April.24,2004 暗号落語
4月10日 『錦マニすーぱぁ』 (上野広小路亭)
開場1時間ほど前に上野広小路亭の前に行くと、古今亭錦之輔さんが、この日の会のチラシをボードに貼っていた。『なにわなくとも小春団治』のチラシを渡し、受付でお客さんに配ってもらうようにお願いする。喫茶店で開場時間まで小説を読んで暇を潰す。再び上野広小路亭に戻り、チケットを買って入場。客層は、錦之輔さんの落研時代のOBと思われる人たちが中心のように思えた。それと、驚いたことに若い女性の姿が10人ほど。みんな一応にチラシを眺めている。関心は持ってくれているようだ。そりゃあそうだ。何しろ、ちばけいすけ氏による似顔絵イラスト入りなんだもの。よく似ているんだ、これが。
開口一番は三笑亭春夢。「テーマパークが人気があるようですが、これからは[荒川遊園]ですよ! なにしろ値段が安い。大人200円! ラインナップが凄いです。アリスの広場、どうぶつ広場、のりもの広場・・・。もう広場ばっかり。観覧車もあります。でもいつもメンテナンス中。動物もいますよ、ウサギ、牛、羊、ヤギ・・・。カンガルーは寝てばかりで、まったくやる気ゼロ。まるで深夜のコンビニ状態」と、『動物園』へ。
古今亭錦之輔一席目。『クイズ・ミネオネラ』に歌丸師匠のテレフォンブレーンとして出演した話から、「ちゃきちゃきのクイズおたく」である錦之輔が、[サンクス]で300円で買った『ド忘れしたときのデータブック』という本の紹介。NHK朝の連続テレビ小説の全タイトル、原作者、出演者リスト。同じくNHK大河ドラマの全タイトル、原作者、出演者リスト。『くいしん坊!万才』歴代レポーターリスト。レコード大賞受賞曲全リスト。ホリプロタレントスカウトキャラバン、グランプリ受賞者リスト。プロ野球歴代優勝チームリスト。芥川賞、直木賞受賞作全リスト。はては、歴代仮面ライダー役リストまで。私も帰りがけにサンクスに寄って手に入れたのだが、結構300円で楽しめる本だ。さてさて、噺の方はというと、こういったこととはまったく無関係。「近代医学の闇をぶった斬る」と始まったのが『しんぞう』。杉谷コーイチは優秀な科学者として社会的に尊敬されていたが、心臓病で危篤状態になってしまう。その枕元に双子の兄弟コージが呼び出される。コージは兄とは対照的にまったくのダメ人間。コーイチが慶応義塾大学卒業なのに、コージはテイノウミジュク大学卒。両親は社会のためにもコージの心臓をコーイチに移植しようと言い出す・・・。ブラックな笑いが楽しい。オチが、落語という特性を利用した面白い仕掛けになっているのだが、あまりの唐突さに、笑いが来ないままに終わってしまったのが惜しい。ここはもう一工夫必要か?
ゲストは三遊亭円馬。「朝青龍、強いですね。モンゴルの力士に勝てる日本人がいない。誰か朝青龍に勝てるのがいないかと言ったら、いると言うんです。朝赤龍って、同部屋のやはりモンゴル力士。同部屋では対戦できない。いっそのこと、もう三人、モンゴルから連れてきて朝緑龍、朝黄龍、朝ピンク龍って名前を付けて、相撲戦隊を作るといい」 こちらもマクラとは関係なく『花見の仇討ち』。六部役の男が上野の山に向かう場面。「広小路の角を曲がり、アブアブの前を通り、ヨドバシカメラの前までやってまいりました」ってのは、わかりやすくて可笑しい。
「『錦マニ』もこれで9回目。一回に二席ずつ新作ネタ下ろしをしてきました。つまり16本演ったのですが、寄席で出来るのが一本も無い」 うーん、マニアックなネタが多いからなあ。しかし、いつか、この人は化けると思う。古今亭錦之輔の二席目は、『六角館の犯罪』 『怪盗X』に続く名探偵金田大五郎シリーズ第三弾『暗号地獄』。金田大五郎の助手内藤くんのところに、暗号好きの彼女からメールが届く。ところがこの暗号が解けない。金田先生にこのメールを見せるとたちどころに、暗号を解いてみせる。さっそく暗号で返信メールを打つ内藤くん。そこへ、連続駅爆破テログループ[8月のペリカン]から警察に爆破予告が入る。次の爆破駅は本日午後9時に[ろるつはへろ]駅だという。予告時間まであと二時間。果たして金田大五郎はこの暗号を解くことができるのか。そこへ、内藤くんのところにも彼女から、また暗号メールが入る。[めろめろね]駅で会いましょうという内容。どうやら、このふたつの暗号は同じ法則で作られているらしい・・・。まさか落語で推理小説を聴かされるとは思っていなかった。なんとも落語的な暗号の回答なのが面白い。ラストはオチまで暗号にしてみせた。「矢吹諸星小林淳子」って何のことだかわかります?
April.18,2004 爆笑『茶番・山崎街道』
4月3日 池袋演芸場四月上席
早いもので、また池袋四月革命の時期がやってきた。何が起こるかわからない楽しさを求めて、今年も観に行くことにした。
「桜も、今日明日でおしまいでしょう。桜の花びらが散る木の下を歩くのも醍醐味というものでしょう。桜の木は人の精を吸い取るなんてことを申しまして、なんとなくボンヤリと歩いたりして・・・」 柳家さん喬が気持ちいいマクラを述べている。昼席の中入り前。座れなくなると嫌だから、早めに演芸場に入ったのだが、やはりさん喬を聴けたのは収穫だった。この日のネタは、マクラからそのまま『花見小僧(おせつ徳三郎)』。娘のおせつが奉公人の徳三郎といい仲(仲がいいではない)になっていることを番頭から聞かされた旦那が、小僧の定吉に去年の花見で何があったかを問いただす。去年の花見は、おせつ、徳三郎、ばあや、定吉の四人で行ったからだ。「去年の花見のことを思い出せ。思い出せなかったら頭からつま先まで全身にお灸をすえてやる。ただし、思い出せたら年二回の宿りを三回、さらに小遣いをやる」と言われて、少しずつ小出しに語りだす定吉。ゆで卵・・・懐石料理屋・・・桜餅・・・と語り継いで全てを語りつくした定吉に、今度は「黙れ! このおしゃべり野郎!!」は可哀想だやねえ。
ここで昼の部の仲入り。くいつきは「ちょっと色白のいい男。落語界の玉三郎。あるいは病み上がりの舟木一夫」と自ら言う桂ひな太郎で『締め込み』。空き巣に入った泥棒が、家人に見つかってしまい、「通りすがりの者です」という感覚が、落語の持つどこかとぼけた可笑しさ。好きなんだよなあ、この噺。
ここで柳家権太楼の出番だと期待していたら代演で春風亭正朝が出てきた。「今朝、電話がありまして、権太郎さんが亡くなったんだそうです。死んじゃったものはしょーがない。明日は元気で帰ってくるでしょう」と『看板のピン』へ。「博打用語というのは、みんな仏教から来ているんですよ。博打を打つところを盆なんていうでしょう。開帳するなんてもいう。終いにはお釈迦になるなんていいますな」 「サイコロの表裏の目を合わせると必ず七になる。サイコロの目は方角を指す事をご存知ですか? 一に当たるピンを上にしたときに六は下になる。いいですか、一天地六、南三北四、東五西二、と言います。どうです、勉強になったでしょう」 うん、寄席で勉強になったなあ。でも、何の役にたつの?
林家正楽の紙切り。まずいつもどおりの『相合傘』50秒。お客様からの注文、『花吹雪』2分15秒、『松井秀喜』1分15秒、『鳥インフルエンザ』50秒、『ミニチュア・ダックスフンド』3分、『ミッキーマウス』1分。
「学生がビールの一気飲みなんてやっているようですがね、昔は一気飲みなんてことは無かった。一気なんて百姓がやったものだ(一揆)」 昼の部のトリは桂文楽で『替わり目』。「ガンとヤツ買ってきてくれ」 「何よ、ガンとヤツって」 「ガンモドキとヤツガシラだよ。ツメて言うんだよ」 「じゃあ、あたしはペンとジを貰うわ」 「手紙でも書こうっていうのかい?(ペンと字)」 途中で切ってしまう人が多い中、文楽はキチンと最後のオチまで演った。これがないと『替わり目』という意味がわからないのだ。久しぶりにオチが聴けてうれしい。
夜の部突入。昼の部で帰るお客さんがほとんど。これからが面白いのにぃ。前座は桂ゆう生で『転失気』。頑張ってね。
「きょうの趣向をご存じない方がいるかと思いますので説明いたしますと、代演なしという事でございます。つまり足りない分は残りの者で何とかするということです。きょうが一番出ない日。前座さんに『たっぷり演ってください』と言われましたが、それは先輩に演っていただこうと思いますが」と、柳家小太郎は『崇徳院』へ。床屋に入った男が突然に「背をはやみ!」と大声でやるものだから、みんなビクッ。怖いねえ、床屋は剃刀持っているんだから(笑)。
橘家文左衛門は、マクラが長い。どうやらたっぷりやる気になっているらしいのだが、開幕したばかりのセリーグの話題から、自分も参加している若手落語家草野球チームの話になる。「弱いんですよ。先日、17―3で負けた。相手のチームの監督が『何であんなチームに3点も入れられるんだ』って怒っている。それで、こっちにやってきて『納得いきませんでしたから、もう一試合してください』って」 そろそろネタに入らなくてはならないのだが、まだ決めかねているようだ。前座さんに「ちょっとネタ帖持ってきてー」と声をかけると、前座さんがネタ帖を高座に持ってくる。「ええっと、これまでに出たのが、『金明竹』 『新聞記事』 『粗忽長屋』 『町内の若い衆』 『花見小僧』・・・えっ!
『花見小僧』って何? こんな噺知らないよ! 『締め込み』は泥棒、『替わり目』は酔っ払いだろ、ええーっ、何演ったらいいんだろう?
きのう仲入り後の三人は何を演ったんだ? 喬太郎『喜劇駅前結社』・・・なんだこれっ? 三太楼『崇徳院』、たい平『青菜』・・・、『青菜』かあ。『青菜』演ろうかなあ。でもあれ一年ぶりだぞ・・・できるかなあ・・・まあ、そう不安がにずに・・・」と始めた『青菜』だが、不安的中。フリを忘れて、慌てて無理矢理に入れるところもありヒヤヒヤもの。ところがこの人の場合、それが個性になっているのだから強い。途中で『替わり目』が混じってきそうになったりというスリル感がある。
文左衛門がサゲて楽屋に下がる前にもう古今亭駿菊が出てくる。まだ前座さんが座布団を返してもいない。「長い!! お客さんが甘やかせすぎですよ! 羽織を脱ぐ時間ももったいないので脱いできました」とスピーディに『船徳』へ入る。『船徳』といえば先代の桂文楽のものを私はレコードで繰り返し聴いたものだった。文楽のものがどこかノンビリとしたものだとすると、駿菊のはテンポよく、早いものになっている。文楽のものでは最後に乗客が水の中に入って陸地へたどり着くといった演出だったが、ここで聴けたのは、石垣を手で伝って船を船着場へ移動させるという型。「けっこう楽しいだろ?」 「楽しくない!!」
「昨年結婚されたのは八十万組。一方離婚したのが二十万組あったそうで、離婚の原因の第一位は[性格の不一致]。うちでもね、テレビで推理ドラマ観ていると、カミさんが話しかけてくるんですよ。重要なことを聞き逃すことがあるんで、後にしてくれと思うんです。向こうは話したい、こっちは話したくない。男は動物学的にいってひとつのことしか出来ないものなんです。それが女は平気。そこのところがわかり合えれば離婚率も減ると思うのですが」と、三遊亭萬窓は『厩火事』へ。
花島世津子の奇術。トランプ当てで、お客さんの引いたカードを新聞紙を、ハサミで切り抜いて当てるという趣向。「『こうやって黙って切っていると暗くなっちゃう。少し身体を揺らしてやるといい』って正楽さんが言うから、やってみたら指切っちゃった」
金原亭馬遊の『牛ほめ』の与太郎はとても元気がいい。笑い声なんて「ガッハッハッハッハッ」。やたら力の入った与太郎が気持ちいい。
「『寿限無』がブームなんだそうですが、私、『寿限無』を一回も演ったことが無いんですね」と言うのは三遊亭白鳥。「弟弟子の天どん達がラップで『寿限無』で演ってCDを出したところ、なんとテレビアニメの『こち亀』の主題歌に使われるそうで、わからないものですね。花緑アニさんなんて『寿限無』をCDで出して、[ふつう] [はやくち] [ゆっくり]って、サギですよ。自分でテープの回転速度変えればいいんだから」 そういう話ではないと思うんだけど(笑)。こうして白鳥版『寿限無』である『スーパー寿限無』が始まった。人間国宝三遊亭白鳥師が、弟子の三遊亭アヒルから、子供が産まれたので名前をつけてくれと頼まれる。「世の中、一番大切なものは何か? それは愛だ」 「それじゃあ、私の子供の名前は愛ですか?」 「いいか、愛の表現が一番上手いのはフランス人だ。愛するは、ジュテームと言う。だからジュテームジュテームだ」 こうして白鳥版寿限無は、「ジュテームジュテームおこうのズリ切れ銀しゃり水餃子のエビフライ待つうどん喰うライス待つ金あるところにすぐ所綾小路仲本工事・・・・・」と続いていくことになる。何だコリャ。でも可笑しいことを考える人だ。
さあ、仲入り後はお楽しみの、三太楼、喬太郎、たい平の三人の時間だ。幕が上がると、ありゃりゃ、喬太郎の姿がない。三太楼とたい平が二ツ目時代に教わって営業で演っていたという『茶番・山崎街道』を久しぶりに演ろうという事になる。一旦楽屋に引っ込み仕度をして出てきたおふたり。柳家三太楼は杖を持ち、林家たい平が刀を差している。三太楼が与市兵衛、たい平が定九郎ということらしい。懐に大金を入れた与市兵衛が出てくるところを、浪人者の定九郎が襲うという場面。三太楼が下手から出てきて上手へ向かってスタスタと歩く。「アニさん、おじいさんの役なんだからヨボヨボと杖を突いて歩かなきゃあ」 「そうか」と今度は、杖にすがりつき、さっぱり前に進まない。「ヨボヨボしながらも、しっかり歩いてくださいよ。それじゃあ、先が進まない」 「そうかヨボヨボしながらしっかり歩くんだな」 そうすると今度はヨボヨボとスタスタを交互に繰り返す。三太楼のボケにたい平の突っ込みという、このコント(茶番)は限りなく面白く、爆笑の連続だ。たい平が三太楼に、「アニさん、落語演ってるより楽しそうだ」と言わせるくらい、ふたりは生き生きしている。
茶番の熱演でまだ息がきれている柳家三太楼が高座に上がり『花見の仇討ち』に入る。思い出した。二年前のここ池袋四月革命でも、私は三太楼の『花見の仇討ち』を聴いている。三太楼の『花見の仇討ち』は彼の十八番に入れていいのではないかと思う。キャラの描き方がひとりひとり立っている。そのキャラの描き分けが最後に向かって爆笑となっていく。私が好きなのが言い出しっぺで浪人役を買って出るクマさん。なかなかやって来ない巡礼兄弟を待っている。「そつじながら火をひとつお貸しください」がキッカケとなるのだが、タバコを吸うその情けない姿が可笑しいのだ。「早く来いよ! だからあいつらと何かやるのはいやなんだ。タバコがキッカケだから朝から切らしちゃいけないと、口の中ぐちゃぐちゃ。殺す気かあ! 朝からヤニ漬けじゃないかあ!」
「長崎であの『茶番・山崎街道』演ったときですよ。私が最後のオチになる財布を、与市兵衛の懐から取り出すところがあるでしょ。ところが手を突っ込んでも無いんですよ。小さな声で訊いたら、『東京に忘れてきた』って言うんですよ。『何か洒落たサゲつけてよ』って、急には出来ない」 「鳥インフルエンザに感染した鶏って、どうやったらわかるんでしょうね。めまいでもするんですかね。でもあいつら年がら年中顔振っているんですよ。また、熱があるかみようにも、どこがオデコなのかわからない」 三太楼の『花見の仇討ち』を聴いたあとに林家たい平が持ってきたのが『幾代餅』。ああーっ! 二年前もやはりたい平は『幾代餅』。なんたる偶然!! 吉原の幾代太夫に惚れてしまったことを知った主人、「いくよ? そうかあいつは肥った女が好きなのか」 「そんな時代設定にするから朝日新聞に叩かれるんだよ」 こんなクスグリがまた最後に出てくる。「幾代餅行ったか?」 「食べると肥るやつか?」 こんな設定を無視した笑いも、肝心の噺の核心がしっかりと出来る人なのでお愛嬌に思えてくる。この噺、幾代が登場するのは、一夜明けての場面から。その幾代の表情が実に色っぽい。それに対する清蔵の態度がまたいいのだ。「主、今度はいつ来てくれなんす?」 「一年働かなくては来られないんです」 「野田の醤油問屋の若旦さん?」 それを受けての清蔵がしばらく絶句している表情。そして「実は・・・」と語りだす、誠実そのものの打ち明けが、聴いていて気持ちがいいのだ。これなら幾代が夫婦の相手にしようと思うのもわかる気がする。
『茶番・山崎街道』に、ふたりの十八番が聴けて、今年も満足。来年も行こうっと!