映画と関係のないページ

消えた地下鉄

Die verschwundene U-Bahn

消えた時期:2004年4月

参考作品: サブウェイ123 激突アンストッパブル

ベルリンには Zoologischer Garten という駅があります。壁があった頃はベルリンの中央駅でした。

名前を翻訳すると《動物園》となりますが、駅の近くに西ベルリンの動物園があるからです。町の人は Zoo という短縮形で呼びます。私はその駅のちょっと先に住んでいるのですが、今日は珍しい体験をしました。

Zoo 駅のホームで地下鉄を待っている時、反対方向の電車が止まるホームに新型の地下鉄が止まっていました。まだぴかぴかで、いろいろな点が改良された車両です。乗りたかったけれど、私の家とは反対の方向へ行くのでだめ。私の方向の地下鉄はあと2分で来ると表示が出ていました。

乗り物に関しては超ローテクだったベルリンもこの10年の間にやや改良され、次の電車が来るまでの待ち時間が表示されたりします。で、私は待っていました。するとそこにいた反対方向の地下鉄が(このページでは地下鉄は生き物扱い)、いつもとは反対の方向に動き出したのです。これまで体で駅の感覚をつかんで生きていた私(と自分では気づいていなかった)は理屈を理解するより前に反射的にのけぞり、びっくり。そ、そ、そんなはずは・・・。

ごくたまに夜間、工事をする時などは折返し運転があるので、普段と逆の方向に動いたりすることもあります。しかしそういう時はアナウンスがあったり、その辺に紙が貼ってあったりするので電車を待っている人に分かるようになっています。それがこの時は《当然》という顔で普通に静かに、しかし確実に逆方向に動き出したのです。最後の車両にはしっかり、そちらの方向に走った場合の終着駅の名前が表示されていました。何かの故障でも起きて、回送になったのだろうというのが驚き打ちのめされた私がかろうじて考え出した理屈。

しかしこれだけでは済みませんでした。驚きはその後の3分の間に連続攻撃をかけて来たのです。私の方向の電車はあと2分で来ることになっていましたが、反対方向の車両を呆気に取られて見ている間に1分ほどが過ぎ、残る時間は1分。ホームに立っていると顔に風が当たるので、どうやら電車が駅に近づいているな、と理性的に考えたのはその後10秒ほど。何か変だと、また体の方が頭より先に気づいたのです。方向が違う!

私の帰る方向の地下鉄が近づいているのだったら、風は私が立っていた時には後ろから吹いてくるはず。ところが私の頬に風が当たるのです。ということは今間違った方向に進んだ線から列車が駅に近づいている。しかしさっき出て行った時は普通の速度だったから、列車は急には止まれない。しかもこの風はかなりのスピードで走っている列車から来ている。ということはさっきの地下鉄と、風を起こしている地下鉄はちょっと先で正面衝突しているはずだ・・・!

・・・と市営交通局はゆっくり考える時間もくれず、きっちり2分後には私の乗る地下鉄が正しい方向から到着しました。頭の中は真っ白に近い状態でしたが、いつもの習慣で乗り込みました。その辺にたくさん座席が空いていたのですが、窓側にはりついて立っていました。電車が衝突したような音はしていない。救急車のサイレンも聞こえない。そしてその方向を私もこれから地下鉄で走って通る・・・。これは絶対見逃せない。・・・と野次馬根性丸出しで、窓側にへばりついていました。

私の地下鉄は何食わぬ顔でいつもと同じ調子でドアを閉め、何も気づかないフリをして走り出しました。24年間ほとんど毎日走っている線ですが、この駅を出てすぐ下に急カーブを切って走ります。《下に急カーブとはなんじゃ》とおっしゃる方、ベルリンの地下鉄を見る時は平面だけでなく、高さも考えないと行けません。ベルリンには至る所に川や運河があって、私の住んでいる地区も空から見ると島のようなものです。ですから地下鉄はその川よりさらに深い所を走らないと川にぶち当たって水浸し。泳ぎの下手な私はおぼれてしまうのです。Zoo と私の家の間にはそういう川があるので、駅を出たとたんにザ・コアのごとく地底深くもぐり始めます。

好奇心いっぱいの私は目を凝らして地下鉄の通るトンネルを見ていましたが、大惨事が起きた様子は無い。やれやれよかった、とにかくこれでうちに帰れる・・・と思ったのはいいのですが、地下鉄はいずこへ。1箇所普段より明るい場所があり、どうやら地下鉄は まだ電気を消さずそこに隠れているようだったのですが、それにしてはちょっと場所が狭い。駅に止まっていたのは夜間時々来る短い車両でなく、駅のホームの長さを全部占領する普通型。ということは結構長い車両です。しかし電車が止まっていそうな場所はそこしかなかったので、演繹的にそこに隠れていたと言うしかありません。

さて私の電車はそんなことで悩んでいる乗客には頓着せず、どんどん先へ進み、隣の駅に到着。なんとその駅にはもう反対方向の次の電車が来ていたのです。ということはこの電車もまもなく猛スピードで Zoo に向かって走り始める。あの電車はもしあそこに止まっているとすればそれでいいですが、そうでなかったら、今度こそ大惨事に・・・。Zoo と次の駅の間を走るのに、地下鉄は2分しか要しません。数分の間に同じ線路を3台の地下鉄が走り、1台が逆方向を向いていた。しかしこの頃にはどうやら大惨事は無いだろうという方向に気持ちが傾いていました。

どこかで地下鉄の駅にも駐車場があるというような話を聞いたことがあったのです。毎朝始発が4時頃なのですが、それが必ずしも終着駅から出発するわけではないと聞いたことがありました。ベルリンの地下鉄は輪になった路線が無く、全部一本の線。どこかの駅が終点ですが、毎朝電車は1箇所からスタートするのではないようなのです。東京に比べれば距離は短く、規模の小さい路線ですが、それでも線の端っこの始発駅からスタートし、終着駅に到着するまでには30分以上かかります。で、どうやら路線の真中あたりから出発する電車もあるようなのです。となればさっきの地下鉄もそういう駐車場に入ったのかと思いますが、まだ宵の口。営業終了までにはまだかなり時間があります。やはり故障とか何か事情があったのでしょう。

それにしても24年間慣れ切っていたので、目の前で電車が反対向けに動き出しても私の脳みそはすぐ反応せず、体の方が先に異変を感じるという妙な夜でした。しかしテレビを見ているよりはおもしろかった。

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