December.29,1999 館内販売

        以前映画館って、休憩時間に、お菓子やらジュースやらを大きな箱に入れて、売り子が客席を回ってきましたよね。そのうちに、モナカアイスくらいしか売りに来なくなって、それももう来なくなってしまった。好きだったんですよ、アイス食べながら映画見るの。少々高かったけれど、映画見に行くなんていうの、贅沢しにいくといった気分でしたからね。今、劇場の売店って、とても混雑していて、列ができてしまっている。このところ、外の自動販売機で飲み物買って、持ち込むことにしている。そっちの方が安いし、並ばなくてすむもの。

        そう言えば、丸の内ピカデリーだっけ、座席の肘掛に、飲み物のホールダーが付いているの。あれ便利だよなあ。最近、特にお芸術映画を中心に上映しているところって、客席で飲食できなかったりするでしょ。それも一理あるのだけれど、忙しくて食事している暇がなくて、上映開始時間ギリギリで飛び込まなくてはならなくなった時ってあるじゃないですか。ファーストフードでハンバーガーかなんか買って、映画見ながら済ましちゃおうなんて思って行くと、「あっ、この映画館、飲食禁止だった」なんてことがある。すきっ腹かかえて二時間、頭の中は、「腹減ったナー」ばっかりで埋まってしまって、何見ていたのか、わかんなかったこともある。自分が悪いんだけれどね。

        年末の殺人的な忙しさの中、小さなネタで失礼。


December.24,1999 『ファイト・クラブ』が語るルール

        子供時代から、あまり殴り合いの喧嘩沙汰には縁がなかった。そんな私だが、小学生のときと中学生のときの計二回、友人から「ボクシングごっこをしないか?」と持ちかけられたことがある。私は条件を出した。「ファイトは3分間のみ。それ以上は絶対にやらない。首から上は打たない。本気になって喧嘩に発展させない」。二回とも、素手で殴り合うことにした。いやあ、3分間って長い。二人ともなかなか手が出せず、動きまわって3分後、「ハアハア、フウフウ」息をつぎながら、「ボクシングって疲れるね」と言って笑った。しかし、その3分間、私は妙に高揚していた。

        喧嘩とスポーツとしての格闘技は違う。相手を憎んで戦うか否かということもある。たまにプロレスで、それに近いものを見て、興奮するときがある。「ひょっとして、こいつらマジだ」という時である。しかし、喧嘩とスポーツの一番の違いは、ルールがあるかないかという所ではないだろうか。

        エドワード・ノートン扮する不眠症の主人公は、癌でもないのに、癌患者のセラピーに参加する。そこの患者たちと泣くとよく眠れるようになり、面白くなった彼は、結核、大腸癌、白血病・・・・・と次々に、いろいろなセラピーに偽患者として参加するようになる。やがて、どうやら自分以外にも偽患者がいることに気がつく。ヘレナ・ボナム・カーター扮する女性である。何処にいっても顔を合わせるのが気にいらない。彼は彼女に提案する。お互いに顔を合わせないように、セラピーを分け合おう。ルール作りである。

        やがて、ブラッド・ピット扮するタイラーと知り合うことになる。自宅がガス爆発で吹っ飛んのを機に、タイラーのボロ家で共同生活を始めるのだが、そのきっかけとなるのが、タイラーが「家に泊めて欲しければ、俺を殴れ」という一言。そこで殴り合いになるが、彼は快感を感じてしまう。その味が忘れられず、酒場の裏で、毎日のように、二人はファイトする。そうすると、人だかりが始まり、自然とファイト・クラブが出来あがる。となると、当然またルールだ。第一条、ファイト・クラブについて口外するな。第二条、ファイト・クラブについて口外するな。第三条、どちらかが降参したらファイトは終了。第四条、ファイトは一対一。第五条、一度に一試合。第六条、シャツと靴は脱ぐ。第七条、試合は無制限。第八条、クラブに初参加したもの者は必ずファイトしなければならない。

        ルールを守って、決して感情的にならずにファイトを楽しむクラブが生まれる。そんなある日のファイト。負け続けていた、エドワード・ノートンがついに相手をぶちのめす。それも半殺しにしてしまう。それを堺に、ブラッド・ピットの姿が消えてしまう。そして、進行する騒乱計画。ブラッド・ピットは何をしようとしているのか。仲間に、「騒乱計画ってなんだ?」と聞くと、「騒乱計画について質問してはいけない」。またもやルールである。

        この映画の面白さというのは、この辺にあるのではないだろうか。ファイト・クラブという体育会が、ルールというものに絡め取られ、独裁者による武装集団に成っていってしまう。そこにはもう、感情や疑問などというものも存在しなくなる。オウム事件やら、ネオナチの例を出すまでもなく、何か事の本質を突いてみせている気がするのだが。


December.17,1999 矢口史靖の笑いの原点

        半年前に、矢口史靖の『アドレナリン・ドライブ』を見に行った。このひとの『秘密の花園』がやけに面白かったからだが、『アドレナリン・ドライブ』も期待を裏切らない面白さだった。劇場を出ようとしたら、一本のビデオが売られていた。他のビデオ・ショップでは見かけないものだった。タイトルが『ワンピース』。矢口史靖と鈴木卓爾が撮ったビデオ作品。買って帰ったのだが、そのまま忘れてしまっていた。「そういえば、あれ、まだ見ていなかったっけ」っと思いだし、見てみた。

        1シーン、1カット、固定画面、1話完結の短編が、21本入っている。つまりですね、ビデオカメラを固定してちゃって、回しっぱなし。カメラワークといったテクニック(ズーム、パン、移動など)は一切なし。編集、アフレコもなし。どうやら、家庭用のビテオで撮ったらしくて、録音もビデオに付いているマイクのみ。ちょっと遠くの人物の声など、聞こえなくなっちゃう。そんなんで、これが面白いのかというと、面白いのですよ。

        特に私は、『祝辞』という作品が好きだ。冬の河原。若い女の人が三人、コートを着て寒そうにしている。「あっ、写った」とひとりが言い、三人がカメラに向かって挨拶を始める。「じゅん子さん、ご結婚おめでとうございます」。どうやら、友人の結婚式で披露するビデオを撮影しているところらしい。「4人の中では、一番目立たない存在だった、じゅん子さんが最初に結婚してしまうと知って、びっくりでーす!」

        その後、ひとりが「しかも、あの清水君となんてえ」と言ったあと、「むかつくー」と続けてしまう。カメラそのままで、雑談が始まってしまう。「みんな好きだったよね、清水くんのこと。カッコよかったもんね」「そう、サッカー部でさあ」「あんたなんて、写真、定期入れに入れてたでしょ」「どうして、知り合ったんだ、じゅん子」「だいたいさ、彼氏ができたら隠さないで、みんなに言うって約束してたよねえ」なんて会話が続き、しまいには腹が立ったのか、石を拾って河に投げだす。「裏切り者ー!」「バカー!」「あんたが結婚なんて、むかつくー!」「ゆるせーん!」。

        やがて、「寒いから早く終わらせよう」と、また最初から撮り直し。「せーの」「じゅん子さん御結婚おめでとうございます」「イエーイ」「パチパチパチパチ」。すると画面にひとりの人物が写る。たまたま写り込んでしまったものだろうと思っていると、その人物がどんどん近づいてきて、三人の後ろから顔を出す。「みんな、何やってんの? あっ、これ、ひょっとして私の結婚式で流すビデオ・レター?」。じゅん子さん本人の登場なのである。「それじゃ、今もらっていこうか、ついでだから」「いや、これはまだちょっと」「いいじゃない、本人が乱入したなんて、受けるよ」「あっ、ちょっとこれダメだから」ともみ合いになり、最後に凄いオチが用意されているのだが、それはナイショ。


December.13,1999 三池嵩史は総てを超えた

        一部でやたら評判のいい、三池崇史監督だが、私が見た映画がよくなかったのか、どうしてそんなに、ほめるのか解らなかった。しかし今回のは、本当に凄かった。あっけに取られた。河のほとりで、目つきのよくない二人の男が、うんこ座りしている。カメラ目線で、ひとりが「ワン」という。犬の真似かと一瞬思うと、もうひとりが「ツー」。二人揃って、「ワン、ツー、スリー、フォー」。むっ、カウントかあと気がつくと、大音量のロックが凄い勢いで唸りだす。このあとの約10分間の映像は圧倒的だ。細かくカットした映像を繋ぎ合わせ、登場人物それぞれの行動を追い、やがて殺人事件に到る。殺人現場に現れる刑事役の哀川翔。ここで一時、怒涛の映像とロックは止まるが、すぐに再開。かっこいいのだ。ミュージック・ビデオ・クリップみたいとも思うが、あんなもの超えちゃっている。『DEAD OR ALIVE 犯罪者』のタイトルは、こんな中でちらっと挿入されるだけ。へたすると、見逃してしまう。この十分間の映像は、ビデオで何回も見てみたい。ここでもう、三池嵩史は、ウォン・カーウァイを超えた。

        話は、新宿を舞台にして、中国マフィアと手を組んだ石橋蓮司のヤクザと、その乗っ取りをはかる竹内力のチンピラの闘い。それに、哀川翔の刑事がからむ三つ巴で展開していく。ウォン・カーウァイの名前を出したが、もう日本映画というよりは、香港ノワール映画の乗りに近い。銃撃シーンなど、かなり影響を受けている感じがする。というより、もうすでに、香港映画も超えちゃっている。

        さらに、ここで賛否両論出そうなのが、ラスト・シーンのこと。詳しくは書かないが、最後に哀川翔と竹内力の対決となる。ここが壮絶すぎて、時々、笑いが起きるのだが、いよいよクライマックスとなったとき、哀川翔があることをして、観客は「おおーっ」と声をあげた。そして、次に竹内力があることをして爆笑。「ちょっとちょっと三池監督、何するつもりなの。それじゃ、今までのは何だったの?」っと思った途端、とんでもないラストシーン。三池監督、もう常識をも超えてしまった。怒りだす人もいるかもしれない。しかし、私の見た回では、場内大爆笑が起こり、エンドクレジットで拍手まで起こった。

        もうすぐ、劇場公開は終わってしまうけど、ビデオが出たら、是非どうぞ。


December.9,1999 CGだけ凄かったって

        『メン・イン・ブラック』って、最初に映画館で見たとき、すっごく面白いと思った。ところが、時間がたってビデオで見直したら、これが、ちっとも面白くない。何でなんだろう。ひょっとして、これって、CGの面白さだけだったんじゃないかって気がする。だって、話が結構、もたもたしてて、CGにびっくりしていなければ、退屈しちゃう。脚本もイマイチだし、演出のテンポも悪い。もっと面白くなった題材だと思う。

        バリー・ソネンフェルド監督の新作、『ワイルド・ワイルド・ウエスト』を見ようと思ったとき、そのときのことが頭をよぎった。テレビの特番を見る限りにおいては、バカに面白そうなのだ。それで、見に行っちゃった。バカでした。『MIB』のときより、テレビではCG映像を見せちゃった。もうみんな知っちゃってる映像ばっかり。ちっとも驚かない。宣伝も考えてよ。

        そして、相変わらず、脚本も演出もつまんない。もったいないよなあ。アイデアとしてはいいんだから。金かけて作ったんだろうけど、これじゃなあ。


December.4,1999 これCGかなあ

        レンタル・ビデオ屋で、『スティーヴン・キング アイス・ステーション』というのが目についたので、借りてしまった。キングの短編の映画化。こんなのあったっけ? 内容が『遊星からの物体X』みたいに、南極基地で何事かが起きる話で、映画館で見たら、結構恐そう。まあまあ、よく出来ているものの、悪魔崇拝やらゾンビやらが出てきて、「なんだこりゃ」という印象の方が強い。

        ところで、『遊星からの物体X』で思い出したけど、昔、島本和彦の『風の勇者ダン』の単行本を読んでいたら、日記みたいなコーナーがあって、「『南極物語』のビデオを借りてきて見たら、最初のシーンで、いきなりヘリコプターが犬を撃ち始めた。しばらくしたら、次郎の頭がカパッと割れた。」と書いてあって大笑いした。

        閑話休題。そこにいくと、先月、NHK−BSで深夜にやっていた『スティーヴン・キングのキャット・ウォーク』は面白かった。三本の短編オムニバスで、これは三本とも読んだ記憶がある。禁煙の話、高層ホテルの最上階の外壁を一周する話、壁の穴にいる化け物の話。

        本編が始まる前に、猫が登場する。すると、大きな犬がこれを追う。ゴミ箱を見つけて、そこに隠れる猫。わからずに、通りすぎる犬。やがて、ゴミ箱から出てくる猫。また犬に見つかり逃げる猫。駐車中の車のボンネットに飛び上がり、道路を横切る。伏せてあるボートの下に逃げ込み、犬に対して「フウウーッ」と威嚇する猫。工場内での追っかけ。やがて、トラックの荷台に飛び込む猫。トラック発車。猫を捜しまわる犬。トラックがニューヨークの街に着く。猫が荷台から飛び降りる。こんなシーン、どうやって撮ったのだろう。猫なんて演技しないよ。本当に犬に猫を追わせたんだろうか? それにしては、うまくカメラ・アングルに入っている。カメラが狙ったとおりに、猫と犬が通過するのだ。CGじゃないよね。これ。外壁一周の話で、原作にもあった、主人公の足を鳩が突っつくシーン、ちゃんとある。やっぱりCGかなあ。

        本編の方も、原作をうまく料理してあって、面白い。見逃してる方、レンタル・ビデオ屋に置いてあったら、必見ですよ。

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