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2011年7月17日盛夏吉例 圓朝祭二日目(みらい座いけぶくろ)

 みらい座いけぶくろとは、豊島公会堂のこと。名前は変わったが建物は昔のまま。建物も古いが、エアコンも古くなったのか、ウオーンと響きを立てている。また仲入り前あたりから一時的に設定温度を高くしたのか、「暑い」と感じるときもあった。まっ、それが真夏の圓朝祭ってものかも知れないが。

 春風亭一之輔『あくび指南』は、いまのところ、この噺を演らせたら敵なしというくらいの面白さなのだが、うまい具合に夏の噺。初めて聴いた人はひっくり返ったろう。

 林家三平。落語界裏話的エピソードのマクラが楽しい。「先代の人間国宝、柳家小さん師匠のお宅に、お中元を持って行ったときのこと。いつもはお弟子さんが対応するんですが、その日は玄関先に師匠自らが立っていた。『師匠、お中元です』と差し出すと、『ちょっと待ってろ』と中に消えて、ハンコを持って出てきた」 ネタは『四段目』。明るい芸風がいいなあ。

 柳家喬太郎が、マクラを振り出す。落語会を終え着物を入れた風呂敷を持って家に帰ると、見慣れない腰紐が入っていたというエピソードなのだが、別にどうってことのない話。それを面白く聴かせてしまうのだから、話芸なんだなあ。「『お露新三郎』のマクラに、なんでこんなマクラだと思うでしょ。実はあの噺、案外短いんです」 このへんがさすがなのだが、『怪談牡丹灯 お露新三郎』なんていう、やや構えてしまう噺には、こういうなんのことないマクラが有効なのかも知れない。噺は、お露の父の刀屋での騒動から、お露と新三郎の出会い、新三郎が伴蔵と釣り船で柳島へ出かけての場面あたりまで。グーッと引き込まれる語り口は、喬太郎の力量を感じる。

 仲入り前は、陽気にとのことらしい。上方から参加の桂米團治『蛸芝居』。ハメものをふんだんに使った明るい高座に、客席は大いに沸く。

 仲入りが20分あったので、一旦会場の外に出てコンビニに入って水分補給。外は暑い。

 三遊亭圓歌は、今やあまり演り手が少なくなった『坊主の遊び』。「なぜ演らなくなったかっていうと、この噺、面白くないから」 とはいえ、あの風貌であの語り口の圓歌が演ると、独特の味が出て、面白いんだなあ、この噺。ダラーっとさせてくれる脱力系といった役回りを見事に務める。

 トリは柳家さん喬『芝浜』。私の勝手な想像だが、さん喬という人は酒があまり強い人ではない。だから酒乱の夫の噺を別の角度から構築してみようと思ったのではないだろうか? 演者によっては魚勝を酒を飲むと手のつけられない酒乱のように演じる人もいるが、さん喬のは、酒は好きだが案外好人物。女房の作略にもあっさり騙されてしまう。酒好きにとって、なかなか酒は止められるものでもなく、グズグスと続けてしまうものだが、ピタッと止めるのは、酒よりも仕事の方が楽しくて仕方ないといった性格の男なのかも知れない。三年後の大晦日の夜、夫婦の間には子供が生まれていて、魚勝の子煩悩ぶりが描かれる。酒なんかよりも、仕事や子供に夢中になっている魚勝がそこにいる。幸せそうな家族描写のあと、女房に酒を勧められ、「やめよう、また夢になったらどうするんだ」と言う台詞には、酒なんてどうでもいいという心情が込められているようだ。

 真夏に冬の噺の『芝浜』もオツだねと思いながらも、その日の夜も酒を飲んでしまう、ダメな私でありました。

7月22日記

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