November.30,2004 はじめも一歩

11月21日 『扇治の道も一歩から』 (池袋演芸場)

        尾張家はじめこと、なかむら治彦さんの書いた新作落語台本が入船亭扇治によって口演されると聞いて出かけることにした。

        開口一番の前座さんは桂ゆう生『手紙無筆』。頑張ってね。

        入船亭遊一『悋気の独楽』。旦那に浮気されたおかみさんの表情がいい。「悔しいねえ、こんな子供にまでばかにされて」という台詞が、実に悔しさを持ったおかみさんの言葉として真実味がある。

        鏡味仙一の太神楽。「紋付、袴に襷をして・・・・・決して敵討ちではありません」との前口上から傘の上でいろいろいなものを回す曲芸に入っていく。「これは和傘といわれるもので、皆様のお使いの傘とはちょっと違います。骨は竹で出来ておりまして48本入っております」 このひとの喋りはさわやかでカツゼツがよく、耳ざわりがいい。傘の曲芸も五階茶碗も危なげなく口上も爽やか。こんなに気持ちがいい太神楽は大歓迎だ。

        いよいよ尾張家はじめ作、入船亭扇治『無責任息子』が始まる。落語界にもカラオケ自慢という方はおられまして、有名なのは市馬さん。この人の歌のうまさは有名ですが、なぜか古い歌しか歌わない。この方と一緒にカラオケに行きますと、歌のリストに、忙しい土曜の夜などは流せないものに印が付いている。これが市馬さんの好きな懐メロばかりなんですね。これはなぜなんだろうと想像するに、通信衛星が一杯になってしまって、送信できるのは10代の女の子がよく歌うものばかりになってしまう。ですから一晩に一回くらいしか歌われない市馬さんの『鈴懸の道』なんかは送信拒否なんじゃないかと・・・・・。これを我々は、市馬ガードと呼んでおります」と楽屋ネタを振ったあとに、噺に入った。カラオケ好きの息子は今日の朝帰り。特にクレイジー・キャッツの歌が大好きで、待ち構えていた父親が説教すると、いちいちクレイジー・キャッツの歌で返すというのが流れ。クレイジー・キャッツの歌で育った私にはドンピシャの噺だった。親子の言い争いはエスカレートするばかり。そこへ、これまたカラオケ好きの近所の人(安田、犬塚)が仲裁に入るのだが・・・・・。

        仲入りで、なかむらさんと雑談したら、ほとんど台本どおりに演ってくださったとのこと。途中で川柳川柳のことが出てくるが、あれは台本上では、カラオケ好きの白髪の老人とだけ書いてあったのを膨らませてあったそうな。なかむら氏「扇治さんが、あんなに楽屋落ちネタが好きだとは思わなかった」

        仲入り後は、公開稽古と名付けられた、扇治がいろいろなことに挑戦しようというコーナー。これまで、なぞかけ、曲独楽、マジック、紙切りとやってきたそうで、この日は仙一に太神楽を教えてもらおうという趣向。横笛を顎に乗せ、楊枝を笛の穴に挿していこうという曲芸。鏡味仙一がお手本を演ってみせたが、これが案外に苦戦。「自分でやってみてわかりました。これはみなさんには無理です」 入船亭扇治入船亭遊一、それに客席からお客さんをひとり上げて、手ぬぐいを折って棒状にして、それを顎の上に立てる稽古。続いて、傘の上で紙風船を回す稽古。お客さんが一番うまい(笑)

        入船亭扇治二席目は『火事息子』。火事が大好きで臥煙になってしまった息子。それを勘当した父親。父親の質屋蔵が近所の火事で危険に晒されたときに、すっくと屋根伝いに助けに現れた息子と父親の情を、たっぷり、キッチリと描いた。道楽息子と父親という『無責任息子』 『火事息子』を、爆笑噺、人情噺と演りわける扇治の姿は実にかっこいい噺家という風に見えた。

        扇治さんたちとウチアゲに出かけるという、なかむらさんと別れ帰宅の途につく。翌日は月曜だもんなあ。道楽してて、親父に説教されちゃかなわねえ。


November.27,2004 さよなら芸術座

11月20日 『東京駅』 (芸術座)

        来年閉館してしまう芸術座、一度は行っておかねばと思っていたところに水谷龍二書下ろし作品がかかった。これがチャンスと出かけることにした。エレベーターで4階に上がる。客席に入ると想像していたよりも思いのほか小さな劇場だった。客席数754。よく考えてみると東宝本社ビルの中にある劇場だから、もっと客席数が少なくてもおかしくない。

        『東京駅』は二幕物。一幕目は東京駅の銀の鈴の前が舞台となる。一応設定としては2004年現在なのだが妙にレトロ調の舞台美術。そこを行き交う人々の服装もひと時代前のようなファッションのような感じがする。それが演出家の狙いなのかどうかは別なのだが、出てくる人物までもがなぜかうらぶれて見えてしまう。列車を待つ雑踏の中に出版社の社長・佐久間良子、副社長・江波杏子らの姿がある。社内旅行に出かけようとしているところなのだが、そこに杉浦直樹が現れる。杉浦直樹は18年前に妻子を捨てて佐久間良子と駆け落ちをしようとしたという過去がある。ところが、そのときは東京駅で佐久間良子がいくら待っても杉浦直樹は現れなかった。そのふたりが奇しくも、その東京駅で再会したのだ。さまざまな人が行き過ぎる東京駅の雑踏の集団を交通整理する演出は見事だ。

        二幕が始まると舞台は東京ステーションホテルの一室となる。大人数の芝居から少人数の芝居へここで切り替わる。18年前になぜ杉浦直樹が現れなかったという話は置いておいて、杉浦直樹は佐久間良子に仕事の話を持ち出す。それはアメリカの次期大統領候補の不倫スキャンダル事件を本にしないかということ。不倫相手は日系人女優という設定の成瀬こうき。これを本にして出版すればベストセラーになるだろうと相談が進む。これに成瀬こうきのマネージャー役の川崎麻世がからみ、コメディ・リリーフとして謎の中国人・小宮孝泰、おせっかいなボーイ・朝倉伸二、強引に部屋に入ってくる未亡人・冨田恵子と、コメディとしての面白さも盛り込まれている。

        脇のコメディ・リリーフの役者たちの動きは面白いのだが、メインになるふたりの18年離れた恋という話、そして暴露本の一件が、どうも盛り上がって伝わってこないのが残念。

        終演がなんと7時10分。こんなに早く芝居が終わってしまうとは思わなかった。ご出演中のKさんと居酒屋で飲む。夜が長いのは、こういうときはうれしい。


November.23,2004 お見事! 歴史ミステリ落語

11月13日 『錦マニZ』 (お江戸上野広小路亭)

        広小路亭の前まで来ると受付は大変なことになっていた。凄い人だかりなのだ。木戸銭を払おうとすると前田隣のライヴのチケットを売っているのだ。「あれっ? 日にちを間違えてしまったのかな」と壁を見ると、前田隣のライブのチラシと古今亭錦之輔の会のチラシが貼ってある。「あの〜、今日は錦マニの日ではないんですか?」と受付の人に訊くと、「錦マニはあっちです」と奥を指差した。そこには錦之輔さんの姿が。今日はいつもの3階ではなく、4階で行われるという。スリッパに履き替え、4階まで階段を登る。3階は桟敷席の寄席だが、4階はパイプ椅子がズラーッと並んでいる。畳に座るよりも楽だから、こっちの方がいいじゃないと中ほどの椅子に腰を下ろす。

        開口一番は昔昔亭喜太郎。「桃太郎の弟子で喜太郎と申します。師匠から喜びという字をいただきまして、喜太郎。いわば私は師匠の喜び組。ですから師匠のことを師匠とは呼びません。将軍様と・・・・・」 ネタは『まんじゅうこわい』 「な〜にが、蜘蛛が怖いだ。オレなんか貧血気味のときは、蜘蛛の頭を切って生き血を飲むんだ」 「蜘蛛から真っ赤な血が出るのか?」 「ああ、クモマッカ出血って言って」

        古今亭錦之輔が、なぜ今回は4階になったかの説明から話し出した。「ダブルブッキングってことです。なぜかキャンセル扱いされていました。ボクの方が早く予約を入れたんですよ。それがノート消されてあって、その上から前田隣さんのライヴが入れられていた。エンピツで書いているんですかねえ。それで立場の弱い私がこちらでということになった。この4階は普段、会議室に使われているところでして、なんだかどっかのコミュニティー・センターみたいでしょ」 なるほど間接照明は一切無く、直接照明だけだから、どっかのオフィスみたい。「ボクの落語が不健全な分、照明が明るい方がつりあいがとれているのかも知れませんが・・・・・。実は以前にもこんなことがありました。師匠の寿輔がやはりここで会を開いたときにダブルブッキングになって4階でやった。もっともあのときは師匠の方が日付を間違えたんですが。『ダセエなあ、(ダブルブッキングなんて)フツーしねえだろう?』と言っていましたが、そのレアなケースを師弟でやった」 このあと、氷川きよしファン、モー娘。ファンのことに話が向かったのだが、差しさわりがあるので省略。一席目は『完全防犯マニュアル〜スキミング編〜』。クレジット・カードの情報を読み出して、複製を作って引き出すスキミング犯罪。この犯罪から自分のカードを守ろうとする男。カードを箱に入れ、それをさらに別の箱に入れ、さらに箱に入れ、箱に入れ・・・・・鍵をかけ、ダイヤル錠を付け、女子十二楽坊のメンバー全員のフルネームを答えられないと開かない装置を付け、それを幾重にも鎖でグルグル巻きにして、さらには鉛で固めてしまう。その上・・・・・って、これどうやって取り出すのぉ〜(笑)。

        ゲストは桂南なん「77年に小南に入門。鞄持ちになりました。どんな小さなものでも師匠のものは持って歩かなきゃいけない。それがたとえ週刊誌一冊でもです。あるとき、師匠が何も持っていなかった。『師匠、お荷物は?』って訊きましたら、『お前がお荷物だ』って言われまして」 ネタは『死神』。どうしてもお金欲しさに病人の寝ている布団の四隅を回転させて死神を追い払ってしまった男。そこへ死神が現れる。「おめえのおかげでオレは明日からイラクへ転勤だ」 「イラクへ飛ばされちゃうんですかあ」 イラクでの死神は仕事が忙しそうだなあ。

        古今亭錦之輔の二席目『先祖の汚名』は、名探偵金田大五郎シリーズの最新作。ミステリ落語を作り続けている錦之輔は、今度はなんと歴史ミステリに挑戦だ。たかしくんが大五郎のところに持ち込んだ今度の事件は「身内の冤罪を晴らして欲しい」という内容。しかもこの身内、自分の先祖のことだという。それも300年も前の江戸時代。たかしくんの先祖はなんとあの吉良上野介。元禄14年松の廊下での刃傷事件で切腹を申し渡された浅野内匠頭の子孫に、3月14日になると毎年デコピンをされるというのだ。こうしてやってきた浅野の子孫の前で金田大五郎は、かの事件の再検証を始める。あらあら、これが論理の面白さ。浅野内匠頭の取った行動はほとんど精神異常者の通り魔的行動でしかなくなってしまう。ミステリのひとつのジャンル、歴史ミステリという方法をパロディとして使った、これはなかなかの力作だと言っていいだろう。

        後日、錦之輔からハガキが届いた。「先日は『錦マニZ〜芸人生活最大のピンチ〜』(副題つけました)にご来場くださいまして誠に有難うございます。激しい呼び込みと、ややこしい受付をクリアし、なおかつ4Fまで登って来ていただき感謝感謝でございます」


November.14,2004 円生の芸の正統な後継者

11月7日 鈴本演芸場十一月上席夜の部

        開口一番の前座さんは、柳家花ごめ『道灌』。頑張ってね。

        先日、三太楼の『初天神』には驚かされたが、この日の三遊亭金兵衛『初天神』の金坊も凄い。「うわ〜ん、買っておくれよう! うわ〜ん、買っておくれよう!」の台詞が、最後の方は、もう人間の言葉ではない何やら得体の知れない動物の悲鳴のようになる(笑)。これじゃあ、飴くらい買ってやらざるを得ないやね。

        曲独楽の柳家とし松。この日はなぜか、糸渡りの独楽は無し。お客さんとの掛け合いが楽しいのに、残念!!

        二ツ目に昇進して、かぬうから名前が変わった三遊亭ぬう生が挨拶をすると客席から「おめでとう!」の声がかかる。「前座はいわば、社会でいうところのアルバイト、本採用前の見習い期間です。二ツ目というのは、ようやく正社員になれたわけですが、別に雇用保険が付くわけではありません。真打になると個人経営者といったところでしょうか。落語界には、さらに香盤というものがありまして、これは入門を届け出た順に上下関係が決まってきます。今回一緒に二ツ目に昇進いたしました春風亭一之輔(前座名・朝左久)とは、届出が15分差。これで私は一之輔をアニさんと呼ばなくてはならない。この15分は私が師匠に説教されてた時間」 二ツ目になってうれしいのか長いマクラのあと『まんじゅうこわい』に入るものの、まんじゅうのまの字も出ないうちに時間切れで高座を下りてしまった。せっかく二ツ目になった新作派の円丈のお弟子さんなんだから、新作をかけて欲しかったなあ。

        次の三遊亭萬窓『権助魚』を始めたあたりで、猛烈な睡魔に襲われる。失礼してちょっと休憩。

        昭和のいる・こいるが出てきては眠っていられない。真面目に話を振る、のいるの話題を何でも「そうそうそう」 「よかったよかった」 「しょーがねえしょーがねえ」で返すこいるの反応。よくぞ、のいるがキレないと思うのだが、それが狙いらしい。寒くなってきた→風邪→健康→美味しいものを食べるのがいい→でも食べすぎはいけない→ダイエット→自然食と繋がっていく話題でも、のいるは振り回されっぱなし。ついにキレかかったのいるの逆襲が始まるとこれまた面白くなる。「わたしは石川県の山の中で生まれました」 「そうそうそう、何にもないところでね」 「動物園はいらないんですよ」 「そうそうそう、そこらじゅうに猿がいるからね」 「猿には参りました」 「そうそうそう、作物荒らすからね」 「それがね東京に出てきて漫才始めたら、隣に猿がいる」 最後はこいるお得意の『泣くな小鳩よ』

        愛嬌のある顔立ちの柳家権太楼が満面の笑みで出てくる。「不景気、年金問題、地震、台風、これからの日本経済・・・・・気にしていらっしゃる方、大丈夫です! 慣れればいいのよ。だって私らずーっと不景気ですもん。さっき前座に訊いたんです。『今日、入りはどう?』 『満員です』・・・・・これが満員なんですか?」 客席を見渡せば、この時点でざっと60人。それでも手を抜かないのが権太楼。『強情灸』は熱演だった。モグサを腕に山のように乗せた男が、ついには「あっ! ひっ! うっ! あっ!」としか声が出なくなるところがいい。「おいおい、日本語にならねえな」

        橘家円蔵も『強情灸』は得意にしていたはずだ。「あたしもあれ演りたかったんです。あたしのはね、『熱い、熱い』ってモグサを落としながら楽屋に帰っちゃうの。最近、普通に落語演るのに飽きちゃってるんです。先日は高座に上がったら、『不精床』と『猫と金魚』って声がかかった。どちらにしようかと迷っていたら、『両方演れ!』って言われて、30秒ずつ交代に演っていった。あのね、同時に終わらすって、これで難しいんですから、バランス考えて二つ同時に演るのって」 このあと最近よく演っている、女に振られた話などの漫談。

        私は柳家さん喬の酒の噺が大好きだ。この人の酒のマクラを聴いていると、思わず帰りに一杯やりたくなる。この日も酒のマクラを振っている。うふふ、ネタは『棒だら』かあ。

        仲入り後の柳家喜多八『鈴ヶ森』。ドジな泥棒が鈴ヶ森で追いはぎをやる噺。最後のところはお尻の穴がムズムズしてきて、私はなんか嫌な噺だなあ(笑)。

        山本リンダの『狙いうち』のお囃子に乗ってマジックの花島世津子が登場。あらあら着物姿で『かっぽれ』を踊りだした。「準備体操でございました」とマジックに入ったのだが、どうも寄席のマジックで喋りが少ないのは私には不満。やはり寄席のマジックは楽しい話術で引っ張っていってもらいたいのだが・・・・・。

        トリは三遊亭円弥。この10日間の趣向は六代目円生の十八番を円弥がトリでじっくり聴かせるという趣向。「新型肺炎が問題になっていますが これは木曜に流行るそうですな。サーズデイと申しまして」 もうこれからしていかにも円生あたりが言いそうな洒落なのだが、この日の『胆つぶし』も円生の芸を正統に継いだものという印象だ。口調もかなり円生に近い。とくにこういう企画だからということもあるのだろうが。この噺、かなり無理があるのは知られいてるが、緊迫のクライマックスからストーンと落とすオチの爽快さときたらない。このへんが円生のよさだったと思い出す。いやいや円弥のも、うまいと感心しましたが。        


November.13,2004 国立印刷局製造一万円札

10月31日 鈴本余一会
        第53回柳家小三治独演会 (鈴本演芸場)

        柳家小たま『真田小僧』。父親の留守のうちに、母親を訪ねてきた男のことを、父親から金を取って聞かせる子供の噺。待ちかねた様子の母親が杖を突いた紳士を家に手を取って引き上げるところまで話しておいて、「おじちゃんが上がるところから、2銭だよ」 「・・・・・・」 「今どき、2銭で上がれる店、ありませんよ。(女性声で)『ちょいとお〜、旦那ぁ〜、2銭で上がれますよぉ〜ん』」 「どこで習ってきたんだ、そんな事!!」

        「今年は、あちこちで熊が出て騒ぎになっておりますが、落語の方には熊五郎という男がよく出てきます。江戸時代には、江戸にも近くに熊がいたんですかねえ」と、柳家福治が入ったのは『安兵衛狐』。志ん生の音源でしか聴いた事のなかったこの噺。『野ざらし』にも似たところのある噺なのだが、オチのばかばかしさは、こちらの方が上かも。

        柳家小三治一席目。「10年くらい前ですかねえ。新宿北郵便局の一日郵便局長というのをやりました。一日警察署長とか、一日消防署長なんてのはありますがね、郵便局長なんて、郵便局行ってお茶飲んで帰ってきただけ。局長さんと、なんですか郵便友の会という人たちが一緒でした。『思っていること、はっきり言ってください』って言うんでね、「郵便なんてね、郵便さえしっかり届けてくれればいいんですよ。郵便貯金なんかに力入れなくていいからさ」って言っちゃったんですよ。そしたらね、どうも郵便友の会の人って貯金の方の人だったらしいんですね。シーンとなっちゃって。それからですよ、ウチに配達に来る郵便職員の態度が悪くなったの」 ネタは『猫の災難』。鯛の頭と尻尾を貰った熊五郎。頭と尻尾の間にざるを被せておいたら、一匹丸ごとの鯛見える。それを兄貴が早合点して、それで一杯やろうと言い出す。兄貴は酒を買いに走るが、さあて、実は中身がないとは言い出せない。苦肉の策で、隣の猫が銜えて持っていってしまったと言い訳する。猫に「もしもし、そういうことは困りますよ」と言ったんだという熊五郎の表情が、いつ聴いても可笑しい。「何だか済まないねえ」 「なんだか済まないじゃねえよ。まるっきり済まないんだよ!」 どうしても鯛が食べたくていられなくなった兄貴は、酒を置いて鯛を買いに行ってしまう。今度は酒を全部飲んでしまった熊五郎。またもや猫が徳利をひっくり返したことにしようと考える。捻り鉢巻で出刃包丁を握り、猫と闘っている姿を見せようとする熊五郎。兄貴が帰ってきた様子なので、「もう勘弁ならねえ」と演技をするが、家の前を通り過ぎてしまう別人。「今通りかかったのは、郵便屋かあ?」

        仲入り後のくいつきは柳家喜多八。「昭和25年5月15日、浅草。この日は私にとって忘れられない日でございます。生まれて初めてストリップ観に行った日です。戦争には負けましたがね、このときほど、お互いに生きていて良かったと思えた日はなかった」 ネタは『代書屋』

        あした順子ひろしの漫才。東京漫才最高齢コンビ。順子が年上のひろしを、いじりまくるパターンがなんとも可笑しい。順子がホッペタに人差し指を突いて、「高齢者のアイドルで〜す」とやって、「こうやったら、あんたもやりなさいよ!」とひろしにけしかける。ふたりでポーズをとる姿はカワイイおじいちゃんとおばあちゃん。

        そのあとに出てきた柳家小三治が「私(順子・ひろしの)ファンでね。何回観ても面白い。おんなじことやってるんですが面白い。芸なんですかねえ」と受ける。ホント、この高齢者コンビはなんとも面白いのだ。「いよいよ、明日11月からは新しいお札が発行されますが・・・・・ご存知でしょうか? いま流通しているお札には三種類あること。大蔵省印刷局製造となっているものがひとつ。その次が大蔵省が財務省になって、財務省印刷局製造となっているのがひとつ。そして、去年の暮近くからは国立印刷局製造になっているんですよ。それが今年からお札が変わるんで、国立印刷局製造と書かれた一万円札は出回っている枚数が少ないって話を聞いた。国立印刷局製造と書かれた一万円札はそれで価値があるというんです。折り目のついちゃったやつはダメですよ。ピン札のものは一万五千円程度で取引されるというんです。それで何とか集めようとね・・・・・。なんとか60枚ほど集めたところでね、国立印刷局がこれはマズイと思ったんでしょうね、しゃかりきになって印刷しやがった。もうこんなものは街に溢れてしまった。そのうち、こちらの預金口座の現金が無くなってきて、もう今や何の価値もなくなった、この一万円のピン札を使わざるを得なくなりましてね・・・・・使う時はクシャクシャとやって払ってね」 そこから福澤諭吉の話になり、大分の福澤諭吉記念館の話へと繋がっていく。福澤諭吉という人がいかに偉い人だったのかということが、この記念館の職員の話からも伝わってきたということから、『甲府い』へ。一生懸命に働いて豆腐屋になる伝吉という男の姿を描くこの噺。どこか説教くさいのだが、そうだよなあ、人間、真面目に働くのが一番だという気にさせられる。さあて、明日は月曜。働くぞう!! 福澤諭吉を一枚でも多く手に入れなきゃ!!



November.7,2004 ニール・サイモン、老いたり

10月31日 『ローズのジレンマ』 (ル・テアトル銀座)

        ニール・サイモンの最新戯曲というので気になって出かけた。

        ローズ(黒柳徹子)は老齢の戯曲家。新人作家のアーリーン(川上麻衣子)と一緒に別荘で過ごしている。どうも経済状態は良くなく、この別荘も売りに出そうかという話も出ている。そこへローズの昔の恋人である作家ウォルシュが幽霊になって現れる。幽霊になったウォルシュの姿はローズにしか見えないとい設定。経済状態を見かねたウォルシュが幽霊になって出てきたのだ。ウォルシュには未完になった小説の原稿があり、その続きを書いて出版社に持ち込めば、お金になるだろうと言い出す。ウォルシュは一作だけ小説を出したきり、次の作品が書けなくなっている若者クランシーを呼び出して、ウォルシュ、ローズ、クランシーで合作しようとする。

        この設定は面白いと思った。三人が、それぞれの意見を出し合って未完の作品を作り上げていく過程を芝居にすれば面白くないわけがない。それこそ、映画化されて現在公開中の三谷幸喜の『笑の大学』にも繋がるではないか。それに『バイ・マイ・セルフ』の線も考えられる。

        ところがこんな素敵に思えたのはここまで。この美味しい設定をニール・サイモンは別の方向に持って行ってしまう。登場人物四人のそれぞれの関係を描くばかりで、私が興味を引かれた未完原稿の合作というテーマは置き去りにされてしまう。私には黒柳徹子の演技が鼻について、どうにも苦痛になってくる。死というテーマも重く、喜劇を観たという楽しさが残らない。ニール・サイモン老いたりという印象しかなかった。残念!!


November.3,2004 鮮やかなラストシーンの演出

10月24日 クリオネプロデュース
        『バット男』 (シアターサンモール)

        舞城王太郎の原作の舞台化。主人公は今はサラリーマンの林博之(水橋研二)。使えない同僚増渕(カリカ家城)、OLの浅井(新井友香)、意地悪な上司貝島(木村靖司)と働いている。

        このまま会社員の話が進むのかと思ったら、時系列は、博之の高校生時代の話と現在を行ったり来たりして進んでいく。高校生時代、友人の大賀(伊藤高史)はボスケットボールに夢中。ところが同じバスケットボール部の福原(東虎之丞)には勝てずにレギュラーになれない。大賀には亜紗子(持田真樹)というガールフレンドがいるのだが、大賀には彼女よりもバスケットボールに興味がいってしまっている。亜紗子は、社会人バスケットボール・チームの男に接近し、この男と寝るのと引き換えに、大賀をこのチームに入れさせて、福原のチームと対戦させる。結果、福原の高校生チームは完膚なきまで負かされてしまう。しかし、その結果、亜紗子は妊娠。父親はその社会人チームの男だろうと思われるが、亜紗子は、いつもバットを持ち歩いているホームレス(石川浩司)とも寝ていたらしい。

        題名にもなっている、この金属バットを持ち歩くホームレス役をたまのドラムの石川浩司が、いい味を出して演じている。このホームレスは、いつも不良少年たちにボコボコに殴られているのだが、されるがまま。ならばなぜバットを持ち歩いているのか。博之は「なぜバットを使わないんだ!!」と苛立ち続ける。

        ラスト・シーンは、いつまでも私の心に残っているだろう。舞台中に置かれた、大量の金属バット。天井からも無数の金属バットが吊るされている。そして、博之が心の底から叫んだとき・・・・・この意外なラストは、正直いって誰も思いもつかないものだろう。


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