November.17,2006 お試し価格
飲食店をやっていると、害虫の問題が出てくる。いわゆるゴキブリである。どんなに注意していても、仕入れる食品について来たりして、いつの間にか厨房内で繁殖し、時には店内にも出没してしまうという事態が起こってしまったりする。
以前、Nという業者に害虫駆除を依頼していた。飛び込みで営業にやってきた業者で、試しにお願いとてみることにした。初回の作業は徹底していた。スタッフ2人で、大きな厨房家具もどかして隅から隅まで薬を塗っていく。全作業が終了するのに1時間30分かかった。これでゴキブリはピタリと一匹もいなくなった。このあと年に2回のペースでやってきてくれて作業してくれていた。料金は年八万円(プラス消費税だから、八万四千円)。少々高い気がしたのだが、他の業者に当ったても、ほぼそのくらいの相場だった。何年かこの業者と年間契約を更新していたのだが、そのうちに不信感が生まれてきてしまった。当初、ふたりの作業員で1時間30分かかっていた作業が、そのうちにひとりでやってきて、20分程度で終了してしまうのだ。作業内容も、ただチューブに入っている薬品を要所要所に塗っていくだけ。その薬品がどれだけ高価なものか知らないが、年に2回ただ塗って行くだけで八万円(プラス消費税で八万四千円)は高いと思えてきてしまったのだ。いくらで手に入る薬品だか知らないが、「その薬を売ってくれれば自分で塗るよ」と言いたくなってきてしまった。
それで、3年前に契約を打ち切った。打ち切っても2年間はゴキブリの姿を目にしなかった。それが今年に入って、チラチラとゴキブリが目に入るようになり、殺虫剤やら粘着式のゴキブリ捕獲機で対抗していたが、それでも追いつかなくなってきた。ついには店内にも出没するようになり、これは何とかしなくちゃなと思っていた矢先である。害虫駆除の業者から電話セールスがあった。今度は大手である。○ス○ンという頭文字がDで始まるマットレスや掃除用具のレンタルで名前を売った会社である。年に6回の作業で、一回につき五千円(プラス消費税で五千二百五十円)だという。年6回だから年間で三万円(プラス消費税で三万一千五百円)。以前の業者Nの半額以下なのだ。さらにこの電話セールス氏は、「今なら、お試し価格で三千円でご利用できるんです」と言うではないか。「それじゃあ、とりあえず、そのお試し価格っていうんでお願いしましょう」と言うと、さっそく午後に来ると言う。この時点で、私はこの日のうちに作業員がやってくるものと頭から思い込んでいた。
約束の時間に現れたのは、どうやら電話でのセールス氏とは別人だった。Sという名の名刺を渡され、パンフレットを広げての説明が始まった。ゴキブリ駆除の薬は定期的に撒かなければ、また繁殖してしまうという事の説明。そんなことはわかっている。撒くのを止めてしまったから、また出始めてしまったわけだし、それだから呼んだのだ。「で、いつ、そのお試し価格の作業を始めてくれるんですか?」とせかすと、「あの、あとで誤解を受けるとまずいので、ご説明させていただきますが、お試し価格を使わないで最初から普通の契約をしていただいた方が、お得になるんですが」 「は?」 「お試し価格の作業の分だけ余計になりますから」 「あの〜、おっしゃっている意味がわからないんですが」 「つまりお試し価格の作業を入れると、初回の一年間はお試し価格の作業プラス6回で計7回になりますから」 「は? どういうことでしょう。じゃあ、お試し価格の作業というのは、通常の作業とは異なる作業をするんですか?」 「いや、同じです」 「Sさん、私はあなたのおっしゃっている話がさっぱりわからないですが」 「いや、そういうシステムなんです」
このあと、しばらくの間、押し問答が続いた。納得のいく説明になっていないと主張する私と、それがシステムなんだからと主張するSさんとは、いつまでたっても平行線を辿る。私はいささかキレかけてきていた。「じゃあ、こうしましょうよ。普通の契約にするから、初回は二千円負けて三千円ということにしませんか?」 「いや、そういうわけにはいかないんです。そういうシステムになっているんですから」 結局、システムなのだという話に戻ってしまう。このままこの話を続けていても平行線は続くだけだ。二千円ケチるのがバカバカしくなってきた。それに年間三万円(ブラス消費税で三万一千五百円)ですむのなら、以前の業者の半分以下だ。こっちが折れることにした。ただ、このままでは腹の虫が収まらない。一言言ってやった。「このままじゃ、ラチがあきません。それじゃあ契約しましょう。でもはっきり言いまして、私がムッとしているのはお分かりだと思います。一言言っておきますが、どういう会社のシステムになっているか知りませんが、こんな、お試し価格だなんてカラクリのあるような勧誘の仕方は止めた方がいいと思いますよ。D社っていったら大手企業でしょ。企業イメージ悪くなりますよ」
翌日、作業員がやってきた。作業は20分ほどで終わった。見ているとN社と同じようにチューブに入った薬を所々に塗っている。そしてこの日からゴキブリは見事に一匹も見かけなくなった。
実は以前にもD社からの勧誘はあった。それによると毎月1回の駆除作業だということだった。それまで使っていたN社は年2回で済んでいたのに、年12回もやってくるのはわずらわしい。しかも料金もトータルするとN社とあまり変わらない。D社は料金を下げたのかなと思って、これは調べてみようと思いD社のホームページにアクセスしてみた。確かにD社のホームページを見ると害虫駆除の業務を行っている。料金体系を見ると5000円(プラス消費税で五千二百五十円)となっているが、相変わらず毎月1回の作業ということになっている。年12回で六万円(プラス消費税で六万三千円)。あれ? 頭の中が疑問符だらけになり、Sさんから貰った名刺を見直してみた。確かにD社のロゴが入っているが、よく見るとSさんの名前の下にあるのはT社という別の会社の名前なのである。続けてT社のホームページを覗いてみた。どうやらD社の下請け会社らしいのである。害虫駆除業務も書かれている。料金も一回5000円の年12回。お試し価格の記述はなかった。
年2回でゴキブリが一匹もいなくなったN社の例がある。年6回でも多いような気がするのだが、年間三万円(ブラス消費税で三万一千五百円)で済むのなら安い。しかし、本当は年2回の散布で済むんじゃないだろうかという気もしてならない。それなら年一万円(プラス消費税で一万五百円)で済むのだから。