February.26,2001 ありがとうございました

        本日、明治座千秋楽。今月は山本富士子座長公演『明治おんな橋』(平山壽三郎原作)でした。山本富士子様、西郷輝彦様、林与一様、三浦布美子様、曾我廼家鶴蝶様、大山克巳様、青山良彦様、花井映子様、坂東一美様、宮崎ひとみ様、都築宏一郎様、三原邦男様、廣田高志様、植松鉄夫様、京町健様、稲吉靖司様、小柳久子様他の皆様から注文をいただき楽屋まで蕎麦を出前させていただきました。ありがとうございました。

        普通開演11時の場合、楽屋入りは9時半から10時となっておりますが、今月の座長様は楽屋入りが9時前と早かったそうで、それにつれてか、他の出演者の皆様も楽屋入りが早いようでしたね。1ヶ月間お疲れ様でした。


February.23,2001 若草の宿 丸栄

        今回の宿として選んだのが[若草の宿 丸栄]。目的地は河口湖にしようと思いついたものの、チラシを眺めても、はたしてどの宿にしていいのか選ぶ決め手が見えてこない。結局インターネットで調べているうちに、[丸栄]のホームページに遭遇したというわけなのですが、これを見てみたらばなんと、この宿には天体観測室なるものが付いているんですね。う〜ん、満天の星空を天体望遠鏡で眺めるなんてワクワクするではないか。よおし、今回は[丸栄]さんに決ーめた! まあ、ところがですね、当日の夜は空が曇ってしまっていて、月すら見えなかった。まあ、しょうがないか。富士山がバッチリ見えただけでよしとしますか。

        通された部屋がまたラッキーだった。窓が二方向にあり、一方の窓からは富士山が見え、もう一方の窓からは河口湖が見えるという好条件。

        まあ、湖が凍りついてしまっているのがちょっと残念でしたがね。案内してくれたお姉さんに訊いてみる。
「これだけ氷が張っているとスケートができそうですね?」
「いえいえ、とんでもございません。河口湖はスケートは禁止されているんですよ。河口湖は富士の自然水が湧き出していたりしますからね、手前側は乗っても大丈夫でも、先に行くとすぐにパキッと割れて水中に落ちてしまいますよ。落ちたらもう助からないですから。穴釣りも禁止なんですよ」

        風呂は1階に大浴場がふたつ、5階に露天風呂がふたつ。露天風呂は富士山が見える位置のと、河口湖が見える位置のがある。さすがに富士山を眺めながらの風呂は気持ちがいい。露天風呂といっても、ちょっと引っ込んだところにある作りで、風はあまり当たらないから冬でもそんなに寒くなく、ついつい長湯になってしまう。

        反対に河口湖側の露天風呂は吹きッ晒し。湯船に浸かっていないと寒くていられない。ところが湯に浸かっていると河口湖が見えない。伸び上がるようにして凍りついた湖を見て「うへー、寒い!」とまた湯に浸かる。体があったまるとまた伸び上がって湖を見る。「さっ、寒い!」。ただ、この眺めは本当に素晴らしい。なんの傷害物もなく河口湖が眺められる。富士急河口湖駅からちょっと離れているので、ロケーションとしては少々不便だが、その分眺めは最高でした。


February.21,2001 富士山

        富士山が見たい!―――という理由で出かけた今回の温泉一泊旅行ですが、さすがに富士山を目の前にすると感動が押し寄せてくる。富士山が目の前で見られるところで暮らせたらどんなにいいだろう―――と思うのは、誰しも思う感情かもしれない。多くの宗教団体施設が富士山の近くに集中しているのも、何か俗世間とは掛け離れた心境になれるからに違いない。タクシーの運転手さんに「いいですね、いつも富士山が見えるところで仕事ができて」と言ったら、「いやあ、いつもではないですよ。雲に隠れてしまっていることも多いですから」と返事が返ってきた。

        どうやら私は運が良かったのかもしれない。富士山撮影の名所といわれる産屋ヶ崎(うぶやがさき)に行ってみる。ここから撮ると運がよければ河口湖の水面に写った富士山が撮れるらしい。

        だっ、駄目だあ! 河口湖は凍結している上に雪まで積もってしまっている。とても水面に写った富士山の写真にはならない。でもこの日はラッキーだったことに雲が裾野に到るまでひとつも掛かっていない。富士山の全貌が見られた。翌日はもうかなり雲が掛かってしまっていたから、本当にうまい具合だった。こういった写真だけでも富士山というものは十分に「きれいだなあ」と思えるのだが、やっぱり写真というのは自然の雄大さを表現しきれない。本当の感動を覚えるには実物を見に行くしかない。

        それにしても、富士山を見るとどうして感動してしまうのだろう。これは、私だけでなく日本人の誰でもが思うことだろうし、外国人だって「オオ! フジヤーマ!」と感動の声をあげることだろう。なぜなんだろう、なぜ人は富士山を見ると感動してしまうのだろう―――と寒風の中、しばらく立尽くして考え込んでいたが、どうも私のカバ頭では理由が浮かんでこない。まあ、そんなちっぽけな考えさえ吹き飛ばすくらい富士山は雄大だということですかね。


February.17,2001 キング・オブ・コースターFUJIYAMA

        宿に着いて荷物を置くとすぐに、私はまた外へ飛び出した。富士急に乗って河口湖に向かう途中で富士急ハイランド駅に止まったのを見て、宿の露天風呂に入ってのんびりする計画を急遽変更。絶叫マシン乗り倒しに挑戦してやろうという、この歳にしては無謀とも思える計画にあっさりと乗り換えてしまったのである。

        富士急ハイランド入口窓口でフリーパス券を買って、「GO!」。まずは最大の呼び物、世界最大級のコースターFUJIYAMAだ。これを乗りもらしてはここに来た意味がなくなってしまう。走るようにして、FUJIYAMAの列に向かう。最後尾の近くに立て札が立っている。なになに、

警報発令 `97 12/1〜`98 11/30
*FUJIYAMA依存症(FUJIYAMA以外のコースターに乗れなくなった人) 3.076.235人
*乗車中『富士山』を歌った人 248人
*失神者 5261人

        面白えじゃねえか。乗ったろうじゃないか。こちとら江戸っ子でえ。コースターが怖くて東京の街が歩けるかあ! コースターの中で『富士山』を堂々と歌ってやろうじゃねえか! このコースター、コース全長が2045m、最大到達点79m、最大速度130km/hといった怪物みたいなシロモノである。真下から見上げると確かに高い。

        「キャーッ!」という女性の悲鳴が空から降ってくる。突然、膝がガクカクし始める。「ちょっ、ちょっと待て! もう一度考え直させてくれ」―――と後ろを見ると、もうさらに列が出来ている。若い男女ばかり楽しそうに並んでいる。まずい! ここで列から離れると「ハハハハハ、あのおっさん臆病だなあ。直前でブルって逃げ出してやんの!」と思われてしまう。震える足を引き摺るようにして、少しづつ前へ進む。

        コースターのホームに備え付けてあるロッカーに、カメラ、携帯電話、帽子などを入れる。いよいよ前のコースターが帰って来た。みんな恐怖に顔を引き攣らせながらも、笑っている。もうここまできては引き返す訳にはいかない。覚悟を決めてコースターに乗る。体を固定するためのバーが下がってくる。さて、出発だ。ガクンという震動と共にコースターが動きだす。ホームの先にいたスタッフのお兄さんが「行ってらっしゃーい」と言って乗客のひとりひとりと手のひらタッチ。ホームを出るとコースターは向きを変えて傾斜を急角度で登りだす。

        左手に富士山が見える。ちょっと曇り始めているが、富士山はくっきりとその姿を見せていた。やっぱり富士山はきれいだなあ。しかしそれにしても寒い。高度が上がるにつれ寒さが増すような気がする。レールの脇に高度を示す看板が設置してある。高度70m。スケートリンクで元気に滑っている人達の姿がよく見る。いいなあ、今度来たときは久しぶりにスケートをやってみようかなあ。マサルのやつ、昔はフュギュア・スケートの選手だったそうだけれども、今でも滑れるんだろうか。「久しぶりに体を鍛えようとして浜町公園をランニングしてみたら、すぐに息があがっちゃって」なんて言ってたもんなあ―――と、突然落下が始まる!

        「ウ、ウギャ――― 奈落の底へ真ッ逆さまだあ! 視界がグングンと迫ってくる地面しか見えなくなる。下に向かいたくないという心と、うむを言わせぬ引力。「たっ、助けてくれー!」 地上79mからの落下。なかなか地面に到着しなーい! 地面が目の前にきたという瞬間、視界はまた突然空しか見えなくなる。再び上昇が始まったのだ。頂上近くでコースターが斜めになりながらカーブを切る。中央高速道路を走るクルマがおもちゃのように見える。「う、うわあぁ―――、富士山が斜めだあぁ―――ッ!」 と思う間に、またもや落下! 「う、ウギャアァァァァァァァ―――!」

        普通のコースターというのは、最初の坂を下るのが最大のハイライトとなっていて、それ以降の落下はやはりそれ以上のものにはなり得ない。ところがFUJIYAMAの凄いところは、最初から最後までスリルがほぼ同じ程度に持続することにある。よく工夫されているのだ。高度が低くなってからの落下や上昇にはヒネリが加えられていたり、鉄骨に頭がぶつかるのではないかと錯覚させたり、その演出が心憎いまでに計算されている。

        まだ終わらないのかという長いコースをようやく終え、コースターはホーム手前で急ブレーキ。「ぶ、無事だったあ! い、生きて帰ってこられたあ!」 もうこんな化物みたいなコースターには二度と乗らんぞ! ふとチラシにあった年齢制限という文字が目に入る。「54歳まで」―――54歳にはまだ余裕があるが、冷静になって考えてみると自分の歳を四捨五入してみるともう50歳だ。もうこれに乗れるのは何年でもないのだ。急に自分がもう歳を取ったのだと実感する。

        ところがである。最初にこれに乗ってしまったのが運の尽きだった。富士急ハイランドにはこれを超えるような絶叫マシンはもうないのだ。
FUJIYAMAに乗ったあとでは[グレートザブーン]はただ水が盛大に撥ねるだけのマシン。
腹這いの姿勢で乗る[フライングコースター・バードメン]は、そのスタイルが新鮮で、浮遊感、滑降感が気持ちがいいもののスピード感には欠け別に怖くはない。
[ダブル・ループ]も以前に来たときに乗ったが、もうFUJIYAMAの前には影が薄い。
[レッドタワー]は座った姿勢で真下に一直線に落下するものだが、怖くはなくて、いっそ気持ちがいいくらい。
[パニック・ロック]は公園のブランコを巨大にしたものという感じ。ブランコを漕ぐうちに空中で一回転してしまうという感覚は面白いが、それだけのもの。
[ワイキキ・ウェーブ]は複雑な動きをするマシンで次の動きが予想できないという面白さがあるが、「なあんだ、こんなものか」といった感じ。
[ムーンレイカー]はよくあるマシンでいまさらという感じだった。

        只今、FUJIYAMAと並んで評判の史上最悪のお化け屋敷[戦慄迷宮]の前で足が止まるが、これは違った意味で怖そうだ。真っ暗な4階建ての病院の中を懐中電灯片手に歩くというもの。自分でドアを開けないと先に進めないというのも怖い。全長500m。なんだか『バイオ・ハザード』のよう。「いやだあ! そんなのいやだあ!」 私はあのゲーム、怖くて封印しちゃった口である。というわけで今回はこれはパス。売物だった[ムーンサルト・スクランブル]はいつしか無くなっており、[シューティング・コースター・ゾーラ]は改装中。まあこれは以前に乗ったことがあるからいいか。

        となると、看板にあったように私はどうやらFUJIYAMA依存症にかかってしまったようなのだ。こうなったら、最後にもう一度FUJIYAMAに乗るしかない。54歳までに、あと何回富士急ハイランドに来られるだろうか? すっかり暗くなってしまった園内をFUJIYAMA目指して走る。この時刻になるとFUJIYAMAはすっかりライトアップされていた。コースターに乗る。もうこうなったら毒を食らわば皿までだ。レールの脇は光が走るようになっている。あたりはさっきよりも寒くなっている。頂上に達した。富士山が薄ぼんやりと見える。光がバチバチと走る。スモークが焚かれる。私を乗せたコースターは、また闇の中を奈落に向かって突っ込んで行った。


February.12,2001 [BROZERS`]賛江

「しまった! バレたぞ!!」

        先週の金曜日(9日)の午後のことである。私は猫用の餌の缶詰を買いに出かけていた。店に戻ると勝ちゃんが言う。

「今、お客さんがみえてましたよ」
「お客さんて、店のお客さんじゃなくて、私に用があるって人?」
「ええ、そこのハンバーガー屋さんの[BROZERS`]の人ですって」
「ええっ!? [BROZERS`]の人が何だって私に用があるのだろう」
何でも、ホームペーシ゜を見たって・・・

        私はその場で凍りついてしまった。思い起こせば確かに去年の6月の『蕎麦湯ぶれいく』7月の『言いたい放題食べ放題』で、あの店のことを書いちまったことを思い出した。あれからもう半年以上経つ。なんであの文章を知っているんだろう。冷や水をかけられたというのはこのことだろう。何だかバケツ一杯の水をぶっかけられた気がした。頭の中が真っ白になった。あれはもう言いたい放題に勝手なことを書いた記憶がある。どうしよう・・・。

        しかし、どうやって私のホームページを突き止めたのだろう。こんなこともあろうかと検索登録などには一切登録していない。バレるわけがないのだが・・・。ひょっとして私の仲間がチクッたのか・・・。毎日見に来てくれている仲間の顔をひとりづつ思い浮かべる。まさか・・・あいつらに限ってそんなことはないはずだ。

「また来るって言ってましたよ」と勝ちゃん。
そ、そうか、首を洗って待っていろということか・・・。この週末、私はたまたま温泉一泊旅行に行って来た。露天風呂に浸かりながら、いろいろと考えた。こうなったら謝ってしまうしかない。温泉饅頭を手土産に謝りに行こう。この際だ、土下座くらいしようじゃないか。それで許してくれなければ、2、3発殴られても仕方ない。私は身体を念入りに洗って帰京した。

        温泉の駅前で買った菓子折りを手に、[BROZERS`]へ向かう。ちょうど店は閉店したばかりのところであった。中からふたりの男性が顔を出した。ふたり共私の方はよく見ているから知っている。
「あ、あのう、先週、ウチにいらしていただいたそうなんですが・・・」
「ああ、やっぱりあなたでしたか。よく自転車でウチの前を通る姿をお見かけするので、きっとあのホームページを書いているのはあなただろうと思ってましたよ」
「あっ、すいません。みんな私が悪いんです。あれはもう半年以上も前のことでして、ついつい書きたい放題のことを書いてしまいまして、申し訳ございませんでした」
「いや、こちらの方こそ宣伝してもらっちゃいまして」
「とんでもない。失礼なことを書いてしましまして、何とお詫びしていいことやら。ところで、いったいどうして私のホームページの存在なんてお知りになったんですか?」
「友人がインターネットの検索で[BROZERS`]を入れてみたら、あなたのホームページが出てきたというんですよ。それでプリント・アウトしたものを拝見させていただきました」

ゲゲッ! いったいどんな検索エンジンを使ったんだあ! 見つかるわけないのになあ。

「いやあ、正直言って、ハンバーガー屋さんでブルース・ブラザースのポスターを外に貼ったときには何かの冗談かと思いましたよ」と私。

ちょっと詳しい人なら、『サタデー・ナイト・ライヴ』の『オリンピア・レストラン』のネタはすぐに閃く。

「いやね、最初は本当にチーズ・バーガーとコーラだけの店にしようかと思ったんですよ。でもねえ、それじゃあ商売にならないし・・・」

やっぱり確信犯だったのだ、この人たちは!

「店名の由来は、やはりブルース・ブラザースが好きだからですか?」
「ええ、もちろんあの映画が好きなんですが、私たちは兄弟なんですよ。それで[ブラザース]にしたんですが、普通に[BROTHERS`]にするよりも、とことん最後までやりぬこうという決意を込めて[TH]をアルファベットの最後の文字[Z]にしたというわけなんです」

そうかあ、ギリシャ語かもしれないなんて、失礼なこと書いちゃったよなあ、私。

柔和な笑顔を浮かべた北浦兄弟は、とても紳士的でいい人達だった。すっかり恐縮して、何度も頭を下げながら帰宅した。

ここで、去年以来ほったらかしにしてしまったが、[BROZERS`]さんのことを、この店の名誉のためにももう一度書いておこう。この店のハンバーガーは掛値なしに旨い! ファースト・フードなんかのハンバーガーとはレベルが違う。去年の開店以来、私も何回か食べに行っているし、持ちかえりで買ってきて食べたりもしている。肉がとてもジューシーで、それにかかっているソースがまた絶品! これぞ本物のハンバーガーだ。昼は近所の会社員で賑わっているし、夜になるとビールやワインを片手にフライドポテトなどを摘む外国人の姿も見られる。日曜祭日も休みなし。人形町に来たら是非寄って欲しい。東京で一番旨いハンバーガーを食べられると保証します。

ところで、私のホームページって、本当に検索できてしまうのだろうかと試してみた。あった!msnだ! msnを使ってBROZERS`を入れると、本当に私のページを引っ張ってくる。参ったなあ。これでは、私が何を言っているのか誰にでも分かってしまう。うっかりしたことが言えない。もうすでに、書きたい放題に好きなことを書き散らしているではないか、私は! しかもだ、匿名性が可能だというのに、私はどこの何者なのかということまで明かしてしまっているのだ。どうしよう。毎日首を洗って待っていろということなのか・・・。


February.8,2001 ちょっとした気遣いなんですが

        もうひとり小川さんの話。こちらは歯医者ではなく、声優さんだ。その人の名は小川真司さんという。最近はナレーターの仕事が多いが、洋画の吹替えやアニメのアテレコもやるからご存知の方も多いかもしれない。マイケル・ダグラスの吹替えは2〜3の例外を除くと、全てこの人がやっている。もう、この人以外ではマイケル・ダグラスの声は合わないというくらい定着してしまった。近所の東京テレビセンターで仕事があると、出前をとってくれたり、時には店にまで食べにきてくれたりする。もう長年のお得意さんのひとりだ。

        小川真司さんという人は、本当に[紳士]という言葉そのままという感じの人である。物腰は柔らかいし、私ごときにも丁寧に接してくださる。小川さんは冬に来店なさると、必ず店の前でコートを脱いでから店に入ってくる。ウチのような狭い店では、店内でコートを脱ぐとホコリがたつ。食事中のお客さんに迷惑だというのが、その考えらしい。食事が終わるとコートを持ったまま外へ出て、そこでコートを着てから歩きだす。この寒い中、外でコートを脱いだり着たりは苦痛だと思うのだが、それが本当のダンディズムというものなのかもしれない。

        私もこれを真似して飲食店に入るときは、コートを脱いでから入ろうと思うのだが、なかなか習慣として定着しない。よく考えると、これはマナーとして当然のことですよね。ちょとした気遣いなんですがね。なかなかそこまで頭が回らないのが現代人というものなんでしょうか。


February.1,2001 デジタル・デンタル・スケーター

        歯の詰め物が取れてしまった。さっそくマサルのところに行くことにした。あっ! マサルというのは、去年の3月29日のこのコーナーで書いた、[小川源歯科医院]の若先生、小川勝のことである。詳しくは読みなおしていただくとして、このマサルという男は実は歯医者であると同時に、フィギュア・スケート界においては、この人ありという有名人なのだ。今では解説者などをやっているが、かつては日本代表としてサラエボ冬季オリンピックに出場したことがある。

「あのう、マサルせんせーい! 去年詰めてもらったものが取れちゃったんですけどー」
(心の中の声「こらあ、マサル! てめえが去年詰めたやつが、もう取れちまったじゃねえか」)

「あっ! いのうえさーん。取れちゃいましたか? それでは、こちらへどうぞ」

スリッパに履き替えようとして、びっくりした。何とスリッパが、中で発光している不思議な箱の中に入っている。

「せんせーい! な、何これ?」
(心の中の声「マサルの奴、またショーモナイもの買いやがって」)

「あっ! それね。それはね、スリッパ消毒機。スリッパっていろいろな人が履くから、気持ち悪いでしょ。足を入れるものだからバイキンがいっぱいだしね。その箱に入れおくと殺菌してくれるの。ねえ、いいでしょ。以前は脱脂綿にアルコールつけて、いちいち拭いていたんだよ」

「ああ、そうなんですか。これは便利ですね」
(心の中の声「おい、マサル、またヘンなもの買わされちゃったんじゃないか?)

「それじゃあ、いのうえさーん。その椅子に座ってください」

私はその椅子を見て、びっくりした。何と、治療用の椅子に液晶テレビが取りつけてあり、何と午後のワイド・ショウが放映されているではないか!

「あれっ? せんせーい! 液晶テレビをつけたの?」
(心の中の声「またかよ、この男は!」)

「ふふふふふ、気がついた?」

「うん、凄いねえ」
(心の中の声「気がつかないわけねえだろうが!」)

「主にね、治療用に、患者さんの歯をカメラでここに写してみせて差しあげる為のものなんだけどね。あっ、じゃあ、ちょっと口を開けてみてくださいね。ああ、この歯ね。それじゃあ、カメラで写して、ビデオを止めてと・・・。ほらほら、いのうえさーん、見て見て、この液晶画面。これがいのうえさんの詰め物が取れちゃった歯ですよ」

「ああっ! 本当だあ。液晶でもきれいに写るもんですねえ」
(心の中の声「いいから、そんな気色悪い画面、早く消せよ!」)

マサルという男は、とにかく新しいもの好きだ。特に、デジタル系、モバイル系に目がない。何しろ待合室の雑誌棚には、『ベストギア』、『ゲットナビ』、『ビックゲート』といったモノ雑誌がズラリと並んでいる。

「ねえねえ、いのうえさーん。ボクもデジタル・カメラ買ったんですよ」

去年通院したとき、待合室に貼られた、マサルの過去の栄光であるパネル写真を私のデジタルカメラで撮影していたら、その様子をしっかりと見られてしまい。「止めましょうよう、いのうえさーん。今やもう別人ですからー」と言ったあと近寄ってきて、「いのうえさーん、これひょっとしてデジタルカメラ? ねえねえちょっと見せて! ボクもね、買おうと思っているんですよ」と言っていたから、いずれ買うのだろうと思っていたのだ。

「へえ、何を買ったんですか?」

「いのうえさんと同じ、オリンパスのCAMEDIAのズーム。ほらほらこれですよ」

「ああっ! 本当だ!」
(心の中の声「くそっ、CAMEDIAの最新機種だ。300万画素以上の高画質。オレのはもう古くなってしまって200万画素だ」)

「接写に威力を発揮するのは、何といってもこの機種だって聞いたんでね」

「そうなんですよ。接写にはもってこいだと私もそう思いますよ」
(心の中の声「だから言ったじゃねえか、去年から。接写に使うんならこれだって!」)

「ほらね、いのうえさーん。見て見て!」

そう言いながら、マサルがモニターに写し出してくれた何枚もの写真は、どこまでいっても患者さんが口をニッと開けた歯の写真ぱかり。

「ハハハハハ、よく写っていますね。でも、それ、パソコンに保存して誰の歯だったか記録しておかないと、分からなくなっちゃうんじゃないですか?」
(心の中の声「分かったから早く、その気色悪い写真をしまえよ!」)

「うん、実はようやくパソコンに取り込む方法が最近分かってね。でもね、こうやって歯を見ているだけで、どの患者さんだかわかるんですよ」。そう言いながら、マサルは実に楽しそうにいつまでもモニターを見つめ続けていた。

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