October.31,2006 実食落語会
10月14日 第8回人形町翁庵寄席
『さよなら△(味覚)またきて■(視覚)』
そもそものキッカケは一年前に遡る。八戒さんから、「ブラック師匠のネタに『タイム・ヌードル』というのがあるんですよ。カップ麺を食べながら、英語で『時そば』を演るんです」という話を聞かされた事から始まった。これは面白い。なにもカップ麺じゃなくても、うちなら本物のそばを作って出せるじゃないか。これこそ、そば屋でなくては出来ない趣向だ。その瞬間に思いついたのは錦之輔さんの『チョココロネ政談』。あれは、私はまだ聴いたことが無いのだが、高座に本物のチョココロネを持ち込んで演ると聞いたことがある。さっそく錦之輔さんに問い合わせてみる。「あれ、本当に高座でチョココロネを食べるんですか?」 「ええ、いつも食べてますよ」 これで腹は決まった。落語という芸は、何も無いところから、いかに美味しそうに、あるいは不味そうに、食べ物を食べる仕種をしてみせるというのが見せ所だ。それをあえて、本当に食べてしまう落語を並べてみたらどうだろう。いわば実食落語会。席亭になって八回目ともなると、ついついイタズラしてみたくなってきてしまった。
ブラック師匠の『タイム・ヌードル』、錦之輔さんの『チョココロネ政談』。当初これに、あとおふたりにもう一席ずつ何か演ってもらおうかと思っていた。ところがここにさらに欲が出てきた。実食落語としても、二席だけでは物足りないような気がしてきたのだ。せめてもう一席、実際に食べ物を口にする落語が欲しい。そのときふと思いついてしまった落語がある。三遊亭円丈師匠の『グリコ少年』だ。師匠の『グリコ少年』は一世を風靡した強力ネタだ。しばらくオクラになさっていたようだが、最近また高座にかけていらっしゃる。それも今の時代にあったように手直ししている。最後にグリコを口に入れて会場を走り回っていた昔の姿が目に浮かぶ。今でこそ還暦を迎えられ、会場を走り回ることこそなさらないものの、この噺は受ける。それで円丈師匠の楽屋に伺い、直接交渉。ところが師匠からは意外な返事が帰って来た。「『グリコ少年』はねえ、またしばらくオクラにしようかと思っているんですよ」 「えっ!? どうしてですか?」 「だって、受けないんだもの」 そんな事はない。去年の7月に横浜にぎわい座で演ったときも客席は大受けだったではないか。「いや、お客さんには受けていますよ。昭和のお菓子への懐かしさもあって、みなさん、いろいろと思い出すことも多いようですし・・・」 「いや、あれは駄目だよ。受けてないよ。受けない噺を演るのは嫌なんだ」 「そうですかねえ。私は受けていると思うんですが・・・」 「他のネタでいいなら、出てもいいですよ」 う〜ん、かといって『遥かなるたぬきうどん』を演ってもらって、たぬきうどんを食べてもらうとか、『いたちの留吉』を演ってもらってハンバーガーを食べてもらうとか、『月のじゃがりこ』を演ってもらってじゃがりこを食べてもらうとかは出来ない。円丈師匠とえばもう大御所である。実際に高座では食べることのない食べ物を実際に食べていただきたいなんてお願いできないではないか。
代案がないかと考えてみた。他に食べ物が出てくる古典落語はたくさんある。そばだって『そば清』を演る手もあるが、そんなにそばを食べさせては可哀想だし、『蛇含草』の餅もやはり同じく可哀想だ。『まんじゅうこわい』もあるが、これもやはり見た目が汚らしい。『味噌蔵』は料理の数が多すぎる。そんな中で浮かんだのが『二番煎じ』。これなら猪鍋をつつく場面もあるし、煎じ薬と称したお酒を飲む場面もある。そして、やはり3人もプロの噺家さんを出すとなるとギャラの問題も出てくる。もうひとりは二ツ目クラスで出てくださる噺家さんを探そう。そんなときに浮かんできた噺家さんの顔があった。五街道佐助さん。まったく面識が無いわけではない。『アイとラクゴ』のウチアゲで短時間ではあるが話したこともある。佐助さんなら落語の方は本寸法の芸だ。恐る恐る佐助さんに電話してみる。「あの〜、『二番煎じ』をお持ちでしたよね」 「はい、うちの師匠(五街道雲助)から習いました」 「最後に侍が、町人が煎じ薬と称しているお酒を飲むところと、猪鍋を食べるところを、座興で、本当に飲み食いしてもらうという企画なんですが、いかがでしょうか?」 「いいですよ」 案外、あっさり決まってしまった。イラストのちばけいすけさんに伝えると、「よく佐助さんが、それを承知しましたね。だって、佐助さんっていったら本格的な古典落語家ですよ」 う〜ん、確かに。ちょっと悪いことをしてしまったかなあ。
春の第7回『対岸のドラゴン』があったちょっと前のこと。映画評論家の北川れい子さんが来店された。北川さんとは、もうかれこれ30年以上前からの付き合いでもある。店内に貼ってあった『対岸のドラゴン』のポスターを見て、「へえ〜、落語会を演ってらっしゃるんですか?」と言うので、「秋にも演るんですけど、観にいらっしゃいませんか」と誘ったところ、「是非伺います。秋は誰がご出演予定なんですか?」と言う。「北川さんとは同業の映画評論もやる快楽亭ブラック師匠ですよ」と答えると、「あら、ブラック師匠とは試写室でよくご一緒して、話したりしているんですよ」とのこと。「あっ、それじゃあ、いっそのこと対談のコーナー作りますから、一緒に何か話してもらえますか?」 「ええ、喜んで」 よし、企画が膨らんできたぞ。
本番一週間前、ブラック師匠の毒演会を観に行き、終演後楽屋を訪ねて、ブラック師匠との最後の打ち合わせ。実は前回に打ち合わせたときに『タイム・ヌードル』は尺が5分しかないネタなので、もう一席追加しようということになっていたのだが、ブラック師匠から「『目黒の秋刀魚』にしようと思うんですが、秋刀魚は出ますか?」 「出します、出します!」
当日、朝から忙しく動き回る。プレゼント・コーナーの残念賞用に、外れたお客さん全員にチョココロネを配ろうと思ったのだ。銀座木村屋でチョココロネ30個購入。おそらくチョココロネだけ30個なんてお客さんはそういないやね。次に木村屋の向かいの銀座三越の地下食品売場にて、秋刀魚一匹購入。帰って秋刀魚を焼き、そばを打つ。さらには、終演後にお客様にお出しする、しっぽくの具の用意。
「おやじ、何が出来るんだい? えっ? 花巻にしっぽく? それじゃあ、しっぽくを熱くしてくれ」 お馴染み『時そば』の冒頭部分である。今、東京のそば屋で、しっぽくをメニューに入れているところは、ほとんど皆無といっていいだろう。しっぽくは漢字で表記すると、卓袱となる。もともと長崎の卓袱料理を真似して、大阪のうどん屋が、いろいろな具を乗せたうどんを、しっぽくうどんといっていたようだ。それが東京で台が変わり、しっぽくそばとなった。具は店によってまちまちだったようで、松茸を入れていたという記録も残っている。やがて、具でおかめの顔を作る、おかめそばの登場で、しっぽくは廃れてしまったようだ。
ウチなりのしっぽくを用意することにする。おかめそばの具である、海苔、卵焼き、蒲鉾、椎茸、筍、ほうれん草、麩に加えて、『時そば』に登場する、竹輪とちくわぶも入れることにする。卵焼きを焼き、ほうれん草を茹で、椎茸、筍、竹輪、ちくわぶに下味を付ける。
そんなことをしているうちに、もう午後2時30分。スタッフが続々と終結してくる。みんな慣れたもので、テーブルと椅子の移動、掃除、高座設営、照明、音響の準備、モニターの取り付けとテキパキとこなす。
午後4時、古今亭錦之輔さん到着。前の仕事があったのでと、ちょっと遅れて五街道佐助さんも到着。さっそく前座役の立命亭八戒さんと、煎じ薬と猪鍋を出すタイミングの打ち合わせ。
午後4時30分開場。快楽亭ブラック師匠、ようやく到着。こちらも八戒さんをまじえて、秋刀魚と、そばを出すタイミングの打ち合わせ。
開場してしばらくは集りが悪いなあと思っていたが、開演時間が迫ると、ほぼ満席となる。今回も定刻スタート。
開口一番は、もちろん立命亭八戒。「『狸さい』にします」と言って上がっていったが、この人がまともに『狸さい』を演るはずがないと思っていたがやっぱり!(笑) 以前にも『つる』を他の動物にして演って、頑固に「あれは『つる』です」と譲らなかった人。今回も恩返しに来たのは狸なんかじゃない別の動物。しかも、かなり有名な固有名詞を持ったやつだ。この動物の描写、かなり三遊亭白鳥が入っているなあ。
ちなみに写真はすべて楽屋のモニターから取ったもの。写りが悪くて申し訳ないっす。でも、デジカメでブラウン管写すとどうしてもきれいにならないんだなあ。
古今亭錦之輔は、翁庵寄席では二回目の出演。二回も出るのはこの人が初めての事になる。学生時代に通った小さな不味い中華屋さんの事をマクラに『チョココロネ政談』。
チョココロネを頭から食べるか尻尾から食べるかという発想は誰でもが浮かびそうだが、尻尾から食べた男が逮捕され、お白州で調べを受けるという噺に持っていくという感性は錦之輔ならでは。スーパーで買ってきたというチョココネの袋を破りチョココロネに齧り付く。今回だけ食べてみせたんじゃなくて、この人いつも本当に食べるのだ。『天狗裁き』に似ているという意見もあるし、夢オチはどうもという意見もあるようだけど、これはこれでいいんじゃないだろうか? だって現代から江戸時代に噺が飛ぶんだもの。夢オチでもしょうがない。本物のチョココロネを出して食べるという飛び道具だって、まあいいじゃん。笑いが取れれば。寄席でもかけられそうな気がするけどねえ。私思うに、錦之輔は密かにこの噺を『天狗裁き』のパロディにしている確信犯なのではないかと思っているのだが。
五街道佐助はマクラもなく、スッと『二番煎じ』に入った。それほど長い噺ではないと思っていたのだが、尺が35分あるという。寄席では立派なトリネタになる。裏で聴いていて、やっぱり佐助さんにお願いして良かったと実感した。旦那衆の会話も堂にいっているし、見回りの侍もいい。この噺は旦那衆、侍と年配者ばかりが出てくる。若い縁者には難しい噺なのだが、佐助は実に堂々としている。描く登場人物よりも年下の佐助が見事に年配者を演じている。
最初は普通にやってもらい、ラストの侍が番所にやってきてからがいわば座興の実食となる。正直に言ってしまうと、佐助さんには水の入った茶碗を出すと言っておきながら実際はお酒を入れてしまおうというもくろみだった。ところが打ち合わせしてみると、町人に土瓶から茶碗にお酌させて何杯も飲むという演出であることがわかってきた。これではあまりにも可哀想ではないか。本番直前になってプラン変更。普通に土瓶に水を入れて出す。土瓶から煎じ薬を注ぐのは、もちろん八戒さんの役。『二番煎じ』はこれだけでは終わらない。猪鍋が残っている。
猪の肉は手に入りにくいので豚肉で代用。普段は鍋焼きうどん用に使っている土鍋に豚肉とネギを入れて、そば汁で煮て出す。噺では本来、味噌で煮ることになっているし、実際に猪鍋は味噌味で調理するのだが、豚肉はこっちの方が絶対に美味しいもんね。味噌味だと豚汁になっちゃう。
佐助さんの『二番煎じ』があまりにいい出来だったので、あとで佐助さんに陳謝。「すみません、せっかくの『二番煎じ』をおちゃらけた企画にしてしまいまして」 「いや、(こういう企画も)面白かったですよ」 今に名人と呼ばれるようになったら、こういう過去がキズとなりませんように。
仲入り。プレゼント抽選会。寄席の招待券やら落語関係の書籍などを出す。でも一番喜ばれたのは残念賞として出したチョココロネだったりして。
後半。まずは快楽亭ブラック、北川れい子の対談から。アニマル浜口のトレーニングジムの話やら映画の話など。北川さん、どうもありがとう。
快楽亭ブラック、まずは『目黒の秋刀魚』。ごくごく普通の『目黒の秋刀魚』に思える滑り出し。本物の秋刀魚も出し、ちゃんと食べてくださった。
それでもそのままで終わらないのがブラック。もう終盤というところで、目黒というキーワードから、目黒にあるイメクラのネタを強引に挟み込むところがこの人らしい。まっ、会場に子供はいなかったので、いいか。
二席目が本日の目玉『タイム・ヌードル』。5分くらいマクラを振って入るとおっしゃっていたので、マクラが始まって3分くらいのところから麺を茹で始める。しっぽくを作り終えてしまって、もう出すだけのなのに、マクラがなかなか終わらない。自分が英語を喋れないということから、堀越学園の英語の入試問題のことなど、長い長い。面白いからいいんだけれど、そばがのびちゃうよう!
「ヘイ・ボーイ! ギャンブル・ヌードル・プリーズ!」のきっかけで、そばを出す。ギャンブル・ヌードルはかけそばのこと。よく考えたら具を乗せることなかったんだな。
終演後はお客様にしっぽくそばを、せっせせっとお出しする。落語会もしっぽくも具だくさん。これでお客様にお腹いっぱいになっていただけたろうか?
イラスト:ちばけいすけ
October.28,2006 お笑いタレントではない役者のコント
10月9日 拙者ムニエル
『面白く山をのぼる』 (THEATER/TOPS)
初めて観に行く劇団だが、今回はコント集とのこと。このところこのコーナーの更新が遅れっぱなしなので、内容はほとんど忘れてしまった。ストーリーがある1本の芝居なら何とか思い出しながら書けるのだが、コント集ともなると、どんなコントがあったか忘れているものが多い。やっぱり観終わったあとに簡単なメモでも残しておけばよかった。
アイドル・タレント、ゴローちゃんのオッカケ女性の一団が空港までゴローちゃんを追いかけて、お見送りするというコントがあったな。
男性でも女性でもない第三の性のコント。男性と女性を結びつけることを無上の喜びにしている性だ。ただ結び付けたあとも自分も一緒に3人で仲良くしたいと思っている。ところが結ばれた2人には、この第三の性の存在は邪魔なだけ。物悲しいコントだった。
四コママンガ『コボちゃん』を蜷川幸雄演出で見せるとどうなるかというコント。どうってことない四コマ・ギャグがオーバーな演出によって、面白くなくなっているところが、返って笑えるという不思議なコント。
あの長く続いたテレビドラマ『北の国から』を三分間で演じてみせる。一応大河ドラマの流れがわかってしまうのだから可笑しい。
やくざファミリーが芝居を演ることに。演目は『ドラえもん』。ガンを飛ばしあって演る『ドラえもん』は妙に可笑しい。ほとんどセリフが無いのだが、意味はわかるという可笑しさが面白い。
夫婦者らしいふたりが住む一室。やたらと電話がかかってくるが、それが子供電話相談室。男が子供の相談に乗ってあげている。電話を切ると、男は女に挑みかかる。服を脱がしているところに、また子供電話相談の電話で中断。やがて女(男優さん)の服を全て脱がしてしまう。ちょっとエロチックなのだが笑えるのだこれが。
最後のコントが凄い。舞台手前、焼肉屋で焼肉を食べている場面と、舞台後方、手術をしている場面がシンクロしてしまうというブラック・コント。それがよく出来ている。うまく演らないと客席が引いてしまいかねないコントなのだが、脚本の可笑しさと役者さんの演技で笑いを生み出している。
まだまだたくさんコントがあったはずなのだが、思い出せるのは、このへんが限界かな。もう一度観てみたかったな。
October.23,2006 カッコイイ悪役
10月8日 竜小太郎公演
『緋牡丹慕情』 (三越劇場)
石橋雅史さんとは、奇妙な因縁があるらしい。先月、ブラック師匠との打ち合わせも兼ねて快楽亭ブラック毒演会に大勝館SHOW劇場に行ってみれば、この劇場は貸しホールで、そのあとは竜小太郎の『緋牡丹慕情』の稽古場として数週間使われる予定になっていたり。
三連休の中日昼の部、当日券で行く事にした。前夜の疲れもあって寝坊してしまい慌てて家を出る。場所もまた日本橋だ。開演十分前に三越到着。エレベーターの前に走る。6階で降りて劇場のチケット売り場へ。もう開演寸前だ。目の前に当日券を買い求めるオバサマがひとり。何とか間に合いそうと思ったら、横から私の前に割り込むもうひとりのオバサマ。何らや引換券を2枚渡して実券に変えてもらいたいと言っている。おいおい、割り込みはひどいじゃないの。とはいえ、こういう厚かましいオバサマに何を言っても通じないのはスーパーのレジなどで何回も経験しているから、あきらめて黙っている。ようやく私の番になると、係の女性が、「たいへんお待たせいたしました」と苦笑まじりで応対してくれる。こちらも精一杯何事もなかった、私は怒っていないという笑顔と声で「当日券が一枚欲しいんですが」と告げる。これから大好きな石橋雅史さんの芝居を観るのだ。つまらないことで怒ると自分が損だ。
当日券だから、席は後ろの方。席に着くと間もなく幕が上がった。藤純子主演の映画『緋牡丹博徒』を脚色した1時間15分ほどの芝居だ。もちろん藤純子のお竜さんの役を竜小太郎が女形で演じる。遠目で観ている事もあるが、所作が実に女っぽい。厚顔無恥なオバサマたちには爪の垢でも煎じて飲ませたくなるくらい。石橋さんの役は映画では大木実が演った役。恩を受けた大阪の女親分(三浦布美子)と敵対する組の親分だ。このところちょっとコミカルな悪役が多かった石橋さんだが、久しぶりにとことん悪を表現する悪役作りに徹していた。こう言うと変に思われるかもしれないが、この石橋さんの悪役が実にカッコイイのだよ。悪役がカッコイイっておかしいとは思うのだが、もう、そう表現するしかない。物語の前半は縦縞の背広を着こなしている。わざとなのか、少しダボッとしていて、そのへん太って見せているのかなあと思ったのだが、後半の殴り込みの場面になると着物姿になる。ここでは詰め物などしていないようで、石橋さんの鍛錬された身体のラインがピシッと決まっていて、いかにも強そうだ。お決まりで殺されて舞台の後ろに倒れる。出番はそこまでだが、圧倒的な存在感を舞台に残すところはさすがとしか言いようがない。ちなみに映画で若山富三郎が演じた松山の親分役は長門勇。こちらもコミカルな味を出していて楽しい。
楽屋見舞いをとも思ったが、このあと用があったので第二部の歌謡ショーも観ないで劇場を後にする。夜になって石橋さんに電話。「きょう、昼の部で拝見いたしました」 「あっ、そうだったの。昼の部の殺陣でね、ハプニングがあったんだよ。ボクの刀、竹光だったの。それが小太郎さんと刀を合わせたときに折れちゃってね」 ああ、なぜかふたり共、刀を落としちゃったんで、どういう演出なんだろうと思ったんだったっけ(笑)。一瞬舞台が凍り付いたようになったのだが、何事もなかったように繋いだのは舞台人ならではだった。
October.20,2006 正二郎さんとウチアゲで
10月7日 鯉のつなわたり (お江戸日本橋亭)
瀧川鯉橋さんの独演会。前回は満員御礼の入りだったが、今回は席に余裕がある。三連休の初日とあって、鯉橋さんも言うように、お客さんはみんな旅行にでも行ってしまったのかな?
開口一番は前座さんの昔昔亭A太郎で『元犬』。声が大きくて、爽やかな印象を受けるいい前座さんだ。頑張ってね。
瀧川鯉橋一席目『松竹梅』は、きちんとサゲまで。この噺にこんなサゲがあったとは知らなかった。宴会の席で余興を演るタイミングを伺う松さんのキョトキョトした表情がいい。
ゲストは太神楽の鏡味正二郎。鞠、五階茶碗、バチ、傘とフルコース。「鯉橋さんとは前座修行時代同期だったんです。ふたりでいろいろと楽屋で失敗をしました。その失敗をいつも私が被っていたんですが」と手八丁に加えて口八丁なのもさすが。それにしても、いつもながら安定した曲芸だよなあ。
瀧川鯉橋二席目は、正二郎の言葉を受けて、寄席の楽屋に前座として初めて入って5秒でしくじった話から、『かんしゃく』へ。この噺、私は大好きなのだが、大変難しい噺でもあるようだ。主人公が怖い顔をして怒らなければならないのに、それでいてその表情がコミカルでなければならない。かんしゃくを起こしている主人公が傍目では笑いを覚えるように演じなければならない。柳家のお家芸でもある顔芸が活きる噺でもある。鯉橋さんは、果敢にもこの難しい噺に挑み、これがネタ下ろし。ネタ下ろしにしては、なかなかいいところまで出来ている。その健闘に拍手。
ウチアゲで鏡味正二郎さんが眼鏡をかけているのに気がついた。ちなみに正二郎は、ショウジロウではなくて、セイジロウ。
「近眼なんですか?」
「そうなんです」
「高座ではコンタクトでもしているんですか?」
「いや、していません」
「それで見えるんですか?」
「ちょっと離れたものは見えませんね」
「お客さんの顔も」
「はい、見えていません」
「眼鏡もコンタクトもしない、そんな状態でで傘回しや、五階茶碗を演るんですか?」
「はい。太神楽を演る人の中には、眼鏡をかけて演っている人もいますが、ほとんどの人が眼鏡はしないですね。眼鏡のフレームが目に入ったりして、かえって演りにくいんです」
「今日は天井が低いからでしょうが、傘回しをしゃがんで演ってましたよね。あれ、演りにくくないですか?」
「いや、自宅では天井が低いので、ああやってしゃがんでやってますから、むしろ慣れてる。怖いのは高い天井。見当がつかなくなっちゃう」
「複数で太神楽を演るときは、一番若い人が五階茶碗を演ってますが、そういうシキタリなんですか?」
「(自分の前歯を叩き)これですよ、これ。年を取ると歯が悪くなる。そうすると、あの芸は演りにくくなるんですね。それと、五階茶碗は、あらゆる太神楽の基本なんです。あのバランスの取り方が出来れば、全ての芸が出来る」
「あの五階茶碗の道具は、特別に作ってもらうんですか?」
「今使っているのは、国立の養成所で貰ったものをそのまま使っています」
「随分、貫禄が出てきた道具ですが、塗り替えたりしないんですか?」
「一度も塗り替えたりしていませんね。お客さんからみて、塗り替えた方がいいと思いますか?」
「う〜ん、どうなんだろう。今のままの方が年季が入っていていいような気もするし、塗り直した方が派手になるかもしれないし、だからと言って塗り直して使いにくくなったら困るでしょうし・・・」
「傘は、消耗品ですね。ときどき変えています」
「五階茶碗で使う糸は? 長い間使うと切れたりしません?」
「あれは三味線の一番太い糸なんです。まず切れない。それでも一年使ったら取り替えるようにしてますが」
「傘回しで使う湯飲み茶碗は、桃太郎師匠が落語のネタとして使うのと同じですよね」
「そう、桃太郎師匠より前の出番であれを使うと、師匠は嫌がりますね。それでもやっちゃいますけど」
「あれは、青い塗りの茶碗で、丸い白い凹みが付いている。あの凹みがいい音を出すんですか?」
「いや、茶碗はどれでも同じ音です。あれは、見えがいいでしょ。それにいかにも標準的な湯のみ茶碗という感じだし」
「正次郎さんの太神楽は、見ていて、とても安定している感じがします。安心して観ていられるというか」
「そうですか? 本人はドキドキなんですけど」
「曲芸をしながら、喋りも余裕に見えますけど」
「ありがとうございます」
「ピンで演るのってタイヘンでしょ」
「そうですね、相方をつけて演ったことがあるんですが、あれは楽でした。喋らなくていいというのは、曲芸だけに集中できますから」
「それでも、あくまでピンで・・・」
「はい」
「ギャラも独り占め」
「(笑)、というか、地方に呼んでもらうときに有利なんですね。複数で行くとなると、主宰者が人数分の交通費、宿泊費を用意しなければならないんで敬遠されちゃうんですよ」
正二郎さんとは、もっといろいろと話したのだが、このへんで。鯉橋さんといい正二郎さんといい、正に好青年とお話しが出来て楽しい夜だった。
October.13,2006 1ヵ月ぶりの再会
10月7日 快楽亭ブラック毒演会 (大勝館SHOWホール)
1ヵ月ぶりのブラック毒演会。場所も先月と同じ、浅草の大勝館SHOWホール。観るのに選んだ席も先月と同じ上手にあるミキサーのそば。あっという間の一ヶ月間だったなあとボンヤリとミキサーを眺めたら、「あれっ?」あれは先月観に来て、忘れて置いてきてしまった私の扇子ではないか。求人情報誌の営業マンが置いていった、販促用に作った安物の扇子。別に失くしても惜しくもなんともないものなのだが、ここで1ヵ月置きっぱなしになっていたとは。何かの縁かなと思い、また自分のものにする。よく棄てられなかったものだ。
この日も、快楽亭ブラックひとりで四席。こんなに演っちゃう人も珍しい。一席目は、歌舞伎、相撲のマクラから『大安売り』。マクラは毒の吐き放題でとても書けないのだが、ネタはかなり普通通りだ。
二席目。格闘技プレイという店があったので遊びに行ったらイメクラでもなんでもなかったという体験談をマクラに『人性劇場』。『人生劇場』の飛車角が出所後に格闘技イメクラに遊びに行き、ムエタイプレイをやるという唖然とする新作落語。こんな落語ができるのは、この人しかいないね。
三席目は今月は神無月とのことで、今月限定の噺『ぞろぞろ』。マクラで「歴史の勉強をしましょう」と日本という国の成り立ちを解説したところが面白い。面白いんだけど、かなりヤバい話でありまして。まあ、ようするに日本だ、中国だ、韓国だ、朝鮮だという前に、私らみんな元はモンゴリアンなんだということなんだけどね。
最後の『オマン公社』が始まった途端に、街宣車なのだろう、『軍艦マーチ』がけっこう大きな音で会場に流れ込んでくる。いかにもブラック師匠の会にふさわしい自然な演出に笑いがこぼれた。「ここの区議会というのは他の区とは大きく違う。自民党も民主党もどの政党も仲がいい。ここで別れているのは浅草の議員と上野の議員。上野が『こちらは元東京の玄関口』といえば、浅草は『こちらは元日本一の盛り場』って、どちらも元が付くのが情けないんですが、どっちが偉いかっていうと、どちらもタイトー(台東)」 ネタの方は『ぜんざい公社』のパロディ。国営風俗店がオープンしてお客さんがやってくると部署をたらい回しにされるという話。「あの〜、セックスがしたいんですが」とやってくるお客さんの口調に爆笑してしまった。
楽屋のブラック師に挨拶して、元日本一の盛り場浅草の街へ。さて、天ぷらの有名店の天丼でも偵察に行きますか。
October.9,2006 シリーズ最新作にして最高傑作
9月30日 『星屑の町〜東京砂漠篇』 (北千住 THEATRE1010)
北千住駅前にできたこの劇場、初めて入った。北千住駅の勝手がわからずウロウロしてしまったので、思ったよりも駅の外に出るのに手間取ってしまい、開演時間ギリギリに席に滑り込む。最前列上手側。照明が落ちてスポットが当ると中央に戸田恵子。そして私のまん前にハローナイツの面々が浮かび上がった。『プロジェクトX』のテーマが流れる中、小宮孝泰がナレーションを読み上げていく。この長い台詞のあとで戸田恵子のキティが『地上の星』を歌い上げる。さすが戸田恵子、歌が上手い。2曲目が『中之島ブルース』。これはハローナイツのコーラスがかなり歌う個所があり、それを観て笑っているキティ。
再結成と解散を繰り返しているハローナイツだが、リードヴォーカル天野真吾役の太平サブローが今回出られず、リードヴォーカルに戸田恵子のキティを据えての再結成だ。名前も山田修(小宮孝泰)とハローナイツから、ハロー・キティに変わっている。今回もまたあまり経済状態はよくないまま町から町への旅興行。ビジネスホテルに泊まる金もなく、レンタルルームで泊まろうと考えているリーダー。ところがリードヴォーカルのキティはそれに不満だ。今回の舞台はそんなレンタルルームのロビーが舞台。レンタルルームとはいえ、これはホテルのロビーのようなものだから、いろいろな人が出入りしてグランドホテル形式のドラマが繰り広げられる。しかもコメディだから『有頂天ホテル』のようなシチュエーション・コメディにもなる。キティがこっそり男娼を呼ぶ手はずを取ったものの、人の出入りにあって、それを誤魔化そうとするあたりのドタバタは上手く出来ている。
久しぶりに上演された『星屑の町』シリーズ、戸田恵子がいい味を出していて、こんなことなら次回も太平サブローには休んでもらって、戸田恵子のキティが観たいと思ってしまうほど。彼女には華があるし、歌も上手いし、コメディエンヌのセンスもいい。脚本も今までの中でも一番の出来だったような気がする。
ラストはまたハロー・キティの歌。欧陽菲菲の『ラブ・イズ・オーバー』と『雨のエアポート』、そして『東京砂漠』。グループを抜ける宣言をしていたキティがリーダーの山田修に呼びかける一言が胸に沁みる。
ハネて楽屋に挨拶。今回の芝居は女優さんは戸田恵子と星野園美のふたりだけ。あとの13人の男優さんはひとつの楽屋で着替えている。その男優さんの楽屋でミニ打ち上げ。楽屋見舞いに貰ったらしいお酒と食べ物で盛り上がっていたら、劇場側から「早く出て欲しい」と言われて、北千住の[華の舞]に移動。土曜とあって満員。「席が用意できるまで外で待っていてください」と言われて待つこと数分。ラサール石井やらテレビでも人気者がいるから通りがかりの人がカメラを向けてきたり握手を求めてきたり。ようやく席に案内されて、それから遅くまで飲む。いろいろ裏話も聞くことができた。
Octovber.1,2006 待ちかねたぞ!
9月24日 『SWA獏噺の会』 (国立演芸場)
夢枕獏の『楽語・すばる寄席』は今年の初めに読んだ。夢枕獏がSWAのメンバーにひとりひとり当てて書いた噺と、SWAメンバーによる新作書き下ろしという構成。これを読んで感じたのは、やはりSWAメンバーが自分で書いたものの方が落語として、うまく出来ているということ。それに対して夢枕獏の書いたものは、やはり落語として演るには、やや無理がある気がした。これが演じられることは無いのだろうと思っていたら、夢枕獏の書いたものを演る会が行われた。
まずは、春風亭昇太、林家彦いち、三遊亭白鳥、柳家喬太郎そして夢枕獏による前説。こういう順にならんで、背番号を見せると4126。ハトヤじゃないか!(笑)。昇太が中心になってSWA結成の経緯と、夢枕獏がなぜSWAに噺を提供することになったかについて語る。心配になったメンバー、「きょう、SWA、初めての方」と客席に呼びかけると、かなりの手が上がった。「ほらあ!!」と驚くメンバー。喬太郎が「花形と間違えた人は?」とまぜっかえす。
林家彦いちは『史上最強の落語』をどうするつもりなんだろうと思っていたが、ちゃんと原作そのままに演っていた。末廣亭の地下に落語デスマッチの会場があるという噺なのだが、こんな荒唐無稽な噺もちゃんと演ってしまうのだから凄い。「ここで綾小路きみまろがいいところまで行って、サラリーマン川柳を自由に使えるようになった。川柳川柳は、つぎつぎと噺を取られ、歌しか残らなくなった」 うふふ、これは彦いちの創作部分だろうなあ。前代未聞のオチは、やはり奇をてらってはいるけれど、観客はわかってしまうね。
三遊亭白鳥の『カニの恩返し』も白鳥言うところの「飲み屋でオヤジがエロ噺しているようなオチ」。助けたカニに連れられて、人魚とセックスできると海の底に行ってみると、といった噺。元のオチはほんとうに引いてしまうオチなのだけど、さすがに白鳥、二つ目、三つ目のオチまで披露してみせた。
春風亭昇太に渡されたのは『ウルトラマンはどこですか』。小さいころになりたかった職業というマクラをふって、宇宙人が地球のテレビのヒーローもののドラマを観て、本当にいるのかと地球にやってくる噺。巨大化した主人公が喜んでしまって暴れるところが、いかにも昇太らしくていい。志の輔を追いまわし、都庁舎の都知事室まで覗いてまわる。
柳家喬太郎の『鬼背参り』は難しい噺だ。夢枕獏お得意の陰陽師もの。鬼の背に乗って一晩過ごして鬼を成仏させようというところを、どうやって表現するのか気になっていたのだが、さすが喬太郎、鬼の背に乗って振り落とされまいとする男の姿を見事に体を使って表現してみせた。「SWAん中じゃ、オレが一番太っているんだよ。誰か他のやつが演ればいいんじゃないの」なんて、脱線しながらも、この怖く悲しい噺を熱演していた。
喬太郎の熱演でお腹いっぱいになったところに、客席後方から釈台を担いだ男が。神田山陽だ。山陽が一年ぶりにイタリアから帰って来たのだ。「演るのか?」と問う他のメンバーの前で、「演るよ!」とピシッと張扇一発、『陰陽師 安部清明化鼠退治』。久しぶりの高座とあって、ところどころカミカミだったが、この男が帰って来たのはうれしい。SWAにこの人がいないと、やはり寂しかった。いやSWAだけじゃなくて、演芸界にこの人がいないことが、どんなに寂しかったことか。待ってたぞー、山陽!!