緋牡丹博徒 お竜参上 2015年3月15日 新文芸坐 1970年作品。名画座で一度観ているが、名作だと言われている割には私はあまり面白いと思わなかった。脚本が加藤泰と鈴木則文で加藤泰が監督をしているわけだが、この脚本がいかにも加藤泰の湿っぽさと鈴木則文のなんでも詰め込みたがるクセが祟ってしまっている感じで重たい。 昔観たときにも感じたのだが山岸映子をあんなに白塗りにしちゃったのはなぜなんだろう? どうもあんまり可愛くない。女スリという設定だが、時代が時代とはいえ、グレたズベ公といったところ。それがなんであんな白塗りなんだ? 何か理由があるのだろうけど、どうしても気になってしまう。 あとどうして芝居小屋の看板女優という設定で清川虹子を使ったのか? 藤純子を際立たせようという事だったのかも知れないが、どうして清川虹子なのかわけがわからない。この清川虹子の看板女優が自分の役を小娘に取られたという腹いせに劇団と興行主を売ってしまうという脚本がエグい。もっとエグいのは彼女を利用したやくざが、そのあとで彼女を犯し女郎に売るという救いのなさ。こんなドロドロのアイデアは鈴木則文かもなぁ。 映像はご存じ、徹底したローアングル。ほとんど猫になったんじゃないかという低〜いところから見上げているところにカメラがある。シーンによっては、本来ならもっと低くしたかったんだけど、映り込むものの影響で、あまり低くは出来なくて、座った位置くらいにしかならなかったというようなときもある。本当はもっと低くしたかったんだろうけど、やむを得なかったという気持ちが伝わってきてニヤニヤしてしまった。 階段を使ったシーンも多い。見上げる時も階段にへばりついて撮ってるし、見下ろすときも横たわってカメラを向けている。なにもそこまでと思うのだが、もう笑ってしまうくらいに地べたに貼りついている。 よく語り草になる雪の今戸橋のシーン。確かに名シーンです。ただ、私は昔観たときもそうだったけれど、わざとらしさを感じてしまって、いまひとつ乗れない。 いや、よく出来た映画であることは異論を挟みません。名画だと思う。ただ、好きか嫌いかと言われれば、あまり好きではないと答えるしかないでしょう。今回、新文芸坐の菅原文太追悼特集で観たのだが、併映の山下耕作『女渡世人 おたの申します』の方が、私好みだった。どちらも菅原文太特集といいながら、菅原文太の出番が少ない、藤純子の映画でしたけれどね。 3月16日記 静かなお喋り 3月15日 静かなお喋り このコーナーの表紙に戻る |