April.30,2005 乱歩を落語にする難しさ

4月29日 『三宅坂で乱歩〜江戸川乱歩的な落語の会』 (国立演芸場)

        開口一番の前座さんは三遊亭時松『子ほめ』。江戸川乱歩原作の落語の会で、ここだけ普通の落語。なんだか演りにくそう。頑張ってね。

        今回の催しは昨年の秋に池袋演芸場が企画した江戸川乱歩の原作の落語化を、そっくり国立演芸場に持ってきたというもの。まずはそのときに、突然、代演を頼まれて二日で作ったという入船亭扇治『噺家心理試験』。扇治自身の前座体験をマクラに持ってきて乱歩の『心理試験』を大きくアレンジしたこの噺は、実にとぼけた味わいで、この日に聴いたものの中では、一番落語にして成功したものといえるかもしれない。噺家の師匠が大切に飲んでいた日本酒が減っている。師匠は自分の弟子が盗み飲みをしたと思い、乱歩の『心理試験』を応用して弟子を試す事にする。「これから心理試験をしてみよう。[師匠のあたし]というと何と答える?」 「・・・・・あたし、ですか。・・・・・しまうま」 「しりとりじゃない。何を連想するかだ」 「レンソウねえ。三遊亭れんそう」 「そうじゃない」 「剣道の達人」 「何?」 「面倒(面胴)見が良くて、付き(突き)合いがいい」 「謎かけじゃないよ。わたしを見て何を思うんだ?」 「因業ジジイ」 弟子が犯人だとわかる仕掛けが二重になっていて、ミステリ好きは思わずニヤリとするだろう。

        鈴々舎馬桜は、ドラえもんの話題など明るいマクラをふってから『人でなしの恋』へ。「灯り直しをさせていただきます」と舞台と客席の照明を落とす。「暗くすると寝ちゃう人がいますが、鼾だけはかかないようにる裁判沙汰にはしたくないんで」 これは去年聴いたとおり。女性の独白が続いていく形。終わって寄席の踊り『奴さん』と『幇間さん』。

        本来はここで三遊亭白鳥が出て、やはり池袋で演った白鳥版『人間椅子』の予定だったのだが、白鳥さん新潟の地元の仕事を入れてしまっていて、代わりに三遊亭歌武蔵『人間椅子』を演ることになった。「去年白鳥さんが演ったテープを貰いまして、テープ起こしをしようとしたんですが・・・・・白鳥さんという人は天才ですね。文に起こさない方がいい。・・・・・自分で起こすのが嫌だから後輩に起こさせて・・・・・それでまた声に出して稽古するのが恥ずかしい。出だしがですね、『この恐ろしい噺は一本の電話から始まった・・・・・ジリリリリーン』ですからね」 白鳥流のギャグのとても恥ずかしくて使えないものはカットして、それに歌武蔵自身のギャグを入れた『人間椅子』。梅宮アンナの件のギャグなどはそのま残しているが、固定概念を払拭して未知の領域に挑戦したという椅子の数々は一部カットされてたなあ。ただ、美貌の女流小説家以外の人物が人間椅子に座るところは白鳥さんが演るよりも歌武蔵の体型の方が迫力がある。ふはははは。

        柳家喬太郎は去年の秋に私は聴きもらした『赤い部屋』。なぜか喬太郎は『あくび指南』から入った。これは喬太郎がよく使う手法だが、『赤い部屋』では主人公の設定を噺家ということにしている。一席終わって赤い部屋のお客さんの前で素になって噺家が話しはじめるところで、こちらも灯り直し。暗い空間で息を呑むような緊張感が走る噺が始まる。この後味の悪さは原作とは違っているような気がするのだが、何しろ読んだのはもう遠い昔だからなあ。喬太郎自身、「鈴本あたりではかけられない噺」というだけあって、そうめったには聴けない。こういうところで拾っておかないとね。

        トリで出てきた三遊亭円丈は、言い訳に終始するマクラ。「国立さんから新作の会を演るというのでお引き受けしたんですが、あとから江戸川乱歩でと聞かされて、乱歩だけは勘弁してくださいと言ったんですよ。もちろん乱歩は好きですが、乱歩は落語にならない。推理、怪奇といった分野は好きなんですが、苦い思い出ばかりがあるんです。もう30年くらい前に作ったのが『顔』。これは首無し死体の噺。これが笑えない。『大空』というのも作りました。これはパイロットになるのが夢だったお父さんが突然死んでしまう。お通夜の晩に棺桶の中から大きな青虫が抜け出して外にズルズルと出て行ったかと思うと電信柱によじ登って、巨大な蛾になって夜空を飛んでいくといった噺。笑えますか? そうかと思うと『キンタマ自殺』。これは自分の脳に釘を刺す噺。笑えますか? 『高座殺人事件』。池袋演芸場、誰が出て行ってもまったく客に受けない。トリを取る噺家が出て行っても誰も笑わない。ひとりのお客さんの耳元に近づいて行って、小噺を流し込むと、つまらない落語を聴いてショック死してしまう。そこから、一番つまらない落語をした犯人は誰かというのを捜していく噺。笑えますか? 『寄席にも奇妙な物語』というのもありました。時系列が逆になっている世界の噺。未来から過去に時間が流れているんです。ですから人間は墓場から生まれてくる。この主人公は志ん生として生まれてくる。生まれながらにして名人志ん生。なんてラッキーな人生なんでしょう。ところが逆に時間が動いているから、落語がだんだんと下手になる」 こういう言い訳を長々と続けて乱歩とは一切関係ない『夢一夜』。これは去年の暮に、やはりここ国立演芸場で聴いた、末期癌の男が羽田空港のロビーで散財をして息を引き取る噺。「『ANA7番時計春日灯篭由来の一席』でございます」と終えていたから、副題が付いたのかな?


April.29,2005 清水宏を観るとパワーが湧いてくる

4月17日 『清水宏のサタデーナイトライブ17
        一寸の虫にも五分のイリュージョン』 (下北沢 ザ・スズナリ)

        翁庵寄席から一夜明けて、喬太郎師や小宮さんの楽しい顔を思い返しながら、後片付けの続きと、翌週の仕事ための仕込みに追われる。夜になって、今度は純粋に自分が楽しむ為に清水宏の舞台を観に下北沢へ。

●清水宏の映画の予告編シリーズ
 ハリウッド版『ドラえもん』
 名古屋版『ミッション・インポッシブル』
 『13日の金八先生〜森の中から、「こらー!!」』
●チャレンジ体験談 サーフィン
●マジック・ウォーズ 東京に宣戦布告
●三遊亭ハッサン
●Sall we パンク?
●名古屋のおばさんが行く!!
●バレリーナ刑事
●嫌われあいのり男
●シンバル漫談

        毛虫のように、マリッペに嫌われるあいのり男の一人芝居が面白い。清水宏という人は本当に頭がいい人なんだろう。言葉の選び方がバツグン。ボキャブラリーも多いんだなあ、きっと。

        一人芝居以外では相変わらずチャレンジ体験談が、死ぬほどおかしい。今回のは、サーフィンとは対極にある芝居しかしてこなかった39歳の清水がサーフィンに挑戦した体験談。サーフィンの体験をこれだけ面白可笑しく話せるのは、やっぱり才能と話術。

        パワー全開の清水宏の舞台に、こちらもすっかり元気になった。さあ、明日からまた仕事だと出口に向かっていくと、後ろから私を呼ぶ声が。あら、昨日翁庵寄席に出てもらった小宮孝泰さんじゃないの!! 「あれ? きょうは芝居の稽古は?」 「終わってから来たの。ウチアゲ行く?」 「すみませーん、明日早いんで」 何しろ4時起きの生活だもんね。       


April.23,2005 第5回翁庵寄席インサイド・レポート

4月16日 第5回翁庵寄席 明治座5月公演『火焔太鼓』応援企画
       『落語と芝居はおともだち』 (人形町翁庵)

        最初のきっかけは、去年の夏、明治大学落研OBの集りの落語会で、小宮孝泰さんも落語をやるという事を知った時だった。小宮さんと電話で話していたときに、ふと「よかったら、ウチでやっている落語会にも出ていただけませんか?」と試しに聞いてみたところ、「いいよ」と快いご返事。「次の秋の会の企画はもう決まってしまっているので、来年の春ということでお願いできませんか?」 「うまくスケジュールが空いていたらね。半年前には開催日を知らせてよ。それと、秋の会もこっちのスケジュールが空いていたら観に行くから」

        去年の秋の『てつ&つくしの 演芸びっくり箱』のお知らせを小宮さんにも送っておいたのだが、当日はついに姿を現してくれなかったので、もうあの話は無くなったのかなあと思いかけていた秋の会の2日後、また小宮さんから電話がかかってきた。用があって秋の会を観に行かれなかった事のお詫びだった。これはまだ脈があるかもと、再び出演依頼をしてみる。「いいよ。で、いつやるの?」 「4月16日なんです」 「ええっと、ああ、そのころは芝居の稽古中だ。5月に明治座で、風間杜夫さん、平田満さんで『火焔太鼓』をやるんで、ボクも出るから」 「それじゃあ、明治座の稽古場に来るんですか?」 「うん、そういうことになるなあ。夜なら、途中で抜け出す事もできるから、おそらく大丈夫」 「よかったあ」 「それと、ボクはプロの噺家じゃないから、誰かプロの人も呼んでよ」

        これで小宮さんの出演が決まった。さあて、プロの落語家を誰にするかなのだが、それは割合あっさりとひらめいた。いつだったか、小宮さんと話していたときに、柳家喬太郎が小宮さんの芝居をよく観に来ていて、一緒に酒を飲んだりしていると言っていたのを思い出したのだ。ひょっとするとこの組み合わせは面白いかも知れない。人気者の喬太郎師匠、こんな仕事を請けてくれるのだろかと心配になったのだが、連絡を入れてみると、二つ返事でOKが返ってきた。

        11月に芸術座ご出演中の小宮孝泰さんの楽屋を訪ね、プロの噺家は柳家喬太郎になったことを伝え、改めて正式に出演依頼。「わかりました。その日の夜は、そっちの企画に乗りますから」 そのあと、居酒屋に移動して夜更けまで一緒に飲む。春の企画はいよいよ動き出す事になった。12月23日には、国立演芸場の『円丈再生』へ行き、仲入り時間に喬太郎師と会って、ここでも正式に出演依頼。初めて会った喬太郎師匠は、高座に出ているときとは大違い。物腰の低い、礼儀正しい態度。これには驚かされた。こちらも快く出演を受けてくださった。

        この春の明治座は、4月がつかこうへい劇団がらみの『あずみ』。そして5月が落語を芝居に書き直しての『火焔太鼓』。小宮さんも喬太郎師も、つかこうへいが好きだったという事では一致している。それでは、つか芝居に欠かせない存在だった風間杜夫も『火焔太鼓』に出ていることもあるし、おふたりに、つかこうへい演劇の思い出からスタートさせてもらっての対談のコーナーも作ろう。そして、明治座にはこちらから強引に押しかけ応援させてもらおう。こうして今回のタイトルが決まった。

        ここまで来て、ひょっとしてこの企画は、せいぜいがキャパシティ40名程度のウチでは小さすぎるのではないかと気がついた。今までの企画では、はたしてお客さんが集るだろうかという心配があったのだが、今度ばかりは逆に集りすぎちゃったらどうしようという心配である。ここは今までの会にいらしてくださった方、私の店の常連さんを優先したい。公演2ヶ月前に、こういう方たちに連絡を入れて優先予約を受け付けよう。それでも定員に達しなかったら広く募集をしようと決めた。

        いつも似顔絵イラストをお願いしているちばさんには、「チラシは作らない予定だけど、チケットと当日用のポスターを作りたいので、喬太郎さんのは以前描いたので結構ですから、小宮さんのイラストをお願いできませんか?」と言ってみたら、 出来上がってきたのはふたりのツーショットという、まったくの描き直しオリジナル・イラスト!! このイラストの素晴らしさといったらどうでしょう。ちばさんのイラストはどんどん上手くなっている。



イラスト・ちばけいすけ


        結果は、丸一日で出た。あっという間の満員御礼。「その企画ならば観たかったのにぃ〜」という方、本当にごめんなさい。

        懸案だった、厨房を隠す後ろ幕は、知り合いの裁縫が得意な人に頼んで作ってもらった。材料の布代だけで手間賃の請求無しというHさんのご好意に感謝感謝。

        後ろ幕があるなら厨房との間に空間ができる。今まではテープで出囃子を流していたが、出囃子の生演奏が出来るのではないか。スタッフのくりさんが三味線を習っていて、太鼓を叩ける人がいれば出囃子をやってもいいと言い出した。和太鼓の心得が少しあるというまさゆみさんに連絡を取ったところ、これも快く引き受けてくださった。こうして美人出囃子デュオの猛練習が始まることになった。

        喬太郎師の出囃子は『まかしょ』。『梅は咲いたか』とよく似たフレーズなので、なんとかなりそう。どうやら寄席の世界では、同じ演者が二席演る場合は出囃子を変えるという慣わしがあるそうなので、もう一席は何にしようかと考える。そこで閃いたのが『東京ホテトル音頭』。『すみれ荘二○一号』の中でも喬太郎が歌っているナンバーだ。これを喬太郎師には内緒で出囃子に使ってやろうというイタズラ心が湧き上がってきてしまったのだ。ロンドン演劇留学の体験談をマクラに使うという小宮さんには『ロンドン橋落ちた』。対談のところでは『蒲田行進曲』。開口一番の立命亭八戒さんは自分の出囃子として使っている『祭囃子』。私の店の2階でお稽古をしたのだが、最初のうちはやや不安感が胸をよぎる(笑)。それでも稽古を繰り返すうちに、なんとか様になってくる。これならなんとかなりそうだ。私の落語会は完璧を目指すものではない。私とスタッフが楽しめる会。それが第一の目的なのだ。幸い、くりさんもまさゆみさんも出囃子を楽しんでくださっている。くりさんからお囃子さんの名前を[オキナアンガールズ]としたいと申し込まれる。私の嫌いなお笑いコンビの名前と、私の店の名前をひっかけた上手いネーミング。そうそう、そういう遊び心が大切なんだよね。

        当日。お昼から、落語会に必要な道具を1階に運ぶ。1時にはオキナアンガールズ楽屋入り。最終稽古、ゲネプロが始まる。私は落語会のあとにお出しする、そばを打ち始める。3時30分。ちばさん、ちょもさん、八戒さん、ミツワセッケンさんの男性スタッフ集合。会場の設営に着手。さすがに5回目ともなるとみんな慣れたもの。私が何も言わなくても全て心得ていてくれて、テキパキと設営が進む。今回は椅子が足りないので町会が持っているパイプ椅子を借りに行く。こういうときにスタッフが多いと本当に助かる。チラシの挟み込み、チケットの用意をしているうちに、5時30分開場だというのに、4時45分にはもうお客さんが一番乗りのお客さんが。

        5時。小宮さん、喬太郎師、楽屋入り。お互いに知らない仲じゃないから、にこやかに話をしている。壁に張り出した、この日の進行表を見ながら簡単な打ち合わせ。ナマの出囃子ということで、オキナアンガールズとも簡単な打ち合わせ。5時30分、正式な開場時間。続々とお客様が入ってくる。出囃子の助っ人に急遽大阪から、さわむらさんが拍子木と当たり鉦を担当してくださることになった。さわむらさん到着でこちらも簡単な打ち合わせ、音合わせ。オキナアンガールズ・プラスワンと私は下座に陣取り、開演時間を待ちわびる。

        定刻6時開演。2分前より、まさゆみさんの締め太鼓が二番太鼓を叩き始める。それに続いて『祭囃子』が軽快に流れて立命亭八戒の出だ。今回からは私は終始下座から聴くことになるので、演者の表情などはわからず、例によって進行のことばかり頭にあるので高座が頭に入ってこない。今回はあくまでもインサイド・レポートにならざるを得ないのが、普段の『客席放浪記』と違うところ。だって客席じゃないんだもの。どうやら、他の人がそれぞれのホームページでこの日のことを書いてくださっているようなので、そちらを参照していただきたい。八戒さんは『権兵衛狸』。いつも八方破れな高座な八戒さんにしては、かなり本寸法な『権兵衛狸』だったのではないだろうか?

        『まかしょ』が流れて、いよいよ柳家喬太郎の出だ。私は落語会を始めた当初から、いつか喬太郎師に翁庵寄席に出ていただきたいと夢に思っていたところがある。それが今、現実のものになる。痛風になった足とは反対の足が今度は痛くなったというマクラから入り、浜町の家に忍び込む泥棒の噺『転宅』。下座にいると声だけしか聴こえないが、お妾さんの手練手管の騙しがいかにも色っぽい。留守だと思って忍び込んだ泥棒が食べるのがそばだったりするのが、喬太郎師のサービスくすぐり。どうもありがとうございます。

        替わって小宮孝泰の出番。出囃子に何を使うかは本番まで内緒だったから、『ロンドン橋落ちた』が流れたときには、出を待っている小宮さんボソッと「そう来たか」。ロンドンでの体験話をたっぷり。そしてロンドンの学生の前で演ったという英語版『厩火事』を。これは超短縮版の『厩火事』。へえ〜、あの噺って3分で可能なのかあ(笑)。

        仲入りを挟んで、『蒲田行進曲』に乗せ送り出した小宮孝泰、柳家喬太郎の対談というか、雑談のようなもの。こちらの注文どおり、つかこうへい体験から始めてくださり、話は落語と芝居の違いといった話に向かい、最後はちゃんと明治座『火焔太鼓』のPRで終わるという、さすがに手馴れた進行で、しかもちゃんと笑いを取るところがプロ。『火焔太鼓』の稽古風景の爆笑楽屋話など、ちょっと余所では聴けない内容でした。おふたり、本当にありがとうございます。

        いよいよトリだ。一旦下座に引っ込んだ喬太郎師、水を一杯飲みながら着物の乱れを整える。それでいながら、オキナアンガールズに「よくお稽古したね」と優しく声をかけるところなどは、心配りが行き届いている。これも喬太郎という人の意外な一面だった。いや、そういう出来た人物なのだというのは想像できたではないか。ますます喬太郎師のファンになってしまった。そこへ『東京ホテトル音頭』が始まる。喬太郎師「何でそんな曲知ってるの!?」と小声で。やったやった。この瞬間が楽しみだったのだ(笑)。

        柳家喬太郎の二席目は、小宮さんとの落研繋がりからか、予想していた通りに『すみれ荘二○一号』。この噺は前に書いたように『東京ホテトル音頭』が挿入される。お見合いの場面が近づいたところでオキナアンガールズに合図。喬太郎が歌い始めるところでお囃子をつける。このライヴ感がなんとも楽しくて、これだよなあ、これが落語会をやる楽しみなんだよなあという幸せな気分に包まれた。

        終わって、そばタイム。50人前の、ねぎせいろの大盛りを作る。これもスタッフが手馴れたもので協力してくれて配膳。本当に助かりました。

        後片付けをして、ウチアゲ会場へ。小宮さんも、喬太郎師も上機嫌。残ってくださったお客様も楽しんでくださっているご様子。よかった。やってよかった。今回ほど、出演者もお客さんもスタッフも楽しんだ会は無かったのではないだろうか。楽しくなければ落語会をやる意味がない。これからも私はみんなが楽しめる会を目指そう。

        最後にもう一度。来たくても満員御礼状態で来られなかった方、まことに申し訳ございませんでした。


April.19,2005 つか流『あずみ』

4月10日 『あずみ』 (明治座)

        入口でカメラチェックがある。明治座という小屋にしては珍しいことだが、ジャニーズ・Jrからふたり出演しているとあれば、さもありなんというところ。そういうこともあって客席の年齢層も低い。そして圧倒的に女性客だ。そんな芝居をなぜ私が観に行ったのかという理由は三つ。何よりも小山ゆうの原作コミックスが好きだから。二つ目は、演出がつかこうへい劇団の岡村俊一、そしてつかこうへいの息がかかった役者(山崎銀之丞、山本亨ら多数)が出演していることから、つか芝居を観ることが出来るという期待感。そして、主役のあずみ役に、つかこうへいの芝居にも出たという弱冠16歳の美少女黒木メイサとくれば、これは観に行かずにいりゃろうか。

        照明が落ちると、花道のすっぽんに飛猿役の山崎銀之丞が立っている。状況説明のような、つか演劇独特の長台詞をまくし立てるあたりは、どう見渡したってこの人しか出来ない。いきなり、つか芝居の世界に引きずり込まれることになる。あずみたちを統率する月斎役に山本亨が締めるとなると、これはもうつか演劇以外の何ものでもないのだが、ここにジャニーズJrの生田斗真が、あずみの仲間(うきは、なちの二役)、同じくジャニーズJrの長谷川純が豊臣秀頼役で出てくる上、あずみを狙う美女丸及び、淀の方の二役で宝塚出身の涼風真世まで加わると、不思議な演劇空間が生まれてくる。

        結論からいうと、これは『あずみ』という原作を使った、あくまでもつかこうへい演劇の発展形だということ。つまり、つかこうへい演劇を好きな人にはたまらない世界なのだが、原作の『あずみ』そのものを期待すると肩透かしを食わされる。脚本はつか演劇ならではの、つか調台詞でいっぱいだ。原作のコミックはこんなに台詞は無い。どちらかというと、顔の表情の豊かさで登場人物の心を描いている。それをこんなに台詞で説明してしまっている『あずみ』というのには、違和感を感じてしまうのではないか。

        黒木メイサは、本当に惚れ惚れするくらいの美少女なのだが、つかこうへい的台詞世界に放り込まれると、その表情は硬く、常に深刻になるだけ。原作のあずみは、もっと表情豊かで、子供のあどけなさを残した、どこかおどけたところもある上に、もっともっと、現状に対してはクールだ。自分の置かれた立場に疑問を感じることもあるが、あんなに悩んだりはしない。そこが原作の『あずみ』の魅力だったはずだ。

        あまりにあずみの心を強調するあまりに、原作の持つ楽しさが出ていなかったような気がする。『あずみ』の面白さは、とてつもなく強い敵に、あずみが苦もなく勝ち続けていくところに魅力があった。ところが、舞台版『あずみ』は、強敵がひとりも出てこない。本来は残虐非道でとてつもなく強い美女丸の設定なのだが、涼風真世では、その感じが出ない。他には個性的で強い悪役が皆無という状態では、さっぱり面白くないではないか。

        最後にアクションに一言。つか芝居だから、ジャパンアクションクラブから多くの役者が参加していて、迫力のある殺陣がみられるのだが、どうも『あずみ』の殺陣ではない。あずみは大勢の敵を相手にするときに、刃こぼれを嫌って、相手との剣と打ち合うのを嫌って、打ち合わずに敵の懐に入って一瞬のうちに敵を斬るというのが、あずみらしい殺陣。それがあまりに剣を打ち合いすぎているように思える。手裏剣を使わないのも、なんとも物足りない。舞台という制約上仕方なかったのかもしれないのだが。


April.16,2005 死の影

4月9日 池袋演芸場四月上席

        いわゆる池袋四月革命。花粉症で苦しんでばかりもいられない、今年も一度は行かなくちゃ・・・っと、医者から貰ったアレルギーの薬を飲んで出かける。これを飲むと症状は緩和されるのだが、欠点はやたらと眠くなること。客席でどのくらい眠ってしまうのだろうか?

        諸々の用事を片付けて池袋に着いたのは、午後3時。昼の部の仲入りが終わった時分。トントントンと階段を下って客席に入ると、三遊亭歌之介の漫談がドカンドカンと受けていて、客席は笑いの渦。この人の漫談のようなものは、文字にしてしまうとどこが面白いのかわからなくなってしまう。あの話術が曲者なんだよなあ。例えば、こんなの笑うというよりは、人生訓。「人生60年と言われてきましたが、今や人生80年。寿命はそのくらいがちょうどいい。人生300年もあったらどうでしょう。92歳になったとき、『ああ〜、あと208年!』 終わりがあるからいいんです。マラソン、42.195Km。終わりがなかったらどうでしょう。誰が走るでしょうか! 落語だってそうです。終わりがあるから聴けるんです!」 落語の発祥がお寺の和尚さんの説教から始まったという説があるが、まさに歌之介の落語は現代の真理を笑いで突いているのではないか? 効いているうちは、ワハハ、ワハハと笑うだけだし、終わってしまうと何も残らないという印象の人だけど、しっかりと言いたいことを言っているのだ。

        古今亭志ん五『蜘蛛駕籠』。酔っ払いの「あ〜らく〜まさ〜ん、あ〜らく〜まさ〜ん」の堂々巡りが楽しい落語。そこから、泣き上戸、笑い上戸、さらには「何でおめえに(俺が)謝らなければならないんだあ!!」と自分で切れる怒り上戸に変身する様が実に楽しい。

        翁家和楽社中の太神楽。ナイフの取り分けを和楽と小楽が。ただ取り分けをやるだけでは面白くないからと、和助にナイフが飛び交う中で立っていろと命令するふたり。「ただ真ん中で立っているだけだから、楽だろ?」 真ん中で固まっている和助。 さらに和楽は「お客様の中でタバコをお持ちの方はいらっしゃいませんか? 和助に咥えさせて、それをナイフで叩き落としてご覧に入れましょう」 お客さんが差し出したタバコを見て和助「よかったあ、長いタバコで」 すかさず小楽が「ショートホープにしてもらえ!」

        昼の部のトリは古今亭志ん輔。「浅草演芸ホールで一席うかがって、吾妻橋のたもと。川の流れを見ていると落ち着くんです。この川はどこから流れてきて、どこへ流れていくんだろうと思いをはせる・・・なんてことはまったくしませんが・・・・・橋の上から川を見るのはいいもんで、空の青、両脇の桜・・・・・ここに喉自慢の船頭さんが通ると、いい風情ですが・・・・・」と、船頭さんが櫓を漕ぐ仕種をしながら舟歌を歌いだす。いい気持ちになって聴いていると、これが『船徳』の導入部。志ん輔の若旦那は、ナヨナヨしていて、どこかオカマっぼい。船を漕ぐ稽古をしていて川にザブーンっと落ちる描写を挟んで、いよいよふたりのお客を乗せる場面。ヘトヘトになった若旦那が、ついに船を漕ぐのを放棄。「もうやだ! 降りて!」 「まだ川の中なんだよ」 「(駄々っ子のように)やだ〜! 降りて〜!」 いかにも虚弱な若旦那という伏線がクライマックスに効いてくる、うまい演出だ。

        弁当を食べ終わったところで夜の部スタート。開口一番の前座さんは、桂ゆう生『たらちね』。頑張ってね。

        柳家三三は、男性用化粧品を使って顔の手入れをしているという話を長々とマクラに持ってきた。このへん、なんだかこういうこだわりって師匠の小三治に似ているなあと思っていると、『権助提灯』へ。

        林家彦いち『実録・内家拳法』。中国内家拳法のセミナーに参加したという、よく演っている体験談。「中国内家拳法というのは、都市型格闘技なんだそうです。街中で他人にからまれたときに有効な拳法。現代は、どこでからまれるかわかりません。演芸場を出た途端に芸人にからまれるかもしれません。ナイフを持った三人組の曲芸師にからまれねかもしれません」 寝技に持ち込だところを説明する様は、本当に座布団を相手に寝転がって(笑)。

        三遊亭白鳥は花粉症で苦しいらしいのだが、客席から見ているとそんな様子は感じられない。「鼻がつまる、声が嗄れる。ついには声がでなくなっちゃいましてねえ。そしたら楽屋でみんなが『喉頭癌なんじゃないか』って脅かすんですよ。それで耳鼻咽喉科へ行ったんです。この女医さんは、なぜかボクのことをビッグカメラの店員だと思っている。いつ行っても『うがいをしなさい』だけなんですが、今回は『秘密兵器出すから』と、鼻から細い管を入れて喉の奥まで見てくれたんですが、その痛いことといったら!! 看護婦さんたちに押さえつけられて無理矢理に管通されまして。そうしたら、声帯が腫れてまして鶉の卵ぐらいになっている。『どうしたらいいですか?』と訊いたら、『うがいをしなさい』 『・・・・・』 『そして、喋らない事ね』 『仕事がら、そういうわけにはいかないんですよ』 『レジに回してもらえばいいじゃない』って、まだビッグカメラの店員だと思っている」 こうして、カバみたいに太った看護婦の出てくる『ナースコール』。夜勤で出勤してきた看護婦さんは、キャバクラ嬢も兼ねているために遅れてやってくるのだが、この人物がもう白鳥ワールド全開。オロナミンCはオロナインを水に溶いたものだと思い込んでいるし、ナイチンゲール賞を取ったというバッチはメンソレータムの蓋だったり。この看護婦さんの夢は患者さんを手術してみたいこと。マイメスを持参して来ているから怖い(笑)。

        津軽三味線の太田家元九郎は、いつもの国際旅行博覧会から、『嫁いびりの唄』へ。青森弁とはいえ、『嫁いびりの唄』は何を歌っているのかわかる。これを結婚式の披露宴で歌った人がいるって、ウソだろう(笑)。♪九つあえー ここの親たちゃ みな鬼だあ〜 嫁こくるやちゃ みなバカだあ〜

        この秋には真打に昇進することが決まった五街道喜助。自宅から自転車で移動している。「世田谷の自宅から池袋へ来て、これが終わったら新宿で深夜寄席なんです」 真打目前、体力をつけておいてね。この日のネタは『真田小僧』。小出しに話す息子の話に、お金を一銭、二銭と出し続ける父親が可笑しい。「障子に穴空けて見てみたらね、おとっつぁん。ねえ、しっかり聞いてる? 誰がいたと思う?」 「誰がいたんだ!?」 「のぞきは割り増しなんだよ」 「いっ、いくらだ、いくらだ」と子供のペースにはまってしまう父親がカワイイね。

        入船亭扇好『小言幸兵衛』。このへんで花粉症の薬効果と、弁当の満腹感で、いい気持ちになって、ちょいとウツラウツラ。

        鏡味仙三郎社中の太神楽。仙一の五階茶碗は手馴れたものだが、次が仙三郎の土瓶の曲芸。咥えたバチの上に土瓶を乗せて、その土瓶を傾けたり、回したり、宙に放り上げて受け取ったり。ひょっとしてこの土瓶の曲芸って一番難しい技なんじゃないかと思うんだよなあ、このごろ。

        「楽屋に入ったら客席からグスングスンという声が聞こえる。随分悲しい噺をしているんだなあと思ったら、高座には白鳥さん。そうではないんですね。花粉症のお客様が多いというわけで」と柳家三太楼は、亡くなったローマ法王ヨハネ・パウロ2世に捧げる古典落語『宗論』(笑)。「お父様、只今戻りました」 「なんだその爽やかな笑顔は!」 「あのローマ法王がお亡くなりになりました、きょうは悲しみの日でございまして、ミサに行ってまいりました」 ヨハネ・パウロ2世に捧げる讃美歌もなぜか途中から『里の秋』に。「向こうで泣いてるぞ、そのパウロ何とかが」

        仲入りを挟んで、いよいよ喬太郎、歌武蔵、市馬の3人だけで1時間半を埋める四月革命。幕が開くと三遊亭歌武蔵が出てくる。軽くマクラを振って、「らくだ! おい、らくだ! 起きろよ!」 ははあ、ネタは『らくだ』だな。メモ帳に『らくだ』と書いていると、歌武蔵の怒号が飛んでくる。「何、いきなり書いているんだよ! 驚いたろ、急に言われて」 はっと高座を見れば歌武蔵の視線はしっかりと私の方に。おお、怖い! 歌武蔵の屑屋さんは、クレイジーキャッツの『無責任一代男』の替歌を歌いながら登場する(!)。歌武蔵にとっての屑屋は案外陽気な人間なのかもしれない。死人のカンカンノウも「いやだ、いやだ」といいながら、結構楽しんでいるようだ(笑)。らくだの兄貴から酒を勧められて一気飲みをすると叱られてしまう。「おい! 飲み方して、酒を造っている人に悪いと思わないか? 酒は味わって飲み、酒を飲みながら世間話でもするもんだよ」 これを聞いた屑屋さん一杯飲むと、「・・・・・ここ2、3日暑かったんでね、銭湯行ってシャボンで身体洗って、お湯ザーッと浴びたら、いい心持ちでした」 「それがどうしたんだよ」 「いや、世間話しろと言ったもんで・・・・・セッケン話」

        「一度、笑福亭松鶴師匠の『らくだ』を聴いたことがありますが、凄い顔でしたが、歌武蔵も負けてませんなあ」と、柳亭市馬『片棒』に入る。こちらも菜漬けの樽が出てくる葬式噺。案の定三男が「こないだ、らくださんが使った菜漬けの樽を」とクスグリが入った。次男の明るい葬式は市馬にかかると美空ひばりの『お祭りマンボ』の熱唱付き。

        痛風にかかったという柳家喬太郎がトリ。「痛風、痛いよ。本当に痛い。風が吹いても痛いから痛風っていいますがね、風が吹かなくたって痛い。無痛風。それで病院行きましたらね、その病院に貼ってある文字が可笑しい。『患者さんに支えられる病院』って何だ!? お前が支えろよ!」 正座が一番良くないんだって先生が言うんです。『そういうわけにもいかないんです。落語家なんで』 『落語家? 聞いてますよ、食えないんだって?』 『いや、二つ目時代は食えないんですが、一応もう真打ですし』 『真打? 見えない』 心が傷つきます」 ネタは初めて遭遇できた『東京無宿 棄て犬』。昔、一方的に恋人タカシを振ったユキ。友達のヨーコと話すうちに、どうやらヨーコの飼っている犬が、7年まえに死んだタカシの生まれ変わりだと気がつく。強引にヨーコから犬をくれと言い出すユキ。ヨーコの「あんた、いつも私のものを獲ったね、学生時代からそうだった」というヨーコの思いもわからずに、タケシの生まれ変わりの犬を飼うことにしたユキ。最初のうちは大事に扱っているのだが・・・・・。悲しい荒涼としたラストが待ち受けていることになる。この突き放したような最後は悲しすぎて涙も流れない。

        思えば、扇好『小言幸兵衛』の心中、三太楼『宗論』のヨハネ・パウロ2世の死、歌武蔵『らくだ』のらくだの死、市馬『片棒』の葬式・・・・・と来て、ここの日の後半は死の影が漂っていたような・・・・・。


April.9,2005 上手投げ、決まった!

4月3日 SWAクリエイティブ・ツアー Vol.3 (新宿明治安田生命ホール)

        前座さんの開口一番もなしで始まる落語会だから、最初に出てきた林家彦いちも飛ばしている。ファイティング・ポーズから、故郷の同級生が主催してくれた落語会の話へ。「出囃子を小朝師匠のCDからテープにダビングして、私の出でこれを流したんです。ところが、山台に登る手前でCDに入っていた拍手の音が鳴り出した。さらには小朝師匠が『えー、一杯のお運びで・・・・・』と話し出してしまう。最悪なのは、そのあとに消し忘れていたらしい尾崎豊の声が『♪アイ・ラーブ・ユー』って。小朝→尾崎→彦いちのメドレーですよ」 ネタは『真夜中の襲名』。上野動物園の人気者パンダが、二代目カンカンを襲名するという噂が広まる。これに黙っていられないのが、ふれあい動物パークのウサギのぴょん吉。「それで、ランランの方は誰が継ぐんだ?」 「弟が継ぐんだそうだ」 「ふたりとも息子だからって理由で、そんな大名跡を継いでいいのか!? ありえねえよ、そんなパンダ一門で固めていいのかってんだよ!!」 こうして、ぴょん吉は直談判に出かけていく・・・・・どこかで聞いたような噺だなあ(笑)。

        神田山陽が自ら釈台を抱えて高座に上がる。「楽屋で人数分しかないカツサンドを白鳥さんがふたつ食っちゃって、今、大騒ぎですよ。だいたいSWAの打ち合わせのときから、白鳥さんはマイペースなんです。明るい居酒屋、さくら水産で打ち合わせしようということになって・・・・・さくら水産って、一番安いメニューが魚肉ソーセージで50円ですよ。ソーセージと同量のマヨネーズ付き・・・・・それで、みんに頭を抱えてネタを作ろうとしていると、白鳥さんが突然、『かみさんがパーマ行ったら、長州力みたいになっちゃってさ』と言い出す」 さぞかしタイヘンな状況で作られたらしいネタは『はだかの王様』。同窓会にリムジンでやってきたアサノタクミくんは、会社を起こして、今やラジオ短波を買収した大企業の社長。「社員何人いるんだい?」 「53000人かな」 「それはもう社長でなく、王様だよ」 王様になったアサノくんは、小学校の学芸会で『はだかの王様』の、はだかになる王様役をやったのが、発奮するきっかけになったと言う。実は順調にいっていた会社が突然に倒産することになったのだと言い出す。初心に帰って出直そうと思ったアサノくんは、またはだかになって出直そうと・・・・・本当に山陽はフンドシ一丁になって客席を駆け抜けて行った。

        柳家喬太郎は、口裂け女、なんちゃっておじさんなどの、いわゆる都市伝説のことをマクラに持ってきて、『路地裏の伝説』へ。タカシくんお父さんの13回忌に集まった小学校時代の同級生(すごい設定!)。小学校のころに、[風邪ひくなおじさん]というのがいたという話で盛り上がる。路地裏に姿は小学生、声は中年男という不思議な人物が立っていて、脇を通ろうとすると、『そんな格好をしていると風邪ひくぞ』と声をかけられたという。仲間の話は、そのあと死んだ父親の形見の話に及ぶが、タカシくんは父親の日記があったことを思い出す。その日記を読んでみると・・・・・。オチはほぼ想像がついてしまったが、喬太郎の噺の持っていき方はさすがに上手い。かなり無理があるのだが、不自然さを感じさせないのは、やはり話術なんだなあ。

        四番手の春風亭昇太も出てくるなり、「ボクがここで出てきたということは、トリが誰かはもうわかるでしょ。そう、一番言うことを聞かない人がトリなんですよ。本当に人生の為になるようなことを一回も言ってないでしょ、あの人」とくさして、『遠い記憶』へ。小学校時代に学力優秀でスポーツマンだった、モテモテのマサヒロくんは、なぜか会社に入ってからは、バカマサと言われるダメ人間。「仕事できない。お客さんとはトラブル起こすし、スポーツもまったくダメ。野球やってもストライクは入らない、あげくは社長にボールぶつける」という具合。社内の火災訓練で失敗して失意のうちに故郷に帰って同窓会に行ってみると、みんなは将来になりたいと言っていた職業についている。「警察官になりたいって言っていた井上くんは、刑事になったでしょ(あれ?)。自衛隊に入りたいと言っていた安田くんは、今イラクに派遣されてるし、綺麗なお嫁さんになりたいって言っていた山田さんは結婚したし、総理大臣になりたいって言っていた後藤くんは、教員になって今、ゆうひが丘高校にいるし、飛行機の操縦士になりたいって言っていた稲荷くんはボールペンの会社に就職した。パイロットって会社」 みんな望みがかなている。それでマサヒロくんは何に成りたかったというと・・・・・。

        トリはこの人。前に出てきた人たちから、さんざんに言われていた三遊亭白鳥がトリなのだから可笑しい。「板橋の○○○○という美容室に太って髪の短い女性が行くと、全員、長州力になります。しかもなんと26000円もする」 白鳥さんのマクラはひたすら暴走。喬太郎のことまで持ち出して、喬太郎が乱入する一幕も。「ウチのおかみさんから、『紺屋高尾』みたいな噺はできないの? と言われましたが、私はそんな噺、聴いたことすらない。それでは、皆様もこれから人情噺の世界にお連れしようと思います」と始めたのが、『奇跡の上手投げ』。「お父ちゃん、おかゆができたよ」 「いつもすまねえなあ、タカオ・・・・・(素になって)もうこれでわかちゃったでしょうが」 フハハハハ。相撲取りの土石流は上手投げを得意とした力士。その上手投げは[上手を取ったら東京タワーもクルリンパッ]と言われたほど。引退して、ちゃんこ居酒屋[土俵際]を始めるが、腰を悪くして寝込んでいる。見かねて小学生の息子タカオが店を開けるが・・・・・。手ぬぐいを丸めてコップにするという仕種はおそらく落語界で初めてだろう。お客さん「燗にしてくれ・・・・・って言うと缶ビール出すんだろう」 「ドキッ。いや、私の口の中にお酒を入れまして、このようによくカンだ。♪あなたがカンだ お酒がすごい」 グチュグチュ、ペッって口の中で温めた酒をコップに吐き出して、お客さんに「はい!」って手渡す。こういう発想がいかにも白鳥さん的だよなあ。それでいて、ラストは親子の情愛が、しみじみと感じられる人情噺になっているから驚きだ。

        第3回のSWAは、並み居る4人を土俵際で上手投げで投げ飛ばした白鳥が優勝かも(笑)。


April.2,2005 個性派役者による自由なコント集

3月26日 ナイロビ+三鷹市芸術文化センタープロデュース 今週のスポットライトvol.2
       『気ままにミッドナイト・タイフーン』 (三鷹市芸術文化センター)

        初めて行く劇場。特にその場所がちょっと郊外にある場合は、早めに家を出ることにしているのだが・・・・・。三鷹駅で降りて駅前にあった周辺地図で、三鷹市芸術文化センターの場所を確認。そんなに遠くはなさそう・・・と思ったのが間違えだった。三鷹というところは初めてなので駅の周辺をブラブラと見て回る。さあて会場に移動しようと歩き出したら、これが結構距離があるのだ。アタフタと会場入り。

        拙者ムニエルの村上大樹が作・演出したコント集とでもいうのだろうか? 池谷のぶえ、加藤啓、小手伸也、千代田信一、辻修、そして村上自身までの6人による、より自分が目立とうとするコントバトル。いくつかのコントが組み合わされた2時間。ストーリー性などは無視してでも、とにかく体力勝負で笑わせようというエネルギーに満ちている。このへんが、いかにも役者が自由にコントを演っているという感じで、珍しいものを観たと思えた。同時上演している『早春ヤングメン』の学校のセットを使って行われるために、出だしは学校に忍び込んだ泥棒やら、金庫から盗まれた大切なものを探す校長やら、給食のおばさんやらが出てくるコントから始まるが、あとはセットはほとんど関係なし。馬と人間の間に生まれた不思議な動物というシュールなネタやら、ちょっと危ない皇室ネタ。私が一番好きなのは、池谷のぶえの無理矢理合コンのネタ。

        観終わって、いったいこれは何だったのだろうかと呆然としてしまったが、2時間もの間、ひたすら笑いを取ろうとしてエネルギッシュに動き回る役者根性に、うらやましさを感じた。『気ままに』というタイトルからもわかるように、決められた約束事から解き放たれた役者が自由に演じられる、役者たちが楽しんでいる空間だったのではないか。きっと、観ている私よりも演っている役者さんたちの方が楽しかったのではないか。そういうことができる役者さんっていいな。なんだか、子供時代に戻って、ごっこ遊びをしてるみたいなんだもの。


このコーナーの表紙に戻る

ふりだしに戻る