December.17,2005 初めてのディナーショウ体験

12月11日 大木トオル・ディナー・ショウ (ロイヤル・パーク・ホテル)

        私は今だかつて、ディナー・ショウなるものに行ったことがないかった。また、一生行く事もないだろうと思い込んでいたところがある。かつて仕事でディナー・ショウのチケットを販売までした経験こともあるというのにである。ホテルなどでクリスマス時期になると多く行われるディナー・ショウ。なにしろチケットが高すぎる。数万円も払ってまで、料理と音楽を楽しもうとは思えなかったのだ。だってそうでしょ。ライヴ・ハウスへ行けば、だいたいチャージを払って、飲み物と食事をとったとしても、数千円ですむ。桁が違うという意識があったわけです。まあ、よく考えると料理はホテルの一流コックが作るものだから、ライヴ・ハウスのものとは違うでしょう。そりゃあ、それだけの値段を払って食べる価値があるには決まっている。ただですねえ、ホテルでディナーともなると、穿き古したジーンズとトレーナーというわけにいかないじゃないですか。これが気が重い。

        去年も大木トオルはロイヤル・パーク・ホテルでディナー・ショウは開いた。翁庵寄席という怪しげな寄席にブルース・シンガーを呼んでいたりするので、ブルースが好きだということは近所では結構バレバレになっているから、商店街の知り合いから、「行かないの?」という視線を感じる。ただ、去年はこのディナー・ショウが行われたのが平日だったのだ。「すみません、平日の夜は仕事なものですから。休みの日ならよかったのになあ、あはははは」で済んだ。ところが今年はそういうわけにいかなくなった。なんと今年は日曜の夜に設定されてしまったのだ。大木トオルの幼なじみの友人だという商店街の旦那に、「今年はよろしくお願いしますよ」と声をかけられ、逃げ場を失ってしまった。お互いになぜか意味不明の苦笑いなどしながら、3万円也のチケットを購入。



        チャリティーディナーショーとあるように収益の一部が大木トオルのやっている国際セラピードッグ協会に寄付されるとあっては、人助け、いや犬助けの意味もあるから、協力は惜しめません。さて、どんな格好で行こうかと迷った。なにしろ一年通じてジーンズで通しているので、スラックスは1本しか持っていない。この一張羅のスラックスにアイロンをかけなおし、シャツにジャケット。ネクタイは勘弁してもらうことにした。ネクタイは葬式用の黒いのしか持っていないのだから。これにコートを着込んでロイヤル・パーク・ホテルまで歩く。クロークでコートを預け、ロビーに入る。広いスペースに大木トオルのこれまでの道程を示す展示物がいっぱい飾られている。有名なミュージシャンと撮った写真も多く展示されていた。ベン・E・キング、マディー・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカー、B・B・キング、アルバート・キング、そしてキース・リチャーズ。すっかり見惚れてしまっているところを、「そろそろディナーが始まりますので、中へお入りください」と係の人にうながされて会場に入る。

        私の席番号7−Gはステージの正面下手の1番前という位置だった。すでに飲み物の提供は始まっていた。ビール、スパークリングワイン、ワイン、ウイスキーなどが飲み放題ということだったが、とりあえずスパークリング・ワインを貰う。同じテーブルの人は商店街の人たちと、その関係者。別にブルースが好きで来ているというわけではないので、近所の噂話などで、談笑することになる。そうこうするうちに料理が運ばれ始めた。この日のメニューは以下の通り。


Scotish salmon with its bavarois formed cornet,
dill flavored vinegar sauce
サーモンマリネとババロアのコルネ
ディル風味のハニーヴィネガーソース
クリスマス飾り

Louisiana gumbo soup
ミスターイエローブルースが
こよなく愛した
ルイジアナ風ガンボスープ

Beef tenderloin with black pepper gravy,
accompanied by garden vegetable creole
オーストラリア産牛フィレ肉
黒胡椒風味のグレービーソース
季節野菜のクレオール風を添えて

Hazelnut and chocolate tart,
topped with honey ice cream and orange sauce
ヘーゼルナッツとチョコレートの
クリスマスタルト
蜂蜜のアイスクリームとオレンジソース

Coffee
コーヒー


        ガンボ(オクラ)スープがメニューに入っているのが、いかにもブルースでしょ。凝ったオードブルとメインディシュに挟まれたところに、素朴なガンボ・スープが出るといのが、バランスが悪いというか、いいというか(笑)。全て美味しくいただきました。赤ワインもたっぷり飲んだところですっかりいい気分。

        会場を見回すと、ざっと400人くらい入っているだろうか。丸テーブルに十数人ずつの人が座っている。これ、何かに似ているなあと思ったら、大きな規模の結婚式の披露宴ではないか。正装した男女がディナーを楽しんでいる。司会者が出てきていろいろなセレモニーがあるわけではないので安心して食事が楽しめるので楽なのだが。そういえば、このくらいの規模の披露宴ともくれば、私も3万円くらい包むだろうなあ。本当のブルース・ファンらしきものの姿は、まあ見当たらない。もっとも、ショウが始まったら、それなりに上手いタイミングでかけ声が入ったりしたから、ブルース・ファン皆無ということではなかったらしい。

        定刻15分押しで、バンドが登場。ギター、ベース、ドラムス、キーボード、ホーン4(ts,as,tr.tb)、女性コーラス3の11人。ドラムスが黒人だった以外は全員日本人。インストのあとに大木トオル、下手袖から登場。トレードマークの白い服に白い帽子だ。帽子を外して胸に当て、観客に挨拶。いよいよ、大木トオル・ショウの開幕だ。当日の演奏曲目リストは以下の通り。

1.Insto
2.Oki Heat
3.The Last Soul
4.The Letter
5.Stomy Monday Blues
6.Everynight Woman
7.Sweet Home Town
8.I Got A Mind To Give Up Living (絶望の人生)
9.The Dock Of Bay
10.Save The Last Dance For Me
11.Don’t Play That Song
12.Home Work
13.Call The Brownsugar Woman
14.You Really Got A Hold On Me
アンコール
15.Tashadena
16.Land Of 1000 Dances (ダンス天国)
17.Sweet Little Darling

        始まってみると、やっぱり客層は商店街の旦那衆中心。後打ちリズムの手拍子がとれない(笑)。女性コーラス隊が盛んに後打ちリズムをとってみせるのだが、民謡スタイルの前打ちリズムを叩いている人が多いこと多いこと(笑)。4曲目でディナーでいささか飲みすぎてトイレに行きたくなり場を中座。ロビーに出たら、私以上に飲みすぎたらしい男性が倒れていた。飲み放題だとこういうことが起こるんだよね。5曲目のStomy Mondayに滑り込めたのはうれしかった。大木トオルの声はCDでは聴いていたが、かなりハスキーな歌声である。それが無理に作っているのか、歌うときはそういう声なのかわからないが、かなり魅力的だ。次のEverynight Womanは私の好きな大木トオルのオリジナル。よき時代のR&Bの匂いがする名曲だ。スタンダードのヒット曲も多い。オーティス・レディングのThe Dock Of Bayとか、ドリフターズのSave The Last Dance For Me、ウィルソン・ピケットのLand Of 1000 Dances・・・・・。もっともそれすら知らないという客層が多かったようなのだが(笑)。そんな中にもオーティス・ラッシユのHome Workがあったりするのだから、ごったまぜの感があるのはディナーと一緒(笑)。

        ビートルズもカバーしたYou Really Got A Hold On Meで締めくくり。大木トオルのライヴは初めて観たのだが、かなりジェームス・ブラウンが入っている。「お願いだから、ボクを抱きしめてくれ」と苦しそうに歌いながら、下手に消えていく姿はJBのマント・ショウではないが、疲れ果て足を引き摺るよう(笑)。思うに70年代の日本ブルース界は一方でウエストロード・ブルース・バンドを中心とした暗さいっぱいの方向性が主流だった。汚い服に長髪。暗い目をしてライヴハウス中心にブルースを演奏していた。そんなに同じ時期に大木トオルは渡米。いきなり本場での活動を始めた。凱旋帰国ライヴは、いきなり大きな会場。彼の姿勢はあくまでもエンターテイメントとしてのブルースだといえる。

        アンコールは、女性コーラスが♪あ〜、あ〜あああ〜 あ〜あああ〜 と、どこかで聴いたメロディーをスキャットし続けるところで大木トオル再登場。大木トオルもコーラスに加わって歌いだしたのが、♪わ〜らにまみれてよ そだてたく〜りいげ〜 うわあ三橋美智也の『達者でな』ではないか。これが不思議とソウルフルでいいのだ。う〜ん、『達者でな』は日本のソウルミュージックだったのか! Land Of 1000 Dancesで総立ち。お客さんたちが一斉に踊りだした! それがほとんどがもう中年から老年にかけてのお客さんたち。まともな踊りではない。中には盆踊りの振りで踊っているのもいる!(笑) なっ、なんだ、この空間は! でも、そこにいる人たちの顔を見ると、本当に楽しんでいる様子なのだ。ギョッとしたが、実のところこれでいいのではないか。前打ちリズムだろうが、盆踊りだろうが、それぞれがソウル・ミュージックを自分なりに楽しめれば。一年間働いた自分にご苦労様の思いを込めて、贅沢な食事と音楽を楽しめれば。

        ラスト・ナンバー、大木トオルがセラピードッグのチロリに捧げた曲。映画『犬と歩けば』の挿入曲としても知られるSweet Little Darlingが流れると、ステージにはセラピー・ドックがずらりと登場。こうなると会場は無法地帯。写真は撮りまくるは、花束を渡すお客さんでごったがえすは、すごいことになっている。チロリが乗っている乳母車を右手で押しながら、また疲れ切った真似の演技をしながら、左手で帽子を客席に振り、一歩一歩下手へ消えていく演技も、JBが入っていたなあ(笑)。


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