December.11,2002 死体であることの演技
今年の東京国際映画祭は、結局一本も見ないままに終わってしまった。好きな香港映画も今では輸入DVDが簡単に手に入るようになり、何が何でも映画祭で見る必要も無くなってきた。韓国、タイ、香港の3ヶ国で一本ずつ短い映画を撮り、オムニバスものとして公開されたホラー映画『THREE』(三更)も、東京国際映画祭で上映されたが、日を置かずして輸入DVD屋の店頭に並んでいた。
『THREE』のDVDは、三本の短い映画を3枚のDVDに分けてボックスとして売られていた。3本合わせても2時間10分ほどだから、何も3枚に分けることはなかったと思うのだが・・・。それだけ定価も高くなってしまっている。第1話が韓国の『Memories』(回憶)。第2話がタイの『The Wheel』(輪廻)。第3話が香港の『Going Home』(回家)。韓国のは、不気味な緊張感のある映像、そこへ突然、ビクッとさせる音が入ったりで、びっくりさせる演出は巧いとは思うが、まあそれだけのこと。タイのは、呪いの人形テーマというあまりにも古臭いホラーで、退屈。面白かったのはやはりピーター・チャンが監督した第3話。
エリック・ツァンの刑事が小学生くらいの息子を連れて、古ぼけたアパートに引っ越してくる。かなり大きなアパートなのだが、他に住んでいる住人はほとんどいないようだ。赤い服を着た子供の姿が廊下で目撃される程度。エリック・ツァンの息子は、このアパートには何かがいると怖がるが、気のせいだ、幽霊なんていないと叱りつける。そんなある日、息子の姿が見えなくなってしまう。唯一見かけた住人の部屋に自分の息子が遊びにいっていないだろうかと訪ねていくと、そこは漢方医レオン・ライの住居。この黒ぶちメガネ、七三分けの男は、レオン・ライだと言われなければ、まずわからないだろう。
子供なんて知らないと玄関先で追い返されてしまうエリック・ツァンだが、どうしても中を確かめようとレオン・ライの部屋に侵入する。するとそこには女性の死体があった。びっくりするエリック・ツァンだが、後ろから忍び寄ったレオン・ライに殴られて意識を失ってしまう。気がついたときには椅子に縛りつけられている。肝臓癌で3年前に死んだ妻を、また生き返ると信じて、毎日漢方の薬草の入った風呂に入れ、髪を梳いてやる日々を過ごしているのだった。しかし、死体といっても腐敗はしていないし、死班が浮いているわけでもない。この綺麗な死体を演じたユージニア・ユァンには、主演女優賞を与えたいくらい。単なる死体なのだが目は見開いたまんま。これはたいへんだったろう。かなりカメラを長く回している個所がある。その間、瞬きをしてはならないのだから辛かったろう。レオン・ライは、あと3日で妻は甦るという。その3日目が訪れた日に・・・。
怖さというよりも、レオン・ライの漢方医夫婦の悲しい愛の姿が見事に浮彫りになっている、世にも奇妙な物語だろう。これ一本だけで元を取ったかな。
December.4,2002 石橋凌がいい!
入場料1800円を払おうと1000円札2枚出そうとしたら、1枚返された。12月1日は映画の日なのだそうで、割引料金1000円で見られるんだそうな。見に行った映画は『AIKI』。事故で車椅子生活になった青年が大東流合気柔術を学んでいくという映画。これがなかなか見ごたえのある、青春映画になっていた。
冒頭で、青年芦原(加藤晴彦)が有望なボクサーとしてデビューしている過程と、オートバイの事故で下半身が麻痺してしまう事件がスピーディーに語られる。前半は人生に絶望した芦原が荒れた生活をしている様が描かれていて、いささか辛い。「人生なんてクソだ。夢とか希望も、しょせんは全部汚いクソの中なんだ」と言う芦原に、放浪のギャンブラー、イカサマのサマ子(ともさかりえ)は「あんたってロマンチストなのね」と言い放つ。このともさかりえがいい。障害者も健常者も関係ないという接し方がクールで魅力的だ。
チンピラに絡まれている女性を助けようと、車椅子のままチンピラに向っていくが、逆にボコポコにされてしまう。腰も使えない、腹筋も使えない下半身麻痺の者ではパンチに力が入らなかったのだ。悔しさにまた格闘技を学ぼうとするのだが、どこも受け入れてくれるところが無い。そんなある日、芦原は神社の境内で演舞を披露している大東流合気柔術と出会う。
この映画の成功は何といっても、この合気道の師範平石に石橋凌を機用したことがあるだろう。石橋凌と言えば、ARBという硬派な音で売るロックバンドのヴォーカリストであり、俳優に転向後は、出る作品のほとんどが暴力団役という偏った使われ方をしてきた男。この人は暴力団員しか出来ないのかと思っていたのだ。それが、『AIKI』での石橋は合気道を会得した達人であり、しかも普段は普通のサラリーマン。ギラギラしたところがまったくないキサクな人物という設定なのだ。こんな役に石橋を持ってきたスタッフの目は間違っていなかった。合気道の稽古よりも、稽古のあとのビールが楽しみで続けてきたという師範がいかにも人間的。車椅子の人間に、はたして合気道が出来るのだろうかと自ら車椅子に座ってやってみるシーンも納得できる。ラスト近く、襲いかかる空手家たちに立ち向かっていくときの、「本当に倒せるのだろうか」という緊張した表情もいい。相手たちを総て倒したあとに、「よかった」と懐から手ぬぐいを出して額の汗をぬぐう表情もいい。これまでの石橋凌からは、想像もできなかった演技だ。
車椅子を使った合気道を序々に会得していく芦原の過程もうまく出ているし、サマ子との恋愛模様もいい。久しぶりに気持ちいい青春映画を見た気持ちになった。