風雲電影院

男はつらいよ 奮闘篇

2012年6月11日
三日月座BaseKOMシネマ倶楽部にて

 シリーズ7作目。1971年作品。

 観ているような気がしていたのだが、案外初めてかも知れない。
 というのも当時、映画マニアの間では、寅さんは初期のもの以外は、とにかく評判が悪かった。時代が時代だっんたけれど、寅を甘やかしちゃいかんという風潮があったんだよねえ。
 今から考えると、山田洋次の頭の中には落語があったのかも知れない。どんな人間でも許容してしまう落語の世界。もっとも立川談志が「落語は人間の業の肯定だ」と言い出したのは、もっと後かも知れないが。
 寅が、とらやに入りづらくて、前を行ったり来たりするシーンなどは『笠碁』そのままのような気がする。

 落語といえば、この『奮闘篇』には五代目柳家小さんがラーメン屋の主人役で出ている。山田洋次は小さんに新作落語を書いたりしていたから、その親交から実現したのかもしれない。この時点で小さんは50代半ば。貴重な映像になった。

 それでもまだこのころの寅は、無頼のイメージがする。テキヤ商売の乱暴者。世間の持て余し者といった感じ。これからシリーズが進むに従って、どんどん寅さんはソフトな感じになっていってしまう。

 ヒロイン役は榊原るみ。柏原さんも指摘したように、このころの日本映画は、頭の弱い女の子を出すという設定が多かった。今では禁止用語となり、影を潜めてしまったようだ。映画の序盤で、寅次郎の母親役のミヤコ蝶々が、寅が失恋を続けているのを聞きつけ、「頭の薄い子でもいいから嫁にもらえば」というような事を言うシーンがあり、それを受けての展開になっている。

 ラストは榊原るみの花子を追いかけて、寅は青森へ行く。寅からのハガキを受け取ったさくらも心配して、その後を追う。弘前から五能線に乗り換えて驫(とどろき)駅へ。その荒涼たる風景に圧倒される。今ではどうなっているんだろう。寅次郎の死を予感させるシーンから一転、元気な寅がまた最後に出てくる。
 当時の映画マニアは、あのあたりで寅は死んでもらいたいと思っていたんだろう。そういう展開になっていたら、はたしてどうだったのか。どっちにしても、私はあまりこのシリーズの熱心な観客ではなく、このあともほとんど観ていないのだが。

6月12日記

静かなお喋り 6月11日

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