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客席放浪記

2011年8月14日鈴本演芸場夜席

 毎年、鈴本演芸場の中席は、落語協会の柳家さん喬、柳家権太楼が出て、交互でトリを取るということで人気の芝居(番組)になっている。いつしか、前売制になってチケットぴあで買わなければならなくなってしまった。もう何年も諦めていたのだが、今年は何としても行くぞと、発売日にインターネットを使って張り切ってチケットを取ったのだが、どうも張り切り過ぎてしまったようだ。発券されたチケットは最前列中央。いかになんでもこんな前はいらない。こんな席だと緊張しちゃって楽しめないじゃん。居眠りも出来ないし。

 「『犬を飼うといいよ、暇な時に犬を散歩させると仕事のストレスが発散するから』と言われて犬を飼い始めたんですが、私の仕事って一日15分。あと全部犬の散歩。逆にストレスが溜まり始めました。私も犬も」と、柳家我太楼『強情灸』

 曲独楽の三増紋之助は、今年も風車は夏バージョン。独楽をひまわりに見立てて。もちろんBGMは伊藤咲子『ひまわり娘』。

 春風亭正朝『初音の鼓』。案外演り手の少ない噺。唖然とするようなサゲは、古典落語の中でも特筆ものだと思うのだが。短いし寄席サイズとしてもピッタリ。もっと演ればいいのに。

 ロケット団の漫才。四字熟語で電力会社を皮肉に盛り込んでスタート。最近よく演っているサッカーのオフサイドのネタで締める。これが妙に面白くて気に入っているのだ。

 桂藤兵衛『日和ちがい』を聴かせてくれた。上方ネタで、東京で演る人は、ごく少ないのではないだろうか。なんとも素っ頓狂な噺なのだが。

 柳家喬太郎はなかなか噺に入らず、マクラで学校寄席のことなど話している。幼稚園でも演ったってホントかなあ。「園長先生に頼まれると、私ら断ることが出来ないんですよ。なにしろ落語の大先輩がえんちょう(圓朝)ですから」とやって笑いを取ると、「あっ、そういうところで笑うの? (楽屋へ)おおーい、今日の客マニアばっかりだぞう!」 ネタはマクラから当然(?)『午後の保健室』

 柳家小菊の粋曲。『さのさ』から入って『両国風景』で締める間に都々逸が入る。都々逸って、ひょっとして歌詞を聴いていると日本のブルース?

 入船亭扇遊『厩火事』。皿を割られた亭主は一瞬怒っているよなあ。そう、この噺、一瞬怒っているそぶりがある方がリアリティがあるような気がする。

 中入り後、林家正楽の紙切り。鋏試しは『線香花火』。リクエストしたいところだったのだが、超満員の入り。遠慮しておきましょ。お客さんのリクエストは、『鈴虫』『柳家喬太郎』『長谷川平蔵』

 柳家権太楼『寝床』だが、サゲまでいかないから『素人義太夫』と表記するのかも知れない。しかし、この大家さんの異常さは只者ではない。客に対する注文の多さったらない。咳はするなクシャミはするな、あくびはするな。「あくびもダメ! 7時55分ごろになると客席であくびをしてる人がいる。噺家はみんなあれで調子狂っちゃうの!」

 鏡仙三郎社中の太神楽。仙三郎のどびんの曲芸はいつ観ても惚れ惚れするな。

 さあ、トリが柳家さん喬『死神』。さん喬は『死神』を怪談として捉えている。とにかく死神が怖い。いつも、ふわっはっはっはっと笑っている。もう台詞のたびにこの笑い声が入ると言っても過言ではない。

 そしてクライマックスだ。まんまと布団ひっくり返しのトリックで大金をせしめた男が、吉原で遊んだ帰り、男の愉快な笑い声「うわっはっはっはっ」と交互に響いてくるのは、死神の「ふわっはっはっはっ」。その声に男が気が付いたとき、客電と高座のライトが少し暗くなる。「付いておいで、ふわっはっはっはっ」と地面に空いた穴にふたりが吸い込まれて行くとこで、場内は全ての照明が消される。やがて薄暗いライトが高座に灯り、死神が蝋燭のことを語りだす。

 「だから言ったろ。枕元にいる死神には手を出しちゃいけないって。ふわっはっはっはっ」 「お前、オレをハメたろ。最初っからそのつもりだったたんだろ!」 新しい蝋燭に火を移そうとする男るいたずらで息を吹きかける死神。

 「ほうら、消えるよ、消えるよ。ふわっはっはっはっ。ほうら消えた」ここで、場内はまた真っ暗闇。死神の「ふわっはっはっはっ」という笑い声だけがまだ響いている。死神の笑い声が止むと高座の緞帳は下りていた。

 その笑い声と相まって、今まで聴いた『死神』の中では一番、怪談という感じのさん喬の高座だった。

8月24日記

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