April.27,2000 香港映画人ハリウッド進出の明暗

        チョウ・ユンファ、ハリウッド進出は、今のところ失敗だったのではないかと思ったのは、『NYPD15分署』なる映画を見たせいだ。ジョディー・フォスターとの共演作『アンナと王様』なんて、まるで見たいと思わないから、これで『リプレイスメント・キラー』と合わせて2本見ただけだが、香港時代の彼のよさが、まるで出ていない。『リプレイスメント・キラー』の時よりましだが、顔がこわばってしまっているのがわかる。まるで、演技プランの勝手が違うようにみえる。英語を喋らなければならないというハンデからか、緊張してしまっているのではないだろうか?

        ジャッキー・チェンだって、無理にハリウッドの作品に出る必要があるのだろうか? 『レッド・ブロンクス』『ラッシュ・アワー』の無残な出来はどうしたことか? 彼だって、自分で監督したり、香港の監督で撮ったものの方が、格段に面白い。

        リー・リンチェイ(ジェット・リーという名前は、どうも好きになれない)の『ロミオ・マスト・ダイ』も、『リーサル・ウェポン4』の姿から想像すると、期待薄。彼はチョウ・ユンファと違って演技よりアクションを武器に出来るが、表情を消してしまっている。これでは彼のよさが、まるで出ていない。

        監督はどうか? ツイ・ハーク。ハリウッド的なものを香港に持ち込み、香港のスピルバーグと言われた彼だが、あくまで香港の観客に受けるような部分を中心にして、ハリウッド的なテンポを持ちこむというスタンスの人だった。それが、ハリウッド進出した途端つまらない映画しか撮れない。『ダブルチーム』『ノック・オフ』のつまらなさは何だ!

        唯一、成功したのが、ジョン・ウー。香港では、どちらかというとウェットな作風の人だったから、ハリウッドには向かないと思っていたのだが、『ブロークン・アロー』『フェイス/オフ』の2作で、ドライでハリウッド的なテンポでも撮れる人だと知って、びっくり。『ミッション・インポッシブル2』だって、予告を見ただけで、「ああ、またやってるな」という期待が一杯に広がるではないか!

        さて、となるとジョン・ウーが次に撮るというチョウ・ユンファ主演の『王様の身代金』がどう転ぶか、ちょっと気になるところ。これで失敗したら、チョウ・ユンファは香港に帰った方がいいのではないか。


April.23,2000 気合の入ったパンフレット

        映画館で売っているパンフレット(プログラム)って、日本だけの習慣らしくて、外国の人にはうらやましがられる。私も大抵、買う。ただ、編集がいいかげんなのが多くて、「これで500円はないだろう」というのにぶつかったりすると、二度と買うものかと思うのだが。

        例えば、写真ばかり大きく入れて内容がないもの。写真集じゃないんだからね。出ている俳優のファンなら、それでいいのかも知れないが、そうでない場合は虚しさに支配されてしまう。読み物が多ければそれでいいという訳でもない。何人もの映画評論家の同じような文章がダラダラ並んでいたりして、うんざりするときがある。ときには、映画のネタをバラしてしまっているのもある。

        一般的なのは、全体的な解説があって、ストーリーを書いてあって、スタッフ、キャストのプロフィール紹介があって、撮影の裏話があって、評論家の文章があって、スチール写真を散りばめてある。私はパンフレットを買い、席に着くと開映まで時間があると、スタッフ、キャストの欄だけ眺めるようにしている。「ああ、あの映画を監督した人か」「ああ、あの映画に出ていた人か」といった知識だけ入れて、映画が始まるのを待つ。

        [いいパンフレットを作ろう!]という意欲溢れるものに当たったりすると、凄くうれしい。今年になって、今のところ一番よかったのが、『スクリーム3』パンフレット

        ファイルのような形の印刷物を開くと、中に小冊子のようなものが2冊入っている。1冊は、[CAUTION]と書かれたテープが上にかかっていて、「開封時の注意●犯人と遭遇しますので、映画を見るまでは開けないで下さい」とある。つまり、こっち側の冊子はネタを割っているよという、親切な配慮がされているのである。

        テープのかかっていない方の冊子は、ごく普通に編集されている。解説、ストーリー、スタッフとキャストのプロフィール。そして、労作なのが、前2作を含めた登場人物の相関図。これがとてもよくできている。もう忘れてしまった前の話を思い出すことができるし、複雑になってしまっている背景を頭の中で整理することができる。

        もう1冊の方も充実している。評論家の文章が1本。評論家だって、これならネタをバラしていいわけなのだから、書きやすいだろう。キャストへのインタビュー7人分。犯人役にもインタビユーしているのだから、最初っから見られるようになっていたらまずい。監督へのインタビュー。そして、きわめつけは、この作品の細かなシーンごとの解説。これだけ充実した内容で700円は安い!

        ただですね、映画の方がもう少し面白かったらよかったのですがね。


April.19,2000 リンチらしくないけど傑作

        『ストレート・ストーリー』は、デイヴィッド・リンチとしては、今までになく解りやすいストーリーの映画だ。ほとんど拍子抜けしてしまうほど。仲たがいしていた兄が卒中で倒れたという報を聞き、73歳の老人が小型トラクターにトレーラーをくっ付け、時速8キロのスピードで560キロ離れた76歳の兄のところへ向かう話。おそらく映画史上、最高齢者を主人公にしたロード・ムービーではないか。『ハリーとトント』というのがあったが、こちらは自力で旅をする話。

        デイヴィッド・リンチって、きっと『ブルー・ベルベット』がその作風のターニング・ポイントになったのではないだろうか? 日常の中に、ふっと垣間見える異形の世界というを発見したとき、この人、自分の作風を確立したんじやないかと思う。実は、私が一番好きなのが、そのあとの『ワイルド・アット・ハート』なのだが、これはかなりイッちゃってたので、本格的にリンチの世界を確立したのが、テレビ・シリーズの『ツイン・ピークス』。

        これ、複雑にからみあうストーリーというのは、実のところどうでもいいようなもので、最後まで見てもよくわからなかった。そのあとの映画版『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最後の7日間』になると、もっとわからなかった。しかし、このシリーズの面白さというのは、不思議な人物達、不思議な風景といったものを散りばめておいて、ごくごく日常の中で、異形な別世界がこっそりのぞいているという恐怖ではないだろうか。

        『ツイン・ピークス』の後で撮った『ロスト・ハイウェイ』も、普通に撮ればそれなりに面白いのに、わざわざ時間軸をいじくって、「なんなんだ、この映画?」というものにしてしまう。私、好きですけどね。一般的じゃないことは確か。首をかしげながら、映画館を出て行く人が多かった。

        それで、この『ストレート・ストーリー』ですよ。異形の別世界なんて、まったく出てこない。それで、[ストレート]なのかというと、あくまでこれは実話の映画化で、たまたま、この旅をした人の苗字が[ストレート]だったというだけのこと。アメリカの田舎のハイウェイを旅するという設定なら、リンチいくらでも異形世界をちらつかせることが出来たはずなのに、まるで、改心したかのごとく、優しく主人公のアルヴィンの姿をとらえていく。

        長い旅の後、ようやく兄の家にたどり着く。このシーンの前、いよいよ明日は兄に会えるというところまできた地点で、墓地で野宿していると、牧師がやってくる。この牧師にアルヴィンは、「兄と和解したいということではないのです。ただ子供のころ、ふたりでよくそうしたように、黙って星空を眺めたいのです」と言う。兄の家は、未舗装道路の側に建つ、オンボロの小屋。アルヴィンが「ライル、ライル!」と兄の名を呼ぶと、「アルヴィンか?」という声がして、この映画の中で初めて兄のライルが登場する。歩行器姿の兄と、杖をついた弟がベランダの椅子に座る。兄が「あれ(トラクター)で来たのか?」。笑ってうなずくアルヴィン。それだけ。そして、満天の星。ぐっとくるラスト。おいおい、これ本当にリンチなの?

        満天の星が映し出されところで、クレジット・タイトル。LYLE AS HARRY DEAN STANTON。うっかりしていた。予備知識なしに見たものだから、この最後にちょこっとしか出てこない役者が誰だか、気づかなかった。ハリー・ディーン・スタントン。『デリンジャー』で、「このごろ、ついてねえ」と言いながら殺されてしまう役。『エイリアン』では、猫を捜して「ジョーンジィ! ジョーンジィ!」と猫の名前を呼びながら部屋に入っていってエイリアンに殺されてしまう役。『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』でも、あっさり最初のところで殺されてしまった。この人好きなんですよ。

        映画館を出ると夜だった。東京の空は星ひとつ見えなかった。


April.13,2000 DVD映像特典大サービスの一枚

        去年、映画館で矢口史靖監督の『アドレナリン・ドライブ』を見た。『秘密の花園』が面白かったので、喜んで見に行った。やはりこちらも面白かった。両作とも、大金を前にした人間のドラマなのが面白い。しかも大金がらみの話のくせにして、ドラマがドロドロした方向に向かわず、コメディにしてしまうあたり、私の好みに合っているのだ。

        もっとも、面白かったとは言え、DVDまで買おうとは思っていなかった。ところが映像特典があまりに充実しているので、ついつい買ってしまった。予告編3種類。公開初日の舞台挨拶の模様を写したビデオ。メイキングのスチール写真集。絵コンテ集。監督が使って書きこみだらけになったシナリオ。サイン入りのプロフィール。出演者のひとりジョビジョバのマギーへの監督自らのインタビュー。もう盛りだくさんなのだ。

        そして、買いたいと思った最大の特典は、副音声にすると映画全編に渡って、矢口史靖と鈴木卓爾の対談形式で、今映っているシーンのコメントを入れているという点。買って、ものすごく得した気になった。この副音声、本編と同じ位面白い。もともと矢口監督の映画は、その肩肘張らない気の抜け方が好きだ。このコメント音声というのが、また[のほほん]とした語り口で、とにかく聴いていて楽しい。撮影の裏話とか、撮影秘話が画面に合わせて次々と披露される。一度本編を通して見たあとに聴いていると、「ええーっ、このシーンそうやって撮ったのかー!」という驚きがあって二度楽しめる。思わず主音声で一回、副音声で一回、また主音声に戻って一回。都合3回続けて見てしまった。

        スタッフがエキストラとして随所にセリフつきで出演しているのを紹介してくれているのも楽しいのだが、一番驚いたのが、主演の石田ひかりを別の役で、こっそり使っているシーンがあることを、この副音声で知った。かなり大きく映っているのだが、衣装も大胆に変え、かなりイメージの違う役柄なので、気がついた人は誰もいないだろう。こういうチャッカリしたイタズラをやってみせるあたり、映画を撮ることを本人達は心から楽しんでいるように思える。一見、映画をナメてかかっているようで、その実、真剣に作っているのが好感を持てるところなのだ。なにより、自分達の一人よがりにならず、観客を愉しませようという姿勢がいい。


April.8,2000 いまのところ今年のベスト

        春近い頃の公園のベンチ、ひとりの女子高生(田中麗奈)が座っている。迷いに迷った末、好きな男性に出すつもりでいたラヴレターを破り捨てる。現在、ひっそりと公開されている『はつ恋』という映画は、こんな出だしで始まる。一部で評判になってはいるのだが、映画館の売店で、田中麗奈の写真集が飛ぶように売れているところを見ると、そういったファン層がやはり多いらしい。タイトルがこんなだし、アイドル映画と勘違いされそうなのだが、凄く良質な日本映画を久々に見た思いがする。

        田中麗奈には、入院中の母がいる。原田美枝子が演じているのだが、これが実にいい。いい女優になったものだ。そう言えば、もう25年も前、私は彼女に会った経験があるのだが、その話もそのうちに書かなければね。ええと、それで田中麗奈は、偶然に母の大切にしているオルゴールの中に、手紙が入っているのを発見する。それはその昔、母が出そうとして出せなかったラヴレターだった。

        若さというものは怖いもので、なんと田中麗奈は、この相手を捜し出してふたりを対面さとせようと思いつく。ようやくの思いで捜しだした男(真田広之)は、妻と子供に先立たれて、すさんだ生活を送っている。このままでは母に会わせられない。男を見栄えよくしようと、男に運動をさせ、美容院に行かせ、服を買い与え、母との対面を着々と準備する。ふたりを思い出の桜の木の下で、ちょうど満開の日に、母には秘密で会わせようとする。

        この展開には、少々戸惑いを感じた。そしてもしふたりが会ったとして、これでは乙女チックなだけの駄作にしかならないからだ。なにせ一番気になるのは、生真面目で冴えない父親(平田満)の存在である。父とはうまくいっていない娘。すさんだ生活をしているとは言え、明らかに真田広之の方がいい男だ。これでは、先月まで私がぶつぶつと書いてきた、「シンメトリーな男に横取りされて、後に残された男の存在はどうするの」というテーマに進行してしまう恐れがあるのだが、うまいものですね、この映画は、あくまで大人の展開をしていく。

        是非見てもらいたい映画だし、これ以上ストーリーは書かない方がいいだろう。「憧れと恋は違うのだよ。恐れずに好きだと打ち明けて、一歩踏み出さなければ、恋には発展しないんだ」と田中麗奈に話して聞かせる真田広之。肝心な時に言葉が足りないで、お互いに好意を感じながらも恋に至らなかったふたりの、言葉少ないながらの再会シーン。「うまいなあ」と感心しきりの名シーンだ。

        音楽が、今どんな映画でも感動に持っていく力を持っている久石譲。ドラマの鍵になるピアノ曲が全編に流れて、「やられたあ」という思いだ。今のところ、今年のベストはこの『はつ恋』だ。


April.5,2000 春のテレビ実験映画祭

        春の番組改変時期なので、このところ、テレビは特番ばかり。そんな中、フジテレビが3月27日に『世にも奇妙な物語 2000年春の特別編』、28日に『学校の怪談 春の呪いスペシャル』を放映した。どちらも短編のオムニバス・ドラマだ。このところ、フジテレビの流すこの手の短編ドラマの中には、妙に面白いものが混じっている。以前だったら、深夜枠でしか放映しなかっただろう実験映画に近いようなものが、午後9時からのゴールデン・タイムに平然と放送されるのだから、フジも太っ腹だ。

        『世にも奇妙な物語』の方で印象に残ったのは、『奇数』という話。夜の駅前のバス・ターミナル。バスを待っている人の列。バスが到着すると一列で中に入って行く。バスは右側が一人掛け席。左が二人掛け席。バスに乗り込んだ人は、順番に一人掛け席の前の方から順に座っていく。そんな中で、7番目に乗りこんだのが柳葉敏郎。「なぜ、誰も二人掛けの方に座らないのだろう」と思う。中には明らかに二人連れも混じっている。そんな二人連れは前に座った人物が後ろを振り向いて会話を交わしたりしている。柳葉は、二人掛けの方に座る。柳葉の後ろから乗ってきた、8番目の人物である女子高生は、7番目の席を抜かして8番目に座る。以降も9番目の人物は9番目の席。10番目の人物は10番目の席に座る。

        バス発車間際、6番目の席に座っていた男の子が、5番目の席に座っている、あきらかにその子のおかあさんと思われる人物に呟く。「ねえ、あのおじさん・・・」。柳葉の方を目で追って言うのだ。柳葉は、何かこのバスのルールがあるのかと7番目の一人掛け席に移る。

        最初の停留所が近づくと一番前の席の人物が停止ボタンを押す。バスが停留所に着くと、その人物だけが降りて行く。2番目の停留所が近づくと2番目の人物が停止ボタンを押し、降りて行く。このようにして、停留所に着く度に、前から順に降りて行くのだ。5番目の人物は、先ほどのおかあさん。子供を残して5番目の停留所で降りて行く。6番目で子供が降り、いよいよ次は柳葉の座る7番目。しかし、柳葉の降りるつもりの停留所はまだ先だ。7番目の停留所が近づく。後ろの人物たちが、柳葉の方を注目している。さて、この先、どうなるか。見てない人は再放送を期待してね。ゴールデンに放送するには、かなり異色な内容だ。

        もっとも、一番驚かされるのは、なんと俳優の豊川悦司が脚本監督したという『冷やす女』。雪山で遭難して、死体で発見された恋人(辻仁成)を、少しでも長い間、腐らせずに保存しようとする女(水野美紀)の話。冷蔵庫に入れておくとかゆう発想が、この女性にはないらしく、部屋に死体を座らせ、部屋中を氷だらけにして、部屋を冷やす。零下4℃が目標というのだから、かなり異様。氷屋で大きな氷を買うという発想もないらしく、コンビニでブロックアイスを大量に購入している。なんだこりゃと思って見ていると、とにかく映像が美しい。まさに実験映画祭でしかお目に掛かれない斬新な手法を使っている。最後はホロリとさせられるし、よくできた一本。

        『学校の怪談』では、矢口史靖が脚本監督した『恐怖心理学入門』が面白かった。筒井康隆の心理学の教授が、幽霊を信じないという生徒を、他の生徒たち全員とグルになって、幽霊が出たような状況を作りだし、最後には幽霊の存在を信じさせてしまう実験をする話。『秘密の花園』『アドレナリン・ドライブ』の矢口史靖だもの、面白くないわけがない。こちらも、彼の実験映画(ビテオ)『ワンピース』(当コーナー昨年12月参照)でのアイデアを再び使ったりしている。日本家屋の押し入れの怖さは、『暗室』が元だろうし、ラストのオチは、『LET`S ハルマゲ』だろう。こちらも再放送があったら、是非見て欲しい。


April.2,2000 ベルリン交通事情

        去年、映画館で見て、夢中になってしまったドイツ映画がある。『ラン・ローラ・ラン』。ひょっとして、去年見た映画の中ではベストと言っていいかもしれない。DVDが出たら買おうと思っていた。なにせ、何回も見たくなるような映画なのだから。ちょうど、『マトリックス』と発売時期が一緒になってしまい、こちらの方は見過ごされがちになってしまいそうなのだが、何回も見たくなる映画は、絶対にこの『ラン・ローラ・ラン』だ。

        映画館を出る前に、売店で売っていたパンフレットはもちろん、サントラまで買ってしまった。パンフレットは肩に背負えるビニールのバッグつき。これを背負って思わず走りたくなってしまった。その夜は、訳もなく近所を走っていた。バカですねえ。すぐ映画に影響される。サントラは、ドイツで今だに人気の高いテクノ・ミュージック中心なのだが、これが、妙にこの[走る]映画に合っている。テクノをCDを買ってまで聞くなんて、なんと久しぶりのことか。

        DVDを買って、まだ一度しか見ていないのだが、なぜ何回も見たくなるのかというと、この映画、構造が変わっているのだ。ローラの元に恋人のマニから電話がかかってくる。マニは街のチンピラ。ボスの使いで麻薬を売りに行き、その帰りに代金10万マルクを失くしてしまう。昼の12時までにボスに金を渡さないと大変なことになる。マニはスーパー・マーケットに強盗に入ろうかと打ち明ける。「待って、何とかするから」。現在11時40分。タイム・リミットは、20分。走るローラ。ベルリンの街を走り抜ける。この描写がいい。ところが、紆余曲折あって、結末はハッピー・エンドにならない。普通ならそこで終わりなのだが、映画はまた最初から動きだす。アドベンチャー・ゲームの、選択肢によってストーリーが変わってくるアレに似ている。都合3回の違ったストーリーが展開することになるのだが、そのたびに街の人物達が違った動きになる。ついつい、3回の変化を確かめたくなって、もう一度、もう一度と見たくなるはずだ。

        ひとつ、解説を入れておきたいことがある。マニが10万マルクの大金を失くすシーンである。ローラがバイクを盗まれたことによって、マニを迎えに行かれず、マニは交通手段を奪われてしまう。仕方なく地下鉄を使うのだが、そこに検札が入ってくる。キセルをしたらしいマニが、あわてて現金の入ったビニール袋を車内に置き忘れて逃げてしまうシーン。これ、日本の感覚からすると、「地下鉄に検札?」と不思議がるところだが、ベルリンの交通事情を知っていると、さもありなんということになる。

        ベルリンのUバーン(まあ、地下鉄みたいなものですが)は、改札がないのだ。乗る人は、自動販売機で行き先までのキッブを買い、改札なしで電車に乗る。当然、無賃乗車をしようという人物が出てくる。そこで、検札員が回ってくることになる。たいてい、電車が動きだす瞬間に入ってきて、「さあ、キップを見せなさい」ということになる。そのとき、キップを持っていないと莫大な罰金を請求されることになる。5年前にベルリンに10日間滞在した私の経験では、結構利用したにもかかわらず、検札に遭遇したのは、一度だけだった。すばやい奴は、すぐに逃げていた。改札を置かないというのは、いかにもドイツ的な合理主義でもあり、人間を基本的に性善説と見なしている優しい考え方なのだろうか。

        マニが反射的に、袋を忘れて検札から逃げてしまったというのも解る気がするし、一方でホームレスが平然と乗り続けていたというのも解る気がする。

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