May.27,2007 ロボット太郎の続編が聴きたい

5月19日 第336回花形演芸会 (国立演芸場)

        開口一番の前座さんは瀧川鯉斗。おっ、儲け。ネタは『ん廻し』。とにかくこの人は絵になる。一席終えてメクリを返すときに客席に向かってガッツポーズを決めていく。密かにこの人のファンが増えているはず。

        入船亭扇里『ぞろぞろ』。得意にしている噺らしくテンポもよく気持ちのいい出来。気持ちのいい二ツ目さんだ。

        神田京子の新作講談『ロボット太郎』。感情表現の無い無表情な小学生が主人公の噺。その描写に[クラフトワーク]やら[ビジンダー]を持ってくるところは、そうとうなマニアじゃなきゃわからんでしょ(笑)。クラスで飼っていたメダカ(三代目山陽という名前がつけられている)が死んでしまっても悲しいという感情がわからない。実は太郎くんはロボットだったのだ。太郎は街を歩くうちに東京タワーにやってくる・・・・・。鉄腕アトムを彷彿とさせる設定とストーリーだね。続編がいくらでも作れそう。

        ハローケースケのアンケート漫談。お客さんにアンケートという形で当てはまる人に手を上げさせるというスタイルの漫談。「ヤクルト一本では足りないと感じる人」 「よく振ってからお飲みくださいの表示にあとから気がつく」 「電車の中で転がっている空き缶が必ず自分のところにくる」 「リーダー的存在だがメンバーがいない」 あるある探検隊のアンケート版かな。

        桂米福は前座時代に、怪談噺を演る師匠のときに客席でお面を被ってお客さんを脅かしたというエピソードから『不動坊』へ。これがうまくはまった。噺に出てくる前座の噺家の名前は桂芋福(笑)。

        仲入り後、なぎら健壱登場。今回の私のお目当て。曲は『東京節』 『スカラーソング』 『下町』 『四月十日の詩』 『祭の季節だ』。なんだか花形演芸会でいつも同じ曲を演っているような気がするなあ。爆笑トークネタで可笑しかったのは、『オレンジ色のうどん』 『できますものは』とそれに続く『神棚のお酒』。全て私が勝手にタイトルをつけたもの。本職の噺家よりも話が上手いんだものなあ。

        イワイガワのコント。欠陥住宅を建てられた男(井川修司)が業者(岩井ジョニ男)にクレームをつけにいくコント。コンビ結成4年。なかなか手馴れてきている感じ。途中でボケ役のジョニ男がネタを飛ばしてしまい、それを井川に突っ込まれてアドリブで返すあたりが面白い。このコンビを初めて観たが、いいねえ、このコンビ。

        トリは古今亭菊生。古今亭のお家芸『火焔太鼓』をきっちり。オリジナルのくすぐりまで入れて結構な出来。

        この日は人気者が少ない会だったので、客席がやや寂しかったかなあ。でもこの内容で1800円は絶対にお買い得なのにね。


May.20,2007 ホラを吹かない弥次郎

5月12日 『うそつき弥次郎』 (明治座)

        いきなり風間杜夫が出てきて落語を始めるのは、このシリーズいつものこと。今回は宙乗りで。三階席の近くまで行くから、女性ファンの歓声が沸く。落語の『弥次郎』が終わって劇の中へ。物語は弥次郎(風間杜夫)が惚れた遊女お梅(余貴美子)が旅籠武蔵屋を経営する徳兵衛(小宮孝泰)に身請けされたところから始まる。その宿に偽水戸黄門こと、弥次郎の幼なじみ伊八、それに偽助さん(要潤)、偽格さん(渡辺哲)が草鞋を脱ぐ。また、親の仇を狙う志乃(安倍麻美)と慎之介の姉弟、それにその仇世話九郎(轟二郎)までが泊まっている。一方で徳兵衛は旗本、やくざと結託して、女を攫ってきては売り飛ばすという悪事をしている。さて、どうなるのか。

        楽しく観られる娯楽時代劇ではあるが、今回は話がちょっと、とっ散らかってしまっているように思う。『宿屋の仇討』と、『宿屋の冨』をうまく取り込んでいるが、肝心の『弥次郎』が出てこない。落語の『弥次郎』はうそつきというよりはホラ吹き。弥次郎の大ボラが楽しい噺なのである。私はてっきり植木等のホラ吹き男のようなキャラクターを想像してしまった。ホラを吹いて渡り歩く男のイメージ。今回の台本ではそんなキャラクターになっていない。というか、中途半端。なんで弥次郎がこの話に必要なのかわからない。せめてホラで旗本ややくざを煙に巻くくらいの展開をしてほしかった。

        今回の見所は、旗本トリオ。旗本の菅原大吉、その家来の朝倉伸二、筑出静夫のトリオがとにかく可笑しい。この3人の出番はまさにコントの乗り。大ボケをかます菅原に、さらに筑出が乗る。それを諌めようとする朝倉だが、それすらボケにして笑いを取る。それと徳兵衛と按摩(岡幸次郎)との絡みも爆笑ものだ。

        それにしても主役の風間杜夫と平田満に精彩がない。このふたりに、かつてのつかこうへい芝居を懐かしんで足を運ぶお客さんもいるはずだ(私のことだけどね)。せめてあのときのふたりのやり取りを彷彿とさせる場面があってしかるべきだと思うのだが、いかがだろうか。


May.13,2007 ご祝儀は正しく申告。悪い事はできないね

5月6日 三越薫風寄席 (三越劇場)

        先月、日本橋三越の7階催物会場の鹿児島展に行き、ついでに6階三越劇場の前まで行ってみれば、ゴールデンウイーク最終日[薫風寄席]のチラシが置いてあるではないか。そうそう喬太郎がトリなんだよねえと思い出したのだが、さすがにもうチケットは残っていないだろうと思ったものの、チケット売場で確認したら、まだ残っていると言う。それも結構前の方に空席があった。迷わず買った。

        声の大きな三遊亭遊馬『茶の湯』。椋の皮は現代の人にはわからないと思ったらしく、ママレモンに変えて演っていた。レモンの香りのレモンティーかあ。

        桃月庵白酒は、開演前に三越劇場の隣の和風喫茶[雪月花]でアイスコーヒーを飲んだという話を面白おかしく語り、『錦の袈裟』へ。この人は子供が出てくる噺をさせるといいと思っていたが、与太郎もこれまたいい。

        最近、寄席に行くと噺家が正蔵の脱税事件をネタにして笑いを取っているらしい。うっかり悪い事できないね。古今亭菊之丞もやっぱりこの事件をマクラにして、「落語家は儲かると思っている方もおいででしょうが、それはごく一部の落語家。ほとんどの者は、清く貧しく美しく生活しております。決して捏造、隠蔽なんてことはいたしておりません」なんて演っていたが、しっかり正蔵ネタで笑いを取る。『愛宕山』はなかなかの出来。幇間の一八が生き生きとしている。志ん朝の『愛宕山』を彷彿とさせる出来だ。谷底で、旦那が投げた三十枚の小判を拾った一八、旦那が「全部お前にやるよ!」と言ったのを返して、「私はこのこの小判、申告します。私は地下に隠したりしませ〜ん!」

        仲入り後は、三増紋之助の曲独楽。こんなに喋る曲独楽はいない。喋る必要がないのに喋り捲るのは紙切りの二楽と双璧。でもお客さんは見て楽しむ色物でも喋りの楽しさを求めているんだよね。この日もお囃子さんを、ところどころで止めて笑いを取る。もうこの人の喋り部分の芸は完成したといっていい。

        柳家喬太郎『錦木検校』は、『三味線栗毛』。別名『錦木』ともいうらしいが、『錦木検校』として演っているの喬太郎ひとりだろう。喬太郎も以前は『三味線栗毛』で演っていた。私も2005年1月の花形演芸会で観ている。笑いの無い噺だが、ところどころで笑いを入れて、お客さんをリラックスさせながら、噺に引き込んでいく。角三郎が馬の名前に三味線と名付けたという、サゲになるエピソード部分を冒頭に持ってきて、この噺のハイライトともいうべき、錦木が病気を押して角三郎に会いに行く場面をクライマックスに持ってきているのも以前の通り。このクライマックスを強調しているところから演目名を『錦木検校』に変えたのだろうか。

        ゴールデンウイーク最終日にいいものを聴かせてもらった。さあて、また仕事だ。


May.7,2007 2時間出ずっぱり

5月5日 『小松政夫VSコロッケ 昭和ギャグパレード』 (シアターアップル)

        三部構成。出演者は小松、コロッケの他に生島ヒロシの3人のみ。

        第1部は、昭和にヒットした歌謡曲を生島ヒロシの司会で、小松、コロッケがその歌手の扮装をして出てきて歌いギャグにして落とすという構成。笑いの部分がやや上滑りしている感じで、ちょっと心配になる。それにしても、戦後すぐのヒット曲から演るのだが、これはもう今の若い人にはわからないだろう。もっとも客層も年齢はやはり高め。

        第2部は、生島ヒロシが小松政夫に変なギャグ言葉の由来と、コロッケに物真似のコツを聞くコーナー。小松政夫のはもうアチコチで散々その由来を聞いているが、やっぱり話術なんだなあ、何回聞いても面白い。この日のは「ニントスハッカッカ」と「割ーね、ワリーネ、ワリーネデートリッヒ」と「長ーい目で見てください」。コロッケは吉幾三を犬に例え、平井賢を蚊に例えてみせた。最後は小松政夫の民謡。これがもうくだらないんだけど、これももうすっかり完成された芸であります。それとコロッケがロボット五木ひろし。

        第3部は芝居・・・・・というのだが、あるゲー・バーのママ(コロッケ)とバーテン(小松政夫)が密室芸を見せるという内容。電車、新幹線の通過、記念写真、ガン・ファイト、しらけ鳥音頭、アシカ、コンドルとティラノザウルスの戦い・・・・・。昔、タモリたちがよくやっていたやつ。最近はすっかり小松政夫やコロッケのものが有名になってしまった。これを観られただけでもチケット代の元は取った感じ。最後はお客さんを舞台に上げて『電線音頭』。

        幕が下りると、追い出しの音楽が『スーダラ節』。小松政夫の植木等に対するオマージュなんだろう。小松政夫ももう65歳だろう。この2時間出ずっぱりの企画、かなり体力的にキツイのではないかと思うのだが、そんなこと口にしたら植木さんに笑われちゃうもんなあ。


May.6,2007 天王洲までの長い道

5月4日 シティボーイズミックスPresents
      『モーゴの人々』 (天王洲アイル 銀河劇場)

        天王洲アイルに行くのは初めて。天王洲アイルへは浜松町からモノレールでひと駅だということは知っていた。初めて行くところでもあり、天気もいいし、ゴールデンウイークだし、早めに家を出る。その時点では天王洲で食事をしてからシティボーイズのコントを観ようと思っていた。地下鉄大門の駅で降りて、そのままモノレールに乗りさえすればと゜うってことなかったのだ。しかしあまりにも天気が良すぎたのと、あんまり腹も減っていない。どうせひと駅なんだし歩いて行こうかと思ってしまったのが間違いだった。確か海岸通りを歩けば天王洲へ着けるはずという曖昧な知識で、海岸通りへ出て歩き出す。ところが急に不安になる。モノレールが見えないのだ。やっぱりモノレールの下を歩いていた方がいいのではないか。と、今度はモノレールの線路の下を歩く事にする。芝浦の珍しい町並みを眺めながら一生懸命に歩く。ところが天王洲まではかなりの距離があった。「しまった!」と思ったのはすでに遅かった。なんと天王洲まで1時間もかかって歩く事になってしまった。しかもやっぱり海岸通りを一直線に歩けばよかったことに気がつく。会場に着いたころにはヘトヘト。以前だったらこの程度歩いたくらいではなんともなかったのだが、このところ運動不足なんだろうか。開演時間ギリギリで座席に。

        大竹まこと、きたろう、斉木しげるのシティボーイズに、ほぼレギュラーの中村有志、それにムロツヨシ、大森博史が加わる。以下、タイトルは私が勝手につけたもの。記憶だけで書いているので順番も違うかもしれません。

辞書の読み比べ と言っても、実在の辞書からではなく勝手に作った文章の読みあい。

ファミレスでマイケル・ジャクソンと待ち合わせ 斉木しげるにマイケル・ジャクソンに会わせやると言われて、大竹まことときたろうが待ち合わせ場所のファミレスへやってくる。ところが店員はテーブルの前の人が食事した皿やグラスを一向に片付けてくれない。ホモのカップルがやってきて無理矢理に相席してしまう。なぜかこのカップル、キムチを持ち込んでいて、そのキムチを椅子にばら撒いてしまう。そのうちに斉木しげるが「風邪をひいて気分が悪い」と帰ってしまう。本当にマイケル・ジャクソンは来るのだろうか? そもそもマイケル・ジャクソンと会って何を話すんだ? するとそこへ斉木しげるの忘れていった携帯電話にマイケル・ジャクソンから電話がかかってくる・・・・・

雁首クラブ ムロツヨシ、大森博史のふたりが「ゴミは収拾日に出せ」などとやりあうと、なぜか舞台後方の衝立が開き、一枚の板から首を出した4人が、そのたびに登場して「雁首揃えてやってきました。どうも申し訳ありませんでした」と謝罪する。4人の息が揃わないところが笑いのツボ。

伊藤さんの偉業を称える 近所の住民が、伊藤さん(大竹まこと)はニワトリの首を絞められるとか、猫のキンタマを切り取ることができるとか、なんだか妙なことで一方的に尊敬して、神輿を担ぐ。

バランスーツの居候 弁当などに入っている緑色の笹の形をした物体バランでスーツを作った男(斉木しげる)が大竹まことの家に居候をしている。バラン男に「金を貸してくれ」と言われれば、何のためらいもなくホイホイと貸してしまう大竹まこと。そんな様子を見てきたろうは、ふたりに説教を始める。いいかげんに働くように言うと、バランスーツの居候は役者になると言い出す。『キャッツ』のようなものを作りたいという。もっとリアルな猫の日常を芝居にしたいと・・・・・

悪口言いたい放題会議 ある会社の営業会議。業績が落ちてきたことから、悪口を言い合ってもいい会議をしようと、きたろうが言い出す。最初は、全員がきたろうに対する悪口を遠慮がちに言っているが、やがて罵倒しはじめる。「私だけじゃなくて、他の人の悪口も言い合おう」と言うと、6人の悪口の言い合いはエスカレートしていく。やがてただの罵り合いになっていき、最後は子供レベルになってしまう。

宇都宮さんを励ます リストラされてしまった宇都宮さん(中村有志)を励まそうと、同僚たちが家を訪ねる。宇都宮さんの家は家具など全てのものに差し押さえの紙が張られてしまっている。しかし宇都宮さんは妙に元気なのだ。もっともそれは空元気。わざと元気にしているのだ。お客を持て成そうとビールを持ってくるが、中身は水道水。食事は氷。それを砂糖をつけたり、胡椒をかけたりして食べる。同僚たちもそれに合わせて空元気に付き合う。それではと帰る同僚たち。ひとりカバンを忘れて取りに戻った男は、そこに先ほどまでとはガラリと変わった宇都宮さんを見てしまう。

自己満足のファッション きたろう、大竹まこと、中村有志の3人が自分でデザインした珍妙な服を着て、その自慢をしている。そこへ、タイツ姿の斉木しげるが乱入。ほんとうにそれがいいファッションなのかと迫る。

門をくぐる かなりシュールなコント。上手に物々しい門がある。その門に入ることを躊躇しているきたろう。そこへ壷に入った男(中村有志)やら、タップダンスを踊る男(大森博史)やらが通り過ぎる。最後は『キャッツ』。6人が全員猫の衣装で登場。『オペラ座の怪猫』の斉木しげるが凄い!

        シティボーイズは初めてナマで観た。毎年、WOWOWで放送するので、それで観ていたのだが、やっぱりナマの方が何倍も面白い。

        帰りは無謀なことはせずにモノレールで。行きはいい運動になったし、いい休日だった・・・って負け惜しみの空元気(笑)。


May.5,2007 ゴールデンウイーク超満員の寄席

5月3日 浅草演芸ホール5月上席夜の部

        夜の部仲入りで入場。仲入りをキリに退場するお客さんが何人かいたのですんなりと座席が確保できた。それにしてもゴールデン・ウイーク。お客さんたくさん入っているなあ。

        食いつきは柳亭燕路『悋気の独楽』。食いつきとはよく言ったもので、隣に座っていたふたりの女性はお弁当タイム。いい匂いが漂ってきて落ち着かない。何か食べてから入場すればよかったかなあと、すきっ腹抱えて落語に神経を戻すのがやっと。それでも燕路の調子のいい話しっぷりは気持ちがいい。

        花島世津子のマジック。スカーフを出現させるマジックからカードマジック。「今日は私、調子がいいみたい」と、話術もしっかり。カード当ても見事に決まって満場のお客さんから拍手喝采。

        ここで橘家円蔵の代演に古今亭志ん五。「一斉にプログラムをご覧になられているようですが、私の名前は載っていませ〜ん。私のような者になると気が向いたときに寄席に来て喋っているわけです・・・・・なんてことはありませんで、今朝、円蔵師匠の方から『悪性の風邪をひいて58度の熱があるので代わりに出てくれないか』と元気な声の電話をもらいまして、やってまいりました」と前置きして『新聞記事』へ。かつがれた男が、誰かのところで一丁やってやろうと出かけていって言葉を間違うたびに目を剥いて驚く様が、なんとも可笑しい。

        本来ならこのあと、さん喬やら、のいるこいるやら、歌之介やら、そしてトリには小三治というゴールデンウイーク豪華版なのだが、訳あって、たった三つだけ観て退場。そのわけは・・・・・


May.2,2007 才能とは・・・・・

4月28日 『コンフィダント・絆』 (PARCO劇場)

        絵画というものにあまり興味が無い。展覧会などにはまず足を運ばないし、おそらく観たところでその良さがわからない。もともと絵心が無いというのか、絵を描くのは大の苦手。おそらく私には絵の才能はまったく無いのだろう。

        三谷幸喜作・演出の19世紀のパリを舞台にした芝居。スーラ(中井貴一)、ゴーギャン(寺脇康文)、ゴッホ(生瀬勝久)、シュフネッケル(相島一之)の4人が共同でアトリエを借りる。そこで酒場で働く女性ルイーズ(堀内敬子)をモデルにして、それぞれが絵を描くことになる。割と裕福な家庭で生まれ、それなりの名声も得ていたスーラは生真面目な性格。ゴーギャンは伊達男。ゴッホはむちゃくちゃな生活をしているが中では一番の天才肌。そして、シュフネッケルは・・・・・この中では一番影が薄い。常にみんなの面倒をみていることに生きがいを感じているよう。

        約2時間30分の上演時間中、私はやや困惑していた。三谷幸喜が何をやりたいのかわからなかったからだ。いや、決してつまらなかったわけでもない。脚本はなかなか面白く出来ていて、アトリエ内で起こるいろいろな事件は笑いを誘う。役者さんもみな達者だし、退屈はしない。しかし、いったいこのドラマは何なんだろうと思っていると、最後の最後のところで、三谷幸喜が何をやりたかったのかということが突然に現れる。5人の登場人物の誰が主役とも言えなかった芝居が、実は中でも印象の薄かったシェフネッケルの物語だったことに唖然とさせられ、脚本の上手さに感心させられ、そして涙してしまう。客席の方々からすすり泣きのようなものが聞こえてくる。

        神とは残酷なことをすると思うのは、人間には持って生まれた才能に差があることだ。最も、だからこそ人それぞれの個性があることになるのだが。ゴッホはシェフネッケルの「絵の描き方を教えてやる」の一言にキレてしまう。才能と人格について思う。この4人の画家の中で一番の才能を持っていたのは誰か。それは何ともいえないがシェフネッケル以外の3人。そして人格者としては・・・・・おそらくこれもシェフネッケルではなくスーラだったんのではないかと思う。ではシェフネッケルの立場とは・・・・・。

        三谷幸喜は画家という設定で才能の問題を提起した。しかし、これは他のジャンルにもいえることで、三谷の職業にしている脚本にも言えることだろう。脚本界において、三谷はこの4人の画家の誰に当てはめるかとすると、私はやはりスーラなんではないかと思う。独自に点描画法を編み出し、その手法を世に知らしめた男。ゴッホ、ゴーギャンのような奇抜な作風ではなく、常にウェルメイドな作品を発表し続ける男。そんな彼の目から見たシェフネッケルのような才能はないが「いい奴」というのがいたのではないかと想像してしまう。

        絵画に限らず、私などは何の才能もないと自ら自覚しているから、人から何と言われようと平気だが、自分に才能があると信じている人にとって、「お前には才能がない」と言われたときのショックはきついものだろう。それでも自分には才能があると信じている者はまだまし。シェフネッケルのように、そのとき「やっばり自分には才能がないのか」と自覚してしまった者は最悪だろう。三谷はシェフネッケルを最後で突き放し、そして優しく引き戻す。

        いつもの三谷幸喜作品を期待すると、ちょっと驚いてしまうだろう。しかし、数ある三谷幸喜作品の中でも、私の心に強く響いた。 


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