April.27,2008 新たな十八番になるか、遊雀の『堪忍袋』

4月19日 三遊亭遊雀勉強会 卯月会 (お江戸日本橋亭)

        雨が降っている。家を出てお江戸日本橋亭まで歩く。傘を差して夜の街を歩く。芸協の真打披露パーティで風邪をこじらせて声が出なくなってしまっていた。落語に『うどん屋』というネタがあって、小声でうどん屋に注文するものだから、うどん屋も客が近所迷惑にならないように小さな声を出しているんだろうと思い、こちらも小声で応対する。すると、食べ終えた客が「うどん屋さん、お前さんも風邪をひいたのかい?」というのがサゲになっている。これが今までいまひとつピンと来なかったのだが、自分が風邪で声が出なくなってしまったのは初めてだ。もともと喉が弱くて風邪をひくと扁桃腺が腫れてしまっていたのだが、声が出なくなるということはなかった。耳鼻咽喉科に行って診て貰ったら喉が腫れて声帯を押し潰してしまっているいるとのことだった。ようやく声はなんとか出るようになったが、咳が止まらない。のど飴をポケットにたくさん入れて、一日中舐めている。お江戸日本橋亭に開場前に到着して列に並んでいると飴の入ったカゴが回ってきた。並んでいるお客さんに遊雀からどうぞという心配りであった。ほとんどの人が一つ取って後に回す。私はのど飴を数個選んでこれもポケットに突っ込む。

        まずは三遊亭遊雀のご挨拶。花形演芸大賞を受賞したことの裏話と、白鶴酒造のテレビCMのナレーションの仕事の裏話。どちらも爆笑もので可笑しいのなんの。内容を紹介したいところだが、「これらの駄話は、人に言わないように」とのことなので書かない。惜しいなあ〜。しかし遊雀、快調に飛ばすオープニングだった。

        瀧川鯉橋が出てくる。ありゃりゃ、先月ウチで演った[そば屋の花見]と同じ顔づけじゃないか! 「なるべく物の無い生活を実践するようにしてまして・・・」なんてマクラで言っていたがホントかしら。これは『だくだく』へ続けるためのイントロとしてはいいんだけど、鯉橋さんには「狭い部屋の中に物が溢れてて収拾つかなくて」なんて言われたことあるぞお〜(笑)。

        三遊亭遊雀一席目は『巌流島』。花火を観に行く屋形船に芸人として呼ばれるという仕事がいかにたいへんなのかというマクラから始まる。これは喬太郎が『一日署長』のマクラでも演るがその過酷さは笑うしかない。「花火を見るのに船をいい場所に停めようと、出発が2時ですよ。花火は7時から。終わったって帰るのにまた時間がかかるんですから」 その間中芸人はお客さんを楽しませなきゃならない。さて、『巌流島』に入るともう遊雀ワールド全開だ。侍を桟橋に置き去りにしてからの、船に乗り合わせた客が侍に浴びせる罵声が可笑しい。「バカー!」 「ザマみろー!」 「オレも相手になってやるぞー!」 「悔しかったらオレの家を探してみろー! こーんな小さいんだぞー! アー!」

        二席目に入ったところで、『巌流島』のサゲを噛んでしまった説明。「本当は、突然、話をいじろうとしたんですよ。船に向って泳いできた侍に槍を構えて『えいっ!と突いたつもり。突かれた侍が突かれたつもり。血がだくだくと流れたつもり』と鯉橋さんが演った『だくだく』を拾おうとしたのがうまくいかなかったのが原因なんですね。花形演芸大賞を貰った『御神酒徳利』でも最後のところに来て道中づけのところで噛んじゃった。こんな人生なんでしょうかねえ」 しかしこのあとの『堪忍袋』が凄かった。特に前半の夫婦喧嘩のシーンが凄い。止めに入った男に喧嘩の原因を説明するくだりがもう大爆発しているのだ。亭主が弁当に注文をつけたところから喧嘩が始まったのだと少しだけ冷静になったふたりが説明を始める。「『梅干が飽きたから沢庵にしてくれ』と言ったんだよ、そしたらこいつが『なんだ! もういっぺん言ってみろ!』ってそれが発端」 これがなんでこんなことになったのかふたりの説明が始まるのだが、もう可笑しいのなんの。こんなに笑った『堪忍袋』は初めて聴いた。なんとなくこの『堪忍袋』、これから遊雀の十八番になる予感がする。マクラを短めにすれば十分に寄席にかけられる長さだし夫婦ものの噺はきっと寄席でも受けがいいだろう。

        外に出ると雨は止んでいた。でも飴は舐めながらの帰り道。確かウチの近所に酒造メイカーの建物があったなと思い出した。あれ、白鶴じゃなかったろうか? ちょっとだけ遠回りして寄ってみれば白鶴じゃなくて沢の鶴だった。惜しい!


April.22,2008 顔・・・かあ、う〜ん

4月12日 ポツドール
       『顔よ』 (本多劇場)

        三浦大輔、周到なのである。顔の美醜というテーマを持ってきて、どうみてもイケメンの三浦大輔がチラシに書いた文章がこれである。

自分の顔を60点以下だと思っている人間はいないんじゃないだろうか。
まあ、そう思わないとやっていられない。
でも、実際、60点以下の人間はいる。
確実にいる。
30点の人間。
いる。ごろごろいる。
「俺は自分の顔のことちゃんと自覚しているからさ」
そう言っている人は、絶対、フォローの言葉を持っている。
「そんなことないよ」
その一言が聞ければ、自己評価は跳ね上がる。
ほんとは30点なのに。

僕も60点気取りで生きています。
と言っといて、「もっと上なんじゃない?」と言われるのを待っています。
すみません。
どうぞ。よろしく。
ポツドール主宰 三浦大輔

        もう何も言えない。これだけで全て言い尽くしている。突っ込みも出来ない。それにしても三浦大輔を前にしては、彼が自分の顔を60点と称するなら、私はせいぜい自分は30点の人間だとしか言えなくなる。そんな自分でもポツドールの芝居となると自分の顔のことは棚に上げて中毒患者のように観に行くしかない。恐る恐る観に行った2年前の『夢の城』から、『女の道』、『恋の渦』、『激情』、『人間失格』、『女の果て』と観続けて7作目。だんだん女性客が増えてきた。実際、今回私の座った席の両隣は若い女性だった。しかも一人客。しかも顔はどうみても80点を超えている。そんな真ん中に座っている私はどうしても萎縮してしまう。それでも芝居が始まると夢中になってしまった。性描写の場面はさすがに居たたまれない気になったけれど。

        下手の二階家、上手の二階建てアパートで繰り広げられる顔の美醜に関する芝居は、現代若者言葉を見事に再現しながら進んでいく2時間30分。まったくダレ場がなく、グイグイと引き込まれてしまった。例によってしょーもない人間ばかりが出てくる。女性スタッフによる『女の道』、『女の果て』あたりだと男も女も総じてしょーもない人間にしか描かれないけれど、三浦大輔だと女はそれなりに許せる範囲内。しかし男はほんとーに、もうどーしょーもない奴ばかり出てくる。男って突き詰めると、自分も含めて、もともとしょーもない存在なのかもと思えてくる。

        いつもより役者のキレ方が大人しいかなあと思ったら、ラスト・シーンが正に衝撃的。劇場で配られたチラシには14人の役者の名前が書かれていたが、観ていてどうしても12人しか確認できなかったのが、ほんとうにラストの数十秒であとのふたりの役者が登場する。台詞も何もないのだが、もう存在自体が衝撃的なラスト・シーンだった。

        人間の顔って、顔立ちと顔つきがあると自分なりに説明をつけてきた。どんなに不細工な顔に生まれても性格のいい人間はいい顔つきをしている。反対にどんなにキレイな顔に生まれても性格が悪いと嫌な顔になる。そう思っていた。しかし、こういうラスト・シーンを見せられるにつけ、やっぱり人間は顔の美醜に左右されてしまうものなのかと思えてくる。そうだよなあ、スーパーで買物するとき、できたら美人の人が打っているレジの前に並びたいなあなんて思ったりするもんなあ。男って、やっぱりしょーもない存在なんだろうか。


April.19,2008  緊張でコチコチになってた六代目(笑)

4月6日 三遊亭遊馬
      神田改メ日向ひまわり
      錦之輔改め古今亭今輔 真打昇進披露パーティ (京王プラザホテル)

        錦之輔さんからお招きをいただき参列してきた。いまだに着慣れないスーツ姿。我ながらシャバい格好だぜ。受付付近で知り合いに声をかけられ、受付をすませて入場してみれば、二人とも同じテーブル。しかも着席してみれば、もう一人共通の知り合いと三人並びの席。こういうのは助かる。テーブルに着いてみれば知り合いが同じテーブルにひとりもいないという状況は苦手だ。一言も発せずに座っているわけにもいかないので、たまたま隣に座った人と自己紹介して話したりするのだが気を使わなければならないので、それだけで疲れてしまう。

        寄席の席亭やら、区長やら、協会の幹部やらの挨拶が続く。中には芸人以上に話の上手い人もいて笑いを取ったりする。まあ、硬い話を硬い口調でやって、どーでもいいやと思わせる人もいるが。印象的だったのは桂米丸の挨拶。五代目古今亭今輔の弟子になった米丸は、師匠から最初から新作を演るように言われて、以来新作一筋の噺家。「錦之輔さんに、幾つくらい噺を創ったのか聞いてみたら、『80くらい創りましたが、これはというのは10席にひとつくらいでしょうか』。これはすごいことですよ、8席残ればたいしたものだ。それで錦之輔さんに、その中から二席聴かせてもらいました。これが面白いんですよ」 先代の今輔は大きな名前だ。それを直弟子の米丸が継がずに、今、錦之輔が継ぐ事になった。よっ! 六代目! 頑張れよ!




各テーブルを回って記念写真に応じる六代目




記念の清酒。1本欲しいなあ。




出された料理。写真は
ゆっくりロティした真鯛と天使海老に
彩り野菜入りサフランソース




お馴染み三点セット
口上書き、扇子、手拭い


        途中、トイレに立ったら錦之輔さんがロビーにいたので会話を交わす。こんな緊張している錦之輔さんを見るのは初めて。受付のところでは鯉橋さんとバッタリ。冗談を交わし会場に戻れば喬太郎師匠がいたので挨拶して席に戻る。

        お開きになって、風邪をひいていたのでそのまま帰りゃあいいものを、仲間が谷中で花見をしているので来いと言うので、そっちへ行ってしまったのがまずかった。どうもしこたま酒を飲んだらしくて、翌日風邪をこじらせて喉が腫れて声が出なくなってしまった。無理は禁物ですなあ。


April.13,2008 シュール・コント、期待してますよ

4月5日 THE GEESE単独ライブ『天気の話はしたくない』 (THEATER/TOPS)

オープニング・トーク
        尾関が右足にギブスをしている。前日の公演でアキレス腱を切ったらしくて、そのコントの検証。家電量販店の店員(尾関)と客(高左)のコントで、店員がなぜか客と相撲をとろうとするというシュールなコント。いかにもTHE GEESEらしいのだが尾関が足を捻った瞬間にケガをしたらしい。開演前にはストレッチをしておいてね。

会話ナビ
        高左と尾関は会社の同僚らしいという設定。急ぎの書類を届けようとしている高左が尾関のクルマに乗り込む。届け先の住所をカーナビに打ち込み発車するが、ふたりの会話がはずまない。するとカーナビが会話ナビとなりふたりの会話を誘導するといったコント。だんだんと暴走しはじめるのが可笑しい。オチは強烈。

CMキャラクター
        テニス選手(高左)をCMキャラクターとして宣伝活動をしている会社の社員(尾関)のコント。高左の等身大のパネルを作って広報活動を説明する社員だが、扱いが横暴(笑)。ほかにもキャラクター商品の試作品を見せるがどれも扱いがどうも・・・という笑い。仕込みに金かかったろうなあ。

拾い物
        子供(尾関)が母親(高左)に、「道で拾ったんだけど、飼っていい?」と段ボールを持ってくる。「ダメよ」と拒絶する母親だが、段ボールの中身は一億円の札束。お金なんて拾うと碌なことがないとさとす母親がシュールで可笑しい。

一発ギャグ教室
        救命胴衣を着たふたり。一発ギャグをやってすべるのを快感に変えるといったコント。なかにはすべらなかったのもあったりして。

想像クッキング
        料理番組のパロディ。実際の材料を使わないで想像上で料理を作る。シュールだけど痛い(笑)。こういうのも演るんだ、このユニット。

シバタキョーヘイ
        交通事故で死んでしまった女性の夫(尾関)と弟(高左)が、「もし自分が柴田恭平だったら、彼女を助けられた」と主張しあうコント。

卒業式作戦会議
        卒業式を前にした最後のホームルーム。教師(尾関)が卒業式に際して、その模様のフォーメーションをホワイトボードを使って生徒に説明する。マグネットを移動させたりマジックで書き込みをしたそのあとは・・・。うまい!

お見合
        男(尾関)と女(高左)がお見合をするというコント。話をするうちにどうやら女は記憶喪失症だということがわかってくる。最後のコントとしてまとめようとしたらしいのだが、やや理に落ちた感じがした。このユニットにはもっとシュールに終わらせて欲しかった気がする。

        なんだかんだ言っても、このコンビのシュールなコントは好きだなあ。年内にもう一回単独コントをやりたいという彼らに期待。「THEATER/TOPSに出るのが夢だった」と語るふたり。これにあきたらず今度は是非本多劇場で!


April.5,2008 春だ、桜だ、呑ん兵衛集合!

3月29日 第11回翁庵寄席 そば屋の花見

        2002年、2004年と2年続けて私は池袋演芸場で遊雀(当時三太楼)の『花見の仇討ち』を観ている。なんて面白い噺なんだろう。いや、『花見の仇討ち』は他の噺家さんでも聴いている。しかしこの『花見の仇討ち』は群を抜いて面白い。前回翁庵寄席にご出演していただいた直後師匠に、「今度は是非『花見の仇討ち』を」とお願いしておいた企画。それをようやく実現させることができた。せっかくだから花見特集にしてしまおうと、もう一席『長屋の花見』を誰か二ツ目さんにと思っていたら、年に二回ウチの二階で勉強会を開いている鯉橋さんが持っていると言う。これは好都合。鯉橋さんにご出演してもらうことになった。これに加えて、今年の大銀座落語祭に出演が決まった小宮孝泰さんが出たいとおっしゃるので、小宮さんも加えて3人。それにいつもの八戒さんと、豪華な顔づけになった。

        日程は桜満開になるであろうと予想されるこの日、3月29日を選んだ。気象庁の開花予報では、今年の開花は3月27日。開花から一週間で満開になるから、予報では29日はまだ満開に程遠いという予報。今年は寒かったから遅れるのかなあ心配したが、私は「いや例年温暖化傾向が続いているから満開は3月中に来る」という確信があった。実際に開花宣言があったのが22日。「しめた! 29日は満開だあ!」

        当日は朝からいい天気。しかも暖かい陽が照っている。せっせと卵焼きを焼く。終演後、お客様にお出しするためだ。卵焼きと蒲鉾、そしてお酒またはお茶で花見気分に浸っていただこうという趣向。それにもりそばをお出しする。せっせとそばを打つ。

        スタッフは午後4時30分集合、出演者は午後5時30分楽屋入りなのだが、4時30分にはもう小宮孝泰さんも楽屋入り。開演前に噺をさらっておきたいからとのこと。楽屋で座ってやるのかなあと思っていたら、「ちょっと出てきます」と外を歩きながらブツブツ演りに行ってしまった。その間スタッフは会場の設営。すっかり慣れているものだから30分で完了。「次回からは集合時間もっと遅くしてもいいんじゃないの」の声が上がるほどだ。

        午後5時30分。定刻に三遊亭遊雀師匠楽屋入り。「師匠、うまい具合に桜、満開ですね」 「うん、今日を逃していつ花見の噺を演るんだよねえ。明日はもう演らないよ」 小宮さんとは事前に電話で挨拶をしあったとのことですぐに打ち解けて雑談が始まる。なにしろ無類の酒好きのふたり、遊雀師匠が王子の居酒屋に生ホッピーがあるという話を始めると小宮さんも興味津々。「生ホッピーっていっても、ほとんどが焼酎なんですよ。上から生のホッピーを少量注ぐだけ。口あたりいいでしょ。ついつい生ビールの調子で飲んじゃうんですよ。これ二杯もやってごらんなさい、翌日は使いものになりません」 今度一緒に行きましょうと話が盛りあがっている。そういえばもうひとりの出演者瀧川鯉橋さんが姿を現さない。ウチでの勉強会のときでもいつも早くからやってくる人だし、電話連絡もないのはおかしい。心配になって電話してみると、「あっ、すいません、今、寝てました」 どうも前の日に呑みすぎてまだ寝ていたらしい。そのことを楽屋に伝えると、騒然となる。鯉橋さんの出番は仲入り後だから、何とか今から来れば間に合うのだが、小宮さんが「えっ、それじゃ、オレ、長く演ろうか?」 遊雀師匠が「私の出番、前にしてもいいですけど」

        不安を残して開演。まずは私が出てマエセツ。鯉橋さんのことも考えると予定よりもついつい長く喋ってしまう。前回の白鳥事件の顛末など、ネットでは絶対に書けないもんね。この機会にバラしてしまうことにした。

        まずは開口一番の立命亭(一部では立酩酊という噂されるくらい、この人も酒好きだ)八戒の開口一番。「仲入り後は花見の噺二席、小宮さんは『青菜』ということで食物繋がりで私は何を演ろうかと思って相談してみたのですが、いきなり『唐茄子屋政談』とか『芝浜』なんて言われて、そんなのは私にはできません!」とスッと噺に入ったと思ったら、いきなり「お前さん、起きておくれよ。釜の蓋が開かないじゃないか」と来た。ええーっ!『芝浜』演るのー? と思いきや、これが『ぞろぞろ』に。サゲの「ぞろぞろ」で拍手が来たのを手で止めて、そのあとにまだ続きがあった!(笑) こういうのがこの人らしい天狗連落語の醍醐味だ。

        八戒さんの高座が終わったとこで、鯉橋さんが客席を通って入って来る。「いらっしゃいませ」の声に恥ずかしそう。よかった、よかった、これで呑ん兵衛出演者全員集合だ。

        小宮孝泰さん「楽屋でモニターを観ておりまして、八戒さんの噺が始まった途端に『これは芝浜のダイジェストかなあ』なんて話しておりましたが、やがて『ああこれは、ぞろぞろだぞ』ということになりまして、そろそろサゲに来るからと二階から降りてきまして、すぐに出られるように待機してたんですよ。サゲまで来て『さあ、行くぞ』と思ったらまだ続きがあった。後半は今日になって創ったんでしょ。だって前半の語り口の見事さと後半のグズグズが対照的だもの」 夏の噺に入るので夏休みの思い出などをマクラに散りばめて『青菜』へ。今日はネタおろしだというのに、もうすでにしてかなり完成されたものになっている。いままで、小宮さんのよりもはるかにつまらないものを、随分聴いたぞ。「鞍馬より牛若丸が出でまして、そのなをくろうほうがん」を植木屋さんが聴き間違って「鞍馬さんが若いのに遺伝子の研究をしている」はオリジナルかなあ。

        仲入りに楽屋を覗くと、遊雀師匠が小宮さんにダメ出しをしている。「小宮さん、あの『奥や、奥』のところね、こうこうこうこうです」 「あっそうか。そうすればいいのね」 柳家喬太郎に稽古をつけてもらったという『青菜』はさらに遊雀師匠のダメ出しを貰って、どんどん良くなっていく予感がする。

        仲入り後、瀧川鯉橋が恥ずかしそうに高座に上がる。「まことに申し訳ない」と深々と頭を下げる。「唯一師匠に褒められるは、『お前は謝るのだけはうまくなっている』ってことでして」 「我々一門、ロビイストと呼ばれていまして、これは何かといいますと、路上に座り込んでビールを飲んでいるから、ロビイスト」 鯉橋さんの師匠鯉昇ゆずりの『長屋の花見』には、お茶を煮出して白湯で割ったおちゃけ以外に、ウイスキーが登場する。これは醤油を水で割ったもの。醤油の水割りだ。蒲鉾に見立てた浸かりすぎちゃって酸味のある大根の新香にウイスキーをかけると、こりゃ不思議、ちょうどいい糠漬け大根、いや、蒲鉾になる。路ビーが得意な鯉橋一門らしい楽しさの一席。

        「新宿末廣亭の昼席に出まして、こちらの楽屋入りまで2時間ありましたので新宿から人形町まで歩いてみようと思いまして、四谷を抜けてお堀端を通り、千鳥が淵の桜が満開でしたな。東京駅の八重洲から高島屋へ出て、こうして歩いてみると、東京駅から人形町って案外近い。高島屋の裏手あたりですか街路樹に桜が植わっておりまして、これも満開。そこにブルーシートをひいて花見をしている一団がありましたよ。ブルーシートも場所によりけりでして公園などはいいんですが路地だとホームレスみたいで、鯉昇一門じゃないんですから。鯉昇一門は似合いますよ。溶け込みますから。鯉橋さんなんてそま最たるもの」なんてマクラをふりながら三遊亭遊雀十八番の『花見の仇討ち』へ。後ろ幕の裏で声だけ聞いていても、この噺の面白さが伝わってくる。朝から煙草を吸いながらキッカケを待つ熊さんの表情が頭に浮かんでくるから面白い。この噺、徐々にテンションが上がっていくところが遊雀師匠の見せ場。今回思ったのは、遊雀っておそらく几帳面な性格なのではないかということ。破天荒なフラで名人と呼ばれる人もあるが、反対に几帳面に噺をすることで名人と呼ばれる人もいる。遊雀という噺家は几帳面さにどこかぶっ壊れたところがあるのが魅力だ。

        遊雀師匠の噺が終わったところで、小宮さんと遊雀師匠にアフタートークをしてもらう。小宮さんが遊雀の噺を「リアルですねえ」と評すれば、遊雀師匠が小宮さんの『青菜』を、いい意味で軽くやっていて良かったと褒める。そのあと、小宮さんが年末に上演する鉄道員がテーマのひとり舞台の話から、鉄道マニアの遊雀師匠の乗り物に対する思い入れ話へ。座談も上手いふたりだから、うまくまとまってお開き。

        さあこれからはこちらの番だ。焼いておいた卵焼きと蒲鉾をお客様にお出しして、買っておいた一升瓶の日本酒と、ペットボトルのお茶を持って回って歩く。酒は八海山。八戒さんがはっかいさんを持って回るというシャレだ。ちなみに今、はっかいさんと打って変換してみたら、[発火遺産]と出てきた。物騒だこと! このあとこの日はいつもの、ねぎせいろではなく、もりそば。もりそばもおいしいんだよ、実は。

        後片付けをしてウチアゲの居酒屋へ。遊雀師匠と小宮さんのいくつかの落語に関する芸談はとても参考になった。『青菜』の笑わせどころの難しさから、最近の観客の笑いどころが変化してきているといった話、『野ざらし』『湯屋番』といった、ひとりキチガイ話が寄席で受けなくなっているという話は面白かった。そして遊雀師曰く翁庵寄席は池袋演芸場に似ているとお褒めの言葉をいただいた。モニターがあるので、あとから出てきた者が前に出た人の話したことを拾ってあげる、次の人はまた前の人を拾ってあげる。それが寄席の醍醐味だというのである。これは最大の褒め言葉だ。そう考えれば、鯉橋さんの遅刻というのも流れの中で逆に笑いに繋がった。

        なにせ名うて呑ん兵衛ばかりの集りだ。閉店の催促をうけるまでズルズルと飲んでしまう。家路をたどれば春の夜空に桜がきれいだ。


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