February.27,2003 コント55号健在

2月16日 『江戸の花嫁』 (明治座)

        なにかと話題の多い公演なので、チケットの売れ行きも好調だったようだ。おゆき役が中澤裕子とはしのえみのダブル・キャスト。さすがモー娘人気で、中澤裕子の方から売れてしまったようだが、私の行ったはしのえみの日も補助椅子がズラリと出て超満員。なにしろ萩本欽一と坂上二郎のコント55号が復活するわけだから人気にならないわけがない。

        とはいえ、コント55号のふたりは、どちらかというと脇役。主演は柳葉敏郎という印象。それにコント55号と、車だん吉、東京ヴォードビルショーの面々が絡むといった構成。医者の玄庵(萩本欽一)とその娘おゆき(はしのえみ)が住む江戸の貧乏長屋。大家さんも借金をしている始末。金を貸していた金貸しの吉衛門(市川勇)は、金を返せなくなった大家からこの長屋を取り上げ、住人を追い出して遊郭を作る計画を立てる・・・。

        吉衛門の手下であるにもかかわらず、長屋の住人にも同情してしまった栄次(柳葉敏郎)は、板ばさみになってしまう。そんなある日、目明しの次郎吉(坂上二郎)に取るに足りない罪状で捕まってしまった栄次は、牢獄で世の為人の為を思う浪人津川勝四郎(佐藤B作)に逢う・・・。

        今回、東京ヴォードビルショーの役者が大挙して出演している。佐渡稔や市川勇は、明治座の堺正章公演に出演したことがある。今までの明治座に出ていた役者とは、ひと味もふた味も違う演技で新鮮さを覚えたものだった。今回は座長の佐藤B作、あめくみちこ、佐渡稔、市川勇以下、総勢16名の参加とあって、東京ヴォードビルショーの乗りが反映されていて楽しい。

        しかし、何と言っても今回の楽しさは、やっぱりコント55号。このふたりが絡む場面になると、途端に即席コント状態。即席といっても、稽古の段階で出来たものをそのまま本番に持ち込んでいるらしいのだが、何回演っても欽ちゃん、二郎さんの息はピッタリ。欽ちゃんが二郎さんに何かやらせ、それに突っ込みを入れてさらに複雑なことをやらせようという、どちらかというと泥臭いコントなのだが、このパターンはいまだに観ていて可笑しい。61歳の欽ちゃんが飛ぶ動作を入れてみせ、68歳の二郎にやらせるというのだから正直タイヘン。「飛べよ! 飛ばないとコント55号にならないよ!」と言われて、笑いながら飛んでみせたり手を使わないで起き上がってみたり。二郎さん、ご苦労様でした。

        ただ、脚本なのだが、三幕目に入ってからが暗い。私としては徹底した喜劇を目指して欲しいと思った。せっかく車だん吉や佐渡稔、市川勇といった芸達者を出しているのだから、もっと笑える芝居が出来たはずだ。ともあれ、萩本欽一と坂上二郎がいつまで出来るかわからないが、コント55号が現役で出るならば、私はまた見に行くだろうな。


February.23,2003 三平堂初体験

2月15日 第四十五回 三平堂落語会 (ねぎし三平堂)

        鶯谷駅を降りて住所を頼りに歩くと、ラヴ・ホテル街に入り込んでしまう。ウロウロと動き回るうちに大きなお屋敷の前に二十人以上の人の列が見える。開場時間にはまだかなり時間があるはずなのに、この長い列。最後尾につき開場を待つ。木戸銭千円を払い三階の会場へ。絨毯敷きの床の奥に造り付けの高座がしつらえてある。小さな座布団が積み重ねてあり、それをひとつ取って高座の前に座る。

        開口一番。前座さんは林家どん平『味噌豆』。頑張ってね。

        「子供の頃って味覚がまだわからないんだって。最初にわかるのが甘いのと辛いの。ピーマンが嫌いな子が多いでしょ。苦味の美味しさがわかるのは後になってからなんだよ」 林家しん平に言われて納得した。私も小さい頃は好き嫌いが多かったもんなあ。それが今では何でも食べる。小さい子に無理に食べさせることもないんだよね。自然に食べるようになるんだって! 『もったいないお化け』は、好き嫌いの多い子供のところに出て来るお化けの噺。留守番の小学生の男の子、晩のオカズを見ればチンジャオロースー。豚肉、ピーマン、大っ嫌い。食べたくなくてテレビゲームをやっていると、もったいないお化けが現れる。「豚肉だって、ピーマンだって命があったもの。どうして、それを自分の命にしない!」 説教をたれるお化けだが、お化けにしては恐くない。「恐い話をしてよ」との子供の注文に恐い話をするが、子供はちっとも恐がらない。逆に子供が始めた恐い話とは・・・。

        柳家小ゑん『すて奥』。主婦と生活社から出ている主婦の為の節約情報誌『すてきな奥さん』の愛読者の主婦、収納に関心を寄せている。地下収納があればと思っている。「邪魔なものはみんな地下収納にボーン。亭主が死んだら地下収納にボーン」 ところが床の絨毯を剥がしてみると本当にこの家には地下収納スペースが存在していた。そこへ降りてみると、そこには・・・。去年の五月にも聴いた噺だが、中高年の人には受ける噺。懐かしいモノがたくさん出て来る。

        仲入り。林家しゅう平が「お膝送りを願います」と頼んでいる。うしろを見ると、いつのまにかお客さんが増えている。ざっと百人はいるだろう。狭い板の間は人でいっぱいだ。「足が動くということは、オアシが動くということに繋がります。景気が良くなる為にもよろしくお願いのほどを」 客層は、常連客で占められている感じだ。それも、普段は寄席などに行かないといった人たち。この会でのみ落語を聴いているといった人が多いようだ。

        五明楼玉の輔『花嫁の父』。娘の嫁ぐ前日、両親が話し合っている。実はこの娘は自分たちの子供ではなく貰い子なのだが、そのことを娘には告げず自分たちの子供だとして育ててきた。そのことを本人に告げようかどうしようか迷っている。そこへ、娘がやってきて・・・。しんみりといい気持ちにさせてくれるいい噺になっている。オチも鮮やか。

        三遊亭円丈『(早朝)一ツ家公園ラブストーリー』。毎朝六時半から始まるラジオ体操を目当てに五時前から公園に集まってくる老人たち。そこへポンコツバイクに乗った見知らぬじいさんがやってくる。このじいさん、ベンチに座っているあるおばあさんの側に行き口説きだすが・・・。ナンパじいさんの話も面白いのだが、前半に出て来る、猫に餌をやるおばあさん、朝顔じいさん、変な踊りを踊っているじいさん、カバの置物の側でボーッとしているじいさんなどの描写が面白い。高齢化社会、これからはこういう人が増えていくのかも。おおっと、私もそのうちにお仲間入りか。


February.22,2003 楽屋に白鳥師を訪ねる

2月11日 横浜にぎわい座有名会

        四月にウチで演る三遊亭白鳥師の会で、会場と高座の設営に関して、どうしても白鳥師本人に直接確認しておきたかったことがいくつかあるのと、一応ご挨拶をしておいた方がいいだろうとの判断から、ご出演中の横浜にぎわい座へ行ってみることにした。

        今半に寄って、差し入れ用に名物すき焼きコロッケを購入。揚げたてのコロッケは電車の中で良い匂いを振りまいている。迷惑かなあ。悪い臭いじゃないからいいだろう。ごめんなさーい! 横浜にぎわい座開場と同時に飛び込み、座席を確保してから楽屋へと向う。にぎわい座の楽屋はまだ新しく、明るくてきれいだ。面会を申し込むと、白鳥師はまだ楽屋入りしていないとのこと。白鳥師の弟弟子、三遊亭亜郎さんが対応に出てくれる。「それでは仲入りのときにもう一度うかがいます」とコロッケを渡して客席に戻る。

        開口一番、前座さんは林家彦丸『子ほめ』。客筋はあまりマニアックな人は少なく、地元のごく普通の人たちが多いようだ。こういった典型的な前座噺でも、よく笑いが返っていく。これなら噺家さんたちも演ってて楽しいに違いない。

        楽屋で対応に出てくれた三遊亭亜郎。去年の十一月にめでたく二ツ目に昇進した。この人、劇団四季に十年間在籍して、三十四歳にして落語家に転身したという変り種。俳優として映画やテレビに出たり、無声映画の活弁士までこなす多才な噺家だ。「今年の七月から九月まで、帝国劇場のミュージカル『レ・ミゼラブル』に出るんです・・・本当ですよ」 笑い声をあげている信用していないお客さんに、「メイン・キャストなんですから・・・本当なんですったら! テナルティエ役なんです」 まだ半信半疑のお客さんに、この強欲な宿屋の主が歌う歌を朗々と披露してみせると、ようやくお客さんも納得したようだ。亜郎の良さは、そのテンションの高さ。前座のあとに出て来る二ツ目さんが元気がいいと客席が暖まる。ネタは『動物園』。ブラック・タイガーの着ぐるみを着せられて檻の中に入れられた男、アンパンが大好物。アンパンを食べながらこちらを見ている少年ムネオくんの側まで来ると、「ウー、あんぱんくれ!」 驚いたムネオくんが、アンパンを投げるとムシャムシャ。「ウー、ありがとう」 私のうしろに座っていた老夫婦の奥さんが、「上手い、上手い、この人、上手いよ。二ツ目になったばかりだって言ってけど、もうすぐ真打になれるね!」って、今の落語界、そんなに甘くは無いんだけどねえ。

        メクリが三遊亭白鳥になると、うしろの奥さん「しらとり?」 しらとりねえ。きれいだけど、ここは素直に、はくちょうなのね。ちなみに私のパソコン、[はくちょう]と入れると必ず[派口調]になってしまう。[はくちょうし]だと[吐く調子]。素直に読んでね。白鳥のおふくろさんの話をいくつかすると、これが中高年女性たちに受ける。「ギャハハハハ」と大声で笑っている。前に出た亜郎もやはりネタに入る前に中高年女性を笑いにして受けまくっていた。綾小路きみまろがブレイクしたように、なぜかこの手のネタは不思議と当の中高年に受けるのだ。このまま『おばさん自衛隊』に入ったのだが、この噺はこういう客層にはピッタリだろう。見栄でSサイズの支給品の制服を着るオバサンの様子が、どんどん上手くなっている。

        メクリに書かれている寄席文字は慣れないと読みにくい。メクリが若倉健と出ると、うしろの奥さん、「いわくらけん?」 以前はこくぶけんと名乗っていたのに改名して、今度は、高倉健に憬れているし、本人よりは多少若いので岩倉健。と言っても、高倉健は昭和六年生まれだから、もう七十歳を越えているんだよなあ。漫談のネタが舟木一夫だったり、石原裕次郎だったり、小林旭だったりするから、岩倉健は私よりも更に少し上の世代。岩倉健を名乗るだけあって、高倉健の物真似も上手い。「『親分さん、あんたそれでも男か・・・死んでもらうぜ』 高倉健に生命保険のCMに出てもらうといいでしょうね。外交のおばちゃんが『どうなれば保険金貰えるんでしょうか?』と健さんに訊くと、『死んで貰います』」

        派手な着物の古今亭寿輔も前から二列目にズラリと並んだオバ様いじり。「美人は四、五十人にひとりと言われています。ということは、きょうはざっと百人の女性のお客様がいらっしゃってますから、きょうは・・。二人・・・・・奥さん! 自分はその二人だと思えばいいの!」 これまたギャハハハハと受ける。どうなってるのかねえ。どこからが区切りになっているのか、そのまま漫談風の『名人への道』へ。「落語なんてつまらないですよ。私の落語もつまらない。このチンドン屋つまらないと思ったら『引っ込めー!』と言ってください。さっさと帰るから・・・言ってよお!」 「でも、落語全部がつまらないわけではない。名人が演れば面白いの。私だって少しは努力しましたよ。でも無駄だってわかったの。実の親父も聴きに来てくれない落語なんて面白いわけないでしょ」 アハハハという笑いが客席から沸く。「アハハハハじゃないよ!」 いやいや、寿輔は十分に面白いよ。

        仲入りに入ったので、再び楽屋を訪れる。白鳥師と対面。挨拶をして、会場と高座の設営に関して、いくつか白鳥師の理想と少し違うことをお話すると、総て「それでもかまいませんよ」とあっさりした答え。初めてお会いした第一印象としては、ごくごく常識人といった感じの人だった。高座での自己体験マクラや、ほかの噺家さんが振る白鳥師の噂話からイメージしていたのとは、ほど遠い人のような気がするのだが・・・。あっという間に用が済んでしまって拍子抜け。短い雑談を交わして、「それでは、よろしくお願いします」と最後の挨拶をして客席に戻る。

        三遊亭金遊が、禅寺永平寺での修業体験の話を詳しく話し出した。食事はごはんにタクアンだけといった質素この上ないものが三食。あとは朝から晩まで僧堂での座禅修業が続く。「ほおー」と、この珍しい体験話を感心して聴いていたが、最後にちょっとしたオチが付く。「これが言いたくて、長々と話してきたのですが、それほど受けなかったですね」と、『開帳の雪隠』へ。あまり演る人のいない噺だが、これ、十分に面白い噺だと思う。どちらかというと汚い噺なのだが、そのオチはきれいに決まる。私が好きなタイプのオチだ。短い噺なので、金遊のように長いマクラから入るというのはいい手法だと思う。

        開演前、仲入りと二回楽屋に行ったのだが、二回とも廊下ですれ違った人がいる。背が低くい若い男なのだが、私を関係者だと勘違いしているらしく、「おはようございます」と挨拶する。こちらもどこかで見た人だと思うのだが思い出せない。なべやかんに似ているような気がするのだが、なべやかんがここに居るわけないよなあと思っていた。それが次の翁家和楽社中が出てきて「あっ!」と気がついた。あの人物は和楽社中の和助じゃないか! その和助が五階茶碗を始めると、うしろの奥さんが興奮して叫び出す。どうやら初めて見る曲芸らしい。「ああ、お兄ちゃん、がんばれ!」 バチとバチの間に毬を置く技になれば、「うわー! 落っこっちゃいそう!」 扇子の抜き取りを見事成功させると、「凄いー、凄いー!」 回り灯篭になれば、「大丈夫かしらねえ、心配になっちゃうよ」 小柄な和助が演ると、特にオバ様方の心に響くようで。

        初高座が人形町末広だったという三遊亭円丈。「人形町末広の緞帳は手動式でした。トリの人が終わると前座が手で紐を引っ張って降ろす。そのとき前座はいつもふたり。ある日、前座がひとりしかいなかったことがある。仕方ないから、ひとりで追い出し太鼓を叩きながら幕を引いたことがある」 なんともまあ器用なことで。「もっとすごいのが、目黒演芸場。ここも手動式でした。先代の馬生師匠、声が小さい。トリでサゲを言ったのに前座が終わったのに気がつかなかった。仕方ないから馬生師匠は自分で太鼓叩いて幕閉めてた」 まさかなあ。ネタは落語の仕種で演る世界初のアクション・落語『ランボー・怒りの脱出』。この日客層にはマニアックすぎないかと思ったのだが、どうしてどうして、よく受ける。落語独特の走る、急ぎ足、うつ伏せに寝る、仰向けに寝る、殴り合い、取っ組み合いといった表現方法を使っての、シルベスター・スタローンのアクション映画の再現。「六代目三遊亭円生直伝の首の締め方!」はダテじゃない。

        名人六代目円生から落語を教わり、白鳥、亜郎といったいい弟子にも囲まれて、円丈落語は、まだまだ進化を続けて行きそうだ。


February.17.2003 女性心理の『椿の喧嘩』

2月9日 浅草演芸ホール二月上席夜の部

        夢丸新江戸噺も残すはあと一席。BIG FACEの芝居を見終わってから自宅に戻り、翌日の仕込みを終わらせて浅草へ急ぐ。

        浅草演芸ホールの前に着いたのは午後七時。もう割引料金になっていた。木戸銭を払って入場すると、中は一杯。高座には桂歌春が上っている。ネタは『鍋草履』。席が空いていないわけでもない程度の混み方なのだが、短い噺だし、もう噺も佳境に差し掛かっているので立ったまま見ることにする。オチが決まったところで、「おなーかーいーりー!」の声で幕が降りてしまった。ありゃりゃ、いきなり仲入りかよ。これをケジメに帰る人が多い。空いた席に座って、後半が始まるのを待つ。

        三笑亭恋生のパワフルな高座はいつもどおり。『時そば』はやはり後半の不味いそばが面白い。「丼の縁が満遍無く欠けてんねえ。おい、こっち向け! 小言だ、ちょっと聞け! おい、後ろ向いて何やってんだあ?」 「立ちしょんべんです」 「汚ねえなあ。おい、丼の縁が欠けてるよ」 「へえ、それは、かけそば専用で」

        終始ひと言も喋らない小天華の手品は鮮やかだ。ただ先日松旭斎八重子が種明かししてみせた三本のロープを使った手品など、はるかに自然な動きで演ってみせるのだが、鮮やかすぎて何が起こったのか観客が理解できないで戸惑いを見せてしまう。寄席の手品は、やはり喋りがあっての方が寄席らしい。もっとも、喋り芸の続く中で、たまには喋りが一切入らないというのも気が抜けていいんだけどね。

        山遊亭金太郎が、先日もかけていた噺をまたかけていた。『しじみ売り』によく似た噺なのだが大幅に違う。インターネットで調べてみたら、これはどうやら藤谷連次郎・作の『とんぼ屋』という新作らしい。父親を五年前に亡くし、母親は二年前から寝付いてしまっているので、幼い兄弟が夏は金魚売り、冬はしじみ売りをして働いている。それを不憫に思った鼠小僧が小判を投げ込む。しかし母親は、「どんなに貧しくても、人の金を取っちゃいけない」と奉行所に届け出てしまう。それを見て鼠小僧は「これからは、オレも真っ当に暮らすぜ」と改心するという噺だ。人情噺として短いながらもよく出来ている。オチも効いていていい。

        金太郎の次が昔昔亭桃太郎。「小泉首相が『公約破ったなんて大したことじゃない』なんて言っちゃったでしょ。政治家なんて平気な顔して公約破る。格好ばっかり。○○○の天丼みたいなもんだ。あんなもの、旨くもなんともない。マスコミが騒ぐから旨いと思っちゃってるんだ」 どうやら怒りが治まらないようで、漫談というか政治放談だけで終了。こんな桃太郎も面白い。

        漫才の新山ひでややすこの海外旅行ネタが進む。ひでやが外国の地名を言うと、やすこがその土地の歌を歌ってみせる。ハワイだったら『アロハオエ』、サンフランシスコだったら『サンフランシスコのチャイナタウン』といった具合。ところが、フランスのところで「♪アロハよー」とやった。「♪枯葉よー」をギャグにしたのかと思ったら、どうやらやすこが間違えてこう歌ってしまったらしい。やすこが自分で笑い出してしまって、その笑いが止まらなくなる。ネタに戻ろうとしても笑い出してしまって戻れない。それをまたお客さんがゲラゲラ笑い出すものだから、やすこの笑いがさらに止まらなくなる。思わずお客さんに「笑わないでね」と言ったら、ひでやが突っ込む。「漫才で笑ってもらわないでどうする!」 こうなるとますますやすこが笑いのツボにはまってしまい、漫才にならなくなる。「イギリス」 「♪ロンドン パンパン ロン パンパン」と歌いながらも笑いが治まらない。「ローマ」 「アハハハハハハハハ」 「笑うならお金払ってそっち行けよ」 こんな突っ込みを入れるものだから、ますます笑い出してしまって泥沼状態。ようやく治まりかけて、「どこだっけ?」 「ローマだよ」 「ローマ、もう止め!」 「水の都ベニス」 「ベニスと言えば『旅情』」と『旅情』のテーマを歌い出すのだが、またもや笑い出してしまう。客席の女性に「おかあさん、ちょっと笑わないでえ」 「楽屋行ったら張り倒してやるう!」

        三遊亭遊三『不精床』。屁理屈ばかり言う口の悪い床屋に入ってしまった男、椅子に座りながらも「なんだか変な店に入って来ちっゃたなあ」と呟くと、店主に「うるせえ、黙ってろ!!」とドスの効いた声で一喝され、ピーンと背筋を伸ばして動けなくなってしまう。ゲタの歯を削るのに使っている剃刀でヒゲを剃られて「痛い、痛い!」と悲鳴をあげても、「うるせえ! 嫁に行った晩じゃあるまいに!」 遊三の『不精床』の旦那は本当に恐い。

        『佐渡おけさ』 『春はうれしや』を聴かせてくれた桧山うめ吉。立ち上がっての踊りは端唄の『春雨』。「♪春雨に しっぽり濡るる鶯の 羽風に匂う梅が香や 花にたわむれ しおらしや・・・」 手ぬぐいを日本髪の頭に垂らし、垂れた手ぬぐいの端をそっと口で咥える色っぽさ。いいねえ、いいねえ。

        今年の三笑亭夢丸の新江戸噺三作のうち、まだ聴いていなかったのは『椿の喧嘩』。これで全部聴き終わることになる。椿が好きで境内にたくさんの椿を栽培している寺の住職。夜中になると、なにやら外が騒がしい。雨戸を開けてみると、椿の精霊[椿娘]たちが椿の中から飛び出してきて、キーキー、キャーキャーと金切り声をあげている。どうやら喧嘩をしているようだ。住職はこれが毎晩続くので困っている。そこへ頼まれて左甚五郎がやってくる。甚五郎がこの様子を見てみると、どうやら新入りの若い椿娘に対して、今までいた椿娘が一斉に罵声を浴びせているということがわかる。この喧嘩をどう収めるか。一計を案じて甚五郎が彫り上げたものというのは・・・。男性はまず口喧嘩で女性に勝てないという。男の場合、このままでいくとまずいと思うと、適当なところで折れる。しかし女性は自分で、ひょっとしたら自分の方が間違っているかもしれなくても強気で押し通してしまうのだそうだ。女同志の口喧嘩くらい治めるのは難しいようで・・・。



February.15,2003 目立ちたい人たちの夢を描く群像劇

2月9日 BIG FACE
      『笑われる女。笑われる男3〜貴方なしでは、いられない。〜』
      (シアターX)

        筒井康隆の作品を取り上げた『筒井ワールド』シリーズを見に行くようになって知った劇団。筒井康隆原作を離れて、劇団の代表者でもある役者井沢弘自らの作・演出による3作目。両国橋を渡って隣の町へ。我が家からは徒歩15分、両国の町のシアターX[カイ]。

        お笑い芸人を目指しているノボル(小坂逸)とケンジ(小野重樹)は漫才コンビ、ドボルザークを結成し、毎日特訓を積んでいる。

        リストラされた会社員立花(井沢弘)は職探しの毎日。一方、喫茶店のマスター吉田(名倉右喬)は客足の減った店を閉店しようと思っている。もう50歳前後にもなったふたりだが、ドボルザークが稽古をしている姿を見て、自分たちもお笑い芸人を目指して漫才のコンビを組もうと相談がまとまる。しかし、お互いの家族からの猛反対にも合うのだが・・・。

        スターを夢見る女性、りえ(吉川まりな)、香奈子(山本貴永)、まろみ(山下ともち)、今日子(坂下しのぶ)、晶(原田裕子)の5人は、毎日レッスンに明け暮れている。そんな彼女たちに5人での歌手ユニット・デビューの話が進む。

        この3組の目立ちたいという願望を持った人たちと、その家族、テレビ局のプロデューサー、ディレクター、ADらが織り成すいわば群像劇。

        やがて、ドボルザークと、立花、吉田の漫才コンビ福寿草に、テレビの公開番組のマエセツの仕事が入る。公園で特訓をする彼らに中島みゆきの『地上の星』が流れるのは、まさに『プロジェクトX』。

        テレビ番組のマエセツの仕事とはいえ、高齢漫才コンビとしては初舞台。芝居を見に来た観客が、そのままテレビの公開番組の観客といった塩梅。きっちりと注意事項(携帯電話の電源を切ること。ADの合図で笑いや拍手を入れること)を面白おかしく説明するドボルザークのあとに、福寿草の漫才。これがどうしてどうして面白い。ネタは『太陽にほえろ!』の再現。ジーパンの殉職シーンなんて今の人にはもうわからないネタを持ってくるところが高齢者漫才。犯人に撃たれたジーパン、「もんじゃ、こりゃあー!!」 「もんじゃじゃなくて、『何じゃこりゃあー』だろう!?」 「下町だから・・・」 このあと、ひたすら走るコントはコント55号を彷彿とさせるもの。こりゃあ、井沢、名倉コンビで十分に漫才やコントが出来そうだ。

        エンディングは歌手ユニット・デビューした5人のステージ。「♪憎い 憎い このお肉・・・」とダイエットをテーマに踊り歌うこのナンバーは面白い! これ一回きりで消えてしまうには惜しいと思うのだが、本当にCDにしてくれないだろうか?


February.12,2003 何でもありのエンターテイメント芝居

2月8日 大人計画
      『ニンゲン御破産』 (シアター・コクーン)

        歌舞伎役者の枠に収まることなく前進しつづける中村勘九郎が大人計画と組んだ芝居。これは見逃せない。取れた席は、客席の中ごろにある横通路を前にした上手端。途中15分ずつの休憩を2回挟んだ正味3時間の三幕芝居だ。

        照明が消えて芝居が始まると、そこは幕末。官軍と彰義隊が戦っている。きわめて敗色濃厚な彰義隊ということはわかるが、どうやらワイヤレスマイクを一切使っていないらしく、ややセリフが聴き取り難いのが、これだけの規模の小屋では辛い。その中、新撰組残党だと名乗る灰次(阿部サダヲ)と官軍側で鉄砲を持っていた黒太郎(吹越満)が出会う。ふたりは兄弟であり、お互い侍になりたくて故郷の村を飛び出して来た仲。

        話が進んでいこうとするところで、作・演出の松尾スズキが素で登場。携帯電話の注意をしたりしながら、江戸時代の町の様子などを解説していく。松尾が黒子(黒子とワニとの間に生まれたクロコダイルダンディー)に着付を手伝ってもらって江戸時代の服装になると、また話が始まる。松尾の役は鶴屋南北。そして宮藤官九郎が河竹黙阿弥。そこへ舞台作家志願の実之介(中村勘九郎)がやってくる。南北たちは実之介が書いてきた台本を面白くないと言う。それよりは、自分自身のことを書いた方が面白そうだとアドバイスする。

        こうして、自分が母(片桐はいり)に薦められて縁談相手のお福(秋山菜津子)と祝言をあげたこと、同じ村の灰次、黒太郎、みなしごのお吉(田畑智子)のこと、実之介の同志である瀬谷(浅野和之)、豊田(小松和重)のことなどを話し出す。

        はたして勘九郎と大人計画が、どう融合するのかと思って見ていたのだが、勘九郎はすっかり大人計画のスタイルに飲み込まれた感じ。曲者ぞろいの役者の中で、どうしてどうして、丁丁発止と渡り合っている。大人計画らしいセリフ回し、現代の若者ことば「つうかー」 「マジでえー」を連発してみせるのだが、それが板についているのが面白い。

        舞台の真下に本水の水槽があり、舞台のカミシモ、さらには舞台の前部の板を前にずらすと水槽からの出入りも可能となる。そこへ飛び込んだり、水中から登場してみせたりと、出演者ほぼ全員が衣装ごとずぶ濡れになる。そのたびに舞台が水浸しになるから黒子が舞台を雑巾がけするといった具合。舞台への登場の仕方は、カミシモ、下の水槽だけではない。下手の奥、中間、手前。上手の奥と手前と客席横。舞台後方2ヶ所。奈落。舞台の真上。さらには客席通路を花道のような使い方をしているから中間点にあるロビー扉2ヶ所から頻繁に出入りがある。これはうれしかった。私の席は上に書いたように中間の横通路のすぐうしろ、一番上手という位置だから、すぐ隣から役者の出入りがある。阿部サダヲや宮藤官九郎が側に来るので楽しい。

        松尾スズキのドロドロした毒のある世界の上に盛り込まれたふんだんなギャグの数々。突如始まるミュージカル場面。そして、時代劇に欠かせない殺陣も実に稽古が行き届いていてスピーディで迫力のあるチャンバラが見られる。

        水槽に潜る役者の皆様、あとで衣装を乾かす衣装係の皆様、お疲れさまです! おかげさまで、楽しい芝居を拝見させていただきました。


February.10,2003 幼い頃の約束(ちぎり)

2月2日 浅草演芸ホール二月上席昼の部

        夢丸新江戸噺、今年はどうしようかと思っていたのだが、先週に末広亭で一本目『昼神様』を聴いてしまったのがキッカケで、それなら今年も全三話制覇してやろうじゃないかという気になってしまった。

        今回は浅草演芸ホール昼席。外の寒さから逃げ込むように入場。中はお客さんの笑い声も多く、あったかい。午後二時ちょうど、高座には三笑亭夢太郎が上っていた。噺も佳境に入っているらしい。ネタは何かと思ったら、『長屋の花見』。ええーっ! 二月に入ったばかりで、まだまだ寒いよ。でも、寄席ではもうこんなのもありなのだろうか? そろそろ花見で一杯やるのが楽しみになってきた。

        「お正月だなんて言っていたのが、月日の経つのは早いもので、明日は節分」 三笑亭夢楽が、こう語り出した。おおおっ、この時期限定のような噺『厄払い』が始まるではないか。「ああら目出度いな目出度いな 今晩今宵のご祝儀に 目出度き事にて払いましょう・・・」 節分に厄払いが来るなんていう習慣はもう無い。母に訊いたら、あれは昭和初期までのことで、自分でも聴いた記憶が無いとのこと。今や、聴きたかったら寄席に行かねば。しかもそれも演る人が減っていくのかなあ。

        「これから種明かし教えちゃいますね。これね、Mr.マリックに教えた手品なんですよ」 松旭斎八重子が三本のロープの手品の種明かしをしてみせる。「これね、不自然な格好してるでしょ。なぜかというと・・・左手を見られちゃ困るのよ」 左手を見ててもなかなかわかんないけどね。

        いつから出囃子が変わったのだろうか? 昔昔亭桃太郎は『桃太郎』ではなく石原裕次郎の『錆びたナイフ』で出てきた。久しぶりに『裕次郎物語』が聴けるかなと思ったら『夜店風景』。「釜なくしてメシを炊く法・・・飯盒で炊くべし。・・・本当は鍋なんだけどね、知ってる人が多いみたいだから飯盒にしたのね」 「働かなくても寝ていて食われる法・・・上野動物園のライオンの檻の中で寝ている。寝ていて食われる。東武動物公園でもよい」 「絶対に太らない法・・・食うな・・・そんなのわかってるんだよ!」 「女にもてない法・・・そのままでいろ・・・失礼じゃないかよ、バカヤロー!」 「自然にハナが高くなる法・・・全国の花屋に行き花を買い占めろ。自然にハナが高くなる」 「男でも子供が産める法・・・女の子が生まれたら、おと子と名をつけろ。いずれおと子が子供を産むでしょう」 桃太郎という人は、『ぜんざい公社』とか『結婚相談所』とか、こういうボケと突っ込みがポンポンと短く続く噺をさせると実に可笑しい。

        三笑亭恋生は体力勝負の『反対車』。ドラム缶飛びを二回。「客席があまりウケなかったもんですからね、戻ってまた飛んだんです」 竜巻に巻き込まれてクルクル回ってみせる大熱演。

        東京太ゆめ子の漫才。東京太(あずまきょうた)といっても京太は栃木出身。独特のイントネーションのある栃木弁での漫才だ。「最近テレビ見てたら、そっくりさんっていうのけ? 前川清かと思ったら後川清だってやんの。偽者なんだね。最近じゃ、オレの偽者まで現れたよ。田村正和だって」 よくある冗談なのだが、この人の栃木弁でこれを演ると妙に可笑しいのだ。「最近、オレ、寿司ばっかり食ってるんだからね。もう寿司見ただけで眼が回る」 「回転寿司じゃないの、それ?」

        古今亭寿輔は、この日は派手な黄緑の着物。バカ殿様だって着ないよね、そんなの。ネタはどうやら『しりとり都々逸』というものらしい。ちょうど『雑俳』の都々逸版といった感じ。「♪イカとタコから 産まれた子供 これがほんとの いかれたこ」 「♪汽車の窓から おしっこすれば これがほんとの 汽車ちんだ」 くだらねえー。でも面白れえー!

        三遊亭遊三は、特に高齢者にはバカ受けのこの人の持ちネタ『パピプ』。総てパピプペポとピャピュピョにして歌を歌うというこのネタは、いくら聴いても飽きない。それにしても『津軽海峡冬景色』をパピプペポで演るとはねえ。私はこの歌の♪凍えそうなカモメ見つめ泣いていました・・・という歌詞を耳にするたびに、辛い歌だよなあと思っていたが、おかげで最近はこの歌を聴くと、ついニヤリとしてしまう。

        東京ボーイズもすっかりパターン化した高座になってきたが、こちらも何回聴いても飽きない。「新しい曲を」と八郎さんが「ではまず中島みゆきの『地上の星』から・・・」と言ったところで客席から拍手が来る。聴きたいなあ、東京ボーイズの『地上の星』。演るわけないだろうけど。五郎さんが、「もっと客席の年齢に合わせた曲にしろよ」と言えば、八郎さん「じゃあ『パピプペポ』?」 演ってよう!

        いよいよ三笑亭夢丸の新江戸噺。私にとっては今年二本目だ。居住まいを正す。この日は『ちぎり』がかけられる。今年三十三歳になる新吉はいまだに独身者。縁談話が無いわけではないし、薬屋のお絹ちゃんはどうやら新吉に気が有るらしい。友人の辰っちゃんがお絹ちゃんとの仲を取り持ってやろうとするが、「おれは所帯持つわけにはいかないんだ」の一点張り。酔った新吉になぜなのかを問い質してみると、二十三、四年前、新吉が九つか十のとき、三つ下のお良ちゃんと「私たち大きくなったら夫婦になろうね」と指きりげんまんしたと言うのだ。その後、お良ちゃんは引っ越してしまい行方知れずになっているという。そこで辰っちゃんが一肌脱いで、お良ちゃんを捜しにかかるが・・・。今時だったらこんな底抜けの純粋男はいないだろうが・・・いや、昔だって、いかになんでもこんな男はいないと思うのだが、それでもひょっとしたらと思わせるのが噺の世界。男ってロマンチシストなんだよ。昔の約束をいつまでも心に抱えていたりする。

        夢丸の噺を聴いてちっょぴりいい気持ちになり、外に出た。そういえば、私も小っちゃな頃、幼なじみのマリちゃんと、「大きくなったら結婚しようね」と約束したっけ。あのマリちゃん、今ごろ、どこでどうしているんだろう?


February.8,2003 ブラック、本寸法の『蛙茶番』

2月1日 立川流演芸会 (横浜にぎわい座)

        前座で出た立川ブラ談次『藪医者』。元あんまさんが医者になったものの、字が書けない。どうやって薬の名前を書いて区別しているかというと、絵にして表しているというのが、この落語の面白いところ。本来は葛根湯とか珍皮といった漢方薬を絵で表しているというのが元ネタなのだが、これでは今は通じない。ブラ談次のは、ぐっと現代的。蕎麦と鉄砲の絵が描いてあるのは、せいろとガンで正露丸。魚が木に登っている絵は、ボラが木に登っているということでボラギノール(痔の薬ね)。洋式便所に腰が挟まってしまっている人の絵は、便座が妨害になっているのでベンザブロック。アグラをかいている人がだんだん増えて行く絵は、倍、倍に増えて行くのでバイアグラ。おいおい、そんなもの病院に置いてあるのかあ?

        春風亭昇輔『金明竹』。大阪弁の使者に伝え事を頼まれたおかみさんが、何を言われたのかわからず、旦那にしどろもどろに自分なりに理解した用向きを伝える。「なんでも、寺には・・・、寺にはよく坊主がいるそうで・・・」 「寺に神父がいるかい! 寺に落語家がいるのはよくあるけど」 お坊さんでもある円歌師匠のことかな?

        桧山うめ吉ねえさんが出てきてくれるだけで、ボクうれしい。日本髪結った若くて美人なおねえさんが三味線と声を聴かせてくれるだけで幸せではないか! うめ吉さんの髪型は、結い綿という結い方。これは未婚女性用で、結婚すると丸髷になるなんて知識まで教えてくれる。日本人に生まれて意外と知らないことが多いんだよなあ。勉強になりました。勉強になったといえば、『梅は咲いたか』の歌詞まで解説してくれた。「♪梅は咲いたか桜はまだかいな 山吹ゃ浮気で 色ばっかりしょんがいな」 何の疑問もなく、すんなり頭に入っていたこの歌詞の意味は知らなかった。花を女性に例えている歌なんだそうで、梅や桜は実をつけるが、山吹は黄色く鮮やかに咲くが実はならないということを言っているんだそうな。へへえー、オツな歌なんだねえ。

        立川談四楼『浜野矩随』。名人と言われた彫金師浜野矩安(のりやす)を父に持った矩随(のりゆき)だが、父とは比べ物にならないくらいに腕が悪い。それでも名人だった矩安への恩と、若狭屋だけは矩随の作品を総て一分で買いとってくれていた。ある日ついに若狭屋の堪忍袋が切れる。矩随の作品をクサし、なぜどんなものでも一分で買い取っていたのかを告げる。「こんなものが世間に出回るのが怖いんだよ。これは、おとっつあんの名前に泥を塗るようなもんだ。どうしたら世間に出回らないようになるか。それで、いつもあたしが買いとって仕舞い込んでいたんだ。お前なんか死にゃいい。そうしたら、あたしはお前のものを燃やしちまう」 演り方によっては臭い噺になりがちだが、談四楼は押さえた語り口で演じあげた。

        仲入り後は、初めてナマの芸を見る林家ペー。なんでこの人、落語協会の所属なのに寄席で見かけないのだろう? いつもテレビのバラエティー番組で見かけるのみ。寄席ももっとこの人を使えばいいと思うのだが・・・。テレビの人気者が寄席に上がれば、それだけお客さんも喜ぶだろうに。案の定、ピンクのセーター(大きくPの字)、ピンクのジャージ、ピンクのスニーカー、カメラを持ったペーが現れると、客席が多いに沸く。客席から「パー子はどうしたの?」と声が飛ぶ。「離婚しちゃったんですよ。これから帰って、またすぐ再婚するけど」 どんな話をするのか期待していたのだが、やはり芸能人の話題を振っていく。美空ひばり、小林旭、藤純子、朝青龍・・・。間に松崎しげるの『愛のメモリー』や、氷川きよし『箱根八里の半次郎』をカラオケで歌ってみせる。あとから思い返してみると、なんだか散漫でまとまりのない漫談なのだが、きっとこの人とカラオケに行ったら、さぞかし面白いだろうなあと思う。好きなだけ歌ってもらって、芸能人の話を聞く。一晩聞いてていても飽きないに違いない。

        トリは快楽亭ブラック。落語家が集まって演っている鹿芝居(噺家芝居)の話題を振って、「土台、落語家ではダメなんですよ。歌舞伎の世界では、いい男を作ろうという努力がなされている。歌舞伎役者の結婚相手といったら、女優、芸者、モデルスチュワーデスですよ。いい男が生まれるわけですよ。そこへいくと落語家の結婚相手は、面白い顔をしている女・・・」 なんて言いながらも歌舞伎大好きのブラックだ、『蛙茶番』に入ったのだが、何かと古典をいじりたがるブラックだというのに、これはまったくの本寸法。妙な入れ物はまったくなく、キチンと演じてみせた。もっとも元がバレ噺なので、それ以上壊しては聴けなくなってしまうのかも知れない。クライマックス、『天竺徳兵衛・忍術譲り場』の芝居をはしょらずにキッチリと演ってみせたブラックはさすがの歌舞伎通といったところ。

        終演時間を十分ほど回って追い出し太鼓が鳴る。急いで桜木町の駅へ。延期になっていた、ウチの店で三遊亭白鳥師匠を招いて開催する催しの新しい日程が決まり、ボランティアで手伝ってくれる人との打ち合わせ時間が迫っていたのだ。


February.3,2003 矢作の論理と小木のボケの面白さ

1月26日 おぎやはぎ単独ライヴ
       『DOG LEG』 (エコー劇場)

        ボソボソとした話し方の漫才が面白くて、最近ハマッてしまっているおぎやはぎの単独公演。張り切ってチケットを取ったら、整理番号つきの自由席という制度。それがチケットを確認したら、整理番号1番。「ええっ!」と驚いたが、まあ悪いことではない。開場時間の10分前に着いたら、もう整理番号順の長い列が出来ていた。列を見渡すと、年齢層が若い! しかも女の子の姿が圧倒的。整理係に誘導されて入口の一番先頭に着く。私のうしろは女の子の三人組。私のようなオジサンの姿は見当たらない。急に恥ずかしくなるが仕方ない。いいじゃん、好きなんだから!

        ボソボソ漫才が聴かれるのかと思ったら、今回のライヴはコントのみ。と言っても漫才ともコントともつかないのもある。

        まずは発声練習のようなコーラスの練習コント。矢作がクイーンの『伝説のチャンピオン』の低音部分を小木に歌わせようとするが、どうしても小木は矢作につられては高音になってしまうという笑い。こういう経験って「あるある」という感じ。

        「今からお前を騙すぞ」と宣言する矢作。「いいよ」と応じる小木。「騙すと宣言されてひっかかるわけないじゃないか」というのは当然だか、ここが、おぎやはぎの世界。「だますといえば、いいネズミ講と悪いネズミ講があるのを知ってるか?」という矢作の問いに引き込まれてしまう小木。ズルズルと簡単にひっかかってしまう小木のパターンは、このひと達の漫才でよくみられるパターン。小木の天然ボケのようなキャラクターが可笑しい。

        話し方教室のコント。スピーチが苦手な矢作、課長に昇進したが、課の社員を前に一分間スピーチをしなければならなくなる。そこで話し方教室に入ったわけだ。先生の小木が、うまいスピーチのコツを伝授してくれる。「スピーチにはユーモアがなければいけない」 「スピーチは掛け算だ。どんなにいい原稿でも話し方がゼロなら意味が無い」と、上手い話し方の見本をみせるのだが、なんともオーバーな話し方。インパクトのある話し方によって、人を引きつけられるというテクニックね。そういえば政治家なんかにもいるよな。たいしたこと言っているわけじゃないのに、その話し方だけで、さも重要なことを言っているようにみせるテクニック。騙されまい、騙されまい。

        卓球のコント。部員が本人ひとりしかいない卓球部員の小木。そこへ新聞部の矢作が取材に来る。部員ひとりだから、練習する相手がいない。やっていることといったらイメージ・トレーニングだけ。こんなんで練習になるのかあ? 「卓球をやっている芸能人って多いんだよ」 「例えばどんな人がいますか?」 「落語家の林家こん平だとか・・・」 「あとは?」 「落語家の三遊亭小遊三とか・・・」 「あとは?」 「・・・ええと、小遊三の弟子のなんとかいう人」 「芸能人じゃなくて、落語家に多いんですね」 「落語家以外では・・・座布団運んでいる山田くん」

        合コンの休憩時間、小木と矢作が自己紹介をしたときのことを思い出している。小木が笑いを取ろうと「初めまして、スティーヴン・セガールでーす」と挨拶したときに、「誰がだよ」と突っ込みを入れてくれたのを感謝している。矢作「本当は、あのとき『何、沈黙破っているんだよ』という突っ込みにしようと思ったんだ」 これはセガールの『沈黙』シリーズを知らないとわからないネタ。わかるか、普通!?

        「お前、痴漢しただろう!?」と小木に問い詰める矢作。「絶対に、そんなことはしていない」と言う小木だが、矢作に問い詰められていくに従って、序々に認めていってしまう小木というコント。はっきり否定していた小木が、実は痴漢したと認めていく過程を細かく構築していくやりとりがよく出来ている。ホンを書くのが上手い人たちなのだと実感。

        不良役の矢作と、オタク役の小木がゲームセンターの格闘ゲームで闘うコント。小木のゲーム・スティックとボタンの動かし方が、いかにも運動が苦手なオタクっぽくて可笑しい。

        最後の長いコント。中学校の教師小木と、その弟のプータローの矢作という設定。小木はどうやら生徒にはコケにされている存在らしい。そんな小木だが、教え子の女子生徒を好きになってしまい、思い余って愛を告白してしまった。携帯電話の待ち受け画面にその生徒の写真を入れていて、その待ちうけ画面にキスをしているところを矢作に目撃されたことから、「携帯にキスしたろ!」 「いや、していない!」との、長いやりとりに発展する。この証明過程が法廷劇のように延々と続くのが可笑しいのと、それに続く女子生徒に愛を告白してしまった問題が笑いを増幅させていく。

        最近の若手漫才は、やたらテンションを上げれば面白くなるだろうしか思っていないコンビが多いと思う。国立演芸場の『花形演芸会』やテレビで、漫才を演っているおぎやはぎを見て、私は、この人たちのどちらかというと押さえた漫才が大好きなのだ。まさか、コントばかりを見させられるとは思っていなかったが、よく考えてみると、この人たちの漫才はコントとの境界線のようなところにあるのかも知れない。ともあれ、誰のものとも違う不思議な笑いを持った人たちだ。日本のお笑い界の未来はまだまだ無限の可能性があるのだと思う。


February.1,2003 面白い夢を見るのが好きなんだ

1月25日 新宿末広亭一月下席夜の部

        新宿PITT−INNでブルースを聴こうと思っていたのだ。開演時間の七時半に入口まで行ったら、何と私がお目当てにしていたギタリストが出られなくなったと書かれているではないか。急に入る気が失せる。それにしてもなあ、七時半を回った時間では映画館の最終回も始まってしまっている。ふと思い出したのは新宿末広亭。そうだ、三笑亭夢丸の新江戸噺が今年ももう始まっているではないか。末広亭の前に七時四十分到着。すでに仲入りも終わり、料金も割り引きになっている。通常二千七百円のところ千八百円。よーし、これにしよう。

        新宿三丁目の雑踏から中に入れば、宮田章司の物売りの売り声が聞えてきた。もう佳境に差し掛かっているらしくて、最後の飴売りのコーナーになっている。げんこつ飴、よかよか飴、そして物産飴。さすがにこれらの口上は私は知らないもんね。でも妙に耳に心地よいんだ。

        「ショベルカーで壊して、ATMの機械ごと盗むなんて事件が多発していますが、味も素っ気もない時代になったもんで」と振った山遊亭金太郎が始めたのが、これはどうやら去年の暮に立川志の輔で聴いた『しじみ売り』らしい。ところが、これが志の輔のものとは大分違う。鼠小僧次郎吉は、まだ現役。昼は大工をやっているが夜は義賊に変身する日々。居酒屋で一杯やっていると、そこへ飛びこんできたのが竹とんぼ。これはしじみ売りの少年鶴ちゃんの弟亀ちゃんの作ったもの。ふたりの少年の母は病に臥せっていると聞いた鼠小僧は、その夜この子たちの家に小判を投げ込んで行くが、母親はこれは他人のものだと奉行所に小判を届け出てしまう。そして、十五年の月日が流れて・・・。という噺になっていた。聴きながらびっくりしていたのだが、どうしてどうして、この展開もいいのだ。しじみ売りの少年のお姉さんの話などもまったく出てこないのだが、それがかえってそれほど重くならず、それでいて聴き終わると妙にいい気持ちになった。

        エンゼルフィシュのような着物を着た古今亭寿輔は、今夜は風邪をひいているとかでテンションが低い。「はたして十五分もつかどうか、三分で終わったときは諦めてもらうということで・・・」と始めた『自殺狂』は、そのテンションの低さがかえって吉と出た。まったく売れない作家。アンドレ・ジイドの『狭き門』を意識して書いた『狭き肛門』、アルベール・カミュ『異邦人』を意識して書いた『阿呆人』、ウィリアム・シェークスピア『ベニスの商人』を意識して書いた『ペニスの商人』、アーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』を意識して書いた『ブスよさらば』、これらは返本の山。ビートたけしだって、飯島愛だって、本が売れたのはまず名前が売れていたからだと気がついたこの作家先生、三島由紀夫のやり方を思い出す。自衛隊基地での自決事件。「作家に自殺はつきものだ」という妙な論理から、自殺をしようと決意することになる。首吊り自殺やガス自殺を試みるがことごとく失敗。飛び込み自殺をしようとトンネルの中へ。ここで高座の照明が消える。どうやらトンネル内なので暗くしようという演出らしい。なんだかしょぼい効果なんだけど、これが妙に可笑しい。風邪をひいてテンションの下がったこの日の寿輔にはうってつけの噺になった。可笑しかったんだよ、本当に!

        小天華姉さんの奇術。あいかわらず終始無言でロープやスカーフの手品を魅せてくれる。鮮やかな手さばきに、こちらも無言。

        トリの三笑亭夢丸の新江戸噺。今年の三席の中から、この夜は『昼神様』。仕事がなくて家でゴロゴロしていばかりいる源ちゃん。金が無いのでメシも食えない。起きていると腹が減っているのに気がついてしまうからと、昼間っから寝てばかりいる。そこへ現れたのが白い着物を着た少年。この少年は自分を昼神様だと名乗る。「面白い夢を見させてあげるよ」という少年の言葉に従い眠りにつくと、「おそろしく長くて不思議な面白い夢」を見る。あんまり面白かったので隣の辰っちゃんにこの夢のことを話すと面白がってくれて、握り飯をご馳走してくれる。翌日また昼寝をすると、また面白い夢を見る。これを人を集めて話すと、みんな喜んでくれてご馳走をしてくれる。何にもしないから寝てばかりいる。寝てばかりいるから夢を見る。夢を見るから人に話をする。人は面白がってご馳走してくれる。これは、噺家さんの生活とあまり変わりない生活なのかも知れない。ぼくらが落語を聴いたり、小説を読んだり、映画を見たりするのは、そんなに面白い夢を見るのが好きだからなのに違いない。


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