うと、当然あっていいシーンがバッサリとカットされていて、「ええっ? その部分は文章にしないの?」とやや欲求不満になったり。

        まっ、コーエン兄弟がこの一筋縄ではない原作をどう映画にして、それがなんでアカデミーなのか、映画館に行ってみるとしますか。


March.9,2008 ちと長いが、終盤の展開に本格の快感

        『週刊文春』2007ミステリ第1位、『このミステリがすごい』第3位とあっては読まなくてはと思って読み始めた有栖川有栖の『女王国の城』。二段組500ページという量もあるのだが、読み終えるのに時間がかかった。なんだか読んでいて、先が読みたいという気になかなかなれずにダレてしまって、他の本と併読してしまったりしていて、なかなか読み終えられなかったのだ。

        とにかく、終盤になるまでがやたら長く感じられる。山の中にある、どこかオウム真理教を連想させるような信仰宗教団体。かといって住民と敵対しているわけではなくて、UFOの存在を信じていて、彼らとコンタクトを取ろうとしているらしい。村では過去にある密室殺人事件が起きていて、これの推理くらいしか読ませどころがなくて、退屈してしまうのだ。やがて協会内部で三つの連続殺人事件が起きるのだが、殺されたのは協会内部の人間。しかも読者としてはどーでもいい人物ばかり殺され、どうやら犯人は内部の人間らしい。つまり犯人だってどーでもいいじゃんということになってしまう。

        ところが、終盤にさしかかると、今までの退屈さが一変する。犯人がわかってみれば、ははあ、そんな動機もあるかと感心するし、細かいトリックの解説もいちいち納得するし、過去の密室殺人のトリックも、それが現在の事件にどう関わっているのかも面白い。

        そして何より感心したのが、この宗教団体がなぜ警察に知らせずに自力で犯人を捜そうとしたのかの理由には、「あっ!」と驚かされた。なんだか無理矢理に閉ざされた山荘を作ろうとしているような気がしたのだが、それがそうではなく、鮮やかでなるほどと感じさせる理由づけ。願わくば、もう少し短くならなかっただろうかという気はするのだが。


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