November.27,2000 ありがとうございました

        本日、明治座千秋楽。今月は北大路欣也座長公演『国盗り物語』でした。多岐川裕美様、高樹澪様、北町嘉朗様、西田良様、菅生隆之様他の皆様よりご注文をいただき、楽屋までお蕎麦をお届けいたしました。ありがとうございました。


November.22,2000 贅沢な気分にさせてくれる空間

        [うかい鳥山]で、たっぷり2時間かけて食事をとったあと、広大な庭を散歩した。

        渓流ぞいに大きな庭が作られていて、そこに離れの座敷が点在している。ちょうど、もみじがきれいだ。奥には水芭蕉の群生した湿地もある。ここは、春にまた来たい気がする。夏には、ホタルが群れ飛ぶという。そうそう、夜は夜で、庭がライト・アップされて、これまたきれいなんだそうだ。

        庭に、茶屋のようなものがあり、そこでは無料で甘酒を飲ませてくれる。もういいかげん酔っ払っているというのに、酒飲みの性ですかねえ、喜んでいただいてしまった。赤い毛氈の引いてあるベンチに座って庭をボンヤリと眺めていると、時を忘れてしまう。

        「帰りの時間が迫っていますので、集合してください」の声に我にかえる。入口近くに記念写真を撮る場所があった。なんと順番待ち。ここは、結婚式場も併設されているのだ。私ら町会の前に、結婚式参列者の記念写真撮影があった。町会の人たちが、ヒソヒソと話している声が聞える。結婚式の記念撮影の団体の中に、ペギー葉山がいるというのである。よく見たら確かにペギー葉山。

        へえー、ペギー葉山が参列者のひとりだとすると、披露宴で1曲歌ったんだろうなあ。ペギー葉山といえば、『南国土佐をあとにして』かなあ。でも、あれは故郷を出て都に出ていった人が故郷を懐かしがる歌。どうかなあ、悪くないけど、あまりめでたい歌というわけでもないよなあ。とすると、やっぱり『学生時代』か? ♪蔦の絡まるチャペルで祈りをささげた日かあ。なんだか純和風のこの結婚式場ってキリスト教式の結婚式って、なんかヘン。

        あと、この人のヒット曲って何があったっけ。そうそう、『爪』とかいうの、確かペギー葉山でしょ。♪なんとかかんとか悪い癖、爪を噛むのはよくないわとかいうやつ。んっ? あれは男と女が別れる歌か。

        町会の記念写真も撮りおえて、帰りのバスに乗る。帰りはビンゴ大会。参加者全員に賞品が当たるという、このビンゴ大会。宝石屋の町会長提供のネックレスを当てたご婦人は、大喜び。私はマグカップが当たった。

        途中、また石川PAに寄る。下り車線側の向こうで黒煙が上がっている。これ、翌日の新聞によると、日野の自動車工場の火災だったらしい。

        上を見上げている人がわかるかなあ。上空では、ヘリコプターが二機飛んでいて、ちょっと騒然としていました。

        そんなことにはお構いなしなのが、朝から飲みっぱなしの酔っ払い連中。PAの売店でヤキトリを大量に買いこんできて、また飲みなおし。おいおい、ヤキトリは[うかい鳥山]で食べただろうが!


November.16,2000 町内日帰りバス旅行

        マンション管理組合副理事長の役目も、今月で任期満了。理事長が真面目な人で、理事会にも毎回きちんと出席してくれたし、真摯に役目を果たしてくれたので、私のやることは、ほとんどなかった。やれやれ、よかった、よかった。副理事長が兼務する町会担当も、めんどうな仕事は幸いほとんど回ってこず、助かりました。あとは、今週の日曜日の総会で会計報告、質疑応答をこなして駐輪料金の値上げ申請が通り、次期理事候補の方に引渡しせば、お役ごめん。

        とはいえ町会の方は、店の方も同じ町会に属しているのだから、はい、さようならというわけにもいかないだろうなあ。と思っていたら、町会で恒例の秋の日帰りバス旅行に参加しないかとのお誘い。町会の人との親睦も深めておかねばなるまい。「はいはい、それでは私も参加させていただきましょう」 参加費3500円也支払って、私も参加することにした。というわけで、このコーナー、このところ遡って考えてみると、名古屋、本所防災館、日光、大阪とずーっと旅行の話が続いてしまっているのだが、このことも書かないわけにはいかない。すいません。

        当日、8時45分。町会の倉庫前に集合。バスに乗り込もうとすると、ビニール袋をひとつ手渡される。中を覗くとミカンがひとつ、お茶のペット・ボトルが1本、そしてなんと缶ビールがひと缶。うわあ、もう遠足気分。車内は、ほとんど中高年ばかり。子供はひとりもいない。むむ、敬老会か、こりゃ。もう人のことはあまり言えないけど。9時出発の予定が全員揃っちゃったので、8時50分出発。「プシュッ」 さっそくビールのプルトップを引く音が方々で聞える。うへー、さっそくバスの中は宴会モード。

        バスは首都高を中央自動車道方向へ。今年は紅葉の高尾山ハイキングだ。町会の総務担当であり、区会議員でもあるI氏がさっそくマイクを掴みご挨拶。そのまま、ガイド役と化してしまって、首都高からの東京の景色を解説していく。新宿近くまで達してから「あっ、すいません、今日はバスガイドさんが乗っておられたんだ」とようやく若い女性バスガイドにマイクを渡す。

        バスは中央自動車道へ。おそらく、みんなそうなのだろうが、ユーミンの『中央フリーウェイ』が頭の中で鳴る。右手に競馬場、左手はビール工場。バスガイドさんの軽快な案内に乗って、バスは渋滞もなく八王子へ向かって走る。この日は雨という天気予報にも関わらず、日の射す青空の言い天気。途中、石川PAでトイレ休憩のときに、すかさずワンカップを購入してくる連中がいて、もう、おじさん達のテンション、上がりっぱなし。

        高尾山ケーブルカーで山頂に上がる。あとは、自由散策。テントが張ってあり、地酒の販売もやっていた。またフラフラとテントに吸い込まれていく、おじさん達。「俺達は、ここで飲んでいるから、みんさんは勝手に散策してきてね」 もみじを見ながら花見酒と洒落こむおじさん達であった。私? 私はもちろん・・・ハハハハハ。


November.9,2000 えっ、ジャイアンツ優勝セールじゃないの?

        名古屋の話を、もう1ヶ月もかけてチンタラ書いていたもんだから、すっかり古臭いネタになっちゃったんですがね、下の写真を撮ったのは10月1日。この時点でジャイアンツのリーグ優勝が決まっていて、全国の三越や伊勢丹では優勝記念セールが行われていた時。

        これねえ、名古屋の栄にある三越の入口のガラスドアなんですよ。さすが地元名古屋でドラゴンズをさしおいてジャイアンツ優勝記念セールをやるわけにいかなかったんだろうけれどね。それでも、このあと日本シリーズでジャイアンツが勝ったら、栄の三越でもジャイアンツ日本一記念セールをやったわけで・・・・・・、もう、おまえはコウモリか!

        それにしても、くどいようだけれどさ、読売さん。なんで[そごう]にやらせてあげなかったの!? まだ店舗がいくつか残ってるんだからさ。あっさり見捨てるなんて鬼じゃないの!? しかもだよ、三越だけじゃなく伊勢丹にまで権利を売るってどういうこと? さらに頭にくるのは、いままで[そごう]に4000万円で売ってたのに、噂に聞くと、今年は2億円だったっていうじゃない。何それ? 5倍に値上げって、あまりにひどいんじゃないの? まあ三越、200億円の売上だったっていうから、損はしてないんだろうけどさ。でもね、その影で泣いているのがデパートに商品を降ろしている中小企業の繊維問屋だって知ってる? 記念セールやるからって、とことん叩かれて納品させられているんだよ。


November.3,2000 人を元気にさせてくれる植木等の芝居

        『名古屋嫁入り物語』は、1989年東海テレビ放送の単発ドラマとして第1作が作られた。主演は植木等、そして最初から山田昌のコンビだった。嫁に行く娘役がかとうかずこ。このドラマが好評で翌年、同じ3人で『名古屋嫁入り物語U』という続編が作られた。これがまた好評だったらしくさらに翌年3作目が作られる。タイトルも、これで止めるつもりだったのだろう。『これが最後の名古屋嫁入り物語』になっている。娘役は代わって斎藤慶子。

        ところがさらに翌年の1992年、あっさりと『名古屋出戻り物語』として復活。娘役が大場久美子になっている。そのあとは1998年の『さよなら大放送名古屋嫁入り物語10』まで、娘役が石野真子、川島なお美、藤谷美紀、水野真紀と代わりながらも続き、終了した。一方で1996年、テレビでは8作目が放映されたあとに、中日劇場で舞台化第1作が上演されることになる。それから2年後1998年に第2作。さらに2年後の今年第3作『新・名古屋嫁入り物語』が上演されたというわけだ。

        このシリーズは、名古屋の派手な結婚式を中心に据え、名古屋の風俗、習慣を笑いと共に描く喜劇だ。物語は植木等扮する代々続いた名古屋の商家が舞台。多くはきしめん屋だった。今回は江戸時代から続く産婦人科の町医者、伊藤康春。居間には代々のご先祖様の写真が額にして飾ってあり、それが植木等の顔を少しづつ変えて並べたもので、「うちのご先祖様は、みんな同じ顔をしている」という植木等のセリフもテレビ時代からお馴染みのギャグ。奥さんの伊藤まさ役が山田昌。娘が三人いて、婿を取って跡を継いでもらおうと思った長女は、勝手に嫁いでしまった。三女は、まだガングロのティーンエイジャーで、どうも頼りない。次女夏美(中山忍)はテレビ局のアナウンサー。植木は、この次女に婿を取ってもらいたいと考えている。

        ところが、夏美は東京の若きエリート医師加藤夏彦(川崎麻世)との交際を深めている。ところがこの夏彦は、植木等との犬猿の仲の加藤菊之輔(林与一)の息子だったから話がややこしくなる。夏彦はひとり息子である。夏美は夏彦のもとに嫁ごうと考えている。菊之輔は名古屋生まれだったものの、東京の総合病院の娘と結婚した。この相手役が水野久美。構成上、名古屋が大嫌いな憎まれ役。名古屋に誇りを持っている植木等は、生粋の名古屋人の医者の卵と結婚して跡を継いでもらいたい。近所の縁談おばさんのもってくるお見合い写真に興味深々だ。

        このへんまでのアウトラインを笑いを織り交ぜながら語られるのが第一部。近所の放送屋おばさん(中村嘉奈子)の、いかにも実在しそうな一点しか見ていないおばさん演技が面白い。第二部は植木さんの言っていた劇中劇『巌流島』から始まる。植木等と林与一は学生時代、演劇部に所属していて同窓会の余興演劇で武蔵と小次郎をやろうというわけだ。本当は宮本武蔵をやりたかった植木だが、武蔵役を林に取られてしまう。不満を感じた植木は脚本を自分に任せてくれという条件で佐々木小次郎を引き受けた訳だ。

        宮本武蔵が巌流島で小次郎を待っている。「ううーん、遅い。小次郎はまだか!」原作と逆で武蔵の方が待たされている。やはり林与一は時代劇の方がしっくりくる。医者役も上手いが、やはり着物を着た立ち姿はいい。舟に乗ってやってくる小次郎。背中に背負った長い刀が抜けないといったギャグがつづく。このちょっとしたコントのようなものは、植木さんは謙遜しておられたが、どうしてどうして、なかなか面白かった。

        この芝居の取材に来ていた次女の夏美、取材中に突然体調が悪くなる。やがて妊娠していることが発覚。ただでさえ、犬猿の仲の相手の息子が恋人だと知ると激怒。「ゆるさーん!」 それも周囲の説得で、無事に子供を出産させるのが先決だという話になる。植木も結婚を許すが、さて嫁入りか入り婿か、両家の対立が始まる。

        このへんの話の展開、ほとんど毎回おんなじ。黄金のマンネリ化したストーリーなのだが、何回見ても面白い。嫁入り先の姑に当たる人物(今回は水野久美)が大の名古屋嫌いで、「名古屋は田舎だ」と名古屋の悪口をズラリと並べ立てる当たりも同じ。面白いのは場内の反応だ。「八丁味噌なんて、あんな甘ったるい味噌食べる人の気がしない!」とかやると客席がドーッと沸くのだ。さぞやブーイングでもくると思いきや、みんな大いに笑っている。

        生粋の名古屋の女優山田昌と、名古屋弁の苦手な植木等のコンビのつりあいも抜群。名古屋のお客さんは、ちょっとちがうけれども名古屋弁のセリフを話す植木等に親近感を抱いているのではないだろうか。林与一の役など、名古屋人のくせをして東京に行き、今ではすっかり名古屋弁を喋らなくなったという設定らしいのだが、時に「くそたわけ!」などと悪態をつくとドーッと沸く。

        さて、結婚式。ど派手な名古屋の結婚式風景が描かれていく。そしてお決まりの人情劇。客席からは、あちこちで涙をすする声が聞えてくる。絶好調のクライマックスだ。

        重い引き出物の紙バッグを引きずって帰る参列者たち。こんなに重くて、何が入っているのだろう。帰り道で開けてみると「うわー、きしめんにういろうだあ」。こういった自虐的なギャグでも客席はよく笑う。最後に名古屋出身の三上直也(仲人役)が名古屋人の溜飲を下げるセリフを吐く。「阪神大震災のとき、読売新聞や朝日新聞よりも中日新聞の方が義援金多く集めたんだ。名古屋人はケチだケチだというけれど、いざとなったら金を出すんだ!」 ここで大きな拍手。

        ラストもいつもどおり。結婚式を終えた植木と山田が名古屋城の前のベンチに座り、ホロリとさせるシーンで幕。

        明治座では、堺正章のゲストという役回りばかりだったのだが、やはり植木等は主役に向いている。もう70歳を超えているというのに、この元気はなんなんだろう。ほとんど出ずっぱりの3時間。舞台を自由に泳ぎまくるがごとき、ダイナミックな芝居を見せてくれた。楽屋で「植木さんが出てくると、舞台に華が咲いたようになるんですよ」と言ったら、「いやあ、ボクに華があるかどうかはわからないけれど・・・」と謙遜なさっておられたが、この人が舞台に立つと、私は不思議なオーラを感じる。いつまでもお元気で、私達に植木流のコメディを見せて欲しい。コメディアンの数は多いが、こんなに見る者を元気にさせてくれる人は他にいない。高度経済成長期に続々と東宝の無責任シリーズをヒットさせた植木等。あの高度成長の元気さは、きっと植木等の映画も役だっていたに違いないと私は思っているのである。

このコーナーの表紙に戻る

ふりだしに戻る