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『曽根崎心中』

 実質的に原田芳雄特集になってしまった、銀座シネパトス梶芽衣子スタイルの『反逆のメロディー』『新宿アウトロー ぶっとばせ』二本立てだったが、『修羅雪姫』シリーズ二本立てはスケジュールが合わずに涙を飲んでの、『無宿』『曽根崎心中』の二本立て。二本立てで観たかったのだが、これもスケジュールが合わずに、最終日。『無宿』はあまり好きでなかったけれど、『曽根崎心中』は是非スクリーンで観直したい。

 『無宿』はいらないからと、最終回『曽根崎心中』を観るために銀座シネパトスのチケット売り場に、上映開始5分前の20時5分に到着。「『曽根崎心中』一枚」と告げると、「お立見ですが、よろしいですか?」との返事。20時10分から始まる『曽根崎心中』が満員とは考えられない。とはいえ、ここまで来てしまったのだし、いまさら帰るというのもなあと、「お願いします」と答えていた。すると「1500円です」の声。えー、梶芽衣子二本立ては1300円のはず。しかもラスト一本だけなら800円じゃなかったのか。釈然としないまま1500円払って入場。

 確かに立っている人も見受けられるが、前の方に、関係者席のカバーを被せた席が多くあって、空席も多い。上映が始まっても座る人がいなかったら、そこに座らせてもらおうと、前の方の通路に陣取る。ところがどうも場内が落ち着かない。カメラマンがうろついている。「待てよ、これは何事かイベントがあるのかも」とチラシを見直すと、トークイベントがあるときは入場料が1500円とある。「ええっ、もしかして」と思っていると、私が立っている位置のすぐ隣にドアがあり、そこから関係者やらカメラマンが出入りしている。そして、ドアが開くたびに聞こえてくる女性の声がある。「梶芽衣子だ!」

 いきなりドアが開いて、梶芽衣子が入ってくる。「ほ、本物だ!」 そのままスクリーンの前へ。

「せっかく銀座シネパトスさんが、私の特集を組んでくださったのですが、全部30年も40年も前の作品ばかりで心苦しいく思っています」

「私だって、映画に出たいんです。でも、今私のところに持ち込まれる映画って、私の実年齢より上の役だったりするんですよ。それに暗いし重いし」

「姥捨山に捨てられた老婆たちが、復讐する話なんて、私は出たくないんですよ」

「私、今64歳です。でも(そんな歳に)見えます?」

「悪い人からお金を奪って、それを恵まれない人に配ってあげるなんて役ない? って言うと黙っちゃうんですよ」

「先日、原田芳雄さんが亡くなりました。(撮影所で)澤田幸弘さんが、今度、『反逆のメロディー』という映画を撮るんだけど既存の日活の役者は使いたくないんだ。誰かいないかと言うから、そのころ私テレビで『五番目の刑事』観てて、原田芳雄って面白いよ。トッポいけどって言ったのがもとで、出ることになったんです」

「きょうこれから上映します『曽根崎心中』は19日間で撮ったもので、宇崎さん、池に浸けられたりして、過酷な現場でした」

「あの時以来、宇崎竜堂さんには会っていませんでした。それこそすれ違いもしなかったんです。それを、また歌いたいからと宇崎さんに言ったら、なんで33年間、電話一本くれなかったの?と言われてしまいました」

 どうやら新しく出したCDミニアルバム『あいつの好きそなブルース』の宣伝も兼ねての舞台挨拶だったようだ。それにしても、『曽根崎心中』の相手役に宇崎竜堂を推薦したのは梶芽衣子だというエピソードを目にした記憶もあって、それがなんで33年間連絡なしだったのかは不明。

 『曽根崎心中』は増村保造監督がATGで低予算で撮った映画。その直前、私は増村保造監督とイベントを通じてお逢いしたことがあって、いろいろと話す中で、「次回作は?」とお聞きしたのだが、「まだ公にはできない」とピシャリと言われてしまった。それが『曽根崎心中』だ。

 学生時代に映画に夢中だった私は増村保造のファンだった。名画座で監督の古い作品がかかると、飛んで行ったものだった。そんな増村保造の『曽根崎心中』には、私はいささか物足りなさを感じた記憶がある。増村監督はすでに『遊び』という心中ものとしては大傑作をものにしている。それがまた心中もの? 

 『遊び』は関根恵子と大門正明の若い男女が行き場を無くして心中してしまうという映画だった。その関根恵子のしっかりした意志が眩い。ロケも多く、なんか追い詰められたふたりなのに、画面に広がりがあった。

 それが『曽根崎心中』ときたら、ほとんどスタジオ撮り。しかも予算の関係もあるのだろう、大きなセットは組めなかったらしく、妙に狭っくるしい映画に私は思えた。

 それが、今33年の時を経て観直して観ると、この梶芽衣子の存在感ときたらどうだ。梶芽衣子の凄さは、その眼の力だ。この眼だけで圧倒的に自己を主張する。まさにこれは梶芽衣子という役者を得ただけで、成功してしまった映画だったのだ。

 それは増村以前の映画監督が描く弱々しい女性とは一線を画した自己主張の激しい女の、増村保造なりの到達点だったのではないかと思えてくるのだ。

 この初主演映画に納得のいかなかった宇崎竜堂は、その後、自分なりの『曽根崎心中』を演るのだと、文楽の人形と共演した『曽根崎心中PART2』を公演し、ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンド時代にレコードもリリースしている。私も渋谷公会堂まで観に行き、サントラ版を購入した。

 『曽根崎心中PART2』は『道行華』という曲で終わる。♪生きてる間が極楽なのか 道行く先は三途の川か この身の辛さをなんとしょう この身が朽ちたら どこへ行きます

 この曲はてっきり、映画公開後に作ったものだと思い込んでいたのだが、今回観て、エンドクレジットにすでにもう流れていた曲なんですね。

 その後もDTFBWBは、コンサートで決まってこの曲をやっていたもので、宇崎にとっては重要な曲に違いない。今度の梶芽衣子のアルバムに是非とも『道行華』を入れて欲しかったなあ。

 増村保造監督とは、その後、偶然に地下鉄の駅構内ですれ違ったことがある。私は監督を引きとめて立ち話をした。一方的に話す私にあっけにとられたような顔をなされていたが、この時も「次回作は?」と聞いて、「まだ公にはできない」と言われてしまった。その数年後、増村監督は他界してしまわれたのだが。

 梶芽衣子は、入ってきたときと同じドアから、私の目の前を通って消えていった。その眼は、いまでもまったく変わっていない。強い意志を孕んでいた。

 誰か、梶芽衣子に、これぞという映画の企画を持ち込む人はいないのか。『キルビル』で『怨み節』を流したクエンティン・タランティーノあたりが、いい企画を立ててくれないだろうか?

 ちなみにイベントが終わると、帰ってしまう人が多くて、私はゆっくりと『曽根崎心中』を鑑賞できた。

2011年8月16日記

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