August.31,2002 浅草キッドのエスカレートする危ない笑い

8月24日 我らの高田“笑”学校 しょの十六 (紀伊国屋サザンシアター)

        東京の笑いを引っ張っている高田文夫がプロデュースする会。余所では見られない松村邦洋、浅草キッドが毎回レギュラーで出るので人気が衰えない。今回もチケットを取るのにたいへんだった。

        マエセツの形で松村邦洋が出てきたら、マエセツそっちのけでネタに入ってしまう。「『太陽にほえろ!』の再放送見ていたら、沖雅也のスコッチ刑事が、こともあろうに飛び降り自殺しようとする人を止めてました。『死んでどうなるんだー!』って。『Gメン`82』って番組では清水健太郎が、『こんな白い粉があるからいけないんだあ!』ってやってた」 この人のタイガース好きは有名だが、テレビドラマにも異様に詳しいんだよね。

        トップは、モロ師岡のひとりコント。『無人島』は無人島にたどりついた男の話。「おーい、おーい、おーいの反対は少ない!」 このツカミから入るにしては、まだ客席が暖まっていないようで、ちょっと苦しいか。無人島というのは、ひとりコントとしては上手い設定だ。登場人物がひとりでいいんだもんな。

        そこへいくと、もう一本演った『谷中のソムリエ』は難しいネタだろう。 登場するレストランの客が多く、当然[オウム返し]が多くなってしまう。ソムリエの内面の言葉と、客とのやりとりとの切り替えもタイヘンだ。ゲタ履きで入れる高級フランスレストランにしようと、オーナーが麻布から谷中の商店街に引っ越してきたものの、プライドの高いソムリエには、ここの客筋は納得がいかないようで・・・。そういえば浅草のイタ飯屋のランチタイムに行ったことがあって、そこは日替わりで肉料理と魚料理のコースを格安で提供している店だった。客筋は近くの労働者。「パンかライスがつきますが、どちらになさいますか?」と訊かれて、「ライス。大盛りで。箸ちょーだいね」とワシワシと食べていたっけ。えーっと、モロ師岡ね。これ、ラストのオチがシュール。ちょっとシュールすぎちゃって・・・もっと他のオチは無かったのかなあ。

        松村邦洋がマエセツとおんなじ調子で出てきて、おんなじようにネタに入る。「『熱闘甲子園』を見ていましたら、青森の高校の一日を追ったドキュメントをやってました。ピッチャーが、『そげんやからなあ、絶対勝たなあかんで』 『何言うてまんねん』 どこの言葉ですかね。青森の生徒がひとりもいない。しかも専用グラウンドが千葉にある青森の高校って、どうなってるんですかねえ。明徳義塾なんて高知県の生徒がひとりもいないですからね」 「最近、日本ハムから送られてくるものって、全部偽装じゃないかと思って。日本ハムファイターズから来た、タイガースの片岡選手も本物かどうか・・・。似ているんだけど違うんじゃないか・・・と思ってしまいますねえ」 私の苦手な野球の話題をモノマネを挟みながら漫談にして話していく。野球を知らなくても可笑しいんだよなあ、この人。

        ますだおかだのコント。台湾からやってきたプロデューサーが、日本の歌手やタレントの台湾デビュー用の漢字を提案する。「TOKIO→沢田研二」 「それじゃあ、沢田研二が来るみたいじゃないですか!」 「TUBE→愛知三重」 「それは中部!」 「おすぎとピー子→映画衣服」 「専門分野じゃないか!」 「いつもここから→非時」 「それはネタや!」 画用紙に書いた文字アイデアを出すプロデューサー役と日本側の人間との掛け合いで、テンポよく進めていく。これは耳と目で楽しめる、かなり面白いネタだね。この手のものは無尽蔵に出来そうだから、このパターンでもっともっと見たい!

        ナポレオンズのマジック。25年間演りつづけていて、いまだにタネがばれていないという代表作『あったまグルグル』。そんなあ、わからないわけないでょ。でもいつ見ても鮮やかで可笑しい。

        浅草キッドの漫才が見られる機会がなかなか無いのが惜しい。今、一番乗っている東京漫才だと思うのだが、寄席にも出ないし、こういった催しでもめったに見ることができない。時事漫才を演らせると、ネタの飛躍具合が爆笑問題よりも大きい。爆笑問題だと田中のふった時事問題に太田が毒のあるボケをかましてみせ、すぐに次の話題に移行してしまうのだが、浅草キッドの場合はひとつの話題で、どんどんエスカレートさせていってしまうところが凄い。「この夏どこへ行った?」 「デズニーシー」 「よかったろう」 「てんでダメ」 「満足度高いって聞くよ」 「デズニーシーはお酒呑めるって聞いたんで行ったら、クサヤの炙ったのとか、刺身の盛り合わせとか一切無いんだぜ。幻滅したよ」 「おいおいデズニーシー行ってクサヤが出てきたら幻滅だろうが!」 「日本人向けにすればいいのにさあ。生ビールと枝豆とおでんとラーメン売ればいいんだよ」 「それじゃあ、ただの、海の家じゃないか!」 「アトラクションはスイカ割り」 「それじゃあ、海水浴だろうが!」 「浜辺でマージャン」 「デズニーの要素が無いだろう! 歌と踊りのアトラクションがデズニーなの!」 「そんなのカラオケ大会演ればいいじゃない」 これがイントロ部分で、話題はこの夏に不祥事連発のUSJ(ユニヴァーサル・スタジオ・ジャパン)のことへ。かなり危ない長いネタなので、ちっょと書けない。それにしても、この毒の振りまき方、そしてエスカレートのさせ方は、ちょっと他の追随を許さないものがある。もっと浅草キッドを見たいと切に思う。

        大喜利は、出演者全員が再登場してのトーク。松村邦洋が、本番のネタよりも面白い。貴闘力のモノマネというのを延々と披露したのだが、これが可笑しいのなんの。本人も現在一番得意にしているネタらしいのだが、テレビでいくら演ってもカットされちゃうとか。テレビ向けのネタではないんだろうなあ。


August.25,2002 落語と演劇、演者と観客のコラボレーション

8月24日 花緑落語 (THEATER/TOPS)

        劇団ラッパ屋の鈴木聡が書き下ろした新作落語を柳家花緑が口演するコラボレーション企画。これは胸が踊るではないか。ラッパ屋のDMを受け取ったという人に頼んで優先販売で早めに席を押さえた。おかげで前から2列目まん真中の席を確保できた。Cさん、どうもありがとう。おかげで花緑至近距離!

        ラッパ屋の鈴木聡が今回書き下ろしたのは『ナンパジジィ』という一時間以上かかる噺。佐分利信きどりの八十二歳のおじいちゃん―――って、この落語を聴きに来ている若い人たちにはちょっとピンとこないだろうなあ。戦前から活躍した俳優さん。その佐分利信のマネでおじいちゃんを演じる花緑がちょっと今までの古典落語の花緑のイメージを払拭したようで新鮮だ。戦後働きづめで過ごしてきたおじいちゃん。散歩の途中でコーヒーとアンパンが売り物の店に入る。席について待っていても、なかなか注文を取りに来ない。それもそのはず、この店はファースト・フード、セルフ・サービスのお店。親切な店の若い女の子が代わりにコーヒーとアンパンを買ってきてくれる。千円札を出したおじいちゃんに、つり銭を渡す女の子。掌に女の子の手が触った途端、年甲斐もなくおじいちゃん、胸がキュンとなってしまう。日ごろから浜崎あゆみを可愛いなあと思っているおじいちゃん、彼女のことを勝手に[あゆ]と呼んで、彼女のことが頭から離れなくなってしまう。孫のタクヤに頼んで取り持ってもらおうとするが、タクヤとあゆは若いもの同士で出来てしまって・・・。やがて噺は三人のロード・ムービー的展開となり、静岡、大阪と舞台を移して行く。

        大阪に舞台が移ると、花緑がキチンと大阪弁をマスターしているのに驚かされる。江戸の風流を感じさせる古典落語を演っている花緑が大阪弁というのも面白いのだが、ちゃんと自分のものにしているのが感心してしまうところ。噺全体としては、やはり落語というよりは小演劇の世界といえる。ラストもあえてオチをつけず、花緑が最後の場面を語り終えたところで照明を落としていって、フェイド・アウトの効果を持たせた。こういう落語もまた、新しい展開を持っているようで大いに歓迎したいものだ。

        長い噺でもあるので、前編と後編に分けて演じられたが、その間に日替わりのトークショウがある。私が見た日のゲストは春風亭昇太。客席で他の観客と一緒に前編を聴いていた昇太が舞台に上げられる。鈴木聡も交えての三人トークになったが、なんと鈴木と昇太は同じ1959年生まれ。ふたり並んで舞台に立つと明らかに昇太の方が若く見える。鈴木が「どうも、出生届けを出すのを遅らせられちゃったんじゃないか。親に騙されたんじゃないか」と言った途端、客席から「騙してないよー!」 なんと鈴木聡のお母様!

        いくら花緑が子供のころから落語を演っていたといっても、正式な入門は1987年7月。一方昇太は1982年5月入門。昇太の方がアニさんだ。昇太曰く「ぼくは先輩だと思っているですが、この人(花緑)は友達だと思っている。もっとも、ボクは最近、古典を始めたんで、この人にときどき噺を教わっているんです。先輩に教わると、いろいろ面倒でしょ」 鈴木が稽古のやり方について話を向けた。昇太「今は、テープに録っていいと言う師匠が増えましたね。花緑「志ん朝師匠に『元犬』を教わったことがあるんです。志ん朝師匠は三べん稽古。三回演ってもらっただけじゃあわからなかった。それで志ん生のテープを聴いて憶えたら、これがぜんぜん違うの」

昇太「お客さんの中で、その日、初めて落語というものを聴くっていう人がいるかもしれないじゃないですか。その人に、『落語ってつまらないな』とだけは思ってもらいたくないという意識はありますね」
鈴木「それは、私が脚本を書くときも同じですね。初めて演劇というものを見るという人のことがどこか念頭にある。『演劇なんてつまらないじゃないか』と思われたら、演劇自体のお客さんを離してしまうんじゃないかという責任感を感じるんですね」
昇太「落語が、ひとつなんだと思われていた時代があった」
鈴木「昭和三十年代前半ですね。ラジオを通じて落語ブームが起こった。安藤鶴夫なんていう評論家が、これがいい落語というものを決めてしまった。そこから落語がインテリのものになっていった。落語のステータスは上がったが、ひとりひとりの個性は潰されていってしまったんですね」
昇太「三平さんなんかは、どちらかというとテレビの人気者という格づけでしたね」

        『ナンパジジィ』の前編を聴いた感想を求められると、昇太の目の色が変わった。「オレに演らせろ! うらやましい―――って感じですね。すごく演劇的。落語っていうのは演じきらないんです。演じている人物の60%くらいには自分を残しておく。出てくる人物全員がボクって感じで演るんです。それが、こういう演り方って新鮮ですね」

        自然と落語とは何かという大きなテーマになっていった。演劇畑の鈴木が書き、花緑が演るというコラボレーションに触れ、昇太は「落語が一番楽しいのはですね、演者とお客さんのコラボレーションから生まれる空間なんです。落語家が話したことが、二百人入った会場なら、二百人の頭の中に舞台があるということなんです。ぼくらは、塗り絵の原画だけ出しているんです。人によって、それを赤い色に塗ろうが、青い色に塗ろうがさまざま。また、色えんぴつで塗ったり、絵の具で塗ったりということが起こる」

        締めくくりは昇太が、また泣かせることを言った。「日本に一億二千万人いるとしたら、一億一千万人は歌舞伎や落語を知らないままに死んでいくんだと思います。死ぬときに、一生の思い出が走馬灯のように浮かぶっていうじゃないですか。そのときに、朝起きて会社に行って仕事をして帰ってテレビを見て寝たなんてだけじゃあつまらないじゃないですか。仕事をして帰る間に、歌舞伎を見たとか、芝居を見たとかが入っていた方がいいじゃないですか。会社と家に帰って寝たの間にいくつ入っているかが大事だと思うんです。その中に落語も入っていてくれたらなあと思うんです」

        ヘラヘラとしながら落語を演っているように見えた昇太がこんなことを考えていたのか。花緑が新作落語を演ると聞いてやってきて、まさかこんな昇太の芸談が聞けるとは思わなかった。おっと、花緑の落語も熱の入ったもので、すっかりその世界に入ってしまいましたが。



August.18,2002 ここのお客さんがもう少し寄席に来てくれたら

8月17日 7じ9じ (ルミネtheよしもと)

        一度行ってみたいと思っていたのだ。ルミネのtheよしもと。ぴあでキッチリと前売り券まで買ってのぞんだこの日。認識が甘かったとしか言うしかないのだが、開場時間の六時半に行ったら、「整理券をお持ちの方は、御入場くださーい!」と言っている。整理券? なんのことだ? 入り口近くのテープルの女性に「あのー、整理券ってどこでもらえるんですか?」と前売りチケットを示すと、そのチケットを受け取り、座席指定付き整理券なるものを渡された。そのまま入場すると私の席は、一番後ろ。いつから整理券を配っていたのかも不明だが、こりゃーないだろう。それにしても驚いた。お盆の時期、しかも土曜の夜とはいっても、五百人近くの座席があるホールである。それが満員。しかも会場の左右の通路と、後ろの通路は立見がかなりの人数出ている。

        7時ちょうどに開演。まずは極楽とんぼの漫才だ。いきなり反応がある。どうもテレビで人気のあるふたり組らしいのだが、ほとんどバラエティ番組を見ない私には、この人たちのことがわからない。コンビのひとりがファンレターをもらったというネタで、その手紙を読むという内容。「私は19歳の女子大生です。私、自分の体には自信があります。上から、90、58、85、90・・・」 「どこだよ。スリーサイズだろ?」 「股下?」 「股下90ったら、どんなに大きな人間なんだよ!」 テンポのいい漫才で会場を暖めていく。テレビの人気ものなんだろうなあ。

        じゃぴょんというコンビのコント。転勤が決まって、それを告げる亭主と、その主婦の会話。「北海道に転勤が決まった」 「回鍋肉にゴキブリがとまった?」 仕方なく単身赴任と決意する亭主。7人の子供たちから励ましのメッセージ・テープが届く。アイデアとしては面白いのだが、この7人の子供のメッセージあたり、もっとアイデアが膨らませると、ずっと面白くなりそうな気がした。惜しいなあ。

        品川庄司の漫才。「すっげー美人の人が、庄司くんに結婚してくれと言ったらどうする?」 「結婚しないだろうなあ。だって日本語喋れないんでしょ」 「日本語ペラペラのすっごい美人」 「文化の違いもあるしー・・・」 「日本で生まれ育った、すっごい美人」 「じゃあ結婚するかな」 「でも腋臭」 「やだよ」 「でも塗り薬を塗れば抑えられる」 「じゃあ結婚する」 「でも足が臭い」 「やだ」 「でも塗り薬を塗れば抑えられる」 「じゃあ結婚する」 「でも耳の裏が臭い」 「・・・」 「でもお尻にシステムキッチン。すごい便利」 なんだこれ?

        なぜこの日を選んだかというと、陣内智則が出るからとしか答えられない。NHKの『爆笑オンエアバトル』の常連のピン芸人。テープで音声を流し、それに突っ込みを入れるというパターンで笑いをとるのだが、これが妙に可笑しいのだ。この日は英語の教材テープのネタ。英語の勉強をしようとテープを回す。教材の進行係の男の人と、外国人らしい女性の英語の発音が流れる。「発音の練習です。私に続いてお前らがやりなさい」 「偉そうやなあ」 「Dictionary・・・くしゃみをしながら・・・」 「ディックションナリー」 「Money」 「マネー」 「Money」 「マネー」 「Money」 「マネー」 「Moneyすんな!」 無機質な相手とのボケとツッコミがナマの相手よりも可笑しいという珍しいアイデアを開拓した点で、この人は抜きん出ている。

        チャイルドマシーンの漫才。テレビのスーパーヒーローもののネタ。若い人には受けそうなのだが、私はちょっと引いてしまった。もう、スーパーヒーロー・ドラマどころかテレビにも縁があまりない私には、縁遠い話題としか言いようが無い。

        FUJIWARAという二人組と、間寛平のコント。ダンススタジオの先生(間寛平)のところに、FUJIWARAのひとりが入門するという設定。実はこの先生、ダンスがヘタクソというコントなのだが、そのヘタクソさを際立たせるには、FUJIWARAの方がダンスがめちゃくちゃに上手いという見せ場が欲しいところなのだが、このふたりの息が合っていない。惜しいなあ。

        10分ほどの休憩があって、『闘え! ゆかいな商店街』という、1時間ほどの吉本新喜劇が始まった。宮川大輔を主役に、これまたテレビでは人気者らしい今田耕司、山崎邦正らが出ている。知らないんだよね、私はこの人たち。客席はこういった人気者が出てくると多いに沸く。宮川大輔の経営するラーメン屋。それに嫌がらせにラーメンの中にゴキブリを入れるチンピラ三人組。それと闘う商店街の仲間たち、という芝居なのだが、私には面白いと思えない。まず、セリフが聴き取り難い。なにを喋っているのかわからないところが多すぎる。それと昔からの吉本新喜劇の伝統なのか、一発ギャグのようなものが連発されるのだが、それがどう面白いのか私にはわからない。チンピラ撃退でクライマックスとなるのだが、そのアイデアもありきたり。最後のオチも読めてしまう程度のもので、いささか不満を残して会場を出た。

        「テレビより面白いね」という、出てきた観客の声を耳にして、ええーっ、これで面白かったのかあと思う。じゃあ、テレビで演ってるのって・・・。3500円もの入場料。その割には劇場の椅子がパイプ椅子で座り心地が悪く、段差が少ないので後ろの方だと舞台が見にくい。こんなに集まって来た人達は、テレビで吉本の芸人を見て、面白いと思ってやってきたのだろうか? このひとたちの何割でもいい、東京の寄席に足を運んでくれないものだろうか? 小演劇に来てくれないだろうか? ずっと面白いものが見られると思うのだが・・・。それとも、ここに来る人たちにとっては、落語や寄席の演芸なんて退屈だと写るのだろうか?


August.17,2002 新作長講三席

8月15日 愛山・喬太郎・山陽の会 (お江戸日本橋亭)

        前日に続いてお江戸日本橋亭へ。神田愛山、柳家喬太郎、神田山陽が、それぞれ新作を演るとなれば、その手のものが好きな連中は集まる。前日よりも入りがいい。

        まずは前座、神田京子の『カルメン』。かのカルメンの物語をオペラ仕立てで読み上げる。う〜ん、悪くないんだけどね。いささか短い時間に多くを詰め込みすぎているように思えるのだが・・・。頑張ってね。

        山陽が出てくると、「三代目!」の声がかかる。釈台の前に座った山陽、どことなく元気がない。いつものあのハイテンションが無い。連日の披露目で疲れているのだろうか、静かに話し出した。「夏のまんまん中・・・、文治師匠に教わりました。[ど真ん中]というのは上方の言い方。東京は[まんまん中]だそうです。ちなみに[えらいことになった]も上方。東京は[たいへんなことになった]」 フフフ、文治師匠あいかわらず厳しいけど、もっともなことおっしゃる。「(披露目で)毎晩八時半からの三十分、力いっぱい演っています。こんなことを演っている人、他にいますかね。あとはリリーフ投手くらいですか・・・。夜の三十分に向って体力を温存しているというのに、こうやって昼間に呼ばれてやってきてしまう。基本的に喋るのが好きなんですね。こうやって落語家や講釈師やっている人間って喋るのが好きなんですよ。私らの仲間で辞めていった人間が何人かいる。それはきっと、喋るのが嫌になったんだと思います」

        こうして読み出したのが、昨年の十二月に紀伊国屋ホールの独演会で始めてかけた『甚五郎外伝〜エピソード1』 今回は最後に題を『甚五郎外伝〜○○○○○○○○』としていたが、これだとネタをバラすことになるので、私はあえて書かない。それにしてもこのテンションの低さはどうしたことか。このネタ、今年の五月に朝日名人会でも耳にしているが、あのときは、『鼠小僧外伝〜サンタクロースとの出会い』のさわりから入って、一気に読みきっていた。というのもこのネタ、山陽の代表作『鼠小僧外伝〜サンタクロースとの出会い』と対のようになっている作品で、あれを知らないと、あるキーワードが見えてこないようになっているのだ。それを自覚しているのか、聴いていても演りにくそうだなあと見えてしまう。いつもの畳み掛けるようなテンポが無く、どんよりと時間が過ぎて行く。精彩がない。これも夜の披露目にテンションを最高に持っていくための手段で押さえているのかな。それにしても長かった。五十分くらい演っていた。そんなに時間のかかるネタではない。こんな山陽もあるんだと、ちょっと彼の一面に触れたような気がした。

        なぜか驚くほどテンションの低い山陽のあとで、客席が冷え切っている。喬太郎がなんとか持ってこようと必死でマクラをふる。『ウルトラマンコスモス』を息子と見に行った話を熱を込めて語るが、どうも急には客席が暖まらないようで苦戦している。先日見た夢の話(隕石が地球に近づいてきて、その隕石に特攻して食い止める役に自分が任命されてしまう)になり、ようやく盛り上がったところでネタに入った。

        オモチャ・メーカーが木彫りの動物に動力を与えた商品を開発してヒットする。そこで第二弾、喋る十二支の木彫り人形を売り出すことになった。普段からアニメ声の女性を使って録音した声を十二支人形にセットする。ところがこの人形に使われた塗料は、触ると痛痒くなり、肌荒れを起こす危険な物質をが含まれていた。これをこのまま商品化しようとする上司に反対し、こっそり夜の工場に忍び込み、録音をしなおす熱血漢の社員。「ボクと遊ばないで! オテテが痛い痛いになっちゃうよ! ボクを捨てて! 焼いて! 悪いクスリ使ってるんだ! ボクと遊ばないで!」 するとそこに現れたのが、かの上司と、木彫りの人形を掘った男・・・。このネタの題を書いてしまうと、これまたネタがバレてしまうのだが、これを『甚五郎旅日記〜干支彫り』というらしい。自分で自分の人形を彫り、それに魂を入れて四百二十年間生き続けた甚五郎が出てくる。話が社会派から突然シュールなSFになってしまうのが喬太郎風。それにしても、なかなかの熱演で、これもまた五十分くらい演っていた。

        疲れたなあと思ったところで仲入り。あとは愛山を残すのみ。

        「講談の歴史三百年。始まって以来、こんなに不幸な年もない。あれが山陽を継ぐんですよ。北陽を山陽にしようという話は、一年前ほどにあったことなんです。ある会合の席、松鯉がポツリと言ったひとこと。『あれを三代目にしたい』 その場がシーンとしてしまいましたよ。このときのみんなの気持ちを無理矢理にフキダシを付けて表せば、『何で、あんなバカ・・・』」 こき下ろすと見せて、これは愛情の裏返し。講談界の事情を説明してみせ、どこかでエールを送っているのがミエミエなのがうれしい。

        こうして始まったのが、どうやら自分の体験談。二十一歳のときの自分を仮の名で品川陽吉として、キジバスの大江戸史跡巡りの観光バスに解説講釈師として乗車していた時代、ガイドの女性と付き合うようになったという『品川陽吉・夏の日の恋』。私小説講談とでもいうのだろうか? 克美ひかる(あきらかに克美しげる)の事件を背景に置き、ついに果たせることが出来なかった恋の話。こういうの、女性にはどうもわかりにくいものらしいのだが、男ってわかるんだよね。男の方がロマンチシストなのよ。先日の小三治の初恋物語にも通じる男女の考えの差なんだね。それにしてもこれまた、五十分の長講。

        長講三席。いささか夏の昼下がりに聴くものにしては疲れたが、こんな夏休みもあっていいかな。


August.16,2002 今年も豪華な鈴本夏祭り

8月14日 上野鈴本八月中席夜の部

        日本橋から上野へ移動。ふう、それにしても暑いこと。鈴本の八月中席は例年オールスター・キャストではないかと思われるほどの顔づけ。当然超満員になる。前売りを買っておいてたから長蛇の列を尻目に中へ。

        前座は林家彦丸で『子ほめ』。客席から「彦丸ガンバレ!」の声がかかる。頑張ってね。

        柳家とし松の曲独楽。紋之助の騒々しい曲独楽とは違い、淡々と芸をこなして行く。お客さんに糸を持たせる糸渡りの独楽も、お客さんとのやりとりがいつものパターンなんだけど可笑しい。

        髪を染めることを止めた柳家三太楼を姿を始めて見た。へえー、こんなだったんだ。ネタは『宗論』だったのだが、その白髪ぶりで、お父さんがお父さんらしくなってきた。それでいて息子の役になるとその笑い顔で急に若く見せるんだから侮れない。白髪頭もそのうちに見る側も慣れてくるんだろうなあ。

        五明楼玉の輔は漫談のみ。いつもの定番が並ぶ。お客さん三人→お年寄りネタ→二代目→伊藤くん。お客さんにはドカンドカンと受けている。またかあと思いながらもクスクス笑ってしまう私。なぜか面白いんだよね、この人の話術。

        林家正楽の紙切り。まずは試し切りの線香花火。夏の夜、しゃがみこんで線香花火をしている浴衣姿の女の子をあっという間に切り上げた。女の子のたたずまいがキリッとしていいんだよね。お客さんのお題ひとつ目は「金魚すくい!」 お囃子が♪あーかいベベ来たかーわーいい金魚・・・になる。「こうやって体を動かしながら切って行きます。体を動かさないで切っていると・・・暗くなります」 それにつれてお囃子もテンポが落ちる。太鼓はドロドロドロとトレモロ。トレモロが続かなくなって切れてしまうと、すかさず「太鼓が疲れてしまうんです」 続いては「文明開化!」 お囃子がトンヤレトンヤレナ節。♪みやさん、みやさん、お馬のまーえにヒラヒラするのはなんじゃいな・・・。ガス灯の下に立つ洋装の男女。うまいねえ。「つる!」という声に、「今、鶴が切りたいなあと思ってたとこなんです」と、これは松の木に止まった鶴三羽。つーと飛んできて、るっと止まったのね。「盲導犬!」 ♪迷子の迷子の子猫ちゃん・・・ 「お囃子さんも今日は頑張っています!」 最後は「屋形船!」 屋形船の舳先に団扇を持って座っている女性が凛々しいね。

        客席が補助席もいっぱいになり、立見まで出てきた。柳家喜多八が、「寄席というのは大人の遊び場。こんなに来ちゃいけないんです。本来、友達のいない人の寄り合い場所」なんて言い出しても、しょーがないんだよね。お盆休みシーズン。しかもこんな豪華な顔づけなんだもの、みんなやってくるわね。ネタが、おおっ! 噂に聞く喜多八版の『ぞめき』ではないの! 吉原に行った気になって、ひとりキチガイになる若旦那。これがなんとも可笑しいんだよなあ。

        三遊亭歌武蔵は『猫の皿』なんだけど、イントロが長い。茶屋の亭主と男の会話が本題に入る前に長いのだ。「冷めた麦湯と、熱ーいお茶、どちらがいいですか?」 「うーん、どっちがいいかなあ」 「では中をとりまして、ぬるい水」 この暑さにぬるい水はイヤだなあ。

        昭和のいる・こいるの、頭が混乱してくる漫才。例によって話がポンポンとアッチコッチ飛んでいってしまうのについていくのがタイヘン。でもなぜか可笑しいんだよね。「いやなことがあったらね、寄席来て笑って、みんな忘れちゃうの、そうだそうだ、それがいい」 「それが自分勝手だって言うんだよ」 「それじゃあ、そういうことで一本締め! はい」 シャン。

        去年からグングン実力をつけ始めた林家こぶ平。今年も去年に続けて『新聞記事』に当ったのだが、ますます良くなっている。天ぷら屋の竹さんが殺されたが犯人はすぐあがった。入った家が天ぷら屋―――という落とし噺を聴かされた男が、他の奴にもやってやろうという噺。「正統派古典落語だわ。こういうのを演りたかったんだよね。三遊亭、柳家の系統だね。林家はこうはいかない。『かあちゃん、パンツ破れた』 『またかい』だもんね」 去年聴いたときよりも、噺が弾んでいる。クスグリを余裕で入れられるようになったところも出てきた。こぶちゃん、期待してるよー!

        仲入りあとは、松旭斎すみえの手品。おやおや、座布団が出ていて、その前で机をピシリ。講談でもやりそうなたたずまい。「次は新聞紙の手品をやりまーす! 別に大きな声を出したからって、口惜しいことがあったわけじゃないのよ。大きな声を出さないと、私の手品、お客さん、びっくりしてくれないのー」 得意だというヒモの手品を鮮やかに決め、最後はヒモの手品(干物手品)。ヒャッハハハ。

        柳家喬太郎は昼間のお江戸日本橋亭での銀座の話題と同じまま、会社員時代を思い出したのだろう、『夜の慣用句』へ。飲み屋で「きょうは無礼講だ・・・気を使えよ!」なあんて言って、部下やホステスから座右の銘を聞き出すイヤな課長さん。八月中席は後ろに白い屏風が置かれている。「何だか屏風の前で演る落語じゃないな。来年からは他の人に代わってもらおう」 そんなこと言わないでよ。

        今年の鈴本夏祭りの企画は、[柳家小さん十八番集]。小さんの弟子だったさん喬、権太楼が小さんの十八番を演じようというもの。まずは柳家さん喬で『万金丹』。「小さん十八番ということで、お客様の中には、あれを聴きたい、これを聴きたいという方もいらっしゃるでしょうが・・・まあ、演る側も都合がありまして・・・」と四国八十八ヶ所めぐりをした経験の話から、お坊さんに「歩いて回る人は道に迷わない。クルマで回る人は道に迷う」という言葉を聞いたというマクラでネタに入っていく。すっからかんの旅人ふたり。山寺にやっかいになる。ところがここも貧乏寺。赤土に藁を入れたものを雑炊だと言って食わされる始末。どうだ、いっそ坊主にならないかと言われて出家してしまうふたり。坊さんが所用で出かけているうちに、賽銭箱を壊して酒を買い、池の鯉をアライにして食っちまう。「パーッと気が晴れることがしてえなあ。本堂に火を点けちまおうか」 「よせよー! 俺たち、住むところがなくなっちゃう」 こうやって聴いていると、小さん師匠が出てきたかのような気になってくる。お盆で小さんが帰ってきたような・・・。小さん師匠の高座がふっと思い出される一席だ。

        さん喬、権太楼の踊り。三味線は柳家小菊と柳家小春。ようよう! 綺麗どころのお姉さん! 盛大な拍手が沸く。権太楼が「私たちが出てきたときより、拍手があるのは口惜しい」って、しょーがないもんね。さん喬師の華麗な『奴さん』に、権太楼のカワイイ『姉さん』。

        小菊ねえさんの「♪かえるー、ぴょこぴょこ、ひとーぴょこ、みぴょこ、あー、いつぴょこ、ななーぴょこ・・・」に大笑いしたあとは、大作『両国風景』。小円歌さんの熱演型に対して、こちらは涼しい顔。

        トリの柳家権太楼は『宿屋の仇討』。江戸っ子三人組の狂乱と、番頭の伊八、侍の対比が可笑しいのなんの。目から涙をこぼして笑いながら聴いてしまった。この権太楼の高座は凄い迫力に満ちたものだった。静かに寝たいという侍の泊まった隣の部屋は、江戸っ子三人組の大騒ぎ。芸者を上げてのドンチャン騒ぎ。番頭の伊八を呼ぶ侍。「ぬあんだ、あの騒ぎは! かえる、ぴょこぴょこだとー! ぬあんだあの歌はー!」 静めてこようと番頭が隣に行くと、宴たけなわ。「番頭! 呑め呑め呑め呑め! 裸になれー!」 「すみません、もう少しお静かに。隣のお客様、これですから」と、二本の指。二本差しの侍という意味なのだが、「えー! カニ?」

        カニではなく相手が侍だと知った三人組、大人しく寝ようとするが、今度は話題が相撲のことに。勢い、中のふたりが組み合いの形。「よしなよ、よしなよ二人とも」と止めると見せて、「じゃあちゃんとやろう!」と「残った、残った、ドタンバタン、勝負あったー!」 またもや侍に言われて三人組のところに注意に行く番頭。「あなた方、裸好きですねえ・・・隣のお武家さまが・・・」 「寝ます」 このやりとりのタイミングが絶妙で可笑しいのなんの。

        ハネてから外に出ると、ネットで知り合った人が何人かいた。隣のビルの食べ物屋に消えるさん喬師と権太楼師にお疲れ様を言って、しばしネット仲間と立ち話歓談。みなさん仕事を抱えて「忙しい、忙しい」とおっしゃる割には、こうやって寄席にやってくる。好きだねえ、お互い様だけど。


August.15,2002 鬱とは思えないパワフルなふたり

8月14日 愛山・喬太郎二人会 (お江戸日本橋亭)

        噺家さんと観客の交流の場として生まれ変わった円朝まつり、楽しみにしていたのだが、当日になって夏バテで寝込んでしまった私ではあったが、いよいよ5日間の夏休みに突入した。まずは、ゆっくり朝寝坊・・・と思っていたのが、それでもうれしくてしょーがないのは子供時代と同じ。いつもの4時半起きというわけではないにしても、6時には目を醒ましていた。これは、夏休みがうれしい子供というよりは、やっぱり老人になったということか、朝はどうしても早く目が醒めてしまう。毎年夏休みは避暑に出かけるのだが、今年はずーっと東京と決めて、そのかわり演芸と映画館通いに精を出すのだ。

        まずは近場のお江戸日本橋亭で、神田愛山と柳家喬太郎の二人会からスタート。

        早めに会場入りして本を読んでいたら、一時開演とあったのに、前座の講釈師が早くも高座に上る。神田春陽の『天正三勇士の出会い』。我慢太郎、怪力又兵衛、金剛兵衛と名乗る謎の三人の殴り合い、組み打ちに思わず力が入る。そのあとは、神田京子の『勇婦巴御前の働き』だ。女流講談の定番となってきたこの噺、豪快にして華麗な巴御前の戦いぶりが、なんとも楽しい。

        アル中だった講釈師ということしか知識がなかった愛山。始めてその姿を見た。ひょろっとした風貌で現れた愛山には、そんな過去が思い描けない。「喬太郎と私のふたり会なんて、誰も考えないでしょ。数年前から、喬太郎と私は根っ子のところが同じだと思ってました。それは何かというと・・・[鬱]・・・なんともいえぬ清々しい響きでしょ。前座で出た春陽、あいつも鬱です」 鬱病が三人も出る会というと、そんなんで成立するのかと思うのだが、一旦高座に上がると鬱病の裏返しなのか、とてもそんなようには見えない、もの凄く濃い内容になる。愛山の一席目は古典『次郎長外伝・小政の生立ち』。次郎長と石松が伊勢参りの帰り、茶店に立ち寄ったときに、魚屋の息子政吉に出会う。政吉は相手が清水の次郎長だと知ると、「身内にしてくれ」と頼み込む。そんな政吉に次郎長は「博打打ちになろうとか、芸人になろうとか思っちゃいけない。まあ、芸人の中でも講釈師は別だがな」と諭す。それでも訳あって次郎長一家に加わることになる知恵者の政吉こと小政の少年時代。いかにも親分肌の次郎長と、オッチョコチョイで見栄っ張りの石松の描き方も面白く、次郎長外伝、このままもっと聴いていたいなあと思ったところで、読み切り。

        喬太郎の一席目も古典。彦六、文治が稲荷町の長屋に住んでいたという話から、自分も長屋ではないが団地に住んでいるという話へ。「1号棟、2号棟合わせて15戸くらいの小さな団地ですよ。そこへ三遊亭白鳥が越してきた。先輩でもあり、仲間でもあり、虫けらでもあるあの白鳥がですよ。豊島区だって広いですよ。また落語家だって何百人もいるんですよ。それがよりによって、そんなケダモノが入ってこなくたっていいじゃないですか!」 そこから『お化け長屋』へ。まさに本寸法で始まった喬太郎の『お化け長屋』だが、やっぱり空家を借りに来る人が、どことなく喬太郎ワールド。二人目の乱暴者は、杢兵衛の怪談話を聴かされると、「もっとキビキビやれー」と言っていたのが、泥棒が後家さんの寝姿を見てムラムラとするところから、「そこのところは、もっとコッテリやれー」 果てはしどろもどろの杢兵衛さんに業を煮やして、乱暴者が創作して語り始めてしまう。「あなた勝手に話作っちゃだめだよ」 お化けになって出てくると言われても、美人の後家さんの幽霊と、これまた濡れ場ムード。「寝てやろうじゃないの」 「寝てやろうって、血まみれなんですよ」 「『どこが痛かったの? ここ? それともここ?』 『ああ、痛いのがだんだん気持ちよくなってきた〜ん』」

        仲入り後は喬太郎の二席目から。今度は新作。この場所、日本橋から、京橋、銀座、新橋と喬太郎節で街を紹介していく。この人に街を語らせたら、その視点の確かさったらない。「日本橋。文化人になったみたいですよ。高島屋、東急に勝ちました日本橋高島屋ってね」 やがて、喬太郎が落語家になる前に働いていた銀座へと舞台を移していく。「銀座っていさぎよいですよ。一丁目から八丁目までタテにあって、ここまでが銀座、ここから前は京橋、ここから先は新橋おやじの街ってキッチリしてるでしょ。新宿なんてどこまで行っても新宿ですから。初台まで行っちゃう。あっ、ごめんなさい初台いいところです。池袋だってそうですよ、どこまで行っても池袋。大塚まで行っちゃう。あっ大塚、いいところですよ」 こうして銀座で働いていた思い出話が始まる。[わんや]という飲み屋でバイトしていた話。そして就職先の福家書店の話。「文庫本のコーナーがありまして、そこにはフランス書院のポルノ小説も置いてありました。あるときですね、中学生がその本を読みながらズボンのポケットに手を突っ込んで、あることをやっているんですよ・・・いかんぞ、それは。しかしですね、これ、注意のしようがない・・・しゃがんで読んでいるから『タチ読みはやめてください』とも言えない・・・(観客に)引いちゃいました?」

        三遊亭円丈作の『ぺたりこん』だ。仕事が出来ないダメ社員の高橋さん。きょうもきょうとて会社の厄介者でしかない。そんな高橋さんの左の掌が机にくっついて離れなくなってしまう。呆れ顔の他の社員は、これは[仕事したくない病]としか見てくれない。困り果てた高橋さん、課長に「ノコギリを貸してください」と頼むと、「大胆な発想だねえ。手首から切断するのかい?」 「机を切るんです」 「机は会社の備品です」 机以下の存在でしかなくなった高橋さんは、社員ではなく、その机ごと備品としての役を言いつけられるが・・・。円丈の作った不条理落語なのだが、これを見事に喬太郎流にアレンジしなおしている。

        愛山のショートショート講談三席。星新一のショートショートのようなものを講談でできないかと思って始めたという、愛山作のショートショート講談。『やかましい休日』は、ワンルーム・マンションに引っ越してきた男が、家にいると新聞勧誘員やら、宗教の勧誘がやってくる。電話でも不動産屋から分譲住宅のセールスだ。いやになって一夜明けると・・・。一夜明けた時点でオチがわかってしまったが、面白くよく出来ている。新聞勧誘員や宗教の勧誘の断り方が、独特の論理に満ちているからで、それだけでも十分に面白い。『休めない男』は、仕事依存症の説明と愛山なりの考え方(アル中と仕事中毒の対比が面白い)を語るマクラのような部分がいささか長い。それから、勤続25周年のリフレッシュ休暇をもらった男の話に入るのだが、これもオチが途中でわかった。というよりも、話に入ってからが即オチという性急さで、ちょっと戸惑ってしまった。もっと唖然としたのは最後の『交通規制』。こちらは臓器移植の話題から、急に話に入った途端にオチが来る。これもショートショートというよりは、まだアイデアという段階のような気がする。ショートショート講談という発想は面白いのだし、こういう試みは大歓迎なのだが、もう少し練り上げる余地は残っている気がするのだが・・・。


August.11,2002 濃ーい内容の3時間

8月9日 『アテルイ』 (新橋演舞場)

        何から書いたらいいだろうか? 劇団☆新感線と新橋演舞場のコラボレート第二弾。こんな贅沢で楽しい公演はちょっと無い。

        まずは、そうだなあ、水野美紀! 鈴鹿役で登場する最初のシーン。北の狼と名乗ったアテルイ(市川染五郎)、それに対して都の虎だと名乗る坂上田村麻呂(堤真一)に続いて、「そして、私が、夜のバンビ」と名乗るところが可愛い。しらけきった場で堤が一喝すると、「二人だけ通り名があってずるい。私だって名乗りたいじゃない。赤い彗星とか、ひとり民族大移動とか、電話はヨイフロとか・・・」 堤が突っ込む。「最後のは違ーう! お前は赤いキツネか緑のタヌキ!」 こんな可愛いキャラクターが第一幕のラストで捕らわれの身に。と思ったら第二幕では田村麻呂に従う飛連通(粟根まこと)、翔連通(川原正嗣)の二本刀に加わる、三本刀の刃妙丸として登場。その銀色の衣装に身を包んだクールな姿が綺麗なのだ。このあと、また鈴鹿役として白装束でで出で、またさらに・・・うーん、これ以上は書けない。書いてはいけない。

        主演の染五郎と堤真一もいい。二本花道でセリフを言い合う姿のカッコイイこと! ふたりには役者としての華があるから、出てくるだけで舞台がパッとする。

        そこを取り巻く、濃ーい役者陣。敵とも味方とも最後の最後までわからない蛮甲役の渡辺いっけい。物語の鍵を握る御霊御前役の金久美子。アテルイに従う立烏帽子役の西牟田恵も水野美紀に負けず劣らず女だてらにアクションシーンをこなす。実に憎々しげな悪役ながら抜群の演技力で印象を残す紀布留部役の植本潤。ドラゴンロックの剣轟天の印象が強い橋本じゅんは、一転、これまた悪役の佐渡馬黒縄。二幕目での肉を食べながらの演技が可笑しいのなんの。二本刀、飛連通、翔連通の香港映画顔負けの剣さばき、いいよ、いいよ。

        私はどことなく『スター・ウォーズ』を思い出していた。大和側はほとんど帝国軍。纏っている衣装も帝国軍の兵士みたい。それに対して蝦夷側はジェダイ。と言ってもあまり強そうなのがいないのがやや難。強い味方となるモレ族の3人はほとんどイーウォック族と言ったら失礼か? 大和側は個性的なのがまだいるぞ。前半で印象を残す随鏡役の右近健一。それにどう考えたって登場人物中一番強いとしか思えない闇器役の前田悟。

        国家統一とは? 戦いとは? 神とは? 重いテーマに、散りばめられたギャグの数々とアクション。3時間の長さを感じさせない面白さだった。最初の蝦夷の民が踊る場面が、ラストのねぶた祭りに繋がったときに、ジーンと熱いものを感じて涙ぐんでしまった。ヘビーメタルの音楽に送られながら新橋演舞場をあとにする。劇団☆新感線、とんでもなく大きなものになってきたようだ。


August.10,2002 北陽最後の深夜寄席

7月27日 深夜寄席 (新宿末広亭)

        いよいよ神田北陽が、神田山陽を襲名して真打になる。二ツ目さんの勉強の場、深夜寄席も最後の夜となる日、新宿末広亭に開演の十五分前に入ったら、すでに一階の椅子席はほぼ満席。そこをなんとか空席を見つけてもぐり込む。やがて桟敷席にまで客が入り、とても深夜寄席とは思えない盛況ぶりだ。上手の桟敷席には柴田理恵の姿まで見える。

        春風亭鹿の子が楽屋から高座に出てきた。客席を一目見ると、その客の多さにびっくりした表情を浮かべて楽屋に戻ってしまう素振り。気を取り直したかのように座布団に座ると、「今、びっくりしちゃいました。今何時で、どこで演っているのかもわからなくなっちゃいまして・・・」 結婚相談所の話題から、髪結いの亭主、『厩火事』に入るとみせて、バスガイドがお見合いをする新作落語。

        前座修業を終え、春風亭鯉奴(こいぬ)から、二ツ目に上がると同時に名前を変えた鯉橋が高座へ上る。「今夜は北陽アニさん最後の深夜寄席。私は初めての深夜寄席。これも輪廻天昇というものでしょうか?」 それほどのものじゃないと思うけどね。ネタは『豆屋』、頑張ってね。

        三笑亭恋生は『魚根問』で飛ばしまくっている。魚の名前の由来を知ったかぶりの隠居から聞き出す噺。「鰹ってのは、何で鰹って言うのでかね」 「カツオはサザエさんの弟だ」 「鮎ってのは、どうして鮎って言うんですかね」 「アユは・・・浜崎だろ・・・これは深夜寄席の客しかわからないだろうが・・・」

        さあいよいよ、今夜の客が待ちに待った北陽の登場だ。北陽が自分で釈台を抱えて出てくるや、それこそ割れんばかり拍手が客席から鳴り響く。また、その拍手がいつまで経っても鳴り止まない熱狂ぶりだ。そこを持ち前の大声で割って入る北陽。「気持ちいいじゃありませんか。深夜寄席でこんなに入ったのはありません。いや、本興行だってこんなにはなかなか入らない。深夜寄席なんて無理矢理に酔っ払いを引き込んだりしていたものです。昭和五十九年。初めて深夜寄席に客として入りました。そのときはお客さん私を含めて三人。芸人さん四人。そのうちのひとりが昇太さんでした」

        「きょうはオヤジとオフクロが来ています」と、客席の両親を紹介。なんと私のすぐ後ろの席に座っていたのが、北陽のお父様だった。にこやかな笑顔を浮かべる北陽のお父さん。やっぱりうれしいのだろうなあ。

        「きょうは、二ツ目時代、一番大切にしていたネタを演ります」と前置きし、「このお噺は、とある台所の片隅に・・・」と読み出した。これは北陽ファンなら誰でも知っている『レモン〜狂暴な純情』 すぐさま言葉を切り、「ウソですよう。これで勘弁してくれるわけがない」 これには場内大爆笑。だってこれ数分で終わってしまうネタだもんね。鼠小僧は義賊と言われているが、実は自分の賭博の負けの穴埋めに盗みを働いていたというイントロから、浅草寺の屋根のてっぺんで鼠小僧がサンタクロースと出会うところまで一気に読んだところで、「いいですか、親戚もついて来てくださいよ。気が狂ったと思わないで!」 これぞ、北陽の新作講談『鼠小僧外伝・サンタクロースとの出会い』だ。

        腰を痛めて動けないサンタクロースの代りに、鼠小僧が江戸中の子供たちにプレゼントを届けて回る噺。サンタクロースから言われたのは、「もし子供が目を醒ましてしまったら、こう言ってくれ。『自分を信じて一生懸命やれば、必ずお前の願いは叶う』」 こうして、子供時代の左甚五郎や、三遊亭円朝のところに行くのも鮮やかなエピソード。一気呵成に読みきった北陽に、また盛大な拍手がいつまでも、いつまでも鳴り止まない。

        「自分を信じて一生懸命やれば、願いは必ず叶う」 きっと北陽もこの言葉を信じて二ツ目の修業期間を頑張ったんだろうなあ。願いは叶った。二ツ目から真打へ。そして神田北陽から、神田山陽へ。北陽おめでとう! 山陽誕生おめでとう! 毎日がメリー・クリスマス!


August.6,2002 やっぱり面白かった最後の二本

7月27日 「大衆芸能脚本」受賞作品の会 (国立演芸場)

        演芸の新作脚本を一般から募集して優秀作品を上演する企画。今年は落語と講談の募集発表となった。

        金原亭駒丸の『真田小僧』があってから、いよいよ本番。

        案内役の古今亭菊千代が「楽屋の中、こちらが緊張してしまうくらい、みなさんピリピリしていらっしゃいます」と言うように、ハナで出てきた宝井琴調も固さが取れないよう。「みんな楽屋で台本を開いております」 それから、こんなドキッとすることを言うのだ。「よく、話しているとメモのようなものを書いている方を見かけますが、あれは止めていただけませんか? 何か間違ったことを言ったかと思ってしまう。たとえ書いている内容が[豚肉300g、ニラ一把、牛乳一パック]というようなものだったとしてもです」 うーん、こう言われてしまってはメモをとるわけにいかなくなってしまった。あとでメモ帖を読みかえしてみたら、当然白紙状態。薄らボケ頭は、この日の琴調が演った『戦国裏切り絵巻』(稲田和浩脚本)の内容を、まったく憶えていないのだ。

        「スカートの下にGパン履いている女性がいますでしょ。あれ、おかしいですよね。きっと誰かひとりがやりだすと、おかしくないという風になっちゃうんでしょうね」 林家たい平が言うことは私も前から思っていたこと。きっとモデルさんなり、女優さんなり、影響力のある人が、そんな格好をしたことがあるんだろうなあ。そうするとみんな右へ習いになっちゃう。『となりの芝生』(山田浩康脚本)は、隣の家に張り合おうとして、奥さんが、隣が犬を飼えばウチも犬を飼う、隣がクルマを買えばこちらも免許書もないのにクルマを買うといった塩梅。「高枝切りはさみなんてどうするんだ、ウチには庭がないんだぞ。車椅子なんてどうするんだ、隣が買ったのはおじいちゃんが体が不自由だからだろうが」 隣が欲しいものが、必ずしもウチが欲しいものとは限らないというたたみかけが可笑しい。越した先で隣は選べないもの。「こういったことってあるんですよ。師匠は選べます。ただ、意外にイヤな兄弟子がいる」 えへへ、誰のことかなあ。

        一龍斎貞山は『白猿再勤』(安田榮一郎脚本)。引退して市川白猿と名乗るようになった七代目市川団十郎が、中村座の人気を盛り返すために口上だけでも出てくれないかと頼まれる話。講談は嫌いじゃないのだが、こういう話をねっちりと演られると、いささか疲れた。

        林家正雀の師匠は、あの彦六の正蔵。正蔵が稲荷町の長屋に住んでいたのは有名な話。私の母の実家は、地下鉄の稲荷町で降りてちょっとの永住町だったから、私もよくこの近くを歩いていた。正蔵の向いの長屋に住んでいたのが桂文治。ここは今は駐車場になってしまっているという。稲荷町の駅を上がったところにあったのが[永寿病院]。戦前からの建物でかなり老朽化していたが、去年ついに取り壊されてしまったらしい。正雀が正蔵の逸話を声色まじりで話しだした。正蔵と文治は仲良しだったという。文治が脳軟化症を起こして永寿病院に入院していたときのこと。「文治を正蔵が見舞いに行った。『文治さん、お前さん、脳軟化おこしたんだってねえ。何かやって欲しいことはないかねえ。なんでも叶えてやるよう』 『足が見てえ』 看護婦さんを捕まえて、『おねえさん、この病人がねえ、足が見てえと言ってるんですがねえ、足を見せてやってくれませんかあ』 この看護婦さんシャレがわかる人らしくて『師匠、ほんの少しですよ』とスカートをまくってみせた。『どうだい文治さん』 そうするとまた『足が見てえ』 実は本当は『足が痛え』 ウチの師匠が文治さんの足の上に座っていた」 こういう逸話はいくらでも出てくる師匠だ。

        正雀は自分で脚本を書き本名で応募したのが入選し、本人自らが演じるという格好になった。自分で書いたものだもの、演りやすそう。演目は『鰹節まんま』。人のよい老大家夫婦、店賃の催促もしない。お金に困っている店子がいれば、そっと米やイモを分けてあげる。そんな長屋で夜逃げ騒ぎが起こる。それも子供だけ捨て子にして置き去り。老夫婦で育てようかとも思うが、なにしろ自分たちは歳を取り過ぎている。子供に一両つけて誰か育ててくれる人を捜そうとするが・・・。なかなかよくできた話で、ほっとするラストが待っている。

        ここまでの四本の講談と落語は、それなりのレベルだとは思うのだが、私にはいまひとつピンとこなかった。ところが最後にきた二本は、講談、落語とも、すこぶる面白かった。

        神田松鯉の『西太后の沓』は、紙芝居師の梅田佳声さんの脚本。北京行きの船の中、船賃が足りないと、ひとりの女性と、そのふたりの幼子が途中の桟橋で下されてしまう。夫が死んでしまい、生まれ故郷の北京に帰る途中の出来事だった。無一文で泊まろうとした先の宿屋、泊めてくれるはずがない。それでも納屋のワラに寝かせてもらうことになる。そこに飛脚がやってきて、この女性に届け物だと、大金を渡して去って行く。どこの誰がこんなお金をよこしたのだろうと不思議がる女性。無事に北京に辿りつき、十二年の歳月が経つ。あのときの子供は十七歳の絶世の美女になっていた・・・。奇想天外な話だが、これって実話なんだろうか? とても面白く出来ている。講談と紙芝居って似た所があるのか、講談を聴いているのに、これが紙芝居師の作と知ると、紙芝居の世界のような気もしてくる。今度は是非これを紙芝居で見たいなあ。

        大阪の芸人が東京の高座に上がると、しきりと大阪と東京の違いを口にする。月亭八方もそんな出だしだ。「大阪は暑いですよー。東京より鹿児島に近い分暑いです。また大阪弁は、余計に暑く感じますなあ。『あっついなあ』って言ってダーラダラ足取り重く歩いている。東京の人は『(爽やかに)暑いね』ってスタスタ歩いていく」 「阪神なんて、あんなもん大阪でないと応援でけん。開幕で調子がいいと、道頓堀川に飛び込みまっしゃろ。汚いでっせえ、あの川。あんまり飛び込む人多いから、[ピラニアを放しましたので危険ですから飛び込まないでください]って看板出した。そんなピラニアが死んでしもうた」

         八方は『仏の遊び』(本田久作脚本)。「この噺、おもろないです。また演者が軽い。二重苦や。これでお客が来ないとヘレン・ケラー」と始めた噺だが、どうしてどうして、これが面白い。貧乏寺の住職は、これがまた生臭坊主ときている。もらったお布施でお茶屋遊びに繰り出そうと考えている。そこへ、本物の仏様が現れて一緒に連れて行ってくれと言う。「仏が女郎買い? 檀家の人が知ったら、えらいこってすぜ」 「三度まではいいの」 かくして相撲取りと偽って新町へ繰り出すが・・・。なんとも凄い噺なのだが、上方言葉で語られるこの噺、不思議とそんなにヘンには思えない。このへんが大阪弁の得なところなんだなあ。


August.3,2002 また来たお化けの夏が来た

7月21日 志の輔らくご 21世紀は21日 (安田生命ホール)

        ばかな暑さだ。志の吉の『不精床』に続いて出てきた立川志の輔も、「何もここまでいい天気にならなくてもいいじゃありませんか」と話し出した。「もう亜熱帯ではないですね。熱帯ですよ、東京は。いつか、街路樹が椰子の木に変わり、椰子の実が食べられるようになりますよ」 初めて大分に行って落語を演ったという話から、高崎山でサルの解説をしているジイさんの、その解説の内容がグチばっかりだというのが面白かったと、その話し方を真似てみせてくれる。さすがに話術のプロだけあって、一度聴いただけで、その話し方を真似できるだから凄い。まさに、そんなだったんだろうなあと思えてくる。

        落研時代の後輩S君の案内で、さらに大分観光名所地獄巡りを見て来たという話から『皿屋敷』へ。このところ、どんどん派手になっていく『皿屋敷』だが、志の輔のはその最先端を行っているのではないだろうか? 怖がりのくせに見たがり屋の松公が可笑しい。「ねえねえ、お菊さんって美人なんだろうねえ、幽霊でも。でも、美人じゃない幽霊もいるよね」 「バカ、そういうのはお化だろうが」 かくしてお屋敷にお菊さんの幽霊を見に行った町内の若い衆、お菊の幽霊を見てワーッと逃げ帰ってくる。「怖かった、恐ろしかった、美しかったー」と妙に感動してしまう松公、回覧板回して隣町にまで噂を広げてしまうから、次の夜は見物人でいっぱい。この夜も井戸の中から出てきたお菊さんに、「ねえ、何で毎晩毎晩井戸の中から出てくるの?」と問えば、「毎夜毎夜、皿の数を数えないと死んでいけない女になってしまったのでございます」 生きていけない女になったのでございますではなくて、死んでいけない女ってのが可笑しい。

        こうなると吉本興行が黙ってられない。興行を一手に引き受けて、お菊饅頭やらお菊煎餅まで売り出す騒ぎ。ラジオやテレビの中継まで入り、外国でもその騒ぎを聞きつけて、CNNのレポーターまでやってくる。「レディース・アンド・ジェントルメン。ウイ・プレゼント・ユー、ディッシュ・オブ・オキク・・・」 お菊の方もねずみ色の薄汚れた着物ではなく紫のラメ入り着物。「一枚、二枚、三枚・・・」と数えていくうちに、「十枚、十一枚、十二枚・・・」とどんどん増えていってしまう。「おいおい、皿は九枚だろうが、いったい何枚数えるつもりだあ」 「うるさいわねえ、あたしが何枚かぞえようと勝手でしょ」 「お前、いつから、そんな女になったんだあ?」 そんな性格の悪いお菊さんにしてしまっていいのかあ? 志の輔のところに化けて出てこないことを祈るだけ。

        恒例、松元ヒロのNHKニュースを流しながらの当てぶりパントマイム。この日は梅雨明けのニュースがトップ。[梅雨明け]という言葉が流れると、丼に入ったつゆを飲み干す仕種をするのが、バカに可笑しい。

        二席目は円朝作の怪談噺『江島屋騒動』。志の輔はこの噺を一度分解して、下総の婚礼での事件を後に回し、その何年か後に江島屋の番頭が下総へ商用へ行った帰りに道に迷い、藤ヶ谷新田のあばら家に泊めてもらうところから語り出した。そこから過去の事件、江島屋で買ったいか物の着物によって大恥をかかされたことを苦に自殺してしまう花嫁の話へ戻り、再び時制を戻して藤ヶ谷新田の場へ。このカットバックの手法は上手い。囲炉裏の灰に火箸で[め]の字を書き、「おのれ、江島屋」と火箸を突き刺す老婆の姿が、妖気が漂っていて怖いのなんの。

        「はて、恐ろしき、執念だなあ」で終わり、最後の挨拶。この夏公開の『釣りバカ日誌』に出演した苦労話などを話してくれた。この映画で共演した丹波哲郎は霊界と行ったり来たりしていることで有名。志の輔によると、「丹波さん、本当に死後の世界に行くことができるんですか?」と訊いたところ、「はい、誰でも簡単に行けます。目をつぶって五つも数えれば行けます。はい、目をつぶって・・・一、二、三、死後」―――って本当かなあ。

        怪談噺を聞いたあとでも、外に出れば、コンクリートの街新宿の雑踏。熱風が襲いかかる。また来たお化けの夏が来た。でも、いまや、この雑踏をみていると幽霊も出難い時代になってしまったかなあと思う。


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