April.29,2009 走る一之輔

4月18日 萌 衣知会 春の落語会 (衣知会 萌10階)

        去年の夏に落語会を開きたいと相談を受けてご協力をした浜町の呉服屋さん萌(もえぎ)。それっきり音沙汰がなかったのだが、今年になって第二回目を開きたいというお話。去年の夏は三遊亭兼好で真打昇進襲名が直前に迫っていた三遊亭好次郎さんをご紹介したが、今回は春風亭一之輔さんをご紹介することにした。今、二ツ目の中ではもっとも安心して推薦できる存在だと思う。

        今回はお囃子さんが入る。去年の夏にやったときに会場は見ているが、高座の下手のスペースにお囃子さんが入るとちょうどいい感じ。ただこれではお囃子さんが丸見え。客席からお囃子さんが見えてしまうと、お客さんの視線がそちらに行ってしまい、落語に集中できなくなる。幕か屏風のようなもので隠す必要があるのだが、会場にはそういったものはない。屏風、屏風かあと思っていたら、思いついた。浜町一琴の会が屏風を持っていた。高座の後ろに立てていたのを思い出したのだ。浜町一琴の会の世話人さんに相談すると、お貸しくださるとのこと。新大橋近くの世話人さんのところへ取りに行く。「重いですよ」と言われて持ってみたのだが、さほど重いとは思えない。「大丈夫ですよ。ありがとうございます。お借りします」と歩き出したのだが、思ったほど重くはなかったものの、やたらと持ちにくいのだこれが。しかも、しばらく歩いているうちに、さほど重くないから、すごく重いという感覚に変わってきた。ときどき荷を地面につけて休憩を入れながら会場まで運び込む。

        開演が2時なので12時30分に本日の前座役の素人噺家笑皆亭吉笑さん、これまた素人のお囃子さん二人と待ち合わせていたのだが、そのうちのひとりがやってきたのが12時45分。慌てて会場に向い高座の設営を始めたのだが、もうすっかり慣れてきていて、あっという間に設営終了。

        一之輔さんも開場前に到着して準備万端。お客さんが半ば埋まり始めたところで一番太鼓。定刻に二番太鼓を入れて開演。笑皆亭吉笑さんの開口一番に続いて、出囃子は一之輔の[戻り駕籠]。

        春風亭一之輔の一席目は春らしく『長屋の花見』って、もう桜散っちゃったけどね。ワイワイガヤガヤの噺の中でも、こんなに楽しい噺はないだろう。もう全編長屋の連中のワイワイガヤガヤに終始するネタだもんね。お茶のおちゃけに、大根の新香の蒲鉾、沢庵の卵焼きをめぐる笑いを実に楽しげに演じてくれた。

        仲入りでお客様にお茶と和菓子をお出しする。新潟県長岡から取り寄せたというお菓子。おいしそうだなあと眺めていたら、私にもひとつくださった。これが本当においしかった。

        二席目の出囃子は[菖蒲浴衣]。「この出囃子は、今はウチの師匠(春風亭一朝)が使っているもので、以前は彦六の正蔵師匠が使ってらしたものですから、緊張しますねえ」と入ってからマクラでまだ桜の話題をふっている。あらー?と思っていたら『花見の仇討ち』。三遊亭遊雀の『花見の仇討ち』が今まで聴いた中では一番好きなのだが、いやいや一之輔のも、なかなかいいではないか。下座にいたから表情が見えないのが残念だなあ。

        3時30分終演。5時から調布での高座が待っているという一之輔さん。「ええーっ! 間に合うんですか?」と訊いてみると、「浜町駅から30分ほどで行けるらしいんです」とのこと。このところ売れっ子の一之輔さん。走ってるねえ。


April.19,2009 これぞミステリ落語

4月5日 六代目古今亭今輔の創作ミステリ落語の世界3 (人形町翁庵)

        「三回目、4月5日の2時からでどうでしょう」と今輔師匠に問い合わせたところ、「いいですよ。その日は仕事入ってません」と答えが返ってきた瞬間、「あれっ?」と思い出した。4月5日って芸協の真打昇進披露パーティーの日じゃなかったっけ。今輔師匠は手伝いに行かなくていいんだろうか。恐る恐る尋ねると「仕事が入っている場合は行かなくていいんです」と答えが返ってきた。なるほど、そうだよなあ。パーティーのために寄席を休むわけにいかないもんね。

        それでも当日は今輔師匠、新宿京王プラザで行なわれたパーティーに出席者として参列して、途中で抜け出してとのこと。当然スーツ姿。長身の今輔師匠、スーツ姿がお似合い。「肉までは食べてきました。一流ホテルのステーキですからね、これだけは食べないと。でも酒は飲んでいませんよ」 それではデザートまでは食べられなかったのね。楽屋でケーキとスポーツドリンクをお出しする。

        今回は前座なしで古今亭今輔師匠三席。一席目は岡山のクイズサークルの会合に行って来たというマクラから『日本史発掘』。去年の夏に聴いて以来だが、前半の笑いの多い寄席サイズ部分もいいが、後半の仰天の歴史ミステリ部分がやはり楽しい。

        二席目は今輔師匠が、これはミステリ落語だろうと思っている古典『猫の皿』。私も中学生のときに初めてこの噺を聴いたときには、これはミステリだと思った。たまたまロアルド・ダールの短編『牧師の楽しみ』(短編集『キスキス』所収)を読んだ直後だったこともあり、「ああ、似たような発想が日本でも古くからあったんだなあ」と思ったものだった。その後、山田洋次が台本を書き五代目柳家小さんがやった『まっぷたつ』には正直がっかりしたもので、こっちは『牧師の楽しみ』のまったくのパクリだったから。『猫の皿』こそは世界に誇っていい日本のミステリ落語だ。

        三席目は今輔師匠初期の代表作のひとつと言ってもいい『山ん中村奇談』。山奥の村にやってきたふたりの学生が恐ろしい体験をする噺で、全編横溝正史を思わせるテイストに溢れている異色作。ところどころ横溝正史の作品を知っている人にしかわからないギャグも盛り込まれているものの、この手の噺が好きな人にはたまらない楽しさだ。

        『猫の皿』は今回がネタ下ろしだったとのこと。なかなかいい出来だと感じたが、今輔師匠「いやあ、古典は難しいですね」 今更かい!とツッコミを入れると、「古典一席憶えるくらいなら、新作ネタ下ろしの方が楽ですね」だって。自分で新作落語を作れない噺家さんが多い中、珍しいよね、こんな師匠。そんな師匠の、ある意味聴き手を選ぶ噺、それを聴かせる会をこれからも開催していくのだ。


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