August.29,2003 ありがとうございます

        本日、明治座千秋楽。今月は武田鉄矢座長公演『3年B組金八先生・夏休みの宿題』でした。森田順平様より出前のご注文をいただき、楽屋までお届けいたしました。ありがとうございます。


August.21,2003 ぼっちゃん

        小泉武夫の『不味い!』という本を買って、パラパラと読んでみたのだが、これが実に面白い。世の中にグルメ本の類は数あるが、それと正反対の、不味いものに関して書いたのは少ない。『怨ミシュラン』に快哉を覚えたことがあるが、取り上げられたのがもともと行ったこともない高級料理店ばかりなので、別世界という感じだった。それがこちらはずっと庶民的。店の実名は出さないが、不味かったものへの不満爆発本である。

        私の場合、不味いものを食べたときには、その店には二度と行かないと思う程度で、それほど引き摺ることはない。また、その食べ物の値段がもともと安かったらば、「まあ、この値段なんだから、しょーがないか」と納得してしまったりする。

        知らないバーなどに突然入るなんてこともしないから、ぼったくりの被害に遭ったということもない。ぼったくられたかなと思ったのは、もっぱら寿司屋に入ったとき。最近は明朗会計の寿司屋が多いが、以前はよく財布を心配しながら寿司をつまんだりする経験も多かった。食べ終わって、お会計のときに、「ええーっ!」とその請求金額の多さにびっくりしたことは何回かある。それでも、そんなものなのかなあと思って、あまり気にしないでいた。

        わが生涯の中で、一番悔しい思いをした食事のことを思い出した。もう5〜6年前のことだろうか。日曜の朝だった。私は浅草に馬券を買いに行った。G1レースだったんだと思う。馬券を買ってから食事にしようと思った。時間は10時30分。朝食をまだ食べていなかったし、朝昼兼用の食事にしてしまおうと思ったのだった。しかし、10時30分というのは中途半端な時間である。ほとんどの飲食店は11時を回らないと開店しない。どこかで食事が出来ないものだろうかと、場外馬券売り場の裏の道を歩いてみた。そこは、小さな居酒屋が建ち並ぶ道だった。土日になると、昼間から競馬好きの人たちが馬券を買っては、これらの居酒屋に入って酒を呑みながら競馬中継に耳をすませている。その中の一軒を覗くと、もう店主がカウンターの中でセッセッと仕込みをしている。定食をやっているようで、表には定食メニューの看板があった。

        店に入って、「もう食事できますか?」と訊ねると、「出来ますよ」とのこと。メニューの中から、すき焼き定食を選んで注文した。「はい、すき焼き定食ね。お飲み物は?」 私は少なくとも午前中からアルコールを呑む習慣はない。「いりません」と答えると、「それじゃあ、おしんこでも付けましょうか?」と言う。私の頭の中ではちょっとした混乱が起きた。普通、定食といったら、おかず一品に、ごはん、味噌汁、おしんこ。気の効いた店では、これに小鉢などひとつ付けてくれたりする。なんでおしんこを付けようかと言うのだろう。おしんこは欲しいから「付けてください」と言ってしまってから気がついた。これは別料金なんではないか? いやいや、おしんこは嫌いな人がいるから、欲しいかどうか訊いただけではないか? まてよ、「おしんこを付けましょうか?」の前に、「それじゃあ」という言葉がついたな。とすると、別料金なのだろうか? いや、本来定食にはおしんこが付いてくるのは常識。そんなわけないだろう。

        私の不安をよそに、目の前にガスコンロが置かれ、鍋が乗せられた。タレが敷かれ、白菜とネギとシイタケ、そして薄い肉が少し乗せられている。生卵、ごはんと味噌汁。それに白菜のおしんこ。このおしんこの量は多いとも少ないともいえない。定食料金に含まれているのかいないのか、微妙という量なのだ。

        肉が煮えてきたので食べてみた。不味い。味も何もあったものではない。紙のようなしろもの。タレも、どうしたらこんな味になるのだろうというくらい不味い。しかし私にはしみったれた根性が沁みついていて、どんなに不味かろうと金を払うなら食べなきゃ損だと思っている。不味いなあと思いながらもモクモクと食べた。ごはんも味噌汁も、思ったとおり不味かった。ほとんど悲しくなってくる。そして、問題のおしんこだ。すき焼きの中には白菜が入っているのだから、店主も考えてくれればいいだろうに、白菜のおしんこしか入っていない。一口食べてみて「うっ!」となった。ものすごく酸っぱいのだ。酢で漬けたものではない。古くなって酸化が始まっているのだ。

        いかになんでも、これは食べるわけにはいかない。まだ残っていたが、諦めて帰ることにした。そこへ、浅草に観光に来たのだろう、外国人観光客が何人か入ってきた。私の食べていたすき焼きを指差している。店主はニッコリうなずき、「OK、OK、すき焼きね、すき焼き」 この外国人に、これは止めておけと言うけにもいかず、そのまま帰ることにした。「いくら?」と訊くと、しっかりおしんこ代は上乗せされていた。

       あの外国人は、あのすき焼きを食べてどう思ったのだろう。あんなものが日本の代表的な料理すき焼きだと思って欲しくはないが、不味いものに出会う、それもひとつの旅なのかもしれない。        


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