イップ・マン 最終章(Ip Man : The Final Fight 葉問終極一戦) 2013年10月20日 新宿武蔵野館 正直に言うとこの映画あまり期待していなかった。だってイップ・マン役がアンソニー・ウォンだよ。アンソニー・ウォンが功夫をやるなんて想像できんでしょ。ましてやあの体型。とても功夫マスターってイメージじゃない。ところが、香港映画マジックというのか香港映画の底力というのか、はたまたアンソニー・ウォンが名優であるのか、もうこれは奇跡のような映画。 日本との戦争が終わり、イップ・マンが香港にやって来るところから映画は始まる。この美術が実にいいんだ。もちろん私は戦後すぐの香港の様子なんて知らないけれど、さもそうであったんだろうなぁと思わせるセットが組まれている。一連の、戦前、戦中の中国を舞台にしたイップ・マンものよりも、「ああ、香港が舞台なんだ」と、香港好きの人ならワクワクするに違いない。 香港にやって来たイップ・マンは早速、一手教えて欲しいと乞われるが、腹が減ったと言う。そして出されたご飯にレンゲでスープをかけて、ご飯茶碗を口まで持ってきて、かき込む。その香港スタイルの食べ方を観ているだけでうれしくなる。香港だなぁと感じさせるのは、この映画、食事のシーンがやたらと多い。焼酎やブランディを飲むシーンも多い。こういうのが好きなんだよなぁ。私は煙草は吸わないが、イップ・マンが煙草を吸うシーンもいいなぁと思う。 食事が済んで、一手お相手。床に小さな紙一枚を敷いて、その上に立ち、この紙の上から脚を動かさないとの無言のアピール。そこから始まる功夫捌きの見事な事。ええーっ、アンソニー・ウォンって身体のキレがいいじゃん。ひょっとすると編集段階で細工しているかもしれないが、それにしても見事。おいおい、アンソニー・ウォンって何歳だよと思って、あとから調べてみたら1961年生まれ。ということは50歳をちょっと回ったところ。はぁー、貫録があるのでもっと上かと思っていた。 この映画には、エリック・ツァンも出てきてアンソニー・ウォンと功夫で対決する。香港映画ファンなら、このふたりの功夫シーンなんて想像だにしなかったに違いない。ありえないでしょ。今まで功夫とは、かなり遠い位置にいたふたりなんだもの。それがもう見事に様になっている。カット割りが巧みだかというだけじゃない。ちょっと引き気味のショットでも、うまくふたりの闘いを捉えている。そりゃ、ところどころでスタントは使っているのだろうけど、ここまで本人が立ち回りをしているとは思わなかった。 ラストの九龍城での闘いのシーンなどでは実際に身体が動ける役者が登場したりするから迫力はさらに増す。もうこのあたりは、香港の殺陣師の勝利。おそらく日本と香港の殺陣師の伝統というのは世界一だと思う。殺陣が上手くなくて、カット割りだけで見せる戦闘シーンというのは、何がどうなっているのかわからなくて私などはイライラしてしまうのだが、これですよ、これ。 そしてアンソニー・ウォンを使ったというのは、やはり成功だったと思う。役者として上手いもの。死を目前にしたイップ・マンの姿を演じさせるのに、この人くらい適役はいなかったのではないかと思えてくる。 同じイップ・マンを扱ったウォン・カーウァイの『グランドマスター』などという退屈極まりない映画を今年見せられた後だったし、ジョニー・トー以外の香港映画に絶望しかかっていたこのごろだから、こういう映画の出現はうれしい。香港映画、まだまだやれるぜ。 10月21日記 静かなお喋り 10月20日 静かなお喋り このコーナーの表紙に戻る |