さよなら渓谷 2013年7月10日 スバル座 なんだか胸糞悪くなる映画だ。モスクワ国際映画祭で賞を取ったそうだけれど、こんなに観ていてうんざりしてきた映画も最近ちょっと無かった。だって幸せそうな人間がひとりも出てこないんだもの。もっともそれを意図して作ったのかもしれないが。 まずは、過去の野球部員による集団レイプ事件。嫌な話だ。回想シーンとして出てくるこのシーンは映画もかなり進んだところで入って来る。引きの映像で見せるこのシーンは、あたかも傍観者のような視線で、観る者を居心地悪い気分にさせる。友人がレイプされそうな現場から無言で去っていく、もうひとりの女性のシーンが入っているから尚更だ。 レイプ被害にあった女性(真木よう子)はその後も、そんな過去が知られると結婚しようとしても相手の親族の反対にあい破談になる。ようやく結婚した相手はDV。もう明るい材料が何もない。 犯人側のひとり(大西信満)も、この不祥事で野球選手の夢を断たれ就職するも、被害者への謝罪で一生が狂っていく。 そのふたりが、なぜか風景のきれいな渓谷沿いの街で一緒に住んでいる。ふたりでセックスもしているし、どうなってるんだと思っていると、それは後半で語られはするのだが、最初はちょっとイライラしてくる。そして、この映画が始まるきっかけとなる隣の家に住む女性の子殺し事件。殺到してくる報道陣。しかも夏。うっとうしいったらない。 もっとも嫌なのは、この隣の子殺しを取材している過程で、隣人が元レイプ犯とその被害者だと感づく雑誌記者(大森南朋)。そんなの放っておいやれよという気になる。まあ、もっともそれがないと話が進まないのだが。ラストシーンの一言は、もう嫌で嫌で、この一言のおかげで、もう二度と観たくないと思った。何様だよ、あんた。 またこの記者が夫婦仲がうまくいってないとくる。腹を減らして家へ帰れば、冷蔵庫を開けた途端に「暗い中で冷蔵庫開けないでよ」と言われる。何か作ろうにも「と゜うせ片づけるのは私でしょ」なんて言われれば、それでもう食事なんてどうでもよくなる。セックスは拒否され、それでいて「絶対に別れないから」と言われる。もう地獄だね、こうなったら。 何が楽しくて生きているのかわからない人生ばかり見せられて映画は終わってしまう。そのままいやーな気分になるか、あるいは少なくとも自分の人生はこの映画の人たちよりも幸福だと考えるか。どちらにしても後味はよくない。観なきゃよかったっていう気持ちになったのは私だけかなぁ。 7月11日記 静かなお喋り 7月10日 静かなお喋り このコーナーの表紙に戻る |