March.26,2006 ありがとうございます
本日、明治座千秋楽。今月は藤田まこと座長公演『剣客商売〜もうひとつの宝』でした。藤田まこと様、山口馬木也様、島田順司様他の皆様からご注文をいただき、楽屋までお届けいたしました。どうもありがとうございます。また、公演中店までいらしてくださった江藤潤様、まことにありがとうございます。
March.25,2006 夜の東京駅
よく、ウチの店から東京駅に行くにはどうしたらいいのか訊かれる。方法はいくつかある。まずは地下鉄人形町駅から日比谷線で5駅乗って銀座に出て、丸の内線に乗り換えて1駅で地下鉄東京駅。これだと乗り換え1回と、6駅かかることになる。こう説明するとギョッとした顔をされることが多い。もっと早く着く方法もある。人形町駅で日比谷線に乗るところまでは同じ。そこから1駅目の茅場町で東西線に乗り換える。2駅目の大手町に下りて東京駅まで地下道を歩く。これだと3駅ですむのだが、大手町から東京駅まで歩くというのがひっかかるらしい。実際はたいした距離でもないのだが。乗り換えがいやだというのなら、人形町駅から都営三田線に乗って宝町へ出て、そこから歩くという手もある。しかし、これも歩くというのがネックになってしまう。だから、人に訊かれたら、「タクシーに乗ってください。たいした距離ではありませんから」と答えることにしている。
では自分ではどうしてるのかというと、ウチから東京駅まで歩く。実は歩いても20分ほどでついてしまうのだ。
日曜日の夜、ときどき憂鬱な気分になってしまうことがある。原因は競馬に負けたとか(ははは)、仕事がうまくいっていないときとか、家庭内あるいは私自身で悩みを抱えているときだ。明日の月曜からまた仕事が始まると思っただけで、妙に落ち込んでしまうことがある。そんなときは落語を聴きに行く気にもなれないし、映画を観に行く気にもなれない。家にいるのも苦痛になり、ふらっと外に出る。そんなとき、私の足はたいてい東京駅に向っている。
八重洲口までやってきて、駅前の横断歩道の前のビルの壁に背をもたれて駅から出てくる人の流れをぼんやりと眺めていたりする。大きな鞄を持った上に、お土産の袋をたくさん抱えた家族連れがいる。再会を約束して散っていく若い人たちのグループ。そっと寄り添って歩くカップル・・・。こうしていると、私が経験した旅の思い出やら、今までの私の人生やらをあれこれ思い出してしまう。たたずんでいるのに疲れると、いつしか灯りに吸い寄せられるように私は構内に入っていく。
改札を抜けて出てくる人もいるが、当然これから帰る人もいるわけで自動改札はけっこう込み合っている。こうやって電光掲示板を眺めていると、突然に自分もどこかへ出かけたくなる衝動が起こる。翌日は仕事なのだから行けるわけはないのだが、何もかも棄てて遠いところへ行ってしまいたくなる。きっと行方不明になる人の多くは、こうやって突然の衝動から失踪してしまうのかも知れない。
切符売り場の前に立つと、[どこかへ行ってしまいたい]願望はさらに募るのだが、結局は買わないんだよな。これがもっと若いころだったらやっていたんだろうけど、おじさんの[どこかへ行ってしまいたい]願望は、うら寂しいだけ(笑)。
南口へ行くと、ハイウェイバスが出ている。バスという手もあるよなあ。ひょいと夜行バスに乗ってしまって翌朝は東北の町なんてね。
[どこかへ行ってしまいたい]願望は、私には幼いころからあった。幼稚園くらいから近所で遊んでいても、ついつい、この道をさらに歩いていくと、どういう世界があるんだろうと気になって仕方なかった。毎日少しずつ道の先へ、先へと歩いていって、自分の家からどんどん知っているテリトリーを広げていくのが好きだった。
学生時代はけっこう日本国中をひとり旅をして歩いた。[ディスカバー・ジャパン]なんて国鉄(まだJRではなかった)のキャンペーンがあった時代だ。
店の仕事を手伝うようになってからは、友人の影響で、年に一度長めの休みを貰って東南アジアをひとりで歩き回るというのに夢中になっていた時期がある。もう今や、そんな時間は無くなってしまったが・・・。
さて、八重洲口をしばらくうろつくと、私は丸の内口に出る。こちらは八重洲口ほどの賑わいは無く、落ち着いた風情があって好きだ。
この吹き抜けの丸いドーム型の空間は、いつ見ても、いいなあと思う。日本の駅の中で一番美しいと感じるのがこの場所。この中央に立って天井をジッと見上げる。かといって、あまり長くはいられない。ここには交番もあるから不審人物だと思われると嫌だし。
もうかなり老朽化していると思われるけれど、これが無くなってしまったら寂しい。
こうやって外に出ると、また憂鬱な気分がぶり返してくる。「まったく人生って思うままにならないよな」とつぶやく。しばし思い悩んでいるが、やがて私は東京ステーションホテルへ行く。ここの2階のバーでビールを2〜3杯飲むうちに、やや気分が晴れてくることがあるのだ。
ホテルを出て、溜息ひとつ。
「どうにかなるさ。どうとでもなるさ」
やがて私は元来た道をまた歩いて帰って行く。