Augast.26,2007 豪華客船に乗った気分

8月25日 劇団フーダニット
       『汽笛が殺意を誘うとき』 (タワーホール船堀 小ホール)

        うらやましいくらいの劇団だ。なにせ、プロの推理小説家若竹七海に書き下ろしの戯曲を書かせて、それを3日間5回公演で上演してしまうというのだから。客船ミステリだからと、DMには当日清算の乗船予約券入り。しかも話が昭和初期とあって、わざわざそれらしく古いデザインのものにしている。チラシを見てもあくまで入場料ではなくて、乗船料。当日、予約券と乗船料を渡すと乗船券をくれる。これがまた実に凝った作りで。

        開演5分前になれば、船室乗務員の格好をしたスタッフが鐘を鳴らしながら、もうすぐ出航ですと伝えて回る。開演の合図はドラの音。2時間程度の芝居なのに、途中で休憩を入れてロビーでは飲み物のサービス。

        四場からなる芝居で、一場と四場が昭和15年。二場と三場が昭和4年。豪華客船桜花丸の一等船室のロビーが舞台。いずれ再演もありえるミステリ劇なので、詳しくは書けない。両方の年に乗船している人物がいる。ひとりで乗船している謎の男。派手な生活をしているらしい夫妻。そして、客室係の男。昭和4年は桜花丸の処女航海。アメリカ公演に向う歌劇団とその主宰者、それをプロデュースした富豪の未亡人などが乗っている。そこで、イヤリング、指輪、ブレスレット、ブローチ、懐中時計などの貴重品が次々に盗まれるという事件が発生する。そしてそれが元で、さらに大きな事件が起こる。一方昭和14年。妻をなくした商社の社長が、これを気にと隠し子を見つけ出し一緒に船旅に出ている。ところが、この隠し子、少々頭が弱いらしい。

        昭和4年の盗難事件と、それに付随した事件が昭和15年になって明らかになっていく四場は、驚きの連続。しかも、ある人物が実は・・・という仕掛けがあって、もう一度最初から観てみたくなった。

        カーテンコールのあとは、出演者全員がロビーに出て、お客様をお見送り。また次回公演も行かなくちゃという気にさせられる。


Augast.25,2007 久しぶりのネタもの

8月19日 劇団☆新感線2007年夏休みチャンピオン祭り
       『犬顔家の一族の陰謀』 (サンシャイン劇場)

        『レッツゴー!忍法帖』以来3年ぶりのネタもの。待ちかねたぞ、武蔵!ってなものです。このところ、いのうえ歌舞伎ばかりが続いて、それもいいけど、おバカなネタものが観たいと切実に思っていたところ。と、ところが・・・チケットが取れない。私の場合、新感線は多くの場合、正攻法で取りに行って玉砕というパターン。と・こ・ろ・が、なぜか落ち込んでいるところに、どこからともなく「チケットがあるんだけど行く?」という人物が現れることになる。それが今回に限っては、例によってチケットは手に入らず、また誰からも「チケットあるよん」という声がかからない。まっ、いいや、最後には当日券って手があるもんと思っていたのだった。そ、それが、突然の電話。「明後日のチケットあるけど行かない?」。おお、神は我を見放さなかった!

        劇場前で待ち合わせてロビーへ。物販コーナーへ直行する。お目当てはサントラ。劇団☆新感線は上演中のサントラが売り出されるのだ。と・こ・ろ・が、無い、無い。♪無い無い無い、サントラ無い・・・。ううう、大阪公演で売切れてしまったのだろうか。それとも今回は売る気が無かったのだろうか。あ〜あと、パンフ売場に行けば、パンフ2800円也。高いよう。いつものことながらパンフは買わないつもりだったのだが、むむむ、文庫本が一冊ついてくる。それも角川文庫の横溝正史シリーズと同じ装丁。イラストもそれらしい絵柄。中を見ると書き下ろしの小説やら漫画が載っている。買っちゃいました(苦笑)。

        で、芝居の方だが、今回は横溝正史ミステリの完全なパロディ。冒頭は『コーラスライン』や『オペラ座の怪人』などのミュージカルのパロディ(らしい。私はこの手のものは苦手で観ていない)。『キャッツ』から犬へ。そして殺人事件が起こり、本編に突入。クドカンが金田一耕助ならぬ、金田真一になって登場。これがよく似合っている。この読み方は当然カネダシンイチだろうが、登場人物全員からキンタ○イチと呼ばれるという、もろシモネタ状態。

        ところどころに『犬神家の一族』や『八つ墓村』を散りばめて、次々に起こる連続殺人。それに、おバカな笑いが続いていく。もう、その場、その場で笑っては忘れていく類のものなので、劇場を出るころにはほとんど忘れてしまった。それでも一生懸命思い返すと、一番可笑しかったのは、やっぱり橋本じゅん。イタコに扮した橋本に、出演者がいろいろな有名人を登場させようとするアドリブ(らしい)。それにいちいちモノマネで挑戦しようとする橋本じゅんが可笑しい。美空ひばりはそこそこ似てます(笑)。それと、古田新太のことを「大阪芸術大学時代から脅威だった。それがニナガワやノダに擦り寄りやがって〜!」と叫ぶ楽屋落ちは大爆笑を呼んでいたなあ。それと、手の込んだ露天風呂変身ロボと湯あたりの歌あたりがツボにはまった。あとは桃太郎とか、デスノートとか。観ていない人には何のことかわからないだろうけど、そんなお芝居。一応、謎解きもあるのだが、かなり脱力系。当然だけど。カーテンコールで古田新太が「3時間の貴重な時間をすみませんでした」と言っていたが、充実した(?)3時間だった。


August.5,2007 藤山直美、香川照之の芝居に圧倒される

8月4日 『妻をめとらば』 (明治座)

        昨年、大阪、名古屋で上演された、与謝野鉄幹、晶子夫妻を描いた芝居の東京公演だ。出演されている小宮孝泰さんから、「これはとてもいい芝居だ」と聞かされていたので心待ちにしていた。さすがに人気も高く、すでにチケットが売り切れている日もあるという。それも5000円のB席から売れていくらしい。私は12000円の1階A席を、かろうじて確保した。客層は全体的に高めで、女性率が高い。やっぱり藤山直美を観たいという観客が多いのだろう。大阪、名古屋でもテレビ中継録画は入らず、ここ東京でも予定は無いという。まだ再演という可能性もあるが、この傑作を見逃すと損をする。そんな気にさせられた芝居だった。

        脚本も実に良く出来ているが、なんといっても鉄幹役の香川照之と晶子役の藤山直美の演技に圧倒される。一幕目、花道からふたりが現れて家に入り、終始無言で夫婦喧嘩をしている様がいい。お互い口をききたくないので、周りの人間に伝言させるくだりからして大爆笑ものだ。明治の文豪与謝野鉄幹と与謝野晶子がどんな人物だったのかはわからない。でも、この芝居の生々しい人物像は、「ああ、本当はそんな人だったのかも知れないなあ」と思わせるものがある。文豪といよりも、始終夫婦喧嘩をしながらも子沢山の家庭で、日々の生活費にも困っている夫婦。香川と藤山に演じさせると、妙に庶民的な人物像が現れる。

        他にも、石川啄木(岡本健一)やら、北原白秋(太川洋介)やら、佐藤春夫(木下政治)やら、平野萬里(山田純大)まで登場するが、こういった人たちのナマの姿も、さぞやそんな人物だったのかも知れないと思わされる。藤山直美のアドリブらしきものに振り回されている出演者も見所のひとつ。ウワサの[かぶれクイズ]を振られて困った風の山田純大の表情も見ものだし、2幕目の石川啄木家の場面は、やけに可笑しい。啄木の母(松金よね子)、啄木の妻(加茂美穂子)がそろって笑い上戸らしくて、藤山直美の演技に吹き出している。松金よね子は客席に後を見せて突っ伏してしまっている。泣いている演技に見せているとのことだが、どう観てもこれは笑いをこらえているんでしょう。この場の終わりで、藤山直美が加茂美穂子に「あんた、笑いすぎよ」と突っ込むと、笑いながら引っ込むところが楽しい。そこから回り舞台になって、啄木夫妻が外を歩く場面を晶子が見ている場面の見事さ。そしてそのあとの台詞。ダイナミックな演出に圧倒される。

        この芝居には、幽霊がたくさん出てくるのも面白い。1幕目だけで死んでしまう管野須賀子(匠ひびき)、2幕目までで死んでしまう啄木の母。この人たちが幽霊になって舞台に登場する。そしてもうひとり、3幕目で意外な形で3人目の幽霊が出ることになるが、それはお楽しみ。

        小宮孝泰さんの役は刑事。1幕目の登場の仕方も意外だったが、ちょっと怖いイメージを作っておいて、それが2幕目で子供好きのもうひとつの面を見せる。この子供たちとのコメディは実に面白い。3幕目ではまた怖いイメージの刑事に戻るが、ある人物の死に、そっと「ご愁傷様です」と声をかけて去っていくところが印象的。

        圧巻はやっぱりラスト、風をひいた与謝野夫妻が寝床の中で話し合う場面。長い場面なのだが香川、藤山の演技力に圧倒される。

        終演後、小宮さんの楽屋へ挨拶。『みだれ髪』の文庫本をいただく。まったく読もうとも思っていなかった与謝野晶子の歌集。こんな機会でもなかったら一生読むこともなかったろう。遠く明治を思い、ページをめくることにしよう。


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