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客席放浪記

旅のしおり2013(ブルドッキングヘッドロック)

2013年10月10日
中野 ザ・ポケット

 不思議な芝居だった。25歳のときに殺人を犯して、顔も名前も変えて10年間、姿をくらませている女がいる。彼女は旅から旅への逃亡生活。一方で彼女を追いかけ続けている刑事もいる。

 女は高原のペンションに住み着いているが、観客には彼女の姿は見えないし声も聞こえない。登場人物たちには彼女の存在は見えているし声も聞こえているらしくて、透明な彼女と一緒に演技している。舞台はそんなペンションを取り巻く近所の住人と宿泊客とのやり取りが描かれ、あるいは彼女の過去の出来事がときどきインサートされ、さらには刑事の動きも描かれる。なんとなく、取り留めのないような構成の芝居なのだが、ひとつひとつのエピソードが面白くて2時間20分の上演時間は長く感じない。

 観る側の興味は、彼女はなぜ殺人を犯したのだろうというところなのだが、その動機は最後のところで明かされるのだが、最初は「そんなバカな」という気にさせられたが、なんだかジワジワと真実味を感じるようになった。二人の間で殺人に至るまでの部分がゴッソリ省略されているから「そんなバカな」なのであり、その部分を想像力を逞しくしてみると、これは結構複雑で怖い。

 人生は旅だというが、この女性は旅を終わらせたくなかったのだろう。そして、これから先も旅を終わらせたくないがために、旅を続けて行く。ペンションに HOME SWEET HOME と書かれた落書き。彼女には帰る家もなく、落ち着けるところもない。しかし、それでも旅を続けたかったのだろうか? この芝居の登場人物たちは全員が落ち着く場所など求めていないように見える。ペンションは冬の間は閉鎖してしまうし、ドラマのロケに来ていた女優さんたちの一行もまた次の仕事に旅立っていく。そして刑事も、早く彼女を捕まえて旅を終わらせて家に帰りたいと思いながらも、どこかで、まだまだ旅を続けたいと思っている。

 常に変化を求め、まだ先の人生を続ける。旅ってその先何が起こるかわからない。その驚きを求めて私も旅を続けている。

10月11日記

静かなお喋り 10月10日

静かなお喋り


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