June.30,2008 現代風に模様替えして面白くなった『だくだく』

6月28日 花形演芸会 (国立演芸場)

        開口一番前座さんは柳亭市朗『手紙無筆』。頑張ってね。

        立川吉幸(元快楽亭ブラ坊)が『元犬』。この人、芸がしっかりしているから師匠が変わっても変わりなく噺が聴ける。

        一旦幕が下りてTHE GEESEのコント。ところが高座に座布団がひとつ。へえー、落語コントなのかと観ていると高佐が着物姿で出てくる。座布団に座りお辞儀をすると、相棒の尾関がアキレス腱断裂の手術をして入院中とのことで出られないという経過を説明。落語を演るのかと思ったら、「できるわけない」と立ち上がりパントマイム。坂本冬美の『夜桜お七』に乗せて、居酒屋で一杯やっていた武士が絡まれていた町娘を庇おうと、十数人の相手とのチャンバラ。でもやられっぱなし(笑)。

        「THE GEESEさん、ひとりでたいへんでしたね。斬られて血がだくだくってやられたらどうしようかと思いましたよ」と言う三遊亭きん歌『だくだく』をネタ出ししている。サゲを最初に言っちゃってどうするのかと思ったら、驚いた事に、きん歌はこの噺を思いっきり現代に移し変えていた。家賃を溜めた男が家財道具を全て大家から差し押さえられてCDや本までBOOK−OFFに売り飛ばされて追い出されてしまう。幸い取り壊し間近というアパートの一室を無料で借りられるが何にもないので美大生に家財道具を絵に描いてもらうという設定にしている。描いてもらうものも、窓に東京の夜景、パソコン、デジカメ(ブログ更新中の様)、引き出しにはロレックスの時計、クローゼットにはアルマーニのスーツ、ルイビトンにプラダ、液晶大画面のテレビ。なぜか骨董品に皮のソファーに刀(突然暴力団の組事務所みたいになってしまう)。入ってきた泥棒と(架空の)ゴルフのクラブと刀で闘う可笑しさは、元の噺以上に可笑しい。

        柳亭市馬は先代小さんのエピソードをいくつか。「晩年の師匠はあまり寄席にお出にならなくなっていましたがね、家から近いからでしょうか散歩の途中に池袋演芸場の楽屋にふらっと入ってらして、若手の噺家と話をして、ときに高座に上がられることもありました。新宿末廣亭に出番が入っているのに池袋にやって来ちゃったことがありまして、『と゜うなされたんですか師匠』と訊いたら『めんどくせえから』」 こういうエピソード好きだなあ。そこから『松曳き』へ。弟子の市朗が演った『手紙無筆』を入れたりして余裕の一席。

        仲入り後は太田ももこの浪曲『明暗舞台』だったのだが、うかつにも熟睡してしまう。ももこさんの唸る声が気持ちよくてついつい。いかんいかん。

        三遊亭全楽は最近の偽装事件のあれこれをマクラにして笑いを取り『錦の袈裟』へ。町内の仲間と吉原に行こうとする与太郎だが、おかみさんにお伺いを立てるのが与太郎らしいわけだが、この夫婦のナイトライフはどうなっているのだろうと以前から、なんとな〜く気になっていたのだ(笑)。「そんなとこ行かなくても私が可愛がってあげるよ」 「また松葉いぶしだろ」 「鞭と蝋燭だよ」 う〜ん。

        トリは神田陽司の新作講談『競走馬物語』。1973年の日本ダービー、競馬好きな父親に遠足代のお金を取られてしまう陽司少年。どこかで聴いた事あるような話だなあ。そういう父親って日本中にいるってわけか。父親は当時連戦連勝のハイセイコーに借金までして賭けていた。はたしてハイセイコーは勝てるのか。どんでん返しもある結末はまさに手に汗握る展開。そうそう、そうだったよなあ、あのレース。興奮が甦ってきた。

        さあて現実世界でも、いよいよ春のG1最終戦宝塚記念が行われる。さてどの馬に賭けようか。


June.29,2008 トリを期待する演芸場の雰囲気

6月22日 新宿末廣亭6月下席夜の部

        空間ゼリーの芝居を観てから時間を潰して、今年で解体される新宿プラザで『インディ・ジョーンズ クリスタルスキルの王国』を観てラーメンを食べて末廣亭の前に着いたら、ちょうど仲入り。小三治がトリでも日曜日の夜は仲入りで多くの客が帰ってしまう。入場して椅子席を見れば後方に空席を発見。後方ったってこの距離で小三治が観られれば儲けものだ。残ったお客さんはみんな小三治目当てなんだろうなあ。

        喰い付きは日本のトム・ハンクス柳家禽太夫『元犬』。この人の顔を観ているだけで、なんだか和むんだよなあ。

        柳貴家小雪の太神楽は、五階茶碗と皿まわし。正座したままで演る人は珍しい。

        「この興行のトリは小三治。私もね、楽しみにしてるんです。何を演るかわからない人ですから。忘れてしまった噺なんかも突然演りだしたりする。普通忘れた噺なんて演らないんですから」と、入船亭扇橋は「短い噺をして小三治に渡す」と『つる』

        春風亭一朝も「お目当てはすぐです。でも簡単には出しません。いじわるしているわけじゃない。私も仕事ですから」ときっちりと『芝居の喧嘩』。

        林家正楽の代演は大瀬ゆめじうたじ『平行線・鰹』。春と秋は鰹、夏は鰻なのかな。いや、あんまり関係なく演ってるよね、この人たち。

        お待ちかね柳家小三治の登場。尖閣諸島で台湾の漁船が日本の巡視艇と衝突して沈没した事故で、台湾の戦艦と日本の戦艦が一触即発の状態になったという事件について話しだす。「戦争なんて、ほんの小さなことから起こってしまう事があるんですよ」と、これはつい今ままで楽屋で扇橋に話していたことを途中で時間になってしまって高座に上がってしまったので、(楽屋の)扇橋に聞かせるために話したと言い、ついでにこれまた扇橋がちょっと触れた小三治たちが以前オートバイで落語ツアーをしているときに崖から墜落事故を起こしたという詳細について話し出す。これでもう15分(笑)。終演予定の9時まであと15分。どうするのかと思ったら『かぼちゃ屋』25分。10分オーバーで終演。仕事も無くなった席亭さんもお茶子さんも後方で立って小三治師を聴いている姿が目に付いた。いいなあ、毎晩こうやってトリの噺家さんを観られるというのは。


June.28,2008 ここも人間動物園

6月22日 空間ゼリー
       『I do I want』 (サンモールスタジオ)

        舞台にはカーペットの上にコミック本やら雑誌、それにポテトチップスの袋やらが散乱している。大学の文藝サークル、というより今や漫画も認めたために、腐女子たちに乗っ取られ漫画サークルと化してしまった部室。時あたかも学園祭なのだが、ここに集っている連中はなんの催しもしないで、ゴロゴロしている。中に自分たちで漫画を描こうと構想を練っている者たちもいるが、大多数はだらだらと個々に漫画を読んでいるだけ。なんだかぬる〜い空間。そこにタカコという部員が入ってくると場の空気が一変する。タカコはパシリにビールを買ってくるように命じ飲み始めるや、場を支配し始める。彼女の前では建設的なことは一切認められなくなる。漫画の構想を考えていた者は否定され、ブログでこっそり漫画評論をしていた者は否定される。何にもしない、ただの消費生活だけのサークル活動。ほんとダメなしょーもない若者風景というのはポツドールを思わせるが、ここにはセックスが存在しない。セックスはBL(ボーイズラブ)漫画の世界にしかはけ口がない。そんなタカコに萎縮しているメンバーだが、造反しはじめる者が出始める。大学院に進んでいわばOB的立場になった男性とデキてしまう者がいたりして風雲急という感じ。どうなんだと思っていると終盤、ある女子部員が、このままではダメだと思い始める。それはこのサークルの体質を変えるというわけではなく、ある男子部員に愛を告白するというもの。すると突然タカコらが応援しはじめるあたり、あらあらフツーの女の子なんじゃない(笑)。

        女性中心の劇団。この劇団初めて観た。ポツドールほどのエグさはないが、人間動物園のような視点での描き方は好きだ。なんだかクセになってしまうかも。


June.24,2008 勢い!

6月21日 三遊亭遊雀勉強会 水無月会 (お江戸日本橋亭)

        国立演芸場から一旦家に戻って、日本橋へ繰り出す。

        まずは恒例の三遊亭遊雀の[挨拶]という名のマエセツというのか長いマクラのようなもの。花形演芸大賞の授賞式の裏話に続き、前回話していた白鶴生貯蔵酒のCMナレーション、冗談で「ボツになるかも」と言っていたのが本当にボツになったという話。『落語への招待』という本の仕事で落語一席を演っているところを写真に撮られた体験談。「『初天神』を演ったんですが、私のこの噺はお客さんがいないと恥ずかしい噺なんです。身をよじったりしますからね。最初は三脚にカメラを据えて撮っていたんですが、途中でカメラを手持ちにして私に近づいてくるんですよ。しかも喋りながら。『いいよ、いいよ』 『ちょっと止めて』なんて言うんですよ。グラビアアイドルの撮影じゃないんですから。でも写真って凄いのはカメラを持ってああ言われちゃうと普段出せないような表情が出せちゃう。女性のグラビア撮影ってそうなんですね。『初天神』の中に団子を食べる場面があって、蜜を舐める。それを撮影していたカメラマン、『ああ〜、いやらしい』」

        この会のゲストは当日行ってみないとわからない。この日は神田きらり。しめた! 遊雀曰く「勢いのある」女流講談ということだが、まさにそのとおり。「夢が叶うと時が人間一番輝いているものなんだそうで」と、遊雀の落語を前の名前のときから好きだったと言い、「こっち(落語芸術協会)に来てくれて、近づいてくれた。こっちからも少しずつ近づいて行きまして、21日の会に出てくれないかと電話をいただいたときは、まさに夢がかなったときでした」 うん、きらりさん、輝いている。この日だけじゃなくて、このところこの人本当に輝いているなあ、芸人として。自宅で講談の稽古をしていると近所から苦情が来るというマクラに見事なオチをつけて『山内一豊 出世の馬揃え』。この噺、女流講釈師でさんざん聴かされたが、このきらりが一番ではないだろうか。きらりというより、きりりとした読み方で圧倒する。そこに素にかえって脱線雑談が入る。「よく宮里藍に似ていると言われるんです。そうかなあと思ったんですが、そういえば顔の濃度が似ているかなあと。世の中に似ている人が3人いるなんいうじゃないですか。あとひとりいるんです。ひとりというか、一匹。近所の犬が私そっくり」

        三遊亭遊雀一席目は、最近引越しをしたというマクラ。その引越しを頼んだ業者が面白かったという話。箱詰め手伝いの女性、奇声を発しないと重い荷物を運べないおにーちゃん。そこから『粗忽の釘』へ。この会はいつもネタおろし二席だが、こんな噺も今まで演っていなかったとは驚き。落ち着けば一人前なんだとタバコを吸って落ち着く様が落ち着きすぎになっていってしまうあたりの演出が、今までの人になかったくらいいい。

        三遊亭遊雀二席目は、二ツ目時代に高松に営業に行った際、風太郎(現・獅堂)、小緑(現・花緑)と一緒にピンサロに行ったというエピソード(さしさわりありそうなので書けない)をマクラに『お茶汲み』。小三治や歌丸が演っているのは知っていたがこの噺を聴くのは初めて。いわゆる仕込があって、後半に笑いを持ってくる噺だが、これ面白いよなあ。いじわるな男の魂胆を見透かした花魁のサゲが見事。これ、みんなもっと演ればいいのに。

        遊雀、きらり、今、勢いに乗っている!


June.22,2008 清々しい『宿屋の仇討ち』

6月21日 花形演芸大賞受賞者の会 (国立演芸場)

        開口一番前座さんは柳亭市朗『やかん』。頑張ってね。

        銀賞翁家和助の太神楽。いつもは和楽社中の中で先輩たちと一緒だが、ピンでやるとのびのびとしている。バチの曲芸から土瓶へ。結構難しい技だと思うのだが土瓶はどこかユーモラス。そこから[暮らしに役立つ曲芸]三連発。お客を笑わせようとする姿勢はうれしい。ハラハラする皿回しで大喝采を浴びていた。

        古今亭菊之丞は、吉原の噺二席で金賞。で、「今回も吉原の噺で」と『唐茄子屋政談』。もちろん序だけどね。吉原の噺っつっても、これは直接の廓噺じゃないやね。でも確かに菊之丞にはこういった噺、向いているのかも知れないなあ。

        同じく金賞林家たい平『青菜』。この人はところどころにこの人流のクスグリが入るから楽しい。「鯉のあらいはお好きかな?」 「ずうとるびの新井なら知っていますがね」 もう若い人は知らないでしょ、こんなの(笑)。その鯉のあらいを食べると、「口の中をトナカイが走っているような。シャンシャンシャンシャン」いいなあこの表現。真夏に一気にクリスマス。「うちのカカアなんて襖を足で開けますからね。瓶の蓋も足で開ける。チンパンジーみたい」 旦那さんが手を叩いて奥さんを呼ぶのを、「顔の横で手を叩く。この形が様になるのは旦那と西郷輝彦くらい」 『星のフラメンコ』ねえ、これも今の若い人は知らないでしょ(笑)。

        仲入り後に表彰式。この賞のシステムがようやくわかった。レギュラーになると年に二回花形演芸会に出演することになり、その中から優秀と思われる者に金賞。さらに最優秀者には大賞が授与される。銀賞はレギュラー以外で優秀だつた者に与えられ、銀賞になるとレギュラーになることができる。出場者は芸歴20年以内の者に限られる。なるほどね。表彰式の司会は今年は高田文夫。硬い場面だが高田文夫がまともにやるわけがない。受賞者や審査員をいじるいじる。

        「先日仕事で佐賀に行ってきまして、タクシーに乗って運転手さんに『佐賀の名物ってなんですか?』って訊いたんですが『何もないなあ』って言うんです。ちょうど警察署の前を通ったとき、『佐賀は未解決事件が多い』って言うんですよ。『佐賀県警、無能だからね。お客さん、人殺すなら佐賀だよ』」 銀賞春風亭一之輔は昨年9月の『鈴ヶ森』を評価されての受賞。で、今回も泥棒噺『夏泥』なのだが、こちらの方がもっと出来がいい。声に張りがあるし、恐持ての泥棒がいい人に変わって行ってしまう過程が見事で笑いを誘う。まだ二ツ目だが、もう真打になる準備は出来ていると言っていい。チェックしとかなきゃ。

        金賞カンカラの時代劇コントは『宮本武蔵 巌流島』。以前にもこのネタを観たことはあるが、以前よりもまとまりが出てきたようだ。客いじりも少なくなってすっきりしている。チャンバラトリオよりも好きかも。

        大賞三遊亭遊雀。マクラも短く『宿屋の仇討ち』へ。このお侍はきっと疲れているのだろう。それで不機嫌なのに違いない。「前夜は相州小田原宿、むじな屋という宿に泊まりしところ、有象無象ひとつ部屋に寝かしおき、角力取りがイビキをかくやら巡礼親子が泣くやらでとんと寝かしおかん。今宵は静かなひとつ部屋に案内をしてもらいたい」と述べる姿もだるそうだ。それが一夜の事件のあと、十分に睡眠を取ったあとのお侍は実に晴れやか上機嫌。爽やかなお侍に変身している。このお侍、気難しい人柄などでは全く無くて、ただ寝不足だっただけなんだ。遊雀の演出の上手さは、そこところを押さえているからに違いない。

        芸歴20年を迎えた遊雀はこれで満期。大賞を貰って卒業だ。晴れ晴れしく爽やかにお客さんに深々と頭を下げる遊雀は、これで心置きなく花形演芸会という宿を去ることが出来るだろう。


June.21,2008 超満員!!

6月15日 池袋演芸場六月中席

        真打昇進披露興行も池袋へ。チケット売場に、[立見]の文字。前売券を持っているのでとりあえず地下へ降りると、モギリの人が「立見ですよ」との返事。「かまいません」と答えてチケットを渡しているところに今輔師匠が楽屋から出てきた。「盛況ですね」と声をかける。しばらく立ち話をしていると前の出番の人が引っ込んだらしい。「それじゃ」と客席に入ると、本当にいっぱいだ。立見と言ったって生半可の人じゃない。立っている人も通路いっぱいで立てるところもない。最前列前の空間に座るのならいいと言われたので、背を低くして高座の真下に。

        桂米丸を真下から見上げるようにして観る。顔しか見えない(笑)。マクラをたっぷりの『ジョーズのキャー』。「ズンズンズンズン」と巨大鮫が泳ぐ仕種で真下を見る米丸と目が合ってしまう。光栄でありました!

        口上は、新真打の3人に、司会に三遊亭右京。挨拶が三遊亭小遊三、古今亭寿輔、桂米丸。新真打は何も喋ってはいけないというルールがあって、挨拶する師匠方は言いたい放題になるのが、この口上というスタイル。小遊三、寿輔は新宿のときとそれほど変わっていないが、米丸の挨拶はますます長くなっているよう(笑)。お元気なのがうれしい。きっと米丸も今輔の名前が復活してうれしいのに違いない。

        古今亭今輔が高座に上がると盛大な拍手鳴り止まず。最前列の男性がそっと高座にチョココロネを置く。『チョココロネ政談』を演れというサインなのだろう。今輔チョココロネをそっと脇へ。『パネルクイズ アタック25』のマクラはここでも受けている。はたして『チョココロネ政談』をかけるのかと思ったら、『ワルの条件』。やっぱりチョココロネは昇進興行ではまずいのかも(笑)。

        身動きもとれない客席を抜け出す。演芸場に入って1時間程度。何しに行ったんだと言われそうだけど、この写真↓が撮りたかったんだ。えへへ。


June.16,2008 伊東四朗の存在感

6月8日 伊東四朗一座
      『喜劇 俺たちに品格はない』 (本多劇場)

        下北沢の食堂のテレビで秋葉原の通り魔殺人事件のニュースを見て気分が暗くなったが、そのまま本多劇場に入る。

        やっぱり伊東四朗が入っただけで格段に面白くなる。熱海五郎一座の形はやっぱり何かが欠けていた気がしてならない。ほかの役者も気合が違うようだ。春風亭昇太の小泉純一郎ならぬ大泉純三郎が登場するのが物語がかなり進んでからなのだが、もう爆発している。何かというとラジカセからX−Japanのカラオケを流して「♪Forever Love〜」とやるのが可笑しいし、警察民営化なんてむちゃくちゃなことをパワフルに語る場面は印象的。それになんといっても今回は戸田恵子が参加したことによって面白さが倍化している。戸田恵子の役は売れない歌手なのだが、どんな曲でも歌っているうちに半音ずつ下がり始めて最後には演歌になっしまうクセがあるという設定。これが上手いのだ。こんな難しい歌い方が出来る役者なんてほかにいない。いや歌手だっていないだろう。渡辺正行、ラサール石井はお互いの暴露ネタで笑いを取るし、三宅祐司、小倉久寛のSETコンビは三宅が例によって小倉に突っ込みを入れる。東貴博は身体を張っての熱演。伊東四朗、もう70歳を過ぎているというのに達者だし台詞はしっかり頭に入っているし、いやがらせかと思う円周率100桁暗記も見事にクリアー。そして何といっても楽しいのがクライマックスの、すぐにキッカケで歌を口ずさんでしまうコント。

        時間もいやなことも忘れて没頭していられる空間がここにはあった。家に帰ってテレビを点けると、また秋葉原の報道があって現実に引き戻されてしまったのだけど。


June.14,2008 生きていく

6月8日 紙工劇落語祭〜二代目林家正楽没後十年を偲んで〜(横浜にぎわい座)

        二代目林家正楽の紙切りはよく観た。亡くなってもう十年かあ。その息子の噺家桂小南治と、紙切りの林家二楽の会。当日の予定では、とりあえず秋葉原へ出て買物をしてからJRで横浜に行くつもりでいたのだが、朝からの予定が押してしまい、秋葉原には行かずに、京浜急行直通の都営浅草線に乗ることに急遽変更した。12時30分。ちょうどその時間に秋葉原で通り魔殺人事件が起こったことをあとから知ることになる。

        まずはふたりが出てきての挨拶。父親の思い出を語る。
小南治「アイドル歌手が好きだったよね」
二楽「山口百恵。写真集を持ってた。紙切りの資料だと言ってたけど、本当に好きだったんだね」
小南治「他にもあべ静江とか。『みずいろの手紙』ね」
二楽「この人(小南治)と国立へ行ったときですよ。タクシーに乗って山口百恵の家の前まで行ってくれと言って自宅の前まで行った携帯で玄関を撮影してるんですよ兄は。しかも動画で」
小南治「今日、この後空いてる? 横須賀行かない?」
二楽「これっきりにしてくれ」(笑)
小南治「私はまだ春日部の父の家に住んでいるんです」
二楽「そう、家屋敷、財産、全部相続した」
小南治「お前は、紙切りの芸を相続したんだろ。沖縄にふたりで仕事に行ったときがあるんですよ。ちょうど彼岸の時期で、私は仕事を終えてすぐに帰った」
二楽「私はもう一日残ってダイビングを楽しみました。沖縄の海ってきれいで、まるでお花畑のよう」
小南治「私は長男ですから墓の前に花束を飾ってお祈り」
二楽「沖縄の朝もやってきれいなんだ」
小南治「そのころ私は墓の前で線香の煙を見ていた」
二楽「ひがん(彼岸)でもしょーがない」

        桂小南治の落語、というより漫談『二代目正楽物語』。父である二代目正楽のちょっと変わった振る舞いを紹介してくれる。「馬生師匠がお酒が好きだというので、父がワインをつけ届けたことがある。馬生師匠といったら日本酒って感じでしょ。日本酒に塩辛。日本の酒の方がいいんだよと言ったら、赤玉ポートワインを持って行った」 「ある師匠に、近くの川で取ったどじょうを持っていったこともあった。師匠が『活きがいいね』と言ったら、『そりゃそうでしょ。いくら農薬入れても死なないんだから』」

        林家二楽も紙切りをしながら父親の思い出話を語る。鋏試しはいつもの[桃太郎]ではなく、父親がやっていた[佐渡おけさ]。「『只今は民謡ブームでございまして』と言って必ず鋏試しには[佐渡おけさ]を切っていました。私が前座時代、楽屋にいますと、たい平アニさんや、喬太郎アニさんが、『いったい今どこが民謡ブームなんだ』って私に言いますので困りました」 リクエストは、[横須賀ストーリー](テレビで山口百恵が歌っているのを観ている二代目と息子ふたり)、[ミッキーマウス](紙を折らずに切る二代目正楽流)、[ふくろう] [藤娘]。「結婚式の余興で紙切りをする仕事もときどきあったようでして、そういうとき参列者に配るものを貰って帰ってくるときがありました。一度池之端文化センターの紙袋を持って帰ってきて、私に『いいか、絶対に開けちゃいけないよ』と言って風呂に入ってしまったことがありました。私はそんな事を無視して開けてしまい、中に入っていたご馳走を全て食べてしまいました。風呂から上がった父が『食べちゃったのか、そうか』とだけ言ったのですが、後年、父が私にポツリとこういいました。『昔、上野の駅のトイレに入ったら池之端文化センターの紙袋が置いてあったので持って帰ってきたことがあって、あれをお前が食べちゃったけれど、異常はなかったようでホッとしたよ』」 父の顔に似ていたビギンの比嘉栄昇を切り抜いて二楽劇場は『恋しくて』をバックに『宝物は何ですか?』

        ゲストは笑福亭鶴光。「スーパーの前でおばちゃんたちが話しておりまして、『私、これ二割引で買ったのよ』 『私なんてこれ七割引よ』 『私なんて万引きよ』」 噺はこれは珍しい浪曲ネタ『左甚五郎 掛川宿』。左甚五郎と狩野探幽の腕比べの噺。いいものを聴かせてもらった。

        仲入り後は紙工劇落語『死神』桂小南治が、普通に『死神』を演りだすのでどうなるものかと思ったら、主人公が最初の患者を治した直後に居酒屋に入る。するとそこは[二楽や]。客席の後から林家二楽が登場するや客席を回って伊勢海老やらサンマやら魚を切り抜いたものを配って歩く。高座の小南治の前に来ると、小南治はイカの刺身を注文。丸ごとのイカを切り抜くが、「オレはイカの刺身を注文したんだ。それじゃあ食べられないじゃないか」と言われると、二楽すばやく小型シュレッダーを取り出し切り抜いたイカを入れるや、「はい、イカソーメン」 「何か貝を焼いてくれないか」の注文に、切ったのはサザエ。いや、サザエさん。こうなると[カツオのタタキ]はカツオくんと木槌、酢の物はワカメちゃん(笑)。ここで笑いを取っておいて『死神』は後半へ。バックスクリーンいっぱいに映し出された蝋燭の切り抜きは幽玄そのもの。お馴染みのサゲのあとに二楽のマジックで小南治が生き返る趣向も楽しい。

        にぎわい座を出て下北沢へ向ったのだが、その下北沢の食堂で夕食を食べているときにテレビのニュースで秋葉原通り魔殺人のことを知る。二楽マジックで被害者が生き返ることはできない。それにしても、当初の予定どおり秋葉原に寄っていたら私もひょっとして事件に巻き込まれた可能性もあるのだよなあ。


このコーナーの表紙に戻る

ふりだしに戻る