July.31,2007 深夜のにぎわい

7月21日 深夜寄席 (末廣亭)

        夜の部のハネた直後の末廣亭へ着いてみれば、凄いよ、凄いよ、この夜もずらーっと列ができている。末廣亭の入口から始まってパチンコ屋の角を曲がってもまだ列が続いている。いったいどうなっちゃったんだ、深夜寄席は。結局椅子席は全て埋まり、左右の桟敷席もいっぱい。お膝送りが続く。ざっと200人は超えているだろう。

        まずは春風亭柳太から。いきなり「日の丸君が代問題についてお話させていただきます」とくるから何のことかと思えば、小学校のときに裸にされて国旗掲揚塔に吊り下げられた話。これは日の丸君が代問題ではなくて、いじめ問題かと思いきや、どうやらMに目覚めたらしいというオチまでついて『のっぺらぼう』へ。中国の段ボール肉まん事件やら、中国製ハミガキ、北海道の冷凍コロッケまで織り込んでパワーで押し切った。マクラからネタまで演って何と10分で降りてしまった。まさに疾風怒涛の高座。ひとり20分以上の持ち時間があるんだから、もっとたっぷり演って欲しかったところだが、このへんの短距離勝負がこの人の面白さなのかもしれない。

        あまりに早く柳太が高座を下りてしまったので、次の笑福亭里光がマクラを多めにして場を繋ぎ、『動物園』に。子供によく受けるネタだから多くの二ツ目さんが営業用に憶えるようだ。「虎になった経験は?」 「お酒を飲みすぎてなったことがあります」 「皮を被った経験は?」 「高校生まで」 「遅すぎるのと違いまっか」 これでは子供用のネタにならない〜(笑)。

        瀧川鯉橋『千早振る』。あらあら、『陽成院』が最初に入る型を持っていると聞いていたのに『陽成院』抜きで。時間があったみたいだから演ればよかったのに。それでもまあ、しったかぶり隠居の慌て振りが良く演じられていたからいいかな。

        トリは笑福亭和光。今年4月に二ツ目に上がったばかりで、神田ひまわりの代演だというだけの理由からこの位置に。前に兄弟子の里光も出ているから、これは荷が重いかなと思ったが『ぜんざい公社』のデキが良かった。これは兄弟子もウカウカできないよ。「いい値段ですねえ」 「はい、材料を厳選して、北海道から小豆、台湾から砂糖、ロシアからもち米を取り寄せていますから」 「ロシア米ですか?」 「歯舞(ハボマイ)」

        お客さんも多いと、演者の乗りも違う。あの、30人くらいしか入っていなかった深夜寄席も変わったものだ。


July.29,2007 ミステリ落語ダイイングメッセージ編

7月16日 錦マニ∞(infinity) (お江戸日本橋亭)

        大銀座落語祭が予想していたよりも早く終わったので一旦帰宅。一眠りしてから、お江戸日本橋亭へ。

        開口一番の前座さんは神田蘭。強制「蘭ちゃーん!」コールさせられてしまった。なんでも「(台本などを)声に出して読むと憶えが早い」と師匠に言われたことから、お客さんに蘭ちゃんコールさせて自分の名前を憶えてもらおうという戦略。もう以前からしっかり憶えてますよう。ネタは『伊達家の鬼夫婦』。亭主よりも武芸が上の女房の噺。キリッとした蘭ちゃんにうってつけだね。

        古今亭錦之輔一席目は『死人に口なし』。二席ともネタ下ろしのつもりが、時間が無くなって、これは昨年の[せめ達磨]でやったネタだそうだ。スケッチブック(というより、子供のお絵かき帳)を持ってくるのは、以前『暗号地獄』でもやった事。ご本人はこういう邪道なことは定席ではできないと思っているらしいけれど、いいんじゃないかなあ、どんどんやっても。この噺、確かに文字に書いてみせないとわからない。今回はダイイングメッセージ。常滑川くんのところにお金を借りに来た川口くん。ところが常滑川くんはナイフを刺されて死んでいる。そばには血で[川口]と書かれた紙が。これでは自分が殺したと思われてしまうと思い込んだ川口くんは、これに1本、線を加えて[山口]にする。そこへやってきたのが山口電気の店員さん。これでは自分が疑われると思った店員はこれにさらに線を加えて・・・。噺はさらにSFの様相になっていくのだが、最後に常滑川くんの書いたダイイングメッセージの本当の意味が判明するところは、「あっ!」と小さく叫んでしまった。さすが、ミステリ小説好きの錦之輔、上手いねえ。

        ゲストの柳家蝠丸は、以前桂文治がよく演っていて教わったという珍しいネタ『お七の十』。あまりにくだらないネタなので後年は文治も演らなくなったとか。私も初めて聴いた。これはいわば『八百屋お七』の後日談。お七の噺をダイジェストで喋って、地獄に落ちたお七と吉三が再会するところが、この噺のミソ。それだけの噺なのかあと、思わず脱力感が広がるが、このゆる〜い感じが私には気にいった。

        古今亭錦之輔二席目は『私説 八犬伝』。彼女いない、金ない、泳げない、クーラー無くて部屋暑いという情けない生活をおくる里見よしおくん。彼は犬江親兵衛の末裔(それで泳げないのね)だということを知らされる。かくてよしおくんは、蟇田素藤の末裔宅へ討ち入りに行くはめになるのだが・・・・・。八犬伝を持ってきたところが錦之輔らしいし、ムチャクチャな展開も錦之輔らしくて面白い。蝠丸の『お七が十』のように、ざっと『八犬伝』をダイジェストしてくれたら・・・って、それは無理(笑)。長いし複雑だもんね、あれ。


July.28,2007 ザッピング落語

7月16日 大銀座落語祭 (時事通信ホール)

        今年の大銀座落語祭はプログラムひとつだけとあきらめていたら、チケットが余ったからと融通してくださる方が現れた。ラッキー! しかも、このプログラム、この顔づけで1300円という安さ!

第一部 四天王一番弟子の会

        四天王とはって、今の人はもうわからなくなっているかもなあ。1960年代の落語ブームのときに若手のピカイチと言われていた春風亭柳朝、立川談志、三遊亭円楽、古今亭志ん朝。いやあ、キラキラ輝いていました。落語の未来はこの人達にあると思っていましたよ。その四天王の一番弟子プラス柳家小三治の一番弟子がズラーっと揃おうという、こりゃあ必見企画。客席数200くらいだろうか。これを観られたのは幸運としかいいようがない。

        柳家小三治の一番弟子、柳家〆治。「私が一番弟子ということになっていますが、本当は上に三人が破門になりまして。生き残ることがたいへんな一門でして」と『初天神』に。飴、団子、そして凧までのロングバージョンは久しぶりに聴いた。。

        春風亭柳朝の一番弟子、春風亭一朝。師匠と北へ旅興行に行ったときのエピソードなどを披露してくれる。ああ、自分の師匠を、あらゆる意味で好きだったんだなあという気持ちが伝わってくる。ネタの『芝居の喧嘩』も柳朝ゆずりの気風のよさ。

        古今亭志ん朝の一番弟子、古今亭志ん五。「楽屋は同窓会状態。一緒に前座をやった仲ですからね。鳳楽さんなんかギリギリにならないと楽屋入りしない人なんですが、今日は開演前からいらしてます」 旅のマクラから入ったのは『抜け雀』。父と子の絵師の噺だが、志ん五師匠、この噺に遠く離れてしまった師弟の心の交流を込めたかったに違いない。

        立川談志の一番弟子、土橋亭里う馬。談志の弟子といえばこの話題。談志が参議院議員選挙に出馬したときに手伝わされたというエピソードで笑いを取ってから、『猫の災難』へ。談志の芸風といより、その談志の師匠である柳家小さんの芸風に近い出来だった。

        三遊亭円楽の一番弟子、三遊亭鳳楽。「四天王のうち柳朝師匠は早くに病気で亡くなられまして、志ん朝師匠はさっきうかがったら、今年はもう七回忌なんだそうで。ウチの師匠も去年引退。・・・・・ひとりだけ残っている師匠がいますね。憎まれっ子、なんとかって」 ネタは『唐茄子屋』。長屋の母子のあたりまでを期待していたら、最初の商いの部分で切ってしまった。うう〜ん、後半あたるところこそが円生〜円楽の真骨頂だと思うのにぃ〜。

第二部 柳家喬太郎におまかせ!の会

        「えー、第一部は四天王一番弟子の会。これは私なんぞ前に回って観たいくらいですよ。それで第二部が喬太郎に丸投げの会ですか? チラシを拝見しましても第一部は詳しく説明が書いてある。二部は『説明不用ですよね。』としか書いてない。この時間は何なの? 何を演ればいいの? 今日になってもわからない。この時間のコンセプトつーか、オレに説明して欲しい。オレがわかってないんだもん」と言いながら、前座時代のことをマクラに柳家喬太郎『子ほめ』に入った。

        おやおや、1時間もの持ち時間で『子ほめ』かいと思っていると、この赤ん坊に名前をつけようということになる。そこで噺が『寿限無』に。子供になった寿限無に頭をぶたれた子供が家に帰ってくると、おとっつぁんが羽織を出して出かけようとしている。ここから『初天神』へ。凧のところまでやって、最後に登場する酔っ払いのおじさんが家に帰ると、この男はなんと『子別れ』の熊さん。家での喧嘩騒ぎがあって別れ別れになって、やがて熊さんが心を入れ替えて亀坊と再会。このときに亀坊が寿限無くんと、『初天神』の金坊と一緒に遊んでいるところが可笑しい。熊さんと一緒に歩いていた旦那が気を利かせて、先にひとりで材木を見てくると去るところが、次の繋がりのミソ。「で、○○○の旦那は?」 「ええ、なんでも材木を見に行くそうで来られません」と、『寝床』に入った。来られない理由を定吉に訊いているうちに、じゃあ家の者だけに聴かせようとなり、「で、文七はどうした?」 「はい、文七はまだ帰りません」から突然、大川へ身投げしようとしているのを止める長兵衛へ。もちろん『文七元結』だ。オチは再び『寿限無』へ戻して。

        古典落語をいくつか繋げて演じるアイデアは他の人もやっている。だが喬太郎のものくらい自然で繋がりがいいのもないだろう。主人公をザッピングしていくことによって落語を渡り歩く。何席もの落語を一度に聴けてこんな得した気分になってしまった。ところで、亀坊が家に帰ってあっさりあっけらかんと「今、お父ちゃんに会って来た」と母親にお金を見せる場面は、喬太郎版『子別れ』フルバージョンを知らない人には、唐突に感じたろうなあ。


July.21,2007 ようやく手に入れた大銀座のチケット

7月15日 大銀座落語祭
       『究極の東西寄席Eブロック』 (銀座ブロッサム・中央会館)

        大銀座のチケットを取るという労力はたいへんなことになってきている。なぜか一般発売前に、こちらが知らないうちに一部の人だけに先行販売がされていたりするから不満感が沸いてしまったりする。その上にプログラムの数が多い割には、人気になるものは限られていて、一般発売開始直後はそこに集中することになり、かなりの競争率になってしまう。そんな中でも今年は、このプログラムだけは何とか幸運にも確保できた。

第一部 昔昔亭桃太郎・三遊亭白鳥・柳家喬太郎 超爆笑三人会

        まずは三遊亭白鳥が上がる。お客さんの気持ちをほぐす意味か『お笑い健康体操』から。お客さんの乗りもしょっぱなからいい。落語を楽しみたいという気持ちが伝わってくる。白鳥と「あ、あ、い、い・・・・・」とやっていると、「素直なお客さんでした。40万円の布団を売りつけたい感じ」と突っ込みを返してくる。客席が温まったところで『スーパー寿限無』。「ごめんくださ〜い。白鳥師匠いらっしゃいますかあ?」 「はい、私が人間国宝の三遊亭白鳥です」 「あなたの前に喬太郎師匠は人間国宝になれなかったんですか?」 「天皇の前で『ホテトル音頭』を歌って不敬罪にされました」 「桃太郎師匠はどうだったんですか?」 「天然記念物に指定されまして。大山椒魚と思われまして」 白鳥さんには落語界の上下関係は関係ないみたい。

        柳家喬太郎は、マクラを振りながらお客さんの反応をみていたが、かなりの落語通が多いとみたらしくて、滅多なところではやらない『中華屋開店』。心理学の教授が大学を辞めて中華屋を開店させる噺。この教授に財閥のお嬢さんが惚れている設定で、喬太郎の新作落語の中でも「すごい噺を作っちゃったのねえ」という、どこかぶっ壊れている噺。少女マンガにありそうなんだけど(笑)。

        昔昔亭桃太郎『お見合い中』。終演後に貼り出された演目表には『結婚相談所』としてあったが、これは『お見合い中』の方でしょ。年中聴いている噺だが、新しいギャグもあった。落語家のことをどう思うかとひとりひとり上げていくところ。「三遊亭白鳥はどう?」 「森山洋子ですか?(どうもバレーの『白鳥の湖』に繋げたらしい) 女はいいですけどね、男は(股間をさわり)ジャガイモ」 客席が凍りつく(笑) 「これ初めてやったんですけど、受けないですね」

第二部 清水アキラ爆笑トーク!

        考え違いをしていた。てっきり清水アキラが落語を演るのだと思い込んでいたのだ。プログラムをよく読めば爆笑トークとあるので、落語ではないとわかるのだが、これでいいのだろうか。落語祭なんだから、やっぱり落語でまとめて欲しかった。せめて、着物を着て高座に座ってトークをして欲しかった。幕が上がるとハンドマイクを持った清水アキラが立っていて舞台を右に左に歩きながらトークを続ける。テレビでは放映できないような下ネタの歌謡曲ものまね。『ものまね王座決定戦』の裏話。村田英雄の逸話。五木ひろしの結婚式での十万円のディナー。自分の子供の話。そして最後は客いじり。なんだか大銀座落語祭の中でも浮いていた企画のような気がするのだがいかがだろうか。

第三部 桂三枝の会

        桂三枝の181作目と182作目の新作を聴く会。

        一席目の『ボクとオカンの品定め』は、子供が卒業文集に書いた作文に問題があると母親が担任の先生に呼び出されるという噺。この子供の書いた作文というのが、夫を亡くした母親に三人の再婚相手候補がいるということを赤裸々に綴っている。こんな内容を卒業文集に載せるわけにいかないと言われるのかと思っていると、「おかあさんは、この三人の中で誰と結婚したいと思っているのですか」と問われる。三人の候補者はそれぞれ一長一短。ほぼ母親の考えが決まりかけたところで、ニヤッとするオチが待っている。

        間に林家正楽の紙切り。鋏試しの『相合傘』 『線香花火』は手馴れたもの。お客さんからのお題は『家族旅行』 『累ヶ淵』 『勧進帳』 『いらっしゃ〜い』 全て二分以内に切ってしまうのがこの人の技。特に『いらっしゃ〜い』は40秒程度で桂三枝の舞台での立ち姿を切り上げてしまった。

        二席目『ないしょ話』。何事にも正直で大声でしゃべる青山さん。大声なのはどうやら勤め先の工場での騒音がひどいので大声になったのかな。とにかく三枝はこの男の役で喋るときは大声で演る。けっこうキツそう(笑)。大学時代の同好会仲間が訪ねてくる。やはりその同好会の仲間が癌で入院中。本人には癌であることを伏せてあるので、青山さんが見舞いに行って正直に病名を言ったりしないように忠告に来たのだが。

        東京の若手新作トリオ、ものまね芸人のトークショー、上方新作落語のトップ、と、いろいろとバラエティがある企画だったが、やっぱり第一部のインパクトの方が強かったかな。


July.20,2007 どこか懐かしいタイプの芝居

7月14日 南河内万歳一座
       『滅裂博士』 (東京芸術劇場 小ホール)

        一昨年、『青木さん家の奥さん』という芝居を観て興味を持った南河内万歳一座。その本公演に行ってみた。
        暗転すると幕が開き、客席後方からひとりの女性が走ってくる。舞台には[?尻病院]と看板がかけられた扉が。?の部分は汚れていて読めない。女性は何かに追われてここまでやってきた。中に入ると(セットが動いて病院内部が現れる)、そこでは人造人間を作り上げている最中。手術台に乗せられ内臓がはみだした物体に大勢の医師や看護士が取り付いている。医者の滅裂博士は、この手術台の人造人間に何か足りないものがあると言い出す。何が足りないのか、逃げ込んできた女性を解剖して調べてみようということになる。そして女性は手術台の上に。このプロローグは、昔のアングラ芝居を観るようで、なんとも懐かしさを憶えた。

        続いて舞台は病室。一夜が明け、昨夜の女性はベッドで寝ている。他にも3人の女性が寝ている。医師、看護士が行き来し、外来患者がやってくる。それがみんな窓を出入り口にしている。中華屋の出前もちもやってくる。そして、この経営難の病院を買い取ろうとしている不動産屋もやってくる。重要なのは、もうひとりの入院患者だ。この患者は、自分の身体から魂が抜け出してしまうという幻想を抱いている。つまり精神病患者なのだ。。

        何かに追われていた女性が病室で休んでいると、この女性の両親がやってくる。ここにきて初めて、この女性が何に追われていて、何から逃れようとしていたのかが明らかになる。両親と墓参りにやってきた彼女は、両親から早く結婚するように言われる。結婚して子供を作り、自分たちの祖先の魂が眠る墓を守る子孫を残して欲しいと要求されるのだ。両親は墓参りにお見合いの相手まで連れてきている。しかし、彼女はこの話に踏ん切りがつかない。彼女には魂というものが理解できないでいるのだ。

        そこへ、魂が抜け出るという幻想を抱いている入院患者が現れる。病院のスタッフや、他の入院患者たちは協力して、この患者の姿が見えないことにして演技をしてあげていたのだが、この患者があまりにも好き勝手なことを始めるのでキレてしまう。

        頭と身体、そして魂とは。そういうテーマを中心に据え、時にアングラっぽく、ときに爆笑を客席にもたらし、飽きさせない芝居だった。役者も熱心だし達者な人が多いなあと感じた。


July.8,2007 携帯電話演劇

7月7日 ポツドール
      『人間失格』 (三鷹市芸術文化センター 星のホール)

        三鷹市芸術文化センターが行っている、[太宰治作品をモチーフにした演劇]の第4回。ポツドールを持ってきたことの意欲に拍手をしたい。そして、三浦大輔が『人間失格』をモチーフにしたところで、この作品の方向性が見えてしまって、もう観に行く前から、ソワソワと落ち着かない気分になってしまった。そう、私にとってもうポツドールの芝居は麻薬のようなもので、もっと、もっと観たいという気になってしまうのだ。

        開演前から緞帳は上がっていて舞台が見えるのだが、そこはガラーンとしている。今回は舞台装置無しかと、私にとっては耳障りな音楽を聴きながら開演を待つ。音楽が変わって暗転。と、そこには主人公のイサム(岩瀬亮)の住むアパートのセットが組まれている。上手にボツドールお馴染みの点けっぱなしのテレビ。下手には万年床が敷かれ、そこでイサムが携帯電話をかけている。家賃5万円風呂つきアパートに住みフリーター生活をしているが、現在は勤労意欲が湧かなくて、バイトを休み日がな一日部屋に寝転んでテレビを観たり、携帯電話のアダルトサイトに接続したりして過ごしている。どことなく、前回公演の『激情』の主人公を思わせるが、あちらはそんな生活に開き直っていたの対し、こちらは開き直る元気もなく悶々としている。

        前半は、イサム以外の登場人物は誰も舞台に上がってこない。イサムは携帯電話で相手と話をする。出会い系テレクラで知り合った女性と話し、金を借りている友人と話し、別れた彼女と話し、アダルトサイトの借金取立て人と話す。イサムの携帯はスピーカー機能のスイッチが入っていて、相手の声も観客に聞こえてくる。どうも電話相手の役者さんは舞台袖で本当に電話をかけているらしい。これは今までにない新しい手法だろう。携帯がないといられない現代人をうまく現している。

        自分はダメな人間なんだと自覚しているイサム。だが、寂しさまぎれに電話した別れた彼女は、イサムのことをダメさ加減が中途半端だと言う。そして、押入にブックオフで100円で買った太宰治の『人間失格』があるから読んでみろと告げる。

        イサムが『人間失格』を読み終えたところから(5年ぶりに小説を最後まで読み通した)、舞台は急展開を迎える。前半に電話していた相手がつぎづきとイサムの部屋にやってくる。出会い系で知り合った女性シズカ(白神美央)、アダルトサイトの集金人マサシ、イサムの友人タケル。働かず金のないイサムはどんどん悪い状況に追い込まれていく。そして、結末は大きく分かれて二つ(いや、ラストシーンを独立のものとすれば三つなのかもしれない)が提示される。ポツドールの爆発はなかなかやってこない。イサムはひたすらボソボソとつぶやきつづけ、起きている現実に消極的に流されていくだけなのだが・・・・・。

        1時間40分の上演時間の最後の10分でそれは起こる。それはもう大爆発だ。ここで観客は凍りつく。テレビの音量は上げられ、怒号とぶつかり合いが暗い舞台で繰り広げられる。今回はテレビのバラエティ番組の音声が妙にその場にシンクロナイズされている点で、これも画期的。そして一転静かなエピローグを残して芝居は終わってしまう。今回もカーテンコールなし、というか、拍手も起きない。この拍手を起こさせまいというポツドールの作劇術には、いつものことながら圧倒された。

        ほんとうは、ポツドールの『人間失格』は、人間と失格の間にハートマークが入る。この芝居に限らずポツドールの芝居に出てくる人物はほとんど、「どうしようもない」といった連中ばかりである。それでもそんなやつらにも、三浦大輔の人間観察の目は愛おしく写るのだろうか?


July.7,2007 さんまワンマンショー

7月1日 『メルシィ! 僕ぅ?』 (グローブ座)

        フランシス・ヴェベールの映画『メルシィ!人生』の舞台化。というより、映画をもとにして、明石家さんまが自由に遊んだという感じ。

        フランスに駐在する日本のタイヤメイカーの社員(明石家さんま)がリストラされる。妻からも離婚話を持ち出されて崖っぷちに立たされる。隣にはゲイのダンサー(松澤一之)が住んでいて騒々しい。なんとかリストラを回避したいと思うさんまは、会社に自分はゲイだとウソをつく。会社は不況打開策としてコンドーム事業に着手しようとしていたところ。大きなコンドーム消費層のゲイたちに、ゲイの社員を解雇したと広がると営業上思わしくないと判断した会社は、さんまの解雇を取り下げる。その代わりに会社のPRのために、さんまにゲイのダンス大会に出場することを命令する。

        さんま初登場場面からいきなり、さんまのやりたい放題。解雇を告げる温水洋一に突っ込む、突っ込む。というより、ひとりで乗り突っ込みが延々と続く。ホテルに連れ込んだ女とのやりとりをひとり芝居で楽しそうに演じるあたりは、まさにさんまのワンマンショー。どこまで脚本に忠実なんだかわからないが、ほかの出演者にボケさせておいて、それを突っ込むという笑いのスタイル。これはもう、さんまの部分に関しては演劇じゃないね。明石家さんまショーだ。それがまた絶妙に面白いから、ゲラゲラ笑いながら見続けてしまう。

        芝居のまとめになるさんまが支社長(伊沢弘。へえー、ビッグフェイス主宰の伊沢さんだあ)に対してふるう長台詞もグズグズ。伊沢弘が「今日のあんたはおかしい」と返していたが、どうもこれ、さんまは確信犯のような気がする。台詞を忘れたふりをして、アドリブのような台詞を積み重ねる。それはきっと、明石家さんまのテレなのに違いない。本来この場面はゲイという存在は特別なものではないと、ゲイに対する偏見を正す台詞があるべきところなのだ。それをきちんと口に出来ない。マジになって言うことなど、さんまには出来なかったに違いない。

        一番楽しかったのは、松澤一之がダンスの見本を見せようというところ。わざと間違えて阿波踊りやら大塚愛の『さくらんぼ』をかけると、松澤がそのまま乗って踊ってしまうというお定まりのギャグ。特に『さくらんぼ』を歌いながら踊ると、客席からも「もう一回!」と声がかかる。再び松澤が「愛し合うふたり いつの時も 隣どおし あなたと私 さくらんぼ〜」とやるところ。ただ、松澤さん、やや歌になると声量不足か。ここは、他の出演者も歌ってあげたほうがいいのではなかったかなあ。

        温水洋一がよかった。ともすると単なるおふざけになってしまうところを、この人だけはきっちりと演技力を見せた上で、ネタふりを返すところは返す。さすがだ。


July.5,2007 役者だなあ、伊東四朗

6月30日 『社長放浪記』 (本多劇場)

        三谷幸喜が伊東四朗、三宅祐司、佐藤B作のために書き下ろした芝居。「観ている間はおかしくて、それでも観終わって駅につくころには内容を忘れているような作品」を目指して書かれたとのこと。不祥事に揺れるハトポッポ製菓。社長(伊東四朗)に引退してもらい、新しい経営方針を目指そうとする専務(三宅祐司)は、次期社長として社長の息子(東貴博)を担ぎ出そうとしている。ところがこの息子ときたら、見るからの遊び人で会社を引き継ぐ気などさらさらない。

        社長室へと繋がる秘書室を舞台にした一幕もの。タイトルに[放浪]とあるが、まさにこの狭い秘書室で、伊東四朗の社長は放浪してしまうことになる。ウソをついた事をごまかすために、さらなるウソで塗り固め、どんどん状況が悪くなっていってしまうという三谷幸喜らしい喜劇。ぜんぜん似ていない物真似を佐藤B作にやらせるのが可笑しい。「私は不器用ですから」と言うB作さん、苦労していたようだけど、それも三谷幸喜の狙いなのか。

        三宅祐司、東貴博あたりを出したところで、伊東四朗一座で被るところがあって、三谷幸喜はわざと意識して、そのへんの笑いも取り込んでいるように思える。伊東四朗の「ニンッ」や電線マンなども登場するが、伊東四朗がそれに乗らないところがいい。こうやって、SET、東京ヴォードビルショー、そして伊東四朗の笑いがミックスされると、それぞれの笑いのカラーが見えてくるのが面白い。三宅祐司は、どんな役をやっても三宅祐司というキャラクターが残って芝居をしているんだと思うし、佐藤B作、山口良一は、ヴォードビルショー的なとぼけていながらしっかりした演技をしている。そして驚いたのは一番役者だなと思わせたのが実は伊東四朗。役を作って役になりきっている。伊東四朗というキャラクターを見せずに、あくまでハトボッボ製菓の社長だった。

        ハッピーエンドだし、昔の東宝の社長シリーズを思わせるようなストーリーだったが、駅を着くと忘れちゃうというほどじゃなかった。やっぱり脚本がうまく出来ているからなんだろうな。


July.1,2007 激突! 喬太郎×遊雀

6月23日 花形演芸会スペシャル〜受賞者の会〜 (国立演芸場)

        開口一番の前座さんは桂夏丸『釣りの酒』。この人の高座、昔の新作ばかり当るなあ。そういう方向の噺家になっていくのか。

        銀賞受賞の春風亭栄助。「賞というものに縁がなくて、小学校3年生のときに習字で銅賞をとって以来です」と笑わせてから、噺に入るとこれが『生徒の作文』なのだが、小学生の書いた作文を読むというアイデアだけ借りた栄助の新作『新・生徒の作文』。友達の誕生会に出席した料理にうるさい辛口コメントの女の子の作文やら、薄い文字で書かれた黒板消し係の影の薄い子供の作文やらが、ざっと6つほど。栄助らしさが堪能できるお得な噺。

        同じく銀賞、カンカラの時代劇コントは新撰組。鈴樹志保が抜けてしまい紅一点がいないと寂しい感じ。テレビで観た彼らののコントはキッチリと作られている印象があったのだが、この日のはユルユル。いきなり客いじりから、ダラダラした展開でどうなることかと思ったが、後半しっかりと笑いを取っていた。これはもうサムライ日本もうかうかできないよ。

        ゲストは柳亭市馬『締め込み』。本当は仲のよい夫婦が、それゆえに疑心暗鬼にかられて口論にまで発展してしまう機微。そこへ泥棒さんの登場。夫婦はあっさり仲直り。この泥棒さんとも仲良くなってしまうってこの噺、落語でなきゃ成立しないのだけど、それがおかしくなく成立してしまうのは演者の腕しだい。市馬はそのへんがわかっているのだろう。なかなか結構な『締め込み』だった。

        仲入り後が授賞式。これが予定時間を20分オーバーする乗り。印象的だったのは喬太郎が3年連続大賞を取ったことを機に、花形演芸会を卒業することにしたこと。芸人生活20年までの人が対象の賞なのだが、喬太郎はあと2年を残して退くことになる。卒業なのか、引退なのか、勇退なのか、いろんな言葉が飛び交ったが、ようするに他の人に道を譲るってことだろう。喬太郎の挨拶がふるっていた。「来年度以降は辞退したいと国立演芸場の人に言うと、返ってきた言葉がふるってましたね。『勝ち逃げですか』って。博打じゃないんですから」 すかさず市馬が返したのが「で、断髪式は?」 

        一旦緞帳を下ろしてから、いよいよ金賞三遊亭遊雀の高座だ。出囃子は、あらあら三太楼時代そのまま『あわ餅』だ。この人はこの出囃子以外考えられないものなあ。うれしくなってしまう。座って始まったのは鉄道マニア鉄ちゃんならではのマクラ。「中央線の車両が新しくなり、運転席の後の窓が見やすくなりました。うっとうしいのは、そこから前を見ているガキですよ。このガキをどかす方法をお教えしましょう。汚いシャツを着て、綿パンを穿いて、帽子を目深に被って、見るからに怪しげな格好をして、背中にはパンパンに張ったリュックを背負いましてね・・・・・そうそう、仕事帰りの喬太郎みたいな・・・・・」 ここで客席からドッと笑いが起きた瞬間に、喬太郎本人が袖から顔を出して、「うるせえんだよ。お前、協会替わって芸風変わったな」 これでまた客席がドッとくる。どうやったら客に受けるかを知っている喬太郎。こういうチャンスは逃さない。すかさず遊雀が「うるせー、オレは自由だあ!」 「なんだよ、逆ギレかよ!」 このあとお互いにヘコヘコとお辞儀をして謝る仕種。楽しんでいるだよなあ。ネタは何かと思ったら、おお、『船徳』だ。しかしこの『船徳』が尋常ではなかった。若旦那徳さんが、およそまともではない。船頭になりたいと申し出るのを船宿の親方に申し出るが大反対されるや、駄々っ子ぶりを発揮して泣き出す始末。あああっ、これは遊雀の『初天神』の金ちゃんだ。あの金ちゃんが、そのまま大人になったよう。さて、船を出すにも役者気取りで竿を使う仕種も、いちいち見得を切る始末。流されていく船に客が文句を言えば「一生懸命やっているんですよ。お客さん、そんなに怒鳴らなくたっていいでしょ! 船なんてそんなに自由になるもんじゃないんだ。嘘だと思うならやってみろー!」って逆ギレ。その逆ギレの度合いが半端じゃなくて、これは新しい『船徳』になった。

         金賞ポカスカジャン。『談志のタンゴ』(危なくない?) 『シブがき隊NAINAI・16〜林家いっ平バージョン』(危なくない?) 『笑点ベンチャーズ』 『日本三バカ大将のボレロ』(志村けん、アホの坂田、裸の大将) 『津軽ボサ』 『落語なぞかけ絵描き歌』 『落語歌謡曲メドレー』(落語をよく知っている人しかわかんないだろうなあ)。

        柳家喬太郎、花形演芸会最後の高座(ゲスト出演はあるとして)。マクラで万感の思いを口にしているような気がした。「三年連続して大賞をいただいてしまうと、次の年も大賞を取らなきゃいけないと思ってしまう。そんなプレッシャーに耐えられなくなってしまったんです」って、喬太郎師匠、あんた、そんな玉かあ?(笑) 「私は柳家さん喬の一番弟子です。一方、遊雀兄さんの先の師匠は柳家権太楼師匠。私より上には兄弟子がいなかったので、あちらを兄弟子と思ってやってきました。それが、あの人にしばらく名前の無い時期がありました。ちょうど去年の今頃ですよ。私が大賞をいただいて、ここに出ていました。すると、あの人から携帯にメールがありました。『おめでとう』って。涙がこぼれそうになりましたよ。きっと今頃、あの人は楽屋で針の筵に座っている気持ちなのかもしれませんが・・・・・。2月の花形演芸会で一緒になりました。正直言ってうれしかった。でも、こいつにだけは大賞は取らせないぞと思いました。あんたの帰ってきたところは、そんな生ぬるいものじゃないんだよと」 おそらく喬太郎の遊雀(三太楼)への思いは、もっともっと複雑だっはず。それをこういう言葉で表現するあたりが喬太郎なんだろう。最後になったネタは『竹の水仙』。喬太郎のこの噺は、後半が以前聴いたときよりも笑いが多くなっているような気がする。事情を理解できない宿役人(権太楼が入っているキャラ)が「ねえどうして? どうしてなの?」と繰り返し訊いてくるのにじれて、家臣が突然現代言葉になって「うっせえんだよ! 帰れよ! うっとうしいんだよ!」と叫ぶ。古典に現代言葉を入れ込むのは他の人もやるけれど、喬太郎のは徹底している。ここまでやると吹っ切れた感じでいい。現代言葉をクスグリ程度に入れるのでは違和感を感じてしまうものの、ここまで徹底すると、古典をぶっ壊しにかかって、さらに新しいものにしている。

        それにしても、遊雀の『船徳』は良かった。私としては、もう一年喬太郎に残ってもらい、遊雀と激突して欲しかった。「あんたの帰ってきたところは、そんな生ぬるいところじゃない」というのなら、プレッシャーに負けず勝負して欲しかったのだが。  


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