September.20,2001 猫のネーミング
伊丹十三が昔、エッセイで、猫の名前をつけるのは難しいということを書いていた。伊丹十三が飼っていた猫は、確かコガネ丸とかいう名前をつけたそうで、これを読んだ当時、うまいなあと思ったものだった。
伊丹十三に言わせると、日本古来の猫の名前のつけ方が気に入らなかったらしい。日本の猫の代表的な名前は、[タマ]なんていう。あるいはその柄から[ミケ]なんていう。そういうのも嫌だし、かといって洋風に[トム]とか[シルベスター]なんていうのも似合わない(アニメのキャラクターね)。それで、なんとなくとぼけた[コガネ丸]に落ち着いたのだと思うが、やっぱり文才のある人の名前のつけ方は違う。
我家の最初の猫は昭和30年代に飼ったから、当然のように母は[トラ]と付けた。茶トラの柄だったのと、柳家金語楼のテレビドラマ『おとらさん繁盛記』が頭にあったらしい。2匹目の迷いこんできた猫は誰も名前を付けることなく自然と、全身が真っ黒だったから[クロ]と呼ぶようになり、3匹目の野良猫は、さらに誰も名付ける気がなく、投げやりに[ノラ]にしてしまった。このネーミングがいけなかったのだろうか、一年ほどでまた野良猫と化し、どこかへ行ってしまった。
4匹目は、さすがになんとか名前らしい名前を付けようと思った。伊丹十三に習って、丸のつく名前をいろいろと考えたのだが、どうもしっくり来ない。なんだか滑稽でもあるが高級そうで、ウチには似合わないのである。いろいろと考えてみたが、どうも思い浮かばない。
そんなある日、畳の上でゴロッとあお向けになって昼寝をしていた。すると猫が畳の上をペタペタと歩いてこちらに近づいてくる気配がした。「こりゃこっちに来るな」と黙っていたら、私の顔の上に「ぬっ」と顔が現れた。どうもこの猫は寝転がっている人間の顔を覗き込むクセがあるらしい。家の者に訊いてみると、みんな寝転がっていると突然に顔の前に猫の顔のアップが現れ、びっくりするらしい。
そのとき、この猫の名前が決まった。[チェリー]。一見きれいな名前だが、出所は漫画の『うる星やつら』のキャラクター、[錯乱坊=チェリー]だ。主人公のあたる君の顔の前に突然「ぬっ」と現れ、あたる君が「うわーっ、突然アップになるなあ!」というギャグがあったのである。
今、ウチの近くの廃業してしまったガソリンスタンドに野良猫が1匹住みついている。柵で囲まれたスタンドの中で昼間寝ているので、気になって通るたびに見ている。人間のことなど気にならないようで、いつも気持ち良さそうに寝ている。今はまだ暖かいからいいようなものの、これから寒くなったらどうするのだろう。こいつを見ていると、まったく不安などないようだ。猫はそんなこと気にしていないのかもしれない。この猫に最近名前を付けた。[スタン]。ガソリンスタンドにいるからスタン。
もう二度と猫を飼う気はないから、飼い猫の名前を付けることはないだろうが、もし次に飼うことがあったら絶対に付けてやろうと思っている名前がある。[モンク]。敬愛するジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクから取ったものでもあり、[Monk]の意味する修道士ということでもあり、また[文句]ばっかり言っている猫のことでもある。朝から晩まで、メシを食わせろだのトイレを掃除しろだの、猫は文句が多い。