2010年6月20日六月喜劇特別公演夜の部(新橋演舞場) 5月の終わりごろ、店のお得意さんでもある小島秀哉さんが御来店なさった。 「東京でお仕事ですか?」 「うん、来月の新橋演舞場」 あわてて情報誌を見れば、藤山直美の喜劇公演があるではないか。昼の部と夜の部では出しものが違う。どちらかでいいから観に行きたい。 「昼の部と夜の部では、どちらの方がいいですか」と、無理な質問をしてみた。 「うーん、どちらも面白いよ」 やっぱり。 それでも小島さん、帰りがけにそっと「しいて言えば夜の部かなあ」とにっこり。 うふふ、それじゃあ夜の部に行こう。 なーんて思っていながら、まだ一ヶ月あるさと、のんびりしていたらば、月の半ばまで来たときに、突然大変なことに気がついた。千秋楽は24日金曜日。夜の部を観ることが出来るチャンスはもう20日の日曜が最後ではないか。 「当日券がありますように」と、祈るような気持ちで新橋演舞場の当日券売り場の前に立つ。一階席のかなり下手ながら、前から四列目がポッカリ空いていた。しかも花道のそば。ラッキー! 昼夜二本ずつで、四本の芝居をやってしまおうというのだから凄い。夜の部の一本目は『大人の童話』。料理屋の主人西郷輝彦には男の子がいるが、その子は実は妻藤山直美との間に出来た子ではなく、直美が結婚する前に付き合っていた男との間に生まれた子だったのだ。もっとも西郷はこの子供を自分の子だとばかり信じ込んでいた。 そんなある日、本当の父親が亡くなり、子供に莫大な遺産が転がり込んでくる。「宝くじに当たった」とウソをついたりするが、やがてはバレてしまう。 失意で落ち込む西郷輝彦。おそらく、この西郷輝彦が演った役を、以前藤山寛美が演っていたのだろう。きっと寛美だったら臭くやったんだろうなあと想像してしまう。「オレはバカだ」と言うあたりのシーンは、観客の涙を誘ったに違いない。その点、西郷輝彦はそういう演技プランとは違うものを持ってきた。仕事一筋でやってきた武骨な男というイメージで勝負している。 そしてラスト、「オレは出ていく」と、店を去って行こうとする西郷輝彦に、子供が抱きついて来て「行っちゃいやだ!」と叫ぶ。子供を引き離す西郷。また抱きついてくる子供。引き離す西郷。これが数回続く。やがて折れる西郷。観客はみんな涙を浮かべる。そして幕。 あざといといえばあざとい芝居なのだが、ついつい引き込まれてしまうのが松竹新喜劇なんだなあ。 二本目『丁稚の縁結び』はガラッと変わって涙無し。寛美が得意だった丁稚役も、子供という設定ならば女性の直美が演ってもおかしくない。ストーリーはどうってことない単純なものだが、丁稚の直美と主人の小島秀哉のアドリブだらけのやり取りで、ひたすら笑いを取る。そのくどいくらいの笑いが、この芝居の魅力だ。小島秀哉が音をあげて、「きょうはちょっと多いんじゃない」と言い出す始末。それでもそのアドリブにまたアドリブで返すから大したもの。 翌日、あらら、また小島秀哉さんが御来店。 「きのう、拝見しましたよ」 「ええーっ、来てたの」 「二本とも、いい芝居でした。一本目には小島さんが出てなかったので残念でしたが」 「そう、ボクはああいう真面目なのには出してくれないんだよなあ」 「一本目は涙を誘い。二本目は大爆笑というバランスがいいですね」 「そう、そうやってお客さんに満足して帰ってもらえばいいんだよ」 「二本目の小島さんと直美さんのやり取りは、アドリブが多かったんですか?」 「そう、そういうお芝居なんだよ」 「演ってて、楽しいんじゃないですか?」 「うん、このところ真面目な役が多かったからね。でもしんどいんだ。だって、ほとんど出っぱなしだろ」 「劇中、『オレは後期高齢者やで』という台詞がありましたが、あれもアドリブですか」 「そう。だって本当にそうなんだもん」 「ええーっ、そうなんですか」 「今オレ、76だよ」 「ええーっ、見えない」 「だから困るんだよ」 帰り際、「大阪のお客さんと東京のお客さんって違いがありますか?」と訊いてみた。 「東京のお客さんは、あったかいよ」 ありがとうございまーす。 また観に行かせていただきまーす! 7月9日記 このコーナーの表紙に戻る |