風雲電影院

インサイド・ヘッド(Inside Out)

2015年8月28日
TOHOシネマズ日本橋

 日本語吹替え版で観賞。

 ピクサーのアニメっていうのは、子供向きに作っていない。大人になった人向けに、かつて子供だったころの自分たちを、改めて見つめ直すアニメ。それが今までは実にうまく作用していて、大人になってしまった者にも、現在まだ子供真っ只中である子にも面白く作られていたような気がする。それがこの『インサイド・ヘッド』に限って言えば、大人は楽しめても、現役の子供は果たしてどう思うんだろうという気がしてならない。

 極端な事を書くと、実は私が観た回、私のひとつ前の座席に幼児を連れたご夫婦が観賞されていた。さすがにこの幼児にとって、人間の脳の中の出来事ということが理解できなかったらしい。後半、脳内で次々と暗く悲劇的なことが起こり始めると、泣き出してしまったのだ。ご夫婦が一生懸命なだめても泣き声は止まない。ついにこの家族は、ほかのお客さんを考慮してだろう、映写中に出て行ってしまった。

 まあ、幼児だから無理のない話で、これが小学校に上がるころになった子供なら泣き出す子は少ないかもしれない。

 ピクサーは、これまでいろいろな物を擬人化してきた。『トイ・スーリー』のおもちゃ、『バグズ・ライフ』の虫、『ファインディング・ニモ』の海洋生物、『カーズ』の自動車、『ウォーリー』のロボット。そして今度はなんと人間の脳の中の感情。ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカ。あの少女の頭の中で事件が起こり、感情をコントロールするこの五人の中から、ヨロコビとカナシミがコントロールルームから出て行かざるを得なくなってしまう。このことを上の幼児に適用すると、ヨロコビとカナシミがいなくなってしまった幼児のコントロール・ルームでは、まずビビリが、なんだか得体の知れない恐怖を感じる。そして次にムカムカがこの状況を脱出したいと感じ、イカリが泣き出すという行為で意思を示したわけだ。ヨロコビとかカナシミという感情は人類が、ほかの動物より強く持つ物。知能の発達していない動物ほどヨロコビとカナシミの感情は少なく、イカリ、ビビリ、ムカムカが支配している。幼児はまだ人間に成りきらず、この三つが大きく支配しているのだろう。

 上手いなぁと思うのは、最初のうち、カナシミはとにかく足手まといな存在。カナシミなんていなければいいのにと思っているのが、最後に来て、実はカナシミとヨロコビは表裏一体(原題Inside Out)だとわかってくるという展開。これは目からウロコでしたね。

 ただ、どうしても引っかかるのは、五つの感情はコントロールパネルの前にいて、それぞれの役割を果たすという構造。これらの感情をコントロールするのが実は理性という、もうひとつの存在なんじゃないかという気がするんですけれどねぇ。五つの感情を彼らに任せてしまっているというのが、どうもしっくりこない。恐怖心をコントロールするのも、嫌なものを感じ取って排除しようとするのも、怒りを爆発させるのも、悲しみに溺れてしまうのも、人のことも考えないで喜びを表現してしまうのも、やはりそれを押さえコントロールする、クールな、オチツキがいるべきだと思うのですが、どうだろうか?

8月29日記

静かなお喋り 8月28日

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